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「他の面子は決まっているのか? まさか俺たちだけで行かせる訳でもあるまい」
報酬の交渉が終わった頃合いを見て確認しておく。
まだ可能性の段階とはいえ祖先の技術が絡んでいる案件だ、ジグたちだけで向かうのは少し不安が残る。
それに二人が優れているのは個としての戦闘能力によるところが大きい。土地鑑のない場所で何人いるかも分からない澄人教徒たちよりも先に遺物を探すのは少々難しいだろう。
「もちろんギルドもそこまで馬鹿じゃないさ。他に何人か実力者に声を掛けているよ。それに今回の仕事には僕も同行するから、安心してほしい」
ギルド職員であるアオイが傍にいるというのに、ノートンは随分な口ぶりで肯定した。
「……」
ジグは複雑な心持ちで彼を見る。
どんな危険が待っているか分からないというのに、彼の眼は期待に輝いていた。
色々な面で危険人物であるノートンが同行することは全くと言っていいほど安心には繋がらない。
しかし戦力という面で見れば三等級という肩書は十分に期待できるのは間違いない。またシバシクルというクランをまとめている彼は他の高位冒険者と違って比較的思慮深く、短絡的な行動をとらないという意味でも有能ではあるのだ……思想が危険なだけで。
「はっはっは。ジグが何を考えているのかは分かるとも。でも君は拒まないさ……そういう男だ」
……そしてこちらの思考を透かし見る洞察力もある。
彼と関わった期間はそう長くないはずだが、その短い時間でもジグの人となりをある程度読み取っている。
多少の不安要素があったとしても使えるモノはなんでも使うというジグの気質をよく理解しているようだ。実際にジグは今回の依頼でノートンの過激な行動を誘発するような要因は少ない……そう判断していた。
ノートンは碧眼をこちらに向け、薄く微笑んで見せる。
どこぞの王子様かと思える容貌をした彼がそうしていると実に絵になる。しかし真っ直ぐ澄んだ眼をしているのに、なんという違和感か。
「ノートン様、とても気色が悪いのでやめてください」
同じことを感じたのか、珍しく表情に不快感を滲ませたアオイが遮った。
彼女は少しだけ疲れたため息を吐くと、シアーシャたちに頷いて説明を引き継いだ。
「ご懸念の通り、この依頼を持ちかけたのはお二人だけではありません。ノートン様を始めとした複数の高位冒険者にも依頼をしています」
「それを聞いて安心した。現地に詳しい奴は居るのか?」
ストリゴの時は戦闘が主な仕事であったのと運よく事前調査ができたので地理にはそこまで困らなかったが、今回は全く知らない土地での調べ物が仕事だ。土地鑑のある人物がいるかどうかの差は大きい。
「はい、ラクシャナ出身の冒険者に真っ先に依頼を受けていただきました」
「承知した」
幸いその心配はないらしく、アオイは首肯した。
懸念点も確認できたのでシアーシャを促して席から立ちあがる。しかしアオイはそれだけで終わらず、扉に手を掛けたジグの背に声を投げかける。
「その冒険者と顔合わせは……」
「不要だ。現地の説明は移動中に聞く」
「いいんですか?」
事前準備を怠らないジグらしからぬ発言にシアーシャが見上げてきた。
ジグはため息をつきながら扉のノブを捻る。
「面倒な地出身の高位冒険者……さぞ本人も面倒に違いない」
これまで出会ってきた冒険者の傾向を鑑みると、高位の冒険者は人格的に何らかの問題を抱えている可能性が高い。
これは冒険者という平気で命を危険に晒すという仕事内容上致し方ない部分でもある。真っ当な感覚を持ち合わせている人間なら冒険者の道など選ばない。
ましてやその中でも上位の人間など推して知るべしだ。そういう意味ではノートンが嫌悪している低級で上昇志向の無い者たちの方が余程まともな感覚をしているだろう。
「仕事の前から疲れるのは御免だ」
ジグはうんざりした口調を隠しもせずに扉を開け、
「―――悪かったわね? 面倒そうな女で」
件の高位冒険者様と鉢合わせした。
褐色の肌に映える真白い髪が揺れ、翠の切れ長な瞳が斬りつけるようにジグを捉えた。
「……なるほど、お前か」
思えば話を聞いた時点で気づいておくべきだった。
他所と波風を立てがちでやたらと強さを基準としたがる好戦的な民族。内向的で他者の助けを渋りがちなところなどなど、聞いたことがある特徴ではないか。
居るではないか。腕は立つが面倒で、どこぞの民族出身の高位冒険者が。
「あ、イサナさん。こんにちは」
知り合いと遭遇したシアーシャが朗らかな挨拶をしている。
つまり彼女……イサナ=ゲイホーンが今回の依頼における案内役、ラクシャナ出身の冒険者ということだ。
「こんにちは。大仕事を終えた後だってのに忙しいわね、シアーシャ?」
「上を目指すには足踏みしていられませんからね」
イサナは軽い挨拶を交わすと、ジグに目を向けた。
彼女たちの高性能な耳でも防音の魔具越しに聞き取れるかは疑問だが、扉を開けながら言ったジグの台詞を聞いているのは間違いない。イサナの目がそう物語っていた。
じとりとした翠眼が下から見上げてくる。
「……ま、いいけど」
またぞろ騒々しい文句が飛び出てきそうだ―――そんなジグの予想を裏切るかのようにイサナは視線を切ると、アオイに声を掛けた。
「依頼を受けたのって彼女よね。なら確かに顔合わせはいらないみたい」
「そのようですね。ラクシャナの説明は……」
「道中話すわ。あなたもそれでいいでしょ?」
話を振られたジグがわずかに遅れて返答する。
「ああ……そうだな」
「出発は二日後。あまり温厚な土地じゃないから、準備を怠らないようにね」
イサナはそれだけ告げると、踵を返し颯爽と去って行った。
ジグは言い知れぬ違和感に一人首を傾げるが、それに応えてくれる者はこの場には居なかった。
多少気にはなったが、過ぎたことをいつまでも考えていても仕方がないと切り替えることにする。
「……まあ、誰しも成長するものか」
「ジグさん?」
独り言に反応したシアーシャになんでもないとかぶりを振ると、依頼の準備に意識を向ける。
「いや、こちらの話だ。それより俺はこのあと少し用事があるが、準備を任せてもいいか?」
「あ……はい! 任せてください!」
遠出の準備はこれまでジグが手伝ってきた。
何が必要で何が不要かなどを判断するのは存外に難しい。実際に経験したことでしか得られないものもあるため、付き添って助言をしてきたのだ。
だが彼女も冒険者としての……仕事に対する意識が現れ始めてきた。ならば今回は全て彼女に任せて、自分は他の用事を済ませようと考えたのだ。
それは取りも直さず、シアーシャを一人前として扱うことを意味している。
彼女も仕事にうるさいジグがそれを任せたことの意味を理解したのだろう。気合の入った返事をして足音も高らかに繁華街へ買い出しに向かった。
「ふっ」
初めての一人仕事を任されて勇む新兵を見る心地でそれを見送ると、ジグも準備をするためにギルドを後にするのであった。




