97話 「騒ぎの裏側」
ファルベが新たな武器を手に入れ、カインズの店を立ち去った後、フラフラとあてもなく彷徨っていた。
というのも、
「絶対あいつらの買い物終わってねえよな……」
ファルベの用事が意外と早く終わってしまったために手持ち無沙汰になっていたのだ。特にやりたいこともなく、けれど女子たちの買い物に混ざる気もない。だから何もすることがなかった。
適当に時間を潰そうかなどと考えて歩いているが、惹かれるような店もなければ人もいない。趣味のないファルベにとっては微塵も興味がわかない場所だった。
「仕事がないって、退屈なんだな」
多くの人間が闊歩する往来を歩くのにも飽き、ファルベは路肩で腰を下ろす。そして空を見上げて、
「でも、この退屈さも、嫌いじゃない」
小さく微笑んで、呟く。以前のファルベだったら、この暇な時間は苦痛でしかなかっただろう。仕事という名の現実逃避ができないから。だけど、カリアナ王国で自分の過去ともう一度向き合い、自分が不幸にさせてしまった人たちに想いを伝えることができた今、もう現実逃避は必要ない。
逃げるのではなく、乗り越えることを決めたのだから。
そんな、現在のファルベにとって暇な時間は、自分が動かなくても平和が維持できているという事実を確認できる機会であり、これ以上ないくらい望ましいものだった。
ファルベが感傷に浸っていると、自分の懐にしまっていた遠隔通信機が光り始めた。それが通信が始まった合図だと悟ると、光を放つ通信機の水晶部分に触れ、
「なんだ」
誰からの通信かを確かめようとする。直後、通信機の水晶に映った人物はギルドの受付嬢だった。
『ファルベさん! 緊急です! こちらで依頼対象としていた人物が騒ぎを起こしているとの報告がありました! 既に被害が出ているようですので、至急現場に向かってください!』
嫌いじゃなくなった平穏も、長くは続かないようだ。
「いきなりだな」
『私もいきなりすぎて驚いてますよ!』
彼女の言葉は本当らしく、いつもより早口になっているし、言葉を続けるにつれて滑舌が怪しくなっていく。
水晶に映る慌てっぷりを眺めて、ファルベは問う。
「緊急で現場に行くってことは依頼書とか受け取る時間はないってことだよな?」
『勿論です! 他の人なら危険かもですけど、ファルベさんなら恐らく大丈夫かと!』
「これは頼られてるって喜んでいいのかな」
事前情報なしで現場に向かう危険性はファルベにだって付きまとっている。それを踏まえた上で大丈夫だと思われているのか、そう思い込もうとしているだけなのか。判断はできなかった。
「取り敢えず急いで行くから、場所の情報をくれ。他の情報は移動しながら伝えてくれればいい」
紙媒体で渡されることがないだけで、口頭で情報を聞き出すことはできる。ぱっと見で得られる情報量が多い分紙の方がありがたいが、今この場においては次善の策を取るしかない。
『え、あ、はい! わかりました!』
焦りすぎて思考が追いついていなかった様子の受付嬢は慌てて手元に置いているらしい依頼書に視線を走らせ、
『えっと、場所が――』
次々に与えられる情報を頭に叩き込みながら、ファルベは馬車を手配し、指定された場所に向かうように頼む。
ある程度目的地まで近づいた頃、受付嬢を映す水晶に、別の光が浮かび始める。これは通信中に別の通信機から接続されたことで発生する現象だ。
「悪い、他のやつから連絡が入ってる。一旦切るぞ」
『あ、りょ――』
受付嬢の言葉が最後まで続く前にファルベは受付嬢との通信を切る。直後、別の人物の姿が映る。それは短い黒髪に大きな黒い瞳を持った可愛らしい少女――ルナだった。
「お前から連絡をよこしてきたってことは、なにかあったってことだな」
ルナから通信を行ってきた理由を予測しながら、ファルベは話す。ただ単に買い物が終わっただけなのか、ファルベに頼らないといけない何かが起きたのか。
――今、ルナの焦っている表情を見ると、前者である可能性は限りなく低いと考えられるが。
『そうです。ししょーの持ってる魔道具と繋がってるルナの魔道具の位置はある程度特定できると思いますので、至急こちらまで来て欲しいです。詳しい情報や、現在の状況はししょーが向かってくる途中で話しますので』
ファルベの予想は的中していたようだ。詳しい情報も話せないほどの緊急事態がルナのいる場で起きている。その事実にファルベも駆けつけたい衝動に駆られるが、今向かっている事件も無視はできない。
最悪、ルナがいれば実力行使で対処できるだろうと考えて、ファルベは優先順位を確定させる。
「あー……悪い。ちょっとそっちに行けそうにねえわ」
助けにいけない後ろめたさから歯切れの悪い返事になってしまったが、伝えたいことは伝えているから良しとしておく。
『なに? 来れない理由って。そっちで何か起こったの?』
水晶の向こうからルナとは違う声が聞こえてくる。ルナと一緒に買い物をしていたメルトだろう。どこか当たりの強い感じの話し方からして、それほど切迫詰まっているのだろうと察する。
「俺のいるところの近くで、犯罪者が暴れてるらしい。事前情報をもらってる時間もなさそうだから、相手を完封できるって自信は持てないな。まず負けることはないと思うけどな、ちょっと時間がかかる可能性が高い。だから、そっちの問題はできればそっちで片付けてくれ。あとは任せた」
目的地が近づいてきたことで早口気味に話を終わらせ、ファルベは急いで通信を切る。
雑に切ってしまったことを後悔しながら、ファルベは馬車を止めてもらう。以前、馬車で目的地へ向かっていると御者ごと事件に巻き込まれたことがあった。その教訓から、目的地から少し離れた位置で止めて貰うことにしたのだ。
「後で二人に謝らなきゃな……」
馬車を降りながら、ファルベは呟いた。




