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胴元は壁に刺さった己の刀と空っぽの鞘を見て観念したように重く息をついた。
仲間を制圧され、自身も赤子の手を捻るように無力化された。
彼はその場にどっかりと座り込むと、近場に転がる酒瓶を拾い上げて最後の一杯を呷る。しかし底が割れて中身がないことに気づいて力の抜けた悪態をこぼした。
「畜生が……俺も年貢の納め時か。もうちょい持つ見立てだったんだが……引き際を見誤ったかね」
逃亡に備えて胴元の斜め後ろで待機していたジグがイサナと視線を交わす。
なにやら勝手に死ぬ心持ちになっているようだが、別に彼がイカサマをしていたかどうかはどうでもいい。こちらとしては情報を得るのが目的なのだから。
「覚悟決めたって訳? さっきまでの悪足掻きに比べると随分男前ね。せっかくだから色々聞かせてもらおうかしら」
そういう意味ではイカサマという弱点を自分から見せてくれたのは都合が良かった。
預けていた武器を回収したジグは外からの援軍が来ないかを覗き窓から確認する。
囲まれているような気配もなく騒ぎにもなっていない。防音の魔具のおかげで少々の騒動ならば問題ないようだ。壁を壊さぬよう気を使いながら戦った甲斐がある。
死を受け入れて開き直ったのか、胴元は憑き物が落ちたように気負いなく笑った。
「へぇ、何が知りたいってぇんだい? 俺みたいな小悪党、芋づるに引っこ抜いたところでなんも出てこないぜ」
「ここ最近ラクシャナ全体で起きていることについて、知りうる限りのことを話しなさい」
イサナの問いに胴元は怪訝そうな顔をする。
こんな状況で聞き出すにしては随分と曖昧な質問だ。賭場に乗り込んでまで聞くことではない。
「なんで……っと、俺に聞く権利はなかったな」
胴元は浮かんだ疑念を口に出そうとしたが、イサナが目を細めたのを見て引っ込める。
立場を分かってくれているのは話が早くて助かる。
「ラクシャナ全体でっていうと、やっぱ魔獣が増え始めたことか」
片膝を立てた胴元は顎を撫でながらそう語り始めた。
「ありゃいつからだったかな……しばらく前から魔獣共の動きが活発になってな。こっちじゃ小競り合いなんてしょっちゅう起こってたんだが、流石に無視できなくなってきた。どこの部族も普段は手の空いてる腕利きが対処してたんだが、それでも間に合わねぇ」
そこまでは事前にギルドから聞いていた話とも合致する。
だがこちらが欲しいのはもっと生の情報……現地の人間だからこそ分かる違和感の類。
イサナが視線で先を促すと、心得たもので胴元は一段声を低くして続ける。
「だが知っての通り、ラクシャナでも一番大きいアルクゥラは抱えている腕利きの数も多い。魔獣の対処も、まあ何とかなる」
「……そうなの?」
「そりゃ全く被害が出ないとは言わねぇけどよ。他所と比べりゃ些細なもんだぜ? 口さがない奴らは”このまま放置してりゃ戦わずして部族が一つになる”なんて抜かしてたな」
事前認識とのわずかな齟齬にイサナが眉を顰めた。
確か支援要請はアルクゥラの名家、タギリ家からだったという。
しかし当のアルクゥラにはそこまで大きな被害が出ていないという。一体どんな理由で余所者であるハリアンにまで助けを求めたのだろうか。
「そこまではいいとして、だ。なんと寛大なるタギリ家様は、窮地にある他の部族を支援し始めた」
「冗談でしょ」
即座にイサナは吐き捨てた。刀を握る手に力が入っている。
わずかに滲み出る殺気に空気が冷えるが、既に覚悟を決めた胴元は身も凍る怒気を前にしても肩を竦めて嘆息するだけだ。
「そう言いたくなる気持ちは分かるが、事実だ。実際少し前にもラーマの方へ出兵してたのを見たぜ」
「……」
覚えのある証言にジグが外の様子から視線を滑らせる。
ラーマで霧の魔獣を倒したしばらく後にどこからか兵が来ていたが、あれはアルクゥラからの兵だったようだ。
「ただの善意でタギリ家の盆暗当主が動く? あり得ない」
「当然、何の企みもないとは俺も思っちゃぁいねぇよ。だがよ、恩を売って味方を増やすことがそんなにおかしいかね? ……武人の誇りも大事だが、いつまでも身内で争ってるよりかよっぽど建設的だと思うがなぁ」
「……かもね」
ジィンスゥ・ヤの現在と重ねたのか、イサナが複雑な顔で呟いた。
「一つ聞かせろ。最近、法衣を着た妙な集団が現れなかったか?」
話の区切りがついたところでジグが口を挟む。
もう一つの調査目的、澄人教の動向が未だに見えてこないことが気がかりだった。
「法衣だぁ? ……あーそういやぁ、妙ちきりんな格好した余所者の集団が来たって話がしばらく前にあったな。俺が見たわけじゃぁないがね」
当たりだ。
ジグたちでこれだけ目立つのだ。法衣を着た澄人教たちが目立たずにいられるわけがない。
「それはいつ頃の話だ?」
「確か……タギリ家が他の部族へ手を貸し始めた頃だったかな? あくまでも俺の耳に届いたのがって但し書き付きだけどな」
「そうか」
ここで聞ける情報としては十分だろう。思っていたよりも収穫はあった。
先ほどの話を反芻しているのか、イサナは黙したまま視線を彷徨わせている。
「俺から話せるのはこんなもんさ。後は煮るなり焼くなりご自由に、だ」
これ以上の質問が無いと察した胴元は居住まいを正し、静かに首を差し出した。
「あのまま逃がして良かったのか?」
宿へと戻る道すがら、先ほどのことをイサナへ尋ねる。
彼女は結局あの胴元を殺さず、ジグたちのことだけ口止めをして後は逃げるなりなんなり好きなようにさせた。仲間も深手ではあるが回復術があれば死にはしないだろう。
もっともゴロツキがどこまで口約束を守るかなど知れたものではない。情報は得られたのだし生かしておく利点はないように思えたのだが。
ジグの無慈悲な言葉にイサナが呆れた様子で振り返った。
「常識人ぶってるけどあなたも大概物騒よね……いいのよあんな小物」
ジグは無用な殺しをしないだけで、必要ならば殺すことに躊躇いはない。
あの出会いからしてイサナも同じかと思っていたのだが、どうやら彼女には彼女なりの考えがあるようだ。あるいは丸くなったのか。
「それより……どう思う?」
イサナは耳を動かして周囲の音と気配を探った後、人気がないことを確認してから問いかける。
「澄人教が動いていることはともかく、アルクゥラの動きが妙だな。聞いていた話だとこの機に乗じて攻めるくらいはしそうだが……武人の誇りというやつか?」
「ふん、どうかしらね」
”武人”の部分を強調して言うと、鼻を鳴らしたイサナが肘で突いてくる。
イサナたちの矜持を揶揄するような言い草だが、これで声を荒げないくらいには彼女も成長していた。
「多分だけど、私の偏見抜きでもその可能性は低いと思う。戦争経験者の傭兵さんはどう見る?」
「争いとはそう簡単に終わるものではない。だが争いを続けるのは大きな労力を伴う。長い争いの歴史も終わる時は存外呆気ないものだが……今回には当て嵌まらない気がする」
魔獣という外敵に対処するため、終わらない内紛を止めて手を取り合う……一見するとそう解釈できないこともない。実際、何の事前情報もなければジグもそう判断する。
だがその楽観的な考えを鵜吞みにするには大きな異物が二つほどある。
一つは澄人教。そしてもう一つは、祖先の遺物。
「澄人教の求める物が偶々アルクゥラにあっただけで、魔獣の活性化は別件……とはいかなさそうだ」
「ほんと我が故郷ながらきな臭いこと。何も考えずに冒険者でいられたらな」
懐をパンパンに膨らませておいてよく言う。
げんなりした顔で肩を落としたイサナだが、胴元がイカサマで貯め込んだ金のほとんどを懐に入れてしまっていた。賭けにも腕比べにも勝ったのだから別に文句はないが、懐が温かいくせに不幸面するのはどうにも納得がいかない。
「やっぱりアルクゥラのことをもっと深くまで探らないとダメかな。澄人教のことを把握してないはずないし」
「それが手っ取り早いか……タギリ家とやらに忍び込むか?」
「無理。タギリ家はいまやアルクゥラの実質的な統治者みたいなものよ? 私らとやり合えるようなのだって複数抱えてる」
流石は魔獣蔓延る地で争いを続けてきた民族。不用意に踏み込めば返り討ちにされるという訳か。
「支援要請を理由に話を聞くのはどうだ?」
「それだけだと弱いかな。ただでさえ見栄っ張りな部族だから、他所に助けを求めたことを知られるのは嫌うはず。知らぬ存ぜぬで通されるのが関の山だけど……ま、それは私がどうにかすればいいか」
イサナには何か腹案があるらしい。
正直不安だが、一応は彼女の故郷だ。ここは任せてみよう。




