88話 「ファルベの行動理由」
聞き間違い、その言葉が一瞬頭をよぎる。あのメルトが、『冒険者狩り』を心から憎んでいた彼女が、ファルベ達に付いていくと言っているのだから。
普通に考えればありえない筈だ。だって、彼女にとってのファルベは、一生消えない傷を負わせた張本人だ。
「いや、どういう心境の変化だよ。俺と一緒にいるのはお前にとって嫌だったんじゃないのか?」
「何? 何か文句でもあるの? それとも、私が近くにいちゃまずいことでもしてるの?」
「してねえけどさ……」
「なら良いじゃない」
ほとんどこちらに許可を得ず無理やり同行しようとする彼女に困惑するファルベ。
彼女の真意は分からず、視線を泳がせてどう返答したものかと悩んでいる内に、
「それに、私は別にあんたを認めた訳じゃない。今でも嫌いだし、出来るなら二度と見たくないって気持ちもある」
そしてメルトは、「だけど」と話を繋げた上で、
「ルナちゃんがあんなに信用する『ファルベ』って人間が本当に信用に値する人間なのか。もう絶対に人を殺さない人間なのか、確かめたくなったの」
彼女の心には未だ「冒険者狩り」が根付いている。その上で、彼女も選択したのだ。ファルベが心変わりしておらず、自分が殺されるという可能性も加味した上で、決断したのだ。
ファルベに付いていくという確固たる意思を。
「もし、あんたがこの先誰も殺さなくて、この村も含めた色んな人のために生きるって言ってたのが本当だったら、私も過去に引きずられてないで前に進もうと思う」
誰より嫌いで誰より憎い人物が、過去と向き合い、罪を見据えたのなら、自分だけいつまでも過去に縛られていたくない。
だってそれは、ファルベより自分が劣っているのを認めることになるから。
「でも、あんたが今後罪もない人を殺した場合、結局あんたが何も変わってないと判断して、私があんたを殺すわ」
メルトは実力的に言えば、ファルベより遥かに下だ。誰も殺したことはないし、誰も傷つけたこともない。そんな人間は、かつて「冒険者狩り」と呼ばれるほどに恐れられた彼に指一本触れることも出来ないだろう。あくまで正面から戦いにけば。
自分より格上を殺す方法など幾らでも存在する。例えば、暗殺に毒殺。若しくは嘘を吐いて魔物の群生地帯に導き、自分は手を汚さなずに殺すこともできる。
だから、この決意を表明する。この場この瞬間においてメルトは、ファルベが道を踏み外した瞬間に何の躊躇いもなく彼に害を与える人間だと意識させた。
つまりファルベの心が昔と変わらなかった場合、メルトを連れていくという行為はリスクしかないものであり、なるべく早く排除せねばならない存在になったのだ。
要はこの誓いは試金石である。ファルベが変わったのなら、ノーリスクで、そうでなければリスクしかない行為。
ファルベのこれからの歩みとメルト自身の身の安全。彼女はその二つでファルベの心を判断する。この人物が信用に値する人間かどうかを。
メルトの真意を知ってか知らずか、ファルベは悩ましいとでも言いたげに宙に視線を彷徨わせ、
「あー……まあ、言いたいことは分かった。でも、お前が言う『罪のない人』と『それに当たらない人』の境界線がお前の独断と偏見でしかない以上、素直に受け入れられないな。今の俺の職務上、犯罪者を捕らえなきゃいけなくて、その中で捕まえるだけでどうしようもない、若しくは被害が大きすぎる場合は相手を殺す必要も出てくる」
全ての犯罪者が捕まったら反省して更生する訳ではない。それに、捕まった後でも何か悪さを企む可能性すらある。
スキルという科学的に証明できない超能力が存在する以上、あらゆる可能性はいつか必ず起きる事実であると考えた方がいい。
だから、時には犯罪者を殺さねばならない場合があるのだ。捕まえるだけじゃなく、この世界から抹消すべき人間がいるのだ。それすらもメルトに「人殺し」と判定されて殺意を向けられるとたまったものではない。
世間一般と彼女の「罪」の在り方に乖離があった場合、ファルベはその目的を果たさぬまま生涯を終えなくてはならなくなる。
その意識の差異を無くさないと、意味のわからないタイミングで殺されるかもしれない。
「基本的に犯罪者を捕まえるべきかか殺すべきかは俺に一任されてる。実際に会って戦った人間の方が遥かに情報量が多いからだ」
ある程度の距離を取りつつ観察して詳細を書面に写す調査員より、その書類を管理して仕事を振り分けるギルドより、冒険者狩りとして活動するファルベの方が相手のことを理解できているものだ。
だから最終的な判断はファルベに委ねられる。誰より相手を理解している人間が処遇を判断するのは当然だし、それをファルベ自身も納得して受け入れている。
「俺が殺すべきと判断した相手を、お前が『罪のない人』と判定して殺されるのだけは避けたい」
「……なるほどね。あんたもちゃんと考えてるんだ」
どこから出てきた感想なのか、どう思って出てきたものなのかは分からないが、メルトは納得したような表情をした。そして、考え込むように顎に指先を添えると、口を開き、
「なら、あんたが仕事の中で殺さないといけないと判断した奴は、私もそうなるべき相手だって思うようにするわ。それすら『人殺し』に含めるなら、あんたにそれを強いる制度を作った王国側にだって責任がある訳だし」
ファルベ個人で国は動かない。つまり、考えるべきは逆だ。国が動いたからファルベもそう動かざるを得ない。
そう考えると、この制度に基づいた人殺しは国の判断であると考えるべきで、それをファルベ一人に押し付けるのは道理に合わない。
「だから、私があんたを『人殺し』だと判定するのはそれ以外で。仕事として請け負った相手以外を殺した場合のみと考えてもらっていいわ。それなら文句はないでしょ?」
「……まあ、いいか」
普段の生活の中で誰かを傷つけよう、殺そうなどと思わなくなったファルベにとってそれでいいなら歓迎すべき条件だ。要はいつも通り過ごせばいいだけの話なのだから。
何も問題はない。ただ仕事をするだけでいいなら、問題にすらならない。これが問題になる瞬間があるとすれば――
――身内に人類に対する反逆者が存在した場合、だ。
「……いや、考えたくねえな」
あまりに嫌な想像過ぎて、ファルベは考えることを拒否する。もう身内を信頼せず、敵意を向けるのは懲り懲りだ。
出来るなら、ルナも、シャルロットも、ラルフも、他の調査員も、ギルドの職員も、全員信用したい。誰かが裏切り者であるなどと考えたくない。そうやって疑心暗鬼になって、かつての「冒険者狩り」に戻りたくない。
「良いよ。その条件なら、俺も認めないわけにはいかない。それに、ちゃんと道を踏み外さないか監視する人間も必要だろうしな」
ファルベはまだ子供だ。いくら多くの人間と関わって多少周りより大人びた部分があっても、基本的には十五歳の未熟な子供だ。
時には自分の歩む道を疑うことだってあるだろう。フラフラと迷い歩いて、自分の目指す先を見失うことだってあるだろう。絶対にないと言い切れないだろう。
だから、それを後ろから見張る人間は必要だ。ちゃんと目指す先に歩いていることを証明してくれる誰かは必要だ。それは、今までルナがやってきたことだが、彼女は付いてこれない場合がある。メルトが入ることでルナがいなくても監視役が働くなら、そっちの方がいい。
「お前の動向を認めるよ。というより、そもそも俺はお前に負い目があるから、お前の願いに関しては拒否権がない。お前だってそれが分かってたから、それを言いに来たんだろ?」
「確かにね。ここで拒否するなら、あんたが人殺しするかどうか判断するまでもなく、殺すつもりだった。だって、これを拒否する必要があるのは、あんたが変わってなかった場合だけだから」
この問答に最初から拒否権は存在しない。何故なら、ファルベにはメルトの家族を殺した過去という負い目があるから。それを後悔しているなら、遺族である彼女の意見は無視できるものじゃないし、どうやっても叶えなくてはいけない価値がある。
既定路線を辿っただけの問答。だけど、そこに互いの勘違いがないかどうか確認出来たのは僥倖だった。
「……っていうことで、今日からルナちゃんとも一緒に行動することになったから。改めて、よろしくね」
さっきまでのファルベへの態度はどこへやら。にこやかな笑顔をルナに向けると、片手を差し出す。それを嬉しく思ったルナは、彼女に笑顔を返すと、
「はい! よろしくお願いしますね!」
彼女らを照らす日の光より明るい声で、そう言った。
*
メルトも仲間に引き連れて、アイナハル王国に帰る道中。長い道のりの間に、ルナが質問を投げかける。
「そういえば、ルナが初めてカリアナ王国に来た時はすっごく早く着いたのに、今乗ってる馬車はゆっくり向かっているんですか?」
「それはね、この馬車が通常便だからよ。馬車には高速便と通常便の二つがあって、高速便はその名の通り、すっごく早く目的地に着くの。あの時の私は……ほらこいつを見つけて恨みが爆発してたから、人目も憚らず刺しちゃって、あのままあそこにいれば、アイナハル王国の騎士団か衛兵に捕まっちゃうでしょ? 私が短気だったのも悪いんだけど、ある意味では正当な復讐って言えることで捕まりたくなかったから、高速便で見つからない内に逃げたの」
ファルベを刺したあの行動は、衝動のままに動いただけという事実を聞かされて、ファルベは内心穏やかではなかったものの、あの時はそうされてもおかしくなかった。
「流石に国境を跨げば、見つかるまでに相当の時間が必要でしょ? その間に出来ることは終わらせておきたくて」
「……え? なら、このままアイナハル王国に戻ったら、メルトさんの身が危ないんじゃ……」
「それに関しては問題ない。あの事件の被害者である俺がちゃんと説明すれば、罪にならない。それに、俺は国の上層部の更に上層にいるラルフと繋がってる。最悪どうにもならなくても、あいつの力で揉み消せる」
本来、こんな形でラルフの力を頼りたくないが、メルトを犯罪者にしない為にはそれを行う必要が出てくる。この世界で最高の知識を持つ「魔物研究家」であるラルフの権力は絶大で、今のアイナハル王国では国王に次いで力を持っていると言っても過言ではない。
加えて彼は何故か異様なほどにファルベに執着している。彼がファルベを手放すことはないと確信している程で、ファルベに不利益が生じるなら裏から手を回して助けるだろう。
何故なら――
「――俺が二年前、処刑を執行される直前に止めに入ったのは、あいつだからな」
「そうなんですか!?」
「そうだよ。世界中探しても魔物に関する知識であいつを超える人間はいない。だから、どこの国もあいつの知識を欲しがってる。たまたま、今はアイナハル王国に常駐しているってだけで、それ以前は色んな国を回ってたみたいだぜ? そうやって各国を回る中で俺が処刑される場面に立ち会って、どういう訳か知らないが、えらく気に入ったみたいで、処刑を中断させたんだ。何でそこまでしてくれたのかは、今も分かってねえけどな」
国の判断を中断させる行動も平気でする奴だ。メルトのやった事件を有耶無耶にするぐらい大した労力もなくするだろう。それこそ赤子の手を捻るぐらいに簡単に。
ただし、これはあくまで最終手段。使わないならそれに越したことはない。
「そういうことで、こいつをアイナハル王国に連れ帰ったとしても罪に問われることはない。何だったら、ある程度までの地位に上げることだって出来る。ま、流石に限度はあるけどな」
無理を言えば、そこまでやってくれるだろう。しかし、それも必要な場合だけだ。無闇矢鱈に権力を行使するのはファルベもラルフもしたくない。
だからこれはあくまで、そうすることも出来るという可能性の話だ。
話が終わった一行の間に、暫く静寂に包まれていたが、メルトが何かを思いついたような表情を浮かべた後、その静寂を崩した。
「そういえば、あんたの目的をまだ聞いてなかったわね。あんたは、何を目指して、何処に向かっているの?」
「あ! それはルナも気になります! 一年間ししょーと一緒にいるのに、一回も教えてくれなかったじゃないですか。そうまでして隠したいことって、一体何ですか?」
「……うぐッ、それは……」
痛いところを突かれた、と言いたげに表情を歪ませるファルベ。その反応でより一層聞き出したくなったのか、
「どうなの? ルナちゃんも気になってるみたいだし、白状したら? それに私に負い目、あるんでしょ?」
メルトは最強の脅し文句を放ってきた。これを言われて、ファルベに拒否する権利は無くなった。
一方的な負い目を作った過去の自分に最大限の恨みを向けて、
「言っとくが、これは別に後ろめたいから隠してた訳じゃないぞ。無駄な混乱や、情報漏洩を事前に抑える為に話さなかっただけだ。下手に周知されれば、暴動も起きかねないからな」
「そういう前置きはいいから、本題を言って。あんたが言いたくなかったことって何なの?」
ファルベに詰め寄って問いただすメルト。それに無駄な抵抗は寧ろ逆上させるだけだと考えたファルベは、観念して、
「分かった、分かったよ! 話せば良いんだろ!」
適当にはぐらかすのではなく、ちゃんと真実を伝える覚悟を決めた。
「俺の目的は――」
「――」
ルナとメルトが、固唾を飲んで返事を待つ。その期待に応えるように、ゆっくりと口を開いて――
「――世界の滅亡を、止めることだ」
これにて、長らく続きました第2章は閉幕となります!
ファルベ君の言ってる「世界滅亡」とは一体全体何のことか。それが明かされるのは第3章で!
最初の構想では2ヶ月ぐらいで終わる予定だったのが伸びまくって申し訳ありません。
次はもっと早く終わらせたいですね。
あ、ここまででキリがいいですし、感想とか書いてくださっても構いませんよ?|・ω・*)チラ




