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非合法の賭場などの集まりは特定の合言葉などで同類か否かを判別する。
しかし耳の良い種である彼らにとっては音にすること自体が危険な行為であり、盗み聞きされる可能性を高めるだけだ。
だから彼らは合言葉ではなく合図を使う。
優れた聴覚を持つが故に、耳ではなく目で確かめる必要があるとは……何とも皮肉な話だ。
建屋の上に潜んで合図を盗み見るという、繊細なのか力技なのか分からないやり方で入る方法を手に入れた二人は堂々と賭場へ向かう。
イサナが強弱を変えて戸を四回叩くと、覗き穴が開いて人の目が現れる。
目は胡散臭そうにイサナを見た後、何かを催促するようにじっと睨んだ。
「……」
彼女は腰の得物へ手をやると、鯉口を切って刀身を指二本分だけ見せる。
刀身に魔術灯の光を反射させて相手の目を軽く照らしてやれば、覗き穴が閉じた後に静かに戸が開いた。
「入れ」
静かに、しかし急かすように押し殺した声と共に開いた戸へ二人が身を滑り込ませる。
見張りの男は見上げるほどの大男に驚いてから、耳に気づいて警戒心を露わにした。
腰の得物に手を伸ばしてジグを睨みつけると、目を逸らさぬままにイサナを問い詰める。
「おい、どういうつもりだ? こいつは……」
「連れよ」
「余所者だろう」
「世間の鼻摘まみ者同士、仲良くしないとね?」
臨戦態勢に入った男が刀を抜いたが、イサナは気にした風もなく不敵に笑って見せた。
当たり前と言えば当たり前だが、こういった場に集まる人間の余所者に対する警戒心はより強い。
イサナもこれくらいは想定した上でジグに声を掛けているはずだ。お手並み拝見と行こう。
見張りの男が殺気を滲ませ始めたことで賭けに興じていた者たちが騒ぎに気づいたのか、胡乱げな目を向けてきている。
中でも恰幅のいい壮年の男が賽を手の中で転がしながら、胴間声で呼びかけた。
「……おぉい、徒に抜くんじゃねぇよ。場が醒めちまうだろぉが」
「へぇ、すいやせん。この女が余所者を連れてきやがりまして……」
「女だぁ?」
胴元でもやっているのか、男はここでの中心人物のようだ。
見張りに判断を求められた男は面倒くさそうに首を傾けると、イサナたちに目をやった。
場違いな美人であるイサナを見て、脂ぎった顔が好色な笑みを滲ませる。
「ほぉう、随分な上玉じゃねぇか。嬢ちゃん、裏社会見学ってやつかい?」
女子供と侮り下卑た笑い声を上げる男たち。
イサナは薄っすらと底冷えのする笑みを浮かべ、鋭い刃を思わせる翠眼を細めた。
「遊びに来たのよ。私みたいなのが堅気に混じっちゃ……駄目でしょ?」
多少なりとも剣を学んだ者ならば分かる、命のやり取りに身を置く者特有の視線に場の空気が冷える錯覚がした。幾人かは当てられて刀を抜きかけているほどだ。
「……おぉう、そっちも上玉たぁ驚いた。どこでここを聞いたのかは知らねぇが……確かに、あんたが居る場所はこっち側だ」
「話が早くて助かるわ。心配しなくても、おぜぜならたっぷり用意してあるから」
イサナが懐から取り出した巾着袋を無造作に放る。
床に落ちたそれは重い音を立てて自身の豊満さを主張している。景気のいい音につられて肥え太った豚たちが目を輝かせた。
忘れがちだが冒険者の所得は一般人と比べると非常に高い。
部族への仕送りで年中金欠気味のイサナですら、一般的な基準からすれば裕福に過ごしている。その分危険性と支出も段違いなのだが。
「金があるなら、文句はねぇわな。一応聞いときたいんだが……」
胴元の男は言葉を切ると、訝し気な顔でジグを見やった。
入った時から無言を貫いている大男と、背にある妙な武器はどうやっても目を引く。
イサナは今気づいたとばかりに表情を動かすと、拳の裏でジグの胸板を気安く叩いた。
「ああ、コレは気にしないで。旅の途中で見つけたおもちゃよ。腕が立つから飼ってるの」
「……」
面白くない冗談だ、後で抗議しておかねば。
だがハッタリは利いている。厳めしい大男をあからさまに侮辱できるのは、それだけイサナが裏に関わる人間であることの説得力へ繋がっている。
「飼ってるって……おいおい、とんでもねぇ嬢ちゃんだな」
「世辞はいいから、早く遊ばせてよ」
急かすイサナに胴元はニタリと口の端だけを吊り上げた。
「やる気満々だな。の前に……そこのでかい兄ちゃん、悪いが武器はこっちで預かるぜ?」
「……」
ジグは無言であまり広くない賭場の中を見回す。
ここにいる者は多少の差こそあれど、皆帯刀しているように見えた。自分だけ武器を預かられるというのは、それだけ警戒されているという意味か。
こういった場で武器を手放すのは抵抗があるが、駄々を捏ねて依頼に支障が出ても困る。
仕方なしに従おうとすると、視線の意味を察した胴元が頭痛を堪えるように眉間をトントンと叩いた。
「そうじゃなくてだなぁ」
男は逆の手で双刃剣を指差した。長剣二本を繋げたほどの長さと、上下に備えた刃を。
「―――邪魔だよソレ。床が傷む」
「……」
一応余所者もいるからと胴元から説明された賭け事は単純なものだった。
数字の彫られた三つの賽を見えぬように振り、出た目の合計に最も近い予想を立てた者が勝つ。
如何に耳の良い彼らでもぶつかり合って反響する賽の目を当てられる訳もなく、純粋に運の勝負となる。
とはいえ、今回は勝つことが目的ではない。
アルクゥラの情報を聞き出せればいいので、向こうの機嫌を取る方が先決だ。
大勝ちして金の代わりに情報を聞き出すもよし、大負けして相手の機嫌を良くすることで口を軽くするもよし。気楽なものだ。
だからジグはイサナとは真逆になるように賭けていた。
確率については詳しくないが、二人の勝敗だけで考えれば一応は二分の一になるはず。
「……」
そのはず、なのだが……
「あら、また勝ち? 手ごたえのない」
「嬢ちゃん……いや姐さんは勝負強いねぇ、惚れ惚れしちゃうよ。それに比べて……」
胴元だけでなく周囲から向けられる憐みの視線。
同じ元手で始め、同じ数だけ賭けをしたはずだというのに、何故かジグだけは大敗を喫していた。
イサナが金を数倍にしているのとは逆に、素寒貧となり退場する寸前という有様だ。
「兄ちゃんはだらしねぇな……見掛け倒しってぇのはこういうのを言うんかね?」
「…………運がない方なのは、否定せん」
「これでここまで一方的に負けられるのが逆にすげぇよ。悪霊にでも取りつかれてんじゃねぇのかい?」
賽を弄びながら呆れ半分、憐憫半分といった口調で胴元がこぼした。
この口ぶりではイカサマすらしていまい。個人をここまで連敗させるような雑なイカサマなど素人でもやらない。最終的には騙して身ぐるみ剥ぐにしても、普通はもう少し段階を踏む。
「……」
だがあまりにもあまりな勝負運の弱さを認められなかったジグは、惨めったらしい視線をイサナへ向けてしまう。何かジグの知らない手段でイカサマをされていた方がまだ救いがある。
イサナに無言で首を振られた。現実は非情であった。
「さぁて、と。場も温まってきたし、再開と行くか」
胴元が腕まくりをして発破をかけると中断していた場が動き、次の賭けが始まった。
全員に見えるよう大仰に賽が振られた。覆い隠された籠の中でころころとぶつかり合う乾いた音が響いている。先ほどまで全く同じ流れで、これでジグは負け続けてきた。
「さあ、張った張った!」
胴元の掛け声に続いて集まっている男たちが景気よく金を出し、各々の予想する数字へと賭けていく。
その様子に不自然なところは何もなく、少なくともジグは違和感を感じなかった。
「姐さんはどう……」
「―――賽の音、変わったわね」
彼女を除いては。
イサナはそれまでの不敵な笑みが嘘のように白けた顔をしており、つまらなそうに胴元の男を見ていた。視線は既に籠へは向けられておらず、結果への興味が完全に失われている。
この段階で賽について言及すること、それがどのような意味を持つかは明白である。
「……なにを言ってるのか、分からねぇな」
効果は覿面であった。
胴元の顔からは色が無くなっていた。動揺などで表情は動いていないが、全く動かないのが逆に違和感となっている。普通は胴元がイカサマ呼ばわりされたら烈火の如く怒る。
男も本来ここまで迂闊ではないのだろう。
絶対にバレないという自信があったからこそ、咄嗟の返しが出来なかった。
これまで同族の耳すらも騙し抜いてきたからこそ、イサナの超感覚は想定外であった。
丁半博打は日本特有のものではなく、ソックディアなど海外でも古くから親しまれてきたものらしいですね。見方によってはルーレットも丁半に近いとか。




