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「お二人はラクシャナをご存知でしょうか?」
事務的な対応というよりは本人の気質なのだろう。
奥へ通されてから一息つく間もなく、アオイは本題を切り出した。
シアーシャは記憶を辿るも、聞き覚えのない名に首を振る。
「ここから南東にずっと進んだ先、荒野を越えた山岳地帯のことです」
「広い土地で複数の民族が寄り合って成り立っている場所でね。街というには規模が大きいけど、国というにはまとまりが無さすぎる、ちょっと厄介な所なんだ」
説明を引き継いだノートンが苦笑しながら肩を竦める。
あれだけの事態を招いた張本人であるこの男が厄介と口にするからには相当面倒なのだろう。どの口で言っているのかと思わないでもないが。
「はぁ」
シアーシャはあまりピンと来ていないようだが、ジグはかつて似たような集合体をいくつか見たことがある。
要は民族紛争に近いものだろう。
信ずる神や習慣の違いなどの概念的なものから、土地や資源などの現実的なものまで、様々な要素で争い合う民族集合体。一致団結できず争い続け、いずれは大国に目をつけられて食い物にされるのが歴史の常だったのだが……
「争うといっても戦争は出来んのだろう?」
そう、この大陸では戦争を起こせない。
大規模な武力衝突が起これば魔力が高まり、それに引き付けられて大量の魔獣が押し寄せてくることとなる。その片鱗はストリゴで嫌というほど味わった。
ジグの疑問にノートンは自分でお茶を淹れながら頷いた。
「うん。だからラクシャナでは各民族での代表者を選出して腕を競わせてきたんだ。その結果如何で土地や様々な権利を奪い合う」
なるほど。それならば犠牲も少なく、魔獣たちを刺激しない新たな争いの形かもしれない。
負けた側がそれで納得できるのかは疑問だが、無駄のない戦争と言えるだろう。
「代理戦争……いや、代理決闘か」
「ははは、いい表現だね」
「ノートン様、笑い事ではございません」
冷ややかな口調で彼を咎めたアオイが視線で”黙っていろ”と睨みつけると、ノートンは笑いながら茶を口にした。
「それで、そのラクシャナがどうかしたのですか?」
「かの地にはその情勢と僻地であることから冒険者ギルドが存在しません。また成り立ちから腕に自信のある者が多いので、魔獣の対処も自分たちで行ってきました」
大したものだ。腕っぷしだけで領土争いを繰り返してきただけのことはある。
あるいは形こそ違えど冒険者ギルドのようなものがあるのかもしれない。ただ腕がいいだけで通用するほど魔獣の爪牙は温くない。
「昨日お二人が受けた依頼……街道の魔獣討伐ですが、被害に遭った商人の荷馬車から書状が見つかりました。細かい内容を省いて要点だけ説明しますと、魔獣が増えて対処が難しくなったので支援を欲しているようです」
「だろうな」
「冒険者ギルドへの要請ですからね」
魔獣絡みの話にジグとシアーシャが然もありなんと頷く。そうでなければわざわざギルドに話が来るはずがない。
「―――だが、それだけではあるまい?」
ジグは目を細めてアオイを見た。省いているのは何も書状の内容だけではないだろうと、暗に示して。
この話をするならばもっと優先するべき相手はいる。
三等級冒険者であるノートンが同席しているのがその答えだ。厄介な場所ならばなおのこと、つい最近五等級に上がったばかりのシアーシャに持ってくる話ではない。
「もちろん、シアーシャ様たちにこの話をするのには理由があります」
しかしアオイはそう言われることまで織り込み済みのようだ。
手早く数枚の書類を並べると、そのうちの一枚を指し示しながら少しだけ声を潜めた。
「先日ストリゴにて現れた特異な魔獣……まだ名称は正式に決まっておりませんが、暫定的ながら準一等級相当の魔獣として認定される予定です」
「……やはりと言うべきか、まだ”準”なのかと言うべきか」
ギルドとしてもあの強さの魔獣は過去例に見ない大物であったのは間違いないようだ。
あれ級の強さを持つ魔獣がぽこぽこ居るようなら引越しを考慮しなければならないと考えていたが、杞憂だったのは幸いか。あるいは魔女以上の力を持っているのに準一等級であることを恐れるべきか。
「ギルドの記録にも一等級はほとんど伝承に近いものしかありませんので、実質的に最高位の脅威と認識していただいて構いません」
「それで、今その話を出すということは……」
嫌な予感が拭えない。やはりきな臭い依頼になりそうだという感覚に間違いはなかった。
ノートンの顔を見た時点で回れ右をするべきだっただろうか。
「はい! そういう事、ですよねっ?」
対照的に期待で顔を輝かせているシアーシャが身を乗り出している。
冒険者として充実している顔だ。微笑ましい顔で見ているノートンが腹立たしく感じるほどに。
「まだ確定、というわけではありませんが……」
アオイはそう前置きしてから先を話し始める。
聞きたくない。そう思いつつも、仕事の話と言われると意識が切り替わってしまうジグであった。
「ヨラン司祭を始めとした澄人教徒の一部が、布教活動という名目のもとで各地の遺跡を調査しているのは知っていますね?」
「ああ。奴らが崇める祖先の叡智を保護する……とか言っていたか」
実際は栄華を誇った過去の文明が生み出した技術を独占するためだったのだが。
複数ある調査隊も後ろにいる大司祭が誰か次第で勢力が違うらしいが……いずれにしろ迷惑な話だ。
「シアンからその報を受けた我々はすぐに動き、周辺で動く布教を隠れ蓑にした澄人の一団を調べ上げました。その結果分かったのが……」
「数日前にラクシャナへ向かった澄人教の集団が居たっていう話なのさ」
最後の台詞を奪ったノートンが氷よりも冷たい視線を無視してそう締めくくった。
基本的に無表情のジグが明確に嫌そうな顔で眉を顰めた。
なるほど厄介ごとだ。それも相当な。
それも先のストリゴ防衛のように想像していなかった危険が現れたとかではなく、事前に分かり切っている類の。
「なるほど……だから私たちに話が来たんですね」
「はい。件の魔獣を打倒した比類なき魔術師であるシアーシャ様。そして民族間の争いに慣れ、巻き込まれた際にも問題なく対処、あるいは撃退できるジグ様。事情にも明るいお二人を派遣するのが最適だと副頭取……カークが判断いたしました」
説明を終えたアオイが真っ直ぐに目を見つめ、ハリアンギルドの受付嬢として依頼をする。
「両名には魔獣討伐支援という名目でラクシャナに赴き、澄人教の動向調査、加えて前文明の遺物を探って欲しいのです。そして可能ならば確保……もしくは破壊してください―――ストリゴの再来は、防がねばなりません」
頭を下げた彼女を他所に、ジグとシアーシャが素早く目配せする。
”……やるのか?”
”やりましょう!”
”仕方がない……なるべく報酬は釣り上げよう”
”お任せあれ”
声に出さず視線だけで意思の疎通を済ませる。
長年とまではいかずとも、濃い時間を共にした二人だ。互いの考えることを予想すればこれくらいは可能になっている。
「もちろんギルドの、ハリアンの一大事です。協力するのは吝かではありません。ですが私たちもここ最近は立て続けに過酷な依頼をこなして疲れも溜まっています……」
「はい、シアーシャ様に負担を強いているのはこちらも理解しているつもりです。しかしどれだけ時間があるかも分からず、事情を説明できる人間が限られている状況では他に頼れる者も少ないのです」
二人の交渉を傍目にジグが頷く。
共に行動をしているといえど、冒険者の依頼交渉に傭兵であるジグがいつまでも口を挟むわけにもいかない。彼女もジグを見ている中で処世術を少しずつ身に着け、こうして交渉などもできるようになってきた。
住み続けてきたハリアンにもそれなりの愛着は出てきた。街に危険が迫るなら力になることも考慮するくらいには。
だがそれはそれとして、貰えるものは貰っておく。
根無し草の傭兵が長かったジグの考えは、しっかりとシアーシャにも根付いていた。




