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結局シアーシャたちには昨晩のことはバレた。
隠し事が下手なイサナは無論のこと、何も言っていないはずのジグですら何故か見抜かれていた。
夜遅くこっそり部屋に戻ったジグたちを二人が待ち構えていたのだ。
部屋の中心にシアーシャがちょこんと座り、暗い室内で蝋燭だけの灯りに照らされながら。簀巻きのまま床に転がっていたシャナイアと共にもの言いたげな目を向けていた。
翌日になっても二人の機嫌は斜めのままであり、ぶつくさと文句を垂れながら朝食を口に詰め込んでいる。
「べっつに気にしてませんけどね? 私がいると邪魔だってジグさんが言うなら? 子供じゃないですし大人しく待っていますけどね? ただ一言くらいあっても罰は当たらないと思いませんか???」
「……なにぶん突然呼び出されたものでな」
「言い訳とは随分情けないねぇジグくぅん。君ともあろう者がぁ、情報伝達の重要性を知らないわけでもあるまいしぃ?」
「いや……すまん」
「「なにが?」」
魔女二人に左右を挟まれてチクチクと嫌味をぶつけられるジグ。
厳めしい巨漢がうら若い外見の女性に詰められて居心地悪そうに肩を小さくしている様は筆舌に尽くしがたい。剣を手にすれば獅子奮迅の働きをする傭兵も女性の扱いは不得手であった。
「……」
元凶であるイサナへジグが恨みがましい目を向ける。
もとはと言えば彼女が事前に話もせずに突然動いたからだ。結果的に上手くいったとはいえ、忠告しておいた言い訳もろくに用意していなかったのはイサナの落ち度である。だというのに何故ジグだけが一方的に詰められているのか。
至極当然の意見がジグの脳裏に浮かんだが、不得手と言えどこの場で口に出すほど愚かではない。
「……」
イサナへ何とかしろという意思を込めた視線は、しかし裏切られた。
後ろめたいが口を挟んで睨まれたくない彼女は決して目を合わせず、耳を伏せて聞こえていませんアピールを続けるのであった。
手っ取り早く機嫌を取るには服がいい。
ジグはかつての経験を活かして早急に動いた。服装のことは当初より何とかしなければと話していたのも都合が良かった。
朝食を終えたジグはイサナを急かして古着屋に向かう。
不機嫌な雰囲気を隠しもしない魔女たちを連れて行き、あとはイサナへ任せてしまえばいい。こちらの服装など分からないが、イサナが変に注目を集めていないので問題ないだろう。
そうして服を用立てた三人をイサナが真剣な顔で上から下までじっくり見る。
「うん、上等でしょ」
「本当にこれで目立たんのだな?」
着慣れぬ服に身を包んだジグが違和感で眉間に皺を寄せている。
機能性を重視する彼はいつも同じような服を着こんでおり、あまり変えることがない。妙に肌触りの良い布地に居心地の悪さを感じてしまうほどには。
「服だけはね。ゴツイ体としかめっ面は自分で何とかなさい」
「思ったよりは動きやすいか……裾が長いのは気に食わんが」
何とも言えぬ顔をしたジグが着ているのは丈の長い民族衣装だ。
右前合わせの襟と上下一体のゆったりとした長衣が特徴で、わずかに光沢のある布地が筋骨隆々としたジグの体を包んでいる。細身な者が多いラクシャナでは体格を隠せる服だが、ジグの体ではあまり意味がないようだ。
髪と同じ灰色の布地と、上下一体の服が背の高い彼の体つきをより一層強調している。
普段の如何にも荒事に関わっているという空気は多少和らいでいるが、これはこれで不思議な威圧感がある。これはもう彼本人の問題なのでどうしようもない。
本人の微妙な感想とは対照的に、魔女たちの反応は上々だった。
「なんか、新鮮です! ジグさんが新鮮です!」
「…………ぃい」
普段と違う装いにはしゃぐシアーシャと、食い入るように見入るシャナイア。
彼女たちの視線が余計に居心地の悪さを助長しているが、仕事のためなので脱ぐわけにもいかない。
「そう言うお前たちも悪くないじゃないか」
仕方なしに矛先を逸らそうと二人の服装に目を向ける。
未だに慣れぬが故の捻りのない褒め言葉を掛けるが、本心でもあった。
「えへへ、ありがとうございます」
シアーシャに選んだのは深めの蒼を主体とした着物だ。
そこまで色に拘りはなかったのだが、どうしても彼女の印象に合う色を選ぶと自然と蒼になってしまう。これが似合うのだから不思議なものだ。全体が蒼い中で紅い帯が印象づいている。
襟元や足回りで控えめに主張している柄が洒落ているというやつなのだろう。
艶のある黒髪が締めることで全体の調和が取れており、幽玄とも感じる佇まいであった。
「なんか肌に密着してスースーするぅ……」
対してシャナイアが身に纏っているのは丈の長い上衣と、同じく長い下衣のセットだ。
前合わせの立襟と体に沿った細身仕立てが彼女のスタイルを際立たせている。
長い上衣で歩くのに支障がないよう、横には深めのスリットが入っている。切れ込みから覗く足は下衣に包まれているが、不思議と妙な色気を醸し出している。
黒地の上衣に真白い下衣と色合いは一見地味だが、胸元にあしらわれた大輪の華が大人しさとは無縁の美を主張していた。
どちらもとても似合っている。
似合っているのだが……これでは目立たないという目的を果たしていないような気もする。
それでも元の格好よりかはいくらかマシになっているはずだ。そうでなければ賭けに負けた上に服代まで出させられたジグが報われない。
中身はともかくそうそうお目に掛かれない美女なのは間違いない。とりあえず代金分は楽しまなければ損だとばかりに、ジグは魔女二人をいつもの仏頂面でじっくり眺める。
なんだかんだ新しい服が嬉しいのか、二人は鏡の前でくるくると回っている。
そうしているとふと浮かんだ疑問をイサナに投げた。
「シアーシャはジィ……お前たちと似たような服だが、俺とシャナイアは少し違うな?」
ジィンスゥ・ヤでは男も女もシアーシャが着ているのと似たような服装をしていた。
しかし足の動きや体格を隠すなど方向性こそ似ているが、ジグとシャナイアが着ているのは少し違うように感じる。
気づくとは思っていなかったのか、イサナが目を丸くした。
「意外と目ざといわね」
「仕事柄な。気候や風土で求められる機能が似通うことはままあるが、全く同じものにはならないのが文化というやつだ」
「その目ざとさ、私への気遣いに向けてもいいのよ?」
「切らしている。で?」
戯言を抜かすイサナに問うと、彼女は難しい顔ではしゃぐ魔女二人を見やった。
「あなたが着ているのはタギリ家で主流となっている服よ。こっちじゃ多数派だから」
「ではシアーシャは?」
「男は自分の派閥が身に着ける服と意味に拘るけど、女は割とその辺り自由だから。気に入った方を着るだけ」
この国の男は服そのものに立場や意味を求める傾向が強いらしい。
争いが多い場所では珍しくもないことだ。迂闊に他国、他民族の服装をすれば敵に与するものと断じることはよくある。
他所事に意識を向けていたジグは背の双刃剣を背負いなおすと、いよいよ本格的に動き出すべく慣れぬ襟元を直した。
「下準備はこんなものでいいだろう。イサナ、本当に任せていいんだな?」
「まっかせなさい。最悪、話がこじれても私かあなたがぶった斬ればいいのよ」
「血の気が多いのは結構だが、目的を忘れるなよ」
腕まくりして好戦的に笑うイサナを宥める。
アルクゥラにしろタギリ家にしろ、あまり刺激するのが得策とは思えない。特に未だ動きのない澄人教が何を企んでいるのかがまるで見えてこないのが不気味だった。
奴らは祖先の技術を求めている。
もしその産物……魔女と同じ存在感を持っていたあの化け物と同等の何かがあるとして、ラクシャナの異常とどう関係しているのか。
ヨラン司祭は信仰心など持たぬ俗物だが、切れ者であることは確かだ。
そんな彼が無策で同じ轍を踏むとは思えない。安易に起動してストリゴの二の舞になることは極力避けるはずだ。
「……」
だがジグではその先を読めない。
これが師やライエルであれば三手先を読んで行動を起こせるのだが……悲しいかな、その適性はジグにはなかった。豊富な経験で大抵のことには対処できても、未経験のことに機転が利かないのだ。
「やれやれ……つくづく、俺は将の器ではないな」




