90話 「新しい相棒」
そこは昼頃ということもあって、喧騒に包まれていた。青年から中年、中には老年の者も年齢問わず騒ぎ、笑い合っていた。特に掲示板付近でその様子が見られた。つまり、ここギルドにとってはいつも通りの光景ということだ。
人だかりをくぐり抜けて、ファルベは受け付けカウンターまで一直線で向かう。その様子も彼にとってはごく普通の、ありふれた行為だったのだが、
「え? ちょ……ちょっと、何でこんなに人が多いのよ! 冒険者ってもっと早い時間から活動してるもんじゃないの!? 昼間にこんな騒げるなんてどうなってんのよ!?」
ファルベの後ろを歩くメルトが驚きの声を上げる。そういえば、この国は冒険者制度発祥の地である為にギルドに登録されている冒険者の数も他の国と比べると群を抜いて多い。そのせいで十分な魔物を討伐できないと思った冒険者達は、新たに依頼が追加されるまでギルドで待機するという現象が起きている。そして、どうせ待機するのなら楽しもうということで、酒を片手に仕事の話を肴に騒いでいるのだ。
これはこの国だけの特徴だということをすっかり忘れていた。
「この国じゃあ、いつも冒険者同士が仕事を取り合ってる。だから、仕事が取れなかった連中が暇しててこんな状況が出来上がっちまうんだ。……まあ、要するにいつも通りだから気にするな」
困惑するメルトに一瞥もくれずに突き進むファルベはぶっきらぼうに言う。その言葉で一層強く困惑するメルトだったが、そっちを見ないファルベは気づかなかった。
ファルベは早足で人の波を通り抜けると、受け付けまで到着する。
「あっ、ファルベさん、お久しぶりですー!」
そこで、受け付けカウンターにいた女性がファルベを見つけ、大きく手を振ってくる。
緑を基調としたギルドの制服に身を包み、それと同色の帽子を被っている。四角い帽子から覗く鮮やかな桃色の巻毛が、どこか子供っぽい可愛らしさを生み出している。くるりとした大きな瞳はギルドの明かりを反射して煌めいている。
彼女は受付嬢の中では下から数えた方が速いぐらいに若く、ギルドに通う冒険者達の中からも好意を寄せられている。ただ、彼女は基本的に住人からの依頼を聞くか、冒険者狩りの仕事を管理するかの二択なので、冒険者は直接関わりを持てていないのだが。
「久しぶり……そうか、久しぶりか。あんまり時間感覚が戻ってないな」
カリアナ王国にいた時はとにかく必死になっていた記憶しかないから、日にちの感覚など気にしていなかった。だけど、流石にずっとこのままというわけにもいかないので、少しづつ慣らしていこうと心に決める。
「ファルベさん、もう体調は大丈夫なんですか? 風の噂でどなたかに刺されたって話を聞きましたけど」
女性がそう言った瞬間に、後ろに立つメルトが何やらソワソワし始める。それは勿論、彼女がファルベを刺した張本人だからだ。どこか気まずそうに身体を揺らすメルトが視界に移るせいで若干気が散るのを感じた。
もう少し様子見するのも良いかもしれないが、流石にずっとこのままというわけにもいかない。そこで、ファルベは話題を変えることにした。
「問題ないよ。それで、仕事はどれくらいあるんだ? 俺がいなかった間、結構溜まってたりするんじゃないか?」
「そうなんですよー! いっぱい溜まってて、正直困ってたんですよね。一応、ファルベさんがいなかった間にシャルロットさんが頑張って下さったり、マルス君とニルスちゃんの二人も手伝ってくれたんですよ!」
「へえ、あいつらが。いつの間にそんなことできるようになってたんだ」
「流石にファルベさんの抜けた穴を埋めるのがシャルロットさんだけでは心許ないと思ったんでしょうかね。できるというより、やろうと頑張ってくれた感じじゃないでしょうか」
シャルロットのそれなりに実力はあるし、スキルも強力だ。けれど、それだけで達成できる程ファルベの仕事は単純じゃない。それに、そもそも彼女のスキルは名前ほど万能じゃない。
何度も連戦できるような力でもなければ、格上との差を覆せる能力でもない。それ故に、ファルベの代わりを完全に務められないと思うのも仕方がない。
「でも、あいつらだけじゃ危ないだろ。返り討ちに遭う可能性だって――」
「それはみくびりすぎじゃないでしょうか。あの子達はしっかりできてましたよ」
そうか、とファルベは安心したように緊張した表情を緩める。
そんな二人のやりとりを眺めていたルナとメルトは話に付いていけず、互いに見つめ合って困惑を共有することしかできなかった。
「あ、あの……ししょー?」
「ん、どうした?」
「いやその、まずルナ達からすると誰の話をしているのかさっぱりで……」
ルナのその言葉で、ファルベは二人を突き放した話題に興じているということに気づいたのか、
「そうだな、悪かった。ちょっと変な方向に話が向かってたな」
軽く手を上げて、謝罪の意を表明する。そして逸れていた話を元に戻す。
「じゃ、今日の仕事を割り振ってくれ。そんだけ溜まってるなら、なるべく早く片付けたい」
「はい!……って、言いたいところなんですが、アポイントなしで突然来られたものですから、ちょっとまだ用意がなくて。もう少し時間を頂けますか?」
ファルベも急いで来た為に事前に連絡を忘れていた。そのせいでギルド側の準備がされていなかったらしい。加えて、依頼の数が多い分、脅威の度合いからどの仕事を優先するか仕分けるのは大仕事だろう。しかも急ピッチでそれを仕上げねばならないのだから、彼女らの苦労も知れようというものだ。だから、当然受付の女性の頼みも断ることはできず、
「そうだな。何も知らせず来たのは悪かったよ。次からは気をつける」
色々不備が多い自分に呆れながら、ファルベは反省する。そして、いつまでもカウンターの前を占拠していると他の客にも迷惑になるだろうと考え、
「そういうことで、取り敢えずここから出るぞ。暫く辺りを歩き回ってからまたここに来よう」
そう言って、二人の背中を押しつつ外へ出ようと歩き出す。そんなファルベの背中を見つめた受付嬢は、賑やかなギルド内でもよく通る声で、
「そういえば、ファルベさんは見る度違う女の子を連れ回してますね。モテモテで羨ましいですね!」
とても不穏な台詞が聞こえた。聞き捨てならないそれに振り返って言い返そうとするが、その時には既に裏手へ移動していた。
何も言い返すことができず、弁明の余裕すらなく、加えてルナとメルトの若干鋭い視線をその背に感じながら、ファルベはため息を吐いた。
*
外に出ると、日差しが照りつけていて、皮膚の表面が湿る感覚を覚える。僅かに垂れた前髪を鬱陶しげに払って、ファルベは二人に向き直る。
「これから時間があるけど、どっか行きたいところはあるか?」
ファルベにも行っておきたいところはあるが、先に彼女らの望みも聞いておかなければ不公平だ。
「そうですね。ルナは今のところ思いつきませんけど……」
「あ! じゃあ、二人でお買い物しない? 折角こんなに沢山お店があるんだから」
メルトのいた村とは規模の違う店が所狭しと立ち並び、一日中歩き回っても回り切れるか怪しいだろう。
それに、メルトはこれまで憎しみに駆られてファルベを殺そうとそれだけを目的に生きてきた。だけど、その執念から解放された今、彼女は普通の女の子のような生活を送りたいのだろう。その希望をファルベは否定できない。
「ししょー……どうしましょう」
「行ってこいよ。俺は俺で行かなきゃいけないとこがあるし、別にそこはお前らが付いてくる必要はないしな」
別々に行動すること自体に問題はない。ファルベ自身が言っていた通り、彼の行く先に人数は必要ない。だからルナがメルトとどこへ行こうが関係ないのだが、問題となるのは、
「次集まる時間を決めとかないとな」
「そうね。今日ずっと別行動するわけにもいかないし」
メルトは腕を組み、考え込む。そこから沈黙の時間が流れて、商店街の喧騒だけが辺りを包む。
少し時間が経って、ファルベが口を開き、
「なら、こうしよう。ルナが俺との遠隔通信用魔道具を持ってるから、そっちの用事が終わり次第連絡を入れてくれ。俺はそれを聞いてからギルドの入り口に向かう」
ファルベの持つ数少ない魔道具の一つ。以前ルナがカリアナ王国に連れて行かれた際にも使用したものだ。
もっとも、これすらファルベが買った訳ではなく、ラルフから支給されたものなのだが。
ここまで魔道具を購入することに消極的な理由は単純。「高いから」ただそれだけだ。
「それならししょーといつでも連絡できますし、入れ違いになるリスクも少ないですね」
「それでいいな。じゃ、俺はもう行くから」
軽く手を振り、さっさとその場から立ち去ろうとする。というのも、今この場は商店街の中。少なくとも平均以上は容姿の整った二人の女の子を引き連れていると周囲の視線を集めるからだ。実際にさっきからこちらを振り返る人間が一人二人ではない。
その上、二人を引き連れているのが外套のフードをまぶかに被って顔を隠している人間なのだから、第三者的には人攫いにでも見えているかもしれない。ほぼ無いだろうが、勘違いで衛兵など呼ばれた日には面倒なことになるのは間違いない。
そういう理由があって、ファルベは即座にこの場を離れようとするが――
「ちょっと待ちなさい」
「ぐえっ」
フードを思い切り引っ張られて二人の元に引き戻された。それを行ったメルトはまるで悪気なんてなさそうな表情で、
「ファルベはどこに行くつもりなの? こんな人目につく場所でするほど馬鹿じゃないとは思ってるけど、私達に隠れて誰か殺さないとも限らないし、さっきからすぐに離れようとしてるように見えたし。そういうことだから、どこで何をするかは伝えて」
彼女はそもそもその役割として付いてきたのだ。ファルベの監視役。間違った道に行こうとしたらそれを未然に防ぐための人間。だからファルベの動向を逐一把握するのは何らおかしなことじゃない。
メルトの言葉の意味を理解したファルベはフードを掴む彼女の手を優しく外し、
「剣を買いに行くんだよ。ほら、この前魔物と戦った時に壊れちまったからな」
鞘すら無い腰に手を当てて、ファルベは言った。
*
「坊主、てめえは武器の扱い方がなってねえんだ。だからこうやって得物を壊すことになる」
彼と会って初めに声をかけられたのはそんな罵倒だった。
ファルベの目の前にいるのは、使い古された金床に槌を打つ禿頭の中年の男性だった。だが、年齢の割に隆々とした筋肉が服を圧迫し、破れてしまいそうな程にピッタリ身体にくっついている。
そんな彼――鍛治士のカインズは現在顔を赤くして感情を荒ぶらせているのだが、その理由は台詞の通りファルベが長剣を壊したことに対してのものだ。
カインズは鉄と熱を愛し、武器製造に関して並々ならぬ熱意を持っている。それ故武器を粗末に扱う人間に対して当たりが強くなるのだ。
「はあ……すいません」
「なんだその感情の籠ってない謝罪は。……まあいい、それで次の武器が欲しいんだったな」
気を取り直してファルベの頼みを聞き入れた彼は手に持つ槌をゆっくりと金床の上に置き、立ち上がる。
「オレが創った剣が幾つかある。てめえの好きなもんを選べ。今度はてめえがどんだけ雑に扱おうが簡単にぶっ壊れねえ上物が揃ってる。碌な扱いできねえ坊主にピッタリだろ」
口が悪すぎるが、わざわざファルベが買いに来た時用に上質な武器を確保して置いてある優しさのある店主に苦笑いを浮かべて、店の奥に行く彼に付いていく。
奥は倉庫のような形になっていて、壁に床に棚に、武器が所狭しと並んでいる。その中に明らかに他と差別化が施されている箱が置いてある。恐らくそれなのだろうというファルベの予想を肯定するようにカインズもそこに向かって歩いていく。
直方体で無地の箱は側面が蓋になっていて、下から上にスライドすることで開く仕組みになっている。カインズはやりづらそうに腰を屈めて蓋を開くと、仕分けされた内部に収まる武器の数々が晒される。
長剣に短剣が綺麗に並んでおり、その刃は何度も研磨し磨き上げられたのだろう光沢を放っている。その光から刃に使われた素材の質も、得物の切れ味も予想できようというものだ。
「本当に良いのが揃ってるんだな」
「あ? なんだよ坊主。オレの出来を疑ってたのか?」
思わず呟いたファルベの言葉を耳ざとく拾ったカインズが不快そうに眉を寄せて言った。腕組みして眉を寄せ、口を噤むその姿はまるで仁王像を思わせる風貌だが、実際はただの偏屈おっさんである。
「おっちゃんの腕を疑ったわけじゃねえし、勿論出来も疑ってねえよ」
「なら、好きなもんさっさと選べ。そんで帰れよ。坊主も暇じゃねえだろうが」
そう言って、店主はその場から離れる。ファルベが何を選ぶのか観察するように距離を取って、眺めている。
その視線を背に受けて、ファルベは棚の一段一段を凝視する。ファルベは特段武器に詳しい訳ではない。何か良いものと悪いものを見分けるコツを知っている訳でもない。だからこうして武器を見てもどれがどう良いのか判別できない。
それでもここで手を抜くと後悔しそうな気がして、じっくり時間をかけて探る。普段武器なんてなんでも良いと考えているファルベが適当に選んだりしないところを意外に感じたのか、後ろのカインズが感心したように「ほぉ」と思わず呟いたのが聞こえた。
「ん?」
縦に横に斜めに、ひたすら眺めていたファルベは何か引っかかりを感じた。その正体を探して視線を巡らせると、ある一つの武器に辿り着く。
棚から少し出ているグリップをしっかり持って、慎重に引き抜く。抜き出したそれを持ち上げ、感触を確かめる。
この剣を選んだのに、深い理由はない。なんとなく目についただけ。言ってしまえば、ただの勘でしかない。
だけど、そんな選出の仕方をした割に長剣は昔から使い込んでいるような感覚になった。握るグリップもちゃんと手に馴染み、刃の長さも腰に吊って地面に引き摺らない程度の丁度いいものだった。
「外に出な」
「え?」
「試しに振ってみてえんだろ?」
ファルベの思考を先読みしたような店主の発言に驚きつつ、その気遣いに甘えて、外に出る。店の裏口から出ると、大通りとは反対側の小道に出るので一気に人気が少なくなる。
ここなら、試しに何度か振っても迷惑はかからない筈だ。
何度か軽く振ってみて、扱いやすさを確かめる。だが、最初に思っていた通り、長剣はファルベの考えた軌道を通って狙い通りの位置で止まる。
「うん。こいつで良さそうだ。おっちゃん、これ買うよ」
「てめえが決めたんなら間違えねえな。なら、鞘だけ適当なもん見繕ってやる」
髪のない頭をガシガシと乱暴に掻き、カインズは店に戻っていく。ファルベは、もう一度長剣に視線を向けて、満足げな表情を浮かべた後、彼の後を追って中に入る。
「ほらよ」
入ったのを確認するや否や、彼は長剣に合う鞘をこちらに放り投げる。剣は大事にしないと文句を言う癖に鞘は雑に使ってるなんて疑問を抱えながらもキャッチし、剣を鞘に収める。黒を基調としており、端に金具が付いているそれは、長剣との相性が良く、いつも通り腰に差すだけでも見栄え良く感じた。
「おっちゃん、何から何までありがとな。代金はいつもの――」
「ああ、分かってる。あの変な兄ちゃんだろ?」
もう何度もしてきたお約束のやり取りを繰り返して、ファルベはフードの奥で笑顔を浮かべる。
そして、ファルベは店主に会釈をして、店を立ち去っていった。




