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ジグが足を運んだのはお馴染みのエルネスタ工房だ。
最早すっかり常連と呼ばれるほどに顔を知られたここは不思議な居心地の良さを感じるほどになっていた。大柄な影に気づいた店員は軽く会釈をするとシェスカを呼びに奥へ引っ込んでいく。
「話は早いが……どうにも慣れんな」
これがむさ苦しい男どもが顔を出すならともかく、うら若い娘が出てくるのだからいい身分になったものだ。とはいえ彼女の笑顔は仕事として客へ向ける物、妙な勘違いはしないように心掛けなければならない。
苦笑して待っていると、奥からシェスカが小走りで現れた。
彼女は折り目正しく頭を下げると美しい笑みを浮かべて挨拶をする。頭を下げながら自然な仕草で装備の破損具合を確認するのも忘れない。
「ジグ様、いらっしゃいませ。……ふふふ、今日は壊れていませんね?」
「先日修理したばかりだぞ?」
「まあ。翌日に残骸を持ってこられたことがおありなのに?」
シェスカと軽口を交わす。
先日修復した胸当てを取りに来たばかりだが、装備を頻繁に破損させるジグが連日訪れるのは珍しいことではない。今日に限っては別件だが。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「ガントは居るか? 急ぎで頼みたいことがある」
単刀直入に用件を切り出すとシェスカの眼が細められる。
察しのいい彼女のことだ、急ぎと口にしたジグの様子に商機を嗅ぎ取ったのだろう。
「こちらへどうぞ。すぐにお呼びします」
挨拶もそこそこに彼女は踵を返すと奥へ招き入れた。
「―――なんか僕に言うことない?」
ジトッとした視線と共に投げかけられる苛立ち交じりの言葉。
仕事途中のところを呼びつけられたせいか、金槌片手に髭を蓄えた中年男性がそうしているとどことなく犯罪臭がしないでもない。
現れたガントは会うなり不満を隠しもせずに責め立ててきた。
「悪かった」
もっともこの件に関しては全面的にこちらが悪いので素直に頭を下げる他ない。
魔女の件など事情があって話せなかったとはいえ、武器を作っただけのガントには何ら関係のないことだ。本来全く非がないはずの彼に、日頃の行いが悪いからと疑いの矛先を逸らしたのは責められて当然の行いだ。
普段よりも深く頭を下げて謝罪をする。
人格に難あれど腕のいい鍛冶師はジグにとって必要な人材だ。頭を下げて済むのであればいくらでも下げよう。
「―――僕がなんで怒ってるか分かる?」
「手を煩わせたことは謝る。……出来る範囲で埋め合わせをさせてくれ」
必要なら金銭面での謝罪も考えてそう伝えたのだが、ガントの怒りは収まらないのか眉間の皺を深くしただけだった。偏屈なのは承知の上だが、想像していたよりも怒りは深い。
「……ガン」
口を挟もうとしたシェスカを視線で止める。これに関しては彼女に助け舟を出してもらうのは筋違いだ。ここで話を拗らせれば二度とガントは仕事を受けてくれなくなるだろう。仮にそれでエルネスタ工房を首になろうとも。
「あのさあ……そうじゃなくない?」
ガントは不満気に鼻息をつくと、肩に金槌担いでずるぺたと歩いた。
彼はジグの正面まで来ると金槌で顎を持ち上げて顔を上げさせる。仮にも客に対してあまりにも不躾な態度に後ろで怒りに身を震わせるシェスカが見えた。
ガントに見えぬよう”抑えてくれ”と手で示すが長くは持たなさそうだ。
「ジグ君の謝罪とか興味ないし、どうでもいいでしょ」
シェスカが手近な角材を握った。駄目かもしれない。
それに気づいているのかいないのか、ガントはなおも高圧的にやれやれと首を振った。
「そんなことより―――どうして剣のことをサッサと言わないの? ずっと待ってたんだけど??」
振り下ろされようとしていた角材が止まる。
眉間に一筋の汗を浮かべてそれを見守っていたジグも、言っている意味が理解できずに言葉を詰まらせた。
「うむ、ああ…………剣?」
「なに他人事みたいに言ってるのさ。君が背負ってるソレのことだよソレ」
察しの悪いジグに苛ついた様子で後ろを指差すガント。
「ギルドの連中に聞いたよ、本来あり得ない切れ味と耐久力を示したって。どうして制作者である僕にすぐ聞きに来ないのさ? 傭兵でしょ? 自分の装備のこと気にならないの?」
「ああ……うむ、すまなかった」
訳も分からず、勢いに押されて再度頭を下げる。
どうやらガントが怒っているのは疑いの矛先を自身に向けられたからではなく、双刃剣に起きた異変をすぐに相談しなかったから……という事らしい。
彼にとってその程度のことは些事であり、自身の作品に何が起きたかを知ることこそが優先される……偏屈だとは思っていたがここまでとは。
「いや、そういうのいいからさ。早くソレ渡してよ。で、何が起きたかイチから説明して」
「そう、だな……事の発端は―――」
彼は本当に鍛冶のこと以外は興味が薄いらしい。
どこかズレたガントの感性に戸惑いつつも、双刃剣を外しながら説明するのであった。
「ふーん……刀身が光って切れ味が上がった、ねぇ」
単眼鏡を掛けたガントが目と指で武器全体を確かめながらそう呟いた。
切っ先から柄まで、何やら良く分からない魔具を使って検査をした上で最後に触診している。
「そんなにあり得ないことなのか?」
「血晶纏竜は確かに強力な魔獣だけど、風来鮊の鋸尾に真っ向から勝てるとは考えにくいね」
「お前の腕が良かったんじゃないか?」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、過大評価は好きじゃないな」
一息ついたガントが単眼鏡を外した。魔力の匂いがするそれは単に物を拡大するだけの物でなく、なにか魔術的な流れを読み取る効果でもあるのかもしれない。
「手入れを怠らないジグ君なら分かるだろうけど、刀身の傷が不自然に少ない。これは一部の特殊な鉱物や素材に彫り込んだ魔術刻印によって起動する、魔力を吸収することで自己修復する機能なんだけど……これにそんな能力はないんだよね」
「血晶纏竜は魔力で結晶を生やすのだろう? 同じことが起きたとは考えられないか」
「……チミは体から結晶が生えているのかなあ?」
素人意見を口にすると心底馬鹿にした顔で否定される。
深いため息をついた彼は外した単眼鏡に刻まれた魔術刻印を指した。
「魔獣の素材を使った道具はそれに関係した能力を持つのは事実さ。だけど素材そのままに魔力を籠めたって起動するわけじゃない。詠唱を必要としない魔獣がどんな理屈で魔術を使っているのか分からないからね。だから僕ら鍛冶師が人の魔力で反応するように回路を作ってるの」
つまりそれ用の魔術刻印がない以上、いくら持ち主が魔力を流したところで意味がない。
「ま、波長が合う魔獣の魔力に反応したってのが有力かな。風来鮊の波長が合うってのはどうにも納得できないけど……新種の魔獣が出たって聞いたしそっちかな?」
「……かもしれんな」
魔女二人のことを話せないジグはそれ以上何も言えない。
幸いガントの興味は武器の状態に行っているのでそれ以上は突っ込まれなかった。
「なんにしても、次に何か起きたら真っ先に僕へ教えること! いいね!?」
「了解した」
「……それで、えーっと。今日は何の用? ないなら帰って欲しいんだけど」
返事に満足したガントはそこでやっと本題に移ってくれた。
ようやく話が前に進められることに安堵し、懐から目的の物を出す。
「なにそれ!?」
興味を引かれたガントの視線が釘付けになる。
すぐに手を伸ばしてくる彼から少しだけ遠ざけ、控えていたシェスカに渡した。彼女は受け取ったそれを頭上に掲げ、子供のように向かってくるガントの頭を押さえている。
「これで魔具を作って欲しい」
それは先の魔獣討伐で手に入れた糸切奇居虫から切り取った紡績腺……つまり糸を作り出す器官であった。




