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「ふむ」
凍りついたように固まる場の中、ジグは目だけを動かして周囲の様子を窺った。
本来賭けの場でイカサマがバレればただでは済まない。すぐに博徒たちが怒り狂い場が荒れてもおかしくはないはずだが、何人かは互いの顔を見て出方を窺っているようであった。
その様子を見るに彼らもグルなのだろう。
ジグを退場させた後でイサナの勝ち分を巻き上げようとしていたのが、出鼻を挫かれて困惑していたといったところか。
周囲の注目を集める中、額に脂汗を滲ませた胴元とイサナが視線を交わす。
ややあってから仰々しく息をつくと、男は重く恫喝するように低い声を出した。
「姐さん……謝るなら、今の内だぜ? 人に難癖付けてタダで済むと思ってると」
「あくまで白を切るのね」
イサナは胴元の言葉を遮ると、ジグに顎をしゃくって指示する。
皆の意識が二人に向いている中で気づかれずに動けるのはジグだけだ。仕方なしに懐から出した硬貨を指で弾く。
鈍い金属音と共に打ち出された硬貨が、賽に被せた籠を持つ胴元の手を打った。木杯にすらめり込むジグの指弾が神経の集中する指先に命中する。
「ってぇ!?」
親指を強かに打たれた胴元は痛みに堪らず籠を放り出して手を押さえた。
床を転がる硬貨には割れた爪から出た血がついている。
そして籠から転がり出てきた賽には―――
「へぇ……最近の賽には目が書いてないのね。これでどうやって賭けをするの?」
一つを拾い上げたイサナが灯りに照らして見るも、賽には何も書かれていなかった。
明らかに何らかの細工がされている。
いつの間に入れ替えられたのかは分からない。そこは胴元も素人であるジグやイサナに見抜かれるほど間抜けではない。
「あら不思議、魔力を込めたら数字が浮かび上がってきた。ふーん、込めた魔力の強弱で出目をいじれるのね」
なるほど。どうイカサマをするのかと思っていたが、細工どころか魔具を使っていたようだ。
イサナが魔力を込めるたびに賽の目が変わり、いくつものパターンへと変わっている。
小銭を稼ぐために高価な魔具を用意するとは、用意がいいと言うべきか、本末転倒というべきか。少なくとも元が取れるほどには常態化していたのだろう。
「籠も特別製と来たか……これから魔力を通せば賽に触れる必要もない、誰にもバレないイカサマの完成ってわけね」
「クソアマがぁ……!」
イカサマの種をつまびらかにされた胴元が全身に怒りを滲ませて悪態をつく。
もう彼の名で賭けが開催されることは金輪際ない。絶対に勝てない賭けに集まる物好きなど誰もおらず、裏でこういった噂が広まるのは疫病よりも早いと相場が決まっている
彼自身も遠からずケジメをつけることになる。
運が良ければ片腕切り落として永久追放、悪ければ多額の賠償金を請求されて奴隷送り。いずれにしろ楽な死に方は出来まい。
「てめぇら、生きて帰れると思うなよ!」
だが死人に口なし、目撃者がいなくなれば話は別だ。
旅の女と余所者一人程度、消えたところで騒ぎ立てる者もいない。多少腕に覚えがあろうと数で圧し潰してしまえばいいだけのこと。
「やっちまえ!」
生き残るためにはそうするしかないと判断した胴元がいきり立ち、仲間に指示を出す。
彼の下で甘い汁を啜っていた男たちもそれしかないと動いた。
「結局、こうなるのか……」
「死にゃぁあ!」
嘆息するジグへ一人の男が斬りかかる。
抜き放ち様に振り上げられた刀を近くにある酒瓶で斜めに受け流す。甲高い音がして斬り飛ばされた酒瓶と、こぼれる酒越しに男が勝機に目を見開く。無手の男に負ける道理などないと。
その慢心が宿った眼に向かって酒をぶっかけてやる。
「ぎゃぁ! 目がっ」
視界を奪われた男があてずっぽうに斬り返すのを避け、斬り飛ばされて鋭利になった酒瓶の底で腹を突く。
「奢りだ。たっぷり飲め」
「げぼぉ!?」
ついでとばかりに突き刺した酒瓶の口に膝蹴りをお見舞いした。
深く突き立てられた酒瓶の口から噴水のように血が吹き出る。
倒れ伏す男から刀を奪い取ると、すかさず襲い掛かる男の刀を受ける。
鍔迫り合う中、長剣のように振るわれた刀に相手が嘲るような声を出した。
「でくの坊がっ、刀の扱いも知らねぇのか!」
「引き斬るのは苦手でな」
ジグはそう言いながら片腕を手放すと、手甲を峰に押し当てて自身の持つ刀を強引に押し込んでいく。ぎゃりぎゃりと金属が擦れて刀身に少なくない負荷が掛かるが、もとより武器など消耗品。今この時だけ保てばそれでいい。
力で強引に押し込まれる刀に男の顔色が変わった。
「ま、まてっ!」
「だがまあ、刺さればいいさ」
ついに切っ先が男の肩口へ達し、肉を深く斬り裂いた。
男が上げる悲鳴に構わずさらに押し込み、念入りに筋を断つ。
力の抜けた腕から刀が取り落とされると同時、ジグは刀を返して峰で側頭部を打ち据える。
糸の切れた操り人形のように倒れ伏す男を蹴ってどかし、ジグは次の相手へ躍りかかった。
「はやっ……!」
慌てて刀を抜こうとした相手へ距離を詰めると、抜きかけた刀身目掛けて回し蹴りを叩き込む。
腰の旋回を活かしたコンパクトな蹴りは弧を描いて刀身へ命中。構造上脆い刀身の腹に強打を受けた刀が甲高い音を立てて折れた。
蹴りの勢いで折れた刀が内側へ強引に回り、柄をしっかりと握ったままの手がつられて捻られた。ごきりと鈍い音がして力なく垂れさがる。
「う、腕が……がぁ!?」
痛みで動きの止まった相手を引き倒して死なない程度に踏みつけると、その足で近くの椅子を引き寄せて別の男へ軽く放る。
「っと……ごぁ!?」
思わず受け取った椅子ごと強烈な前蹴り。椅子の脚と肋骨をまとめて圧し折る。
「乱戦は不得手か」
腕前を重視する気質だけあってゴロツキの割に剣筋は悪くないが、少々動きが硬い。
外の土地から人が来ない身内での争いが多いために戦法が似通ってしまうのだろう。ジグのようなある物すべてを利用する戦い方は彼らにとって珍しく対応し難いのかもしれない。
次々に薙ぎ払われる仲間たちに胴元の表情が歪む。
無手の男一人にどこまでてこずっているのか。
「役立たず共め!」
憤怒の声を上げて自身も腰の刀を抜き放とうとした時、
「―――こんな狭いところで、刀そんな風に握っちゃ駄目よ」
音もなく間を詰めたイサナが目前にまで迫っていた。
足の速さではなく、意の速さで彼我の距離を食い潰した歩法の巧みさに思わず瞠目する。
彼女は刀を鞘に納めたまま自身の柄で、胴元が柄を握る右手の甲を上から押さえつけていた。
これでは前に刀を抜けず、そしてイサナは刀を前に出しているので鞘を引けばいつでも抜ける。
「っ、舐めんなよ」
しかし胴元も裏の世界で生きる者。
即座に柄を握る右手ではなく、左手で鞘を引いて刀を抜こうと動いた。
刀身が見えた瞬間、すかさずイサナが柄頭を押し込む。
抜く途中の刀身の下へ柄頭を潜らせると、相手の鍔に引っ掛けて勢いよく横へ振り払う。
「うおっ!?」
「ひぃっ!?」
無理やり鞘から放り出された刀は胴元の手を離れて宙を舞い、男たちの頭上を掠めて賭場の壁へと突き刺さった。
”びいぃぃん”と間抜けな音を立てて揺れる刀に皆が目を奪われる中、払う動作から自然に刀を抜いたイサナが胴元の首元へ添える。
一連の動作には一片の無駄もない。
常人離れした目で追えない速度で行われたわけではなかった。分かっていても対処できない、相手の動きを支配する類の妙技である。
「まだやるってなら相手になるけど……どうする?」
イサナが完全に場を呑んだ中、抵抗していた最後の男を殴り倒したジグがわずかに驚きを滲ませる。
「……ほう」
少し見ない間に随分と腕を上げた。元々優れていた技量を更に突き詰めたようだ。
速さに任せて上から叩くのではなく、相手の動きに己を合わせて無駄なく制する……ジグにはできぬ芸当だ。
これはイサナの実力に対する認識を上方修正する必要がある。
彼女の剣筋は見切っていたつもりだったが、過去に勝利したからと天狗になっていれば斬られるのはジグの方だ。
「俺も余裕ぶってはいられんな」
誰が誰より強いなど、その時点での話でしかない。
人は老若問わず成長する。いつまでも過去の勝利に胡坐をかいていると痛い目を見ることになるだろう。往々にして、戦いとは負けた方が得られるものが多いのだから。
元ネタに気づいてくれた方がいてニッコリです。
個人的には勝新太郎版の”徳利の中にある賽”や”こぼれた賽”も恰好よくて好きなんですが……イサナの特徴を活かせる武版にしました。
今回どうしてもイサナの技が文章だけでは凄さが伝わりにくいので、参考にした動画をXでご紹介しています。良ければご確認ください。居合術の合理には学ぶところが多いですね。




