87話 「――忘れない」
魔物の討伐に成功したファルベは、極度の緊張感から解放されて、その場にへたり込む。全身から力が抜け、まともに立ち上がることさえできない。
それだけ気を張り続けた戦いだった。一瞬たりとも気を抜くことが許されない戦いだったということだ。
「ただでさえ『呪い』のせいで動きにくいってのに……って、あれ?」
自分の身体にとてつもない大きな違和感を覚えて首を傾げる。
何かがおかしい。どこかがおかしい。だけど、その違和感を言語化するのが難しい。詳しい原因を辿って、己の肉体を一つ一つ確認していく。そして、原因らしきものを発見する。
「――痛みが……薄い……?」
ファルベはメルトに刺されたあの日から今日この日までずっと「呪い」に苛まれてきた。刺された瞬間だけでなく、王城での療養中も、この村に来る途中でも、魔物と戦っている時も。一秒たりともそれを感じない瞬間はないと言い切れるほどにファルベだからこそ分かる変化。
全身を貫く痛覚が、明らかに先程までとは薄くなっている。とはいえ、まだ完全に消えた訳じゃない。空気を吸い込めば肺が痛くなるし、指を動かすだけで針でも刺さっているかのような痛みが走る。
だが、そこまでだ。空気に触れた時点で泣きたくなるような痛みが襲うわけではなく、思わず動きが止まってしまうような痛みでもない。
つまり、
「『呪い』が、軽くなってる……のか?」
そうとしか形容し難い出来事だ。ラルフ曰く、この「呪い」というやつはファルベを刺した少女――メルトが「冒険者狩り」に対する恨みや憎しみを表したものらしいが、それが薄くなっているということは――
「いいや、そんな都合の良い考えはねえな」
一瞬頭に浮かんだ意見を一蹴する。この世界においてファルベに都合が良いことなどなかった。それを望んでも全て裏切られてきたではないか。
だから、今ファルベが考えたことなんてただの妄想に過ぎない。
そんな――彼女の憎しみが薄まった、などという都合の良い考えは。
楽な方へ流される方へ思考が向きかけるのを何とか抑え、ファルベは木の幹に手を突いて身体を支えながら立ち上がる。
「帰ら、ねえと……」
ファルベの帰りを待っている人がいるから。生きて戻ってくると信じてくれる人がいるから。ちゃんと生きて帰らないといけない。
フラつく足取りでゆっくりと歩く。すっかり荒れ果てた森の中を、迷うことなく歩く。
舗装されていない獣道は、遠くまで続く。それはこれからのファルベの人生を表しているようだった。
*
目を開けると、すっかり日は高く登っていた。部屋の中を日の光が反射して眩く染め上げる。
その光に思わず目を瞑ってしまって、何度か瞬きをする。
「朝、か……」
昨日はあのまま帰って、夜中のうちに帰ることができた。魔物との戦いが終わって安心しきったせいか、スキルを発動し忘れて、検問所の衛兵に見つかったトラブルはあったが、他には特に問題はなかった。
村の入り口辺りで待っていたルナに異常なほど心配された。普段なら鬱陶しいとさえ思える筈の対応も、昨日の夜に限っては何とも感じなかった……いや、むしろ嬉しかったのかもしれない。
魔物を討伐できたことを自分のことのように喜んでくれた(そのほとんどがルナの放った矢によるものだったから事実だと言えるのだが)ことが。
その後、ラウラも合流し、あまり覚えていないが適当な話をして、直後に気を失ったという流れだった筈だ。
「カッコつけるなんて考えときながら、会った瞬間に気絶するなんて情けねえな……俺」
どこまでも格好がつかない自分に呆れて、苦笑いが出てくる。
理想としては別にルナの助けなんて必要なかったとでも言いたげなぐらい余裕を持って、それでも気を遣って小さくお礼を言うという感じだった。それを初手気絶で終わらせるなんてプレミどころの話ではない。
「ま、でもそれが俺らしいといえばそうなのかもな」
いっそ開き直って認めてしまう。今までだって格好がついたことなんて数えるぐらいしかない。それならそうと割り切ってしまった方がいい。
適当にファルベが自分の精神を落ち着かせたところで、
「ししょー! 起きたんですね!」
扉を乱暴に開いて元気いっぱい突入してくるのは深く被ったフードの奥から黒い髪を覗かせる少女――ルナだ。
昨日の出来事が嘘のように明るい表情で、いつもと同じように振る舞っている。
「ああ。これはお前が……ルナが俺をここまで連れてきてくれたのか?」
「流石にルナがししょーを担ぐのは厳しいと思いますね。これはラウラさんがひょいと片手で担いで持ってきたんです」
そういうことか、とファルベは納得するように頷く。ラウラは片手ながらに中々筋力があり、俵を担ぐぐらいならやってのける。彼女なら、ファルベを持ってきたと言われてもなんら不思議なことじゃない。
ルナでは持てないからと村の人達に手伝って貰って複数人で運んだ、なんてことにならなくてよかった。そんな状況は最悪中の最悪。気まずいなんてレベルじゃない。
「後で礼も言っておかないとな……本当に今回は色んな人に迷惑かけちまったからさ」
死なせまいと頑張っていた人達がいたのに、それを聞かずに死ぬことが決まっている戦いに行った。わざわざ時間を割いて「呪い」に苦しむファルベを看病してくれていたのに、それを無視して国を跨ぐ移動をした。
そうして迷惑をかけた人達に謝らなければいけない。
取り敢えず、ラウラに会いに行こうと上体を起こして、
「あ、まだ駄目ですよ! 昨日は大変でしたし、もうちょっと休んでてもいいんじゃないかなーと、思ったりするんですが……」
「そんなことしてる暇はないだろ。色々、話さなきゃいけないことがあんだからよ」
やるべきことはまだ残っている。今回魔物の討伐をすることで得られたものは、命を賭けてでも人を助けるという言葉の信憑性だ。
だが、それだけで自分の罪を許される訳じゃない。これからもそれを続けるという硬い決意と、意思を表明しなくてはいけない。
そして、それを証明しなくてはならない。そのために、ここでゆっくりとしている時間など存在しないのだ。
「……ッ!」
「ほら、だから言ったじゃないですか。ししょーはまだ全然回復してないんですから、安静にしてて下さい」
急に起きあがろうとした瞬間、えもいわれぬ奇妙な感覚がファルベを襲う。グラグラと視界が揺れるような、気持ち悪い感覚が。
ルナの言った通り、ファルベに残った疲労はその多くがまだ身体の中に残っているのだろう。
「つっても、動かなくちゃなんねえのは変わらねえ。このぐらいで休んでられるかよ……」
頭の中がハンマーで叩かれているような痛みを覚えながらも無理やり立ち上がる。自分にかけられていた毛布を乱暴に取っ払うと、急足で扉へ向かう。
自分の身を顧みないその行動に、ルナは眉をひそめて、
「……あんまり、ルナを心配させないで下さいね」
ポツリと、一言呟いた。ルナの言葉で、自分の身体に気を使わない癖が治っていないのを認識して、
「それは本当に悪いと思ってる。だから、今回だけは見逃してくれ」
小さな罪悪感が心を刺す。それを自覚しているから、ファルベはそれでも無理して動こくことを謝罪する。
そのまま扉に手をかけて、ゆっくりと押し開ける。ずしりと重く感じるドアノブは、ファルベの内心と共通していた。
*
長い廊下を渡って階段を降りて、一階の大広間の近くを通った頃、ファルベの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
一人はラウラの声、もう一人は村長の声だった。恐らくは今回の魔物討伐の話だろう。
それに当事者である自分が加わらないのは無責任だと感じ、大広間に入っていく。
「あんた、ちょうど良かった。こっちに来て話を聞いてくれないかい?」
扉を開いた音で気づいたのか、部屋の中にいたラウラがこちらを向いて声をかけてくる。
「ああ、俺もそのつもりで来たんだ。昨日の件についてだろ?」
彼女の言葉に頷く。そして、長机を挟んで手前側にいるラウラの席に近づく。
「なんだ、ちゃんと分かってるじゃないか。察しの通り、あの魔物を倒した後の話さね」
ファルベの予想は当たっていたようで、ラウラは彼の言葉を肯定する。
ラウラの隣に用意されていた座布団の上に座って、正面に座る村長と向き合う。
「これで本人も来たみたいだし、話を進めてもいいかい?」
「そうですね。私としても、お話ししておきたいことはありますから」
村長はどういう感情なのか、いまいち掴めない様子だったが、多少なりともあの魔物がいなくなって気が楽になっている感じが伺える。
「単刀直入にお話しますと、北の森に棲まう魔物の退治によって、村の人達の意見は割れている状況です。一方は、これだけ命を張ったのだから今後に期待しても良いのではないかという肯定的な意見を持ち、もう片方はどれだけ尽くそうが人殺しは人殺しであり、認めるべきではないという否定的な意見です」
村長は重苦しい雰囲気で、そう伝えた。当然と言えば当然の反応だ。むしろ、村人の半数が肯定的に見ていることが予想外だった。
被害者にとって殺人者は世界を救おうが殺人者のままだ。それがどんな人間性であれ、どういう過程を生きてきたのであれ、それらを無視して殺人という過去を責め続けるものだ。
だが、その考えは間違いじゃない。人を殺すということは、それだけ重い罪だということなのだから。
「住人達の意見は互いに妥協する部分が見当たらず、最終的に村の統治者たる私に、判断を委ねた訳でございます」
結末も当然の結果だと言えるだろう。そもそも、人の感性に関する話し合いに上手い落とし所なんてある筈もない。それならば、第三者の視点で物事を判断できる頼れる人物に後を任せるものだ。何もおかしいところはない。
「それで、村長さん。あんたはどう見る? あんたにとってこの子はいつまでも他人に責任を押し付ける子供のままかい?」
「私は――」
ラウラの言った言葉を受けて、ゆっくりと目を伏せ思案に耽る村長は、少しの間を開けて口を開き、
「――私には、そのような姿は見えませんでした。ですが、住人達の言う通りあなたが、『冒険者狩り』は恐ろしいもののままだと思いたくなる意見も理解できます」
村長自身は直接「冒険者狩り」の被害は受けていない。それが第三者の視点として役割を与えられている理由にもなるのだが、それはそれとして、村人と長く過ごす中でその憎しみや悲しみを理解できるようになっていった。
だからこそ、そう簡単にファルベという人間を評価することはできない。
でも――
『過去の、どうしようもないほどの罪を犯した人間というだけではなく…… これからの未来で命を落とす人間が一人でも減るように尽力する――『俺』を見て欲しい』
魔物の討伐に向かう前にファルベが言った言葉だ。何年経っても変われずにいた人に、変わろうとした彼は、「今の自分」を見てほしいと言ったのだ。
昔だけじゃなくて、今を見てほしいという言葉を聞いたのだ。
「ですが、確かに、私達は自分たちの知っている過去のあなただけを見ようとしすぎていたのでしょう。だからこそ、私は、その先を見てみたいと思っています。『過去』を乗り越えて、『今』を生きるあなたが、その先で何を為すのか――私はそれを見てみたい」
楽観的な願望過ぎるだろうか。希望的観測に過ぎないだろうか。
だとしても、ファルベが自分の罪を見つめ直して、それとちゃんと向き合って、それでどこへ向かうのか。見てみたいと思ってしまうのは、短絡的だろうか。
不安はある。ここまで話しておいて、簡単に人を殺す殺人鬼に戻るという危惧もある。けど、それでも、
「あなたに――ファルベ様に、期待してみたいのです」
ラウラに向けていた視線が横に動き、真っ直ぐにファルベに向けられる。濁りのない純粋な眼差しがその期待をまざまざと見せつけてくる。
ファルベだって、そういう人の期待に応えるべく、ここまでやってきたのだから、その眼差しから逃げる事はできない――いや、したくない。
だから、胸を張って、自信を持ってはっきり言おう。
「はい。俺に、任せてください。皆さんの期待を必ず、叶えてみせます」
*
村長との対話を終えて、再びルナの待つ部屋に戻ったファルベは、
「さて、まだやることも残ってるし、さっさと次に行くぞ」
「あれ? もうちょっとゆっくりして行っても良いんじゃないんですか? ししょーの疲れもそうですし……」
ファルベの身体のことも気遣って、ルナは急ぐ必要はないと提案してくれるが、そう悠長なことはしていられない。
「それは駄目だ。一応村長が『今の俺』を認めてくれたとは言っても、それが気に食わない連中だっている。一刻も早く俺を始末したいって思ってる奴もいる。いつまでもここにいれば、そんな連中に危害を加えられるのがオチだ」
やるべきことがはっきりしていて、それを為すための後押しをしてもらえて、それで今更死ぬことはできない。
「それに、危害を加えてくるのが俺たちだけならまだしも、俺たちと関わった人にも害意を向ける可能性だってある。例えば、お前がこの村に来て初めて友達になった……イル、だっけか? その子だって巻き込まれるかもしれない。つまり、俺たちがここにいるのは百害あって一利なし、いるだけ迷惑だって話だ」
村長から直接そう言われた訳ではないが、普通に考えたら出てくる結論だ。この村は今、二つの派閥に分けられてしまったのだから。
とはいえ、ファルベ達が長居せずさっさといなくなれば、村の人同士で無駄ないざこざは起こらないだろう。
「だから、早いとこ荷物まとめて出ていくぞ」
そう言うファルベの手つきは速く、麻袋に荷物をテキパキ詰め込んでいく。ただ、元から持ってきたものが少なかったために片付けるものも少ないのだが。
ルナも一応手伝って、片付けはものの十数分で終わった。
「じゃあ、今すぐにでも出て行こう。さっきも言った通り、この村に俺たちの居場所はない」
「……そう、ですね……」
この村には少なからず関わり、思い入れもできてしまったのだろう。ルナは急ぐファルベと対比的に渋る様子を見せる。
この村を出ていくのは早ければ早いほどいいが、誰かと話すぐらいの時間はあっても良いかもしれない。ファルベはそう考えて、ルナに向き直ると、
「……分かった。お前の友達と話す時間は用意するから、行ってこいよ」
「え……?」
「ほら、早く」
「あっ、は、はい!」
ファルベがそれを提案してきたのが意外だったのか、ルナは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに理解すると嬉しそうな顔で頷く。
そして、ルナの友人――イルの家があるらしい方向へ走って行った。
*
ルナはもはや手慣れた様子で道を走り抜けると、イルの家まで簡単に辿り着いた。
彼女の家の扉を叩くと、見知った両親が出てきて、手早く要件を伝える。ルナもイルの家族とそれなりに交流を持ち、ある程度の信頼関係は築けていて、それ故にいるに会いたいというルナの要望にも二つ返事で了承を貰えた。
二人は、彼女らが初めて会った公園のベンチに腰を下ろすと、
「それで、お話ってなに?」
「そう、ですね。簡単に言うと、ルナはこの村から出ていかなくてはいけないんです」
「なんで? ここにいちゃダメなの?」
「ルナも、出来るならここでイルさんとお話ししたり、遊んだりしたいですけど……」
出来ない、と言われてしまった。その理由だって納得できるものだったし、そもそもルナ達の家はこの村にない。
「それは無理と言われてしまったので……」
「でも、またここに来れるんでしょ? なら、いつでも遊べるね!」
イルの、その純粋な言葉に、
「――ッ!」
ルナは何か胸が締め付けられるような痛みを感じた。「いつでも遊べる」彼女は確かにそう言ったが、それが大きな間違いであると分かってしまったから。
「それは……できません。きっと、ルナがここから出たら、二度と戻ってこないと思いますから……」
「どうして?」
「この村にとってはルナやししょーは必要がないですから。居場所がないですから」
「そんなことないよ? ルナちゃんは、わたしといっしょにいればいいでしょ?」
「それは……ッ!」
出来ない、出来ないのだ。出来るならば、ルナだってそうしたい。したくても出来ない事情が、しがらみが、二人にはあるのだ。
「それは、駄目なんです。イルさんとは違うところで、大人の皆さんの事情とかで、この村にはいられないんです」
このまま彼女の優しさに甘えていては、いつか彼女自身が、若しくは近しい人が、理不尽な被害を受けるかもしれない。
だからこそ、ルナもファルベもここから出ていくことに決めたのだ。
「ぜったいに、ダメ?」
「……はい」
「どうしても?」
「……はい」
「なら、わたしとの思い出。忘れないための思い出をルナちゃんに渡すね」
そう言うと、イルは自分の頭に手を動かし、そこにあった、花の形を象った髪飾りを取り外し、
「はい! これ、ルナちゃんにあげる!」
可愛らしい笑顔を浮かべて、イルはそれをこちらに差し出す。
「ルナちゃんが遠くに行っても、わたしやこの村の人たちを覚えていますように、のプレゼント」
「――」
「だから……」
イルはそこでジッとルナを見つめると、
「――だから、忘れないでね?」
優しく微笑んだ。どこまでも純粋で、いつでも友達想いな彼女の言葉は、ルナの心に静かに染み込んで、ルナは自分の目頭が熱くなるのを感じた。
「忘れ……ません……絶対に、イルさんのことも、この村の人達のことも、この村での思い出も、全部! 全部、絶対に、忘れません!」
流れる涙も気にせず、頬を伝う暖かさを頼りに、ルナは彼女に誓う。絶対に忘れないと。必ず覚えていると。何度でも誓う。誓った数だけ、ルナの望みも叶うと信じて。
「だから、ここでお別れです」
「……うん」
「今まで、ありがとうございました」
ルナはベンチから立ち上がり、頭を下げる。涙で濡れた顔を、下げる。
そして、これ以上留まりたいと思ってしまう気持ちを抑えるために、この場から立ち去ろうと踵を返す。
一歩、歩き出した直後、
「また、会おうね」
背後から、声が聞こえた。その声に応えるように、ルナは振り返って、大きく手を振って。
「――また、会いましょう!」
叶うはずのない約束。きっといつまでも届かない願いなのだろう。でも、だからこそ、声を上げて誓おう。何度でも結ぼう。何度でも言い合おう。
――だって、願いは言葉にすれば、いつかきっと、叶うのだから。
*
ルナがファルベの元に戻ってきた頃には、清々しい表情に変わっていた。
「別れは、済ませたか?」
「……はい」
一瞬だけ、曇ったような表情に変わるが、それも本当に一瞬だけで。すぐ後にはいつものルナの表情に戻っていた。
「大丈夫ですよ! イルさんも良い人ですし、分かってもらえました!」
ファルベにとってはルナのその元気な態度が作り物だとすぐに分かったが、それは暴いてはいけないものだと察し、
「そうか。その髪飾りもくれたんだな……まあ、その……似合ってるぞ」
「え? あの、すみません。最後の方が聞こえなかったので、もう一回はっきり言ってもらっても良いですか?」
「……ッ! 何でもねえよ!」
恥ずかしくて声が小さくなったのを指摘されて、より一層恥ずかしさが増し、大声で照れ臭さを誤魔化す。
「じゃ、行くぞ。あんま長居も出来ないからな」
「分かりました!」
元気な返事と共に、ルナは早足で歩くファルベに付いていく。それは一見していつもの光景で、何の変哲もない様子だった。
ルナの頬を伝う、涙の跡さえ、見ないふりしてしまえば。
*
二人は急足気味に村の入り口に進み、そこに置いてある馬車の中に入ろうとしたところで、とある人物の声が聞こえてきた。
「ねえ、貴方達、その馬車で帰るつもり?」
まさかここでいきなり声をかけられるのは想定しておらず、驚きの表情で声の主を振り返ると、
「ルナちゃん、昨日ぶりだね」
片手をひらひらと振ってアピールするメルトの姿があった。
「メルトさん!? どうしてこんなところに?」
「いや、ちょっとそこの『冒険者が……いや、ファルベに用があってね」
ルナではなく、ファルベに用があると言うメルトの台詞に少し疑問符が浮かぶが、彼女の言葉を信用しているルナは、黙って道を譲る。
「何か用があるのか?」
「あるから来てるのよ。それで、早速本題に入るんだけど……」
メルトは、そこで決意を固めるように大きく深呼吸すると、
「私、あんた達の旅に付いて行くことにしたから。異論は認めないわよ」
「「――は?」」
二人は、絶句したのだった。




