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91話 「大通りのショッピング?」

 大通りの商店街はいつもの通り活気と熱気に包まれ、喧騒に満ちていた。人と人が密集し、我先にと商品に手を伸ばしている。その光景はルナにとって日常と呼べるものだったのだが、


「すごい、すごいよルナちゃん! あ、あっちに綿菓子がある! ねえ、食べに行かない?」


 すぐ隣を歩くメルトが彼方此方に指差しながら叫ぶ。それは齢二十にもなろうかという女性が出すものにはそぐわないように感じた。良く言えば童心に帰ったとでも表現するべきか。

 とはいえ、彼女の生い立ち故にこんな経験は初めてだろうから、ここまでの喜びようも否定することはできない。


「そうですね。ルナも良いと思います」


 変に冷めた発言で彼女のテンションを下げる行為はしたくないので、それを肯定する。元よりルナも乗り気なので、嫌々でやってる訳ではないのだが。


 一瞬走りかけたメルトは、しかし周りに配慮して歩こうとした結果、早歩きのような何かと化していた。そんな彼女に手を引かれて、ルナも後を追う。


「いらっしゃいませ! ご注文は何に致しますか!」


 メルトとルナを迎えたのは活発な青年だった。若いうちから店を構えているからか、ハキハキとした喋り方で、聞いていて気持ちがいい。

 一方で、若干ぎこちなさを感じる気がするが、それはご愛嬌というものだ。


「綿菓子を二つ、お願いできますか?」


 そう言うと同時にメルトが懐から手のひらサイズの小袋を取り出し、中に入っていた貨幣を幾つか差し出す。数えてみると、ルナの分も払ってお釣りが出る金額だったので違和感を覚えたルナが、


「あ、ルナは自分で払いますよ。ししょーから少なからずお金を貰ってますし」


 そう言って、自分の小袋を取り出す。だが、メルトの反応は良いものではなくて、


「いいよいいよ。ここは年上の私に払わせて。……って、それよりルナちゃんそれがお小遣い、なの? 普通の子供でももうちょっと持ってるものじゃない?」


 訝しむようにルナの小銭入れを覗き込む。ルナは同年代の財布を見たことがない――そもそも同年代と絡むことがなかったため、適正な金額というものを知らなかった。だから今まで、ファルベから渡された分を何の疑いもなく受け取っていたのだが、


「少ない……ですかね」


「少ないわよ。そんなんじゃ、まともなお洋服も買えない。全く、ファルベはどうして変なところをケチってるのかしらね」


 腕を組み、呆れたように嘆息を吐く。金銭感覚が常人とは違うルナにとっては当たり前のように感じていたことも一般常識と照らし合わせると全くそぐわないものだったことを知って驚愕する。


 そういえば、ルナはファルベがやたら金を使わない理由も聞いていない。冒険者狩りはファルベにしか出来ない重要な仕事であり、金銭は普通以上に貰っている筈だ。それなのにメルト曰くルナは少ない金額しか貰っていない。

 ファルベは金に執着する気質がある訳ではない。だから、ルナに金を渡さないことも必ず何か理由がある。


「それも、聞いておかなきゃいけないですね……」


 知らないことを知っていこうと、そう誓った筈だ。変に気を遣ってなあなあで済ませるのはもうやめだ。

 ルナがそんな決意を固めていると、


「はい、お待たせ。お姉さんと嬢ちゃん二人分だ。可愛い子ばかりだから普通よりちょっと大きくしちまったけど、他の連中には内緒にな」


 大きな綿菓子を二本両手に持ってこちらにやってきた青年は、規定のサイズを超えた理由を述べ、目くばせをしてくる。

 下心、というより彼なりの冗談だろうが、綿菓子が大きいのは事実なため、二人は得したような気分になる。


「じゃあ、ルナちゃん。次どこ行こっか」


 口いっぱいに綿菓子を頬張りながら、メルトは前に横に視線を巡らせている。ルナもその小さな手で綿菓子に突き刺さっている木の棒を握り締め、メルトの見ている方向を追いかける。


 メルトはしばらく視線を彷徨わせていたが、ある一点で停止すると、


「次あそこ行かない? 可愛いお洋服がいっぱい売ってるの!」


「洋服、ですか……」


 これまでお洒落というやつに無頓着だったルナは、服飾を詳しく観察してこなかった。そのため人一倍おしゃれの優先度が低くなっていたのだが、基本的に全身を外套で覆っているので問題はなかった。寧ろ、何を着ても良いという妥協が許されていることで気が楽になっていた部分も大きかった。


 そんな事情で洋服を勧められてもルナはピンと来てなかったのだが、メルトは爛々と輝かせた瞳に見つめられるとどうも否定しづらい空気になる。


「でも、ルナはお金がアレなので……」


「そんなの、私が買ってあげるわよ! ファルベがケチってるのなんてさっきの件で既に分かってたことだしね」


「それは――」


 きっと意味のある行為なのだ、と主張しかけて止める。ここで変に反論することで話題が好転するとは思えなかったからだ。

 突然口を噤んだルナに疑問符を浮かべるメルトだったが、


「いえ、なんでもないです。そうですね。では、お言葉に甘えて、洋服を買いに行きましょう!」


 そんな、いつも通りの元気な様子を見せる彼女を前に、何も言うことができなかった。

 正直なところ、詳しく問いただしたいという気持ちがないわけではなかったが、ルナも言いたいことを敢えて言わなかったのに、自分が聞き出そうとするのも野暮だろうと考え、話をルナに合わせる。


「決まりだね! 他の人に取られちゃう前に行こっか」


 そうして二人は服飾を取り扱う大きな店に入っていった。


 外から見た時も硝子越しに見本が多く立ち並んでいたが、中に入ってみるとより一層それを感じることになった。

 マネキンに華美な装飾の付いた洋服や婦人服、果てはドレスまで、あらゆる女性用の服を取り揃えており、ルナに合うような子供用の物もあった。

 当然と言えば当然の話ではあるが、こんな規模感の大きい店に集まる客もそれなりの立場にある人間ということで、


「なんだか、場違いな気がしてきた……」


 店に入った直後にメルトが若干の震え声で、そう言った。怖がっている訳ではなく、ただ緊張しているのだ。自分がこんなところに来てしまっているという事実に。

 かくいうルナもメルトと同じく、アウェー感を拭えず緊張感を味わっているのだが。


「で、でも……一応、値段やどんな商品が置いてあるのかとか、ちゃんと見ておいた方が良いんじゃないですかね……折角、来たんですから」


 あからさまに豪奢な指輪やネックレスを携えた、見るからに高収入のマダムが闊歩する店内で、商品の確認を提案するルナ。今日、若しくは今すぐに買うとまでいかなくても、いつか買う時が来るかもしれない。その時のために事前にリサーチしておくのはそう悪い提案じゃない。


 けれど、それを言われたメルトの反応は想定外のもので、


「いや、やっぱり帰ろう。私が言い出したことなのにこんなことを言うなんて、本当に悪いと思ってるんだけど、流石に私達には厳しいんじゃないかな……」


 外から見た時では考えられないほど派手な内装に怖気付いて、撤退の意思を表明する。確かに見た目だけでいえば今のルナ達に買えそうなものがあるとは思えない。

 しかし、ルナは折角来たのに、という気持ちは変わらずメルトの言葉にすぐに頷かない。

 そうして、服を買おうとも、店を出ようともしないどっちつかずの二人は、


「あのー……お求めになられる商品は見つかりましたでしょうか」


 店内を巡回する店員にそう声をかけられることになった。

 客層の年代に似合わず若い容姿をしており、黒いスーツに身に纏っている。だが、それは彼女に丁度良い感じにフィットしており、身体のラインが強調されていて、どこか艶かしさすら感じる出立ちだ。


「あ、いえ、私達は……」


 慌てふためいて、手を横に振るメルトはすぐ横のルナの様子も伺いつつどう返答すべきか思考を回す。だが、中々いいアイデアは浮かんでこない。助けを求めるように隣に視線を向けるが、頭が回っていないのはメルトも同じだったようだ。

 狼狽える二人に困ったように一瞬眉を顰める店員だったが、ルナを見ると驚いたように目を見開く。


「あ、貴方……よく見たら……うん、やっぱり!」


「え、っと、どうしたのでしょうか?」


 店員の女性の態度が急変したことに動揺を隠せないルナはジロジロと不躾に向けられる視線の前に動けずにいた。

 女性はしばらく舐めるようにルナの全身を眺めた後、自分の行いに気づいたのか慌てて姿勢を元に戻すと、


「すみません! ちょっとお時間よろしいですか?」


「……はい。大丈夫、ですけど」


「実は私達、お子様連れのお客様のために、子供用服を製作しているんですが、見ての通り常連の女性客しかお店に来店されていない状況でして……」


 そう言って、女性は店内を見回す。さっきから店の中を眺めても、子供用の服を取り扱っているような様子は見受けられても、子供連れの客は見えなかった。

 これを迷惑とまで言わずとも、あまり歓迎すべき事態とも言えないようだ。


「そこでですね。貴方……出来ればお名前のほうをお伺いさせていただけませんか?」


「ルナ、ですけど……」


「ルナさん、そこでですね。私達の作った商品を試着して頂けませんか?」


 女性は深く頭を下げる。少し長めに丁寧なお辞儀の時間を使ったかと思うと、顔を上げて、


「もし協力していただけるのでしたら、報酬としてこの店の商品……つまりはお洋服や小物類ですね。それらの内一点の商品を無償で差し上げたいと思っています。……どうでしょうか?」


「えっと、仮にルナがそれを引き受けたとして、何かしないといけないこととかありますか? 例えば、何らかのショーに出演する……とか」


「そういうことでしたら、問題ありません。ルナさんがこの店の服を着て街中を歩いていただくだけで、子供用服を販売していることが宣伝できます。それに、いつまで歩いてくださいという期間も設けません。こちらからのお願いですから、そこまで強制するのは傲慢というものです」


 それを聞いて、ルナはホッと胸を撫で下ろす。宣伝とはいえ引き受ければ仕事だ。それなら期間を設けられて、その間動きを制限されてしまう恐れがあった。その不安を払拭してくれた店員の善意には感謝をしなくてはならない。

 とはいえ、そこまで聞いてもルナには疑問に残ることがあった。仕事として引き受けること、それ自体に問題は残っていないのだが、


「子供用服をこの店で売り始めたのは最近なんですよね? それならもしルナがお店の商品を着て歩いても街中にいる人達に気づいて貰えないんじゃないでしょうか? だって、知らない人が多いから宣伝するんですよね。でしたらこの店の名前を周知できる何かを用意しないと、どこの店の服なのかが分からないと思うんですよ」


 ルナの提案することは概ね正しかった。商品は商品であるだけでは宣伝足りえない。「どこの」商品であるかを確実に記しておかないと狙いたい客層に届かないからだ。

 唯一の誤算があったとすれば、それは――


「とても賢い子ですね、ルナさんは。ですが、それも大丈夫ですよ。この店はそれなりに長く続いていまして、尚且つ大人の方々には名前も通っています。なので、大通りにいる人達は服のデザインや素材を見ただけでこの店のものかどうかが分かるんですよ。実際、まったく新しいコンセプトのお洋服を販売した際にも、数人が買ってくださった商品が宣伝効果を生んで広告を出さなくてもお客様が買いに来てくれたんですよ。そういう実績もありますし、あとは単純なことですが、ルナさんもそうですが、大人の方と一緒に来られてますよね」


 そう言って、店員の女性はメルトの方に視線を向ける。彼女の言う、「大人の女性」というのはメルトのことだったのだ。ルナはメルトをほとんど友人にも似た気持ちがあったため、年の差をあまり気にしていなかった。だから、「大人の方」という言葉を聞いたときに一瞬違和感を覚えたのだろう。

 ルナは年齢や身分の上下に気を付けていると自負していたのにも関わらず、年上のメルトを同等という風に捉えていたことは反省しないといけないことだ、と自戒する。

 これを本人に伝えたところで彼女は気を使って気にしないと言うだろうから、これはルナの心の中でだけ行われる反省だが。


 ともかく、大人と一緒に訪れたという問いに対して否定する必要もないので、素直に頷くと店員が再び笑顔で口を開いて、


「お子様が一人で入店されることはほぼほぼ無いので、当然他の人も大人の方を連れてきますし――いえ、この言葉は正しくないですね。親御様がお子様を連れてきます、と言った方がいいですね。それに実際に購入されるのも大人の方です。つまり大人の方に名前が通っているということは親御様も知っているということで、そこから間接的にお子様に伝達されるわけです。だから、何も直接的に伝える必要はないんですよ」


 既に名の通っている店だからできる宣伝方法、それに驚愕と感心を持ったルナは一つ頷くと、


「……分かりました。是非ルナに引き受けさせてください」


 メルトがここで服を購入することに躊躇いを見せていたのは金銭的な面が大きい。故にそれを解消する方法が降ってきたならそのチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。それに、服への興味云々や金銭の問題を差し引いても商品の宣伝するという、ある種の「人助け」を無視したくはない。

 誰かを助けるために動くファルベに付き添う弟子としては当然の判断だ。それに、きっとファルベがルナの立場だったとしてもこうするだろう。


 ルナが了承の意を見せたことに安心したのか、店員の女性は職務的な笑顔ではなく心の底から出たような自然な笑顔を浮かべて、


「ありがとうございます! では、ルナさんが試着なされるお洋服はこちらで用意させて頂きますね!」


 丁度良い宣伝の機会にルナというモデルにピッタリの少女の両方を手に入れた女性は気分良さげに見せの奥へ入っていく。

 次に彼女が二人の前に現れるまで、店の奥に入ってからそう時間がかからなかった。


「では、コレを着て頂きます! ルナさんの可愛らしさを強調するような衣装になっている筈ですよ!」


 女性が両手に持って広げたのは桃色のワンピースだった。首元には可愛らしいフリルが付いていて、胸、下腹部の辺りにかけて滑らかな曲線を象っている。

 スカートは膝下まで伸びており、裾部分には白色のレースが施されている。


 嬉々とした表情の女性にそれを手渡され、ルナはその肌触りに感嘆する。指で少し触れただけで分かる柔らかな感触。かといって生地が薄いというわけでもなく、ある程度しっかりとした印象がある。多少乱暴に動いたとしても易々と傷つかないだろう。


 服にさほど興味を示さないルナでもこれだけ分かるのだから、きっと服飾に詳しい人間が見ればより詳しくこの服の凄さを語ってくれるだろう。

 そんなワンピースは当然、普通に買えばそれ相応の値段であり、恐らく二人の持つ金額を合わせても届かないかもしれない。


「こんなの……本当にルナが着ちゃって良いんですか?」


「良いですよ! 是非それを着て色んなところを巡ってください! 気が済んだらいつでも戻ってきて良いですからね!」


 そう言って、試着室へ誘導されるルナ。それに素直に従って試着室へ入る。そして服を着替えようと手をかけた瞬間、あることに気づいた。


「……あ、この外套外しちゃ駄目なんでした」


 ルナの異常な魔力を強制的に抑えるための魔道具。ファルベ曰く、魔物研究家であり犯罪対策本部のラルフから提供されたものらしいが、これの効果は凄まじい。

 この外套を取った瞬間、ルナに内包される膨大な魔力の渦が途端に暴れ出し、気を抜くと周囲にあるもの全てを吹き飛ばしてしまう。

 一応、ラウラとの生活の中である程度制御できるようになったし、外套を無くした状態で弓を引くぐらいの活動はできるようになった。しかし、それも短時間だけだ。長く活動していると、また以前のような被害を出しかねない……いや、ほぼ確実に出る。


 外套を剥がしかけた手を止めて、ルナはワンピースと自分の身なりとで視線を往復させる。


「うう〜ん……」


 流石に引き受けたからにはほっぽりだす訳にもいかず、けれど外套も脱ぐことはできない。どうしたものかと悩ましげに思案して、ルナはとある覚悟を決める。



 ルナが出てきた時にメルトが感じたのは大きな徒労感と脱力感だった。

 外套の上に無理やりワンピースをきた歪なファッションは、あまりに不似合いで、不釣り合いだった。何せ薄汚れたごげ茶色の外套に羽織るように桃色の綺麗なワンピースだ、相性が良い訳がない。


 そして何より、メルトを脱力させている要因は――


「むん!」


 何故か試着室の前でドヤ顔を決める、ルナの姿だった。



 *



「いやあ、新しいお洋服を用意してくださって良かったですねー」


 大通りを歩くメルトの隣を歩きながら、ルナが明るい声でそう言った。

 今、ルナが来ているのは外套の色合いに合うように選別された上着だった。結局、あのワンピースは一度着ただけで店員の女性に返した。というより、


『『――』』


 二人して絶句しているあの雰囲気の中で、それでも尚着続けるだけの胆力はルナにはなかった。

 そんな出来事があっても店員の女性はなんとかルナの外套に似合う服を探して、見つけ出してくれた。


「ルナちゃんが着てる外套って、脱いじゃ駄目なやつなんだね……」


「そうなんですよー。ラウラさんのいる村でちょっと……いやかなり騒ぎを起こしちゃいまして……」


「あ! もしかして、家一つ吹き飛んだあの事件のこと言ってる!?」


「……はい」


 気まずそうに肯定する。それを聞いたメルトは雷が落ちたような衝撃を味わった。


「そうだったんだ……知らなかった」


 頭に手を当てて、大きくため息を吐く。


「まあでも、ちゃんと解決できたならよか――」


 ルナの行為をフォローする言葉をかけようとするメルトだったが、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 その理由は――



「うぜえんだよ! ここにいる全員! こいつがどうなってもいいのか!?」



 ――遠くから聞こえた、野太い男の声によってかき消されたからだった。



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