85話 「あなたに届いて」
――時は少し前まで遡る。
丁度日が落ちる頃、つまりファルベが国境壁を超え、北の森へ向かう時間だった。
『協力者に会いに行く』
そう言い残して出て行ったラウラを待っていたルナは、約束の時間が訪れたことを察して、浮き足立っていた。
ラウラが出て行ってからしばらくは安心して素直に待っていたのだが、夜が近づくにつれ、ルナの心の中にある不安の種が次第に大きくなっていった。
まだ、ラウラは顔を見せない。もうファルベは出立しているかもしれないというのに。
ただ待っているだけではいられないけど、ラウラに待てと言われている以上、下手に動けない。そのせいでラウラの広い屋敷をうろうろと歩き続けていた。
何度も廊下を往復し、悶々と悩み続けていたルナが玄関口まで来た瞬間、
「心配なのは分かるけどね、そんなうろうろしてても何も変わらないさね」
玄関の扉が開け放たれ、薄暗い中でも鮮烈な赤の長髪が目に入る。
ルナが待ちに待った、ラウラその人であった。
「あ、ラウラさん! やっと帰ってきたんですね!?」
小走りでラウラの元に向かい、ルナは喜びを隠さずに言う。その顔には若干の焦りもあったが、それよりラウラが帰ってきた喜びの方が強かった。
「ああ。あいつにもちゃんと、協力の許可を貰ってきたよ」
ラウラは安心させるようにルナの小さな頭を撫でる。ゆっくりしている場合ではないというのに、何故かこうして優しく撫でられると心が穏やかになるのを感じる。
実際の時間に換算すれば撫でられていたのはほんの数秒だった筈なのに、随分と長く感じた。
それを終えて、ラウラは扉の後ろにいる人物に声をかける。そういえば、ラウラはそもそも「協力者」という人物と話をつけに行ったのだったなと納得をし、その人物の登場を待つ。
少し間があって、扉の影から姿を現したのは、ラウラよりやや背の低い女性だった。濃い青色の髪が肩の辺りまで伸びていて、大人びた雰囲気を醸し出す女性。整った顔立ちに、色白の肌。それら全てが若々しい、同性のルナでも魅力的に感じる女性――メルトだった。
「えっ、と……ラウラさん、これは?」
「これはも何も、この子がアタシの言ってた『協力者』さね」
何もおかしなところはないとでも言いたげな表情で、ラウラは言った。
「あはは……ルナちゃん、意外って思ってる? 私があいつを助けるのに協力するの」
「いや、そういうわけじゃなく……」
「いいよいいよ、気を使わなくても。でも、あの時ルナちゃんに言われちゃったし、それにこれは私なりに過去と決別するための行動だから」
メルトはどこか吹っ切れたような表情で話す。彼女がどうしてそこまで協力的なのか、その心当たりを探そうと頭を捻る。そして、
「あ、そうでした。ししょーが壇上に上がる前に話して話てたことですよね」
「そうだけど、あれ? ルナちゃん、もしかして覚えてなかったの?」
「あ、いえ違うんです! ちょっとその……さっきまでは心の余裕が無かったと言いますか……不安を抱えすぎてて、ちょっと前のこともあんまり意識してなかったと言いますか……」
自分が言ってたことなだけに、それを一瞬でも忘れてしまっていたのは失態だ。だが、それだけルナにとってファルベを助けたいという思いが大きいのだと、自分に納得させて、次の言葉を待つ。
「ま、ルナちゃんはそういう子だよね。そういうところも私は好きだよ。……その感情が、あいつに向かってるっていうのは、ちょっとだけ嫉妬しちゃうかもだけど」
最後の言葉は小声過ぎて、すぐ近くにいるルナにもまともに聞き取れなかった。しかし、変に詮索してまで追求すべき事柄ではないと判断し、何も聞かなかったことにする。
そんな二人の様子を間から眺めたラウラは、
「なんだい。いつの間にやら二人で仲を深めてたんだね。メルト、あんたの説得がいやにスムーズにいくなとは思ったけど、そういうことだったんだね」
ラウラは得心がいったように頷く。
*
ラウラはルナを屋敷に残して出て行った後、最初にメルトが住む家に向かった。彼女の考える計画、死に向かった一方通行を歩むファルベを助けるためのそれを行うのに、一番重要な人物だったからだ。
何度かノックして様子を伺う。しばらくして、小さな階段を降りてくる小さな足音が聞こえた後、扉が開く。
「はい。どちら様です……って、ラウラさん。どうかしたんですか?」
「ああ。ちょっとあんたに頼みたいことがあってね。今、時間は大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ。それで、頼みたいことっていうのは? 正直、ラウラさんでも手にあまることを私ができるとは思えないんですけど……」
ラウラから頼み事をされるということ自体は光栄なことなのだが、その内容を聞いていない状態だと、果たして本当に自分で役に立てるのか、もっと他に頼れる人がいるのではないかと不安感も湧いてくる。
そんなメルトを気遣ってか、ラウラは安心させるように少し微笑んで、
「いいや、むしろあんた以外には誰にも出来ないことさね」
「そうですか。なら、その内容を聞かせてもらってもいいですか?」
「……あー、うん。そうだねえ。正直あんたに頼みづらくはあるんだけど、言っちまえば、人助け……ってやつかね」
ラウラは視線を外し、気まずそうに頭を掻く。「人助け」ということに手を貸すのはやぶさかではない、もっと言えば自分から進んで参加したいものではあるのだが、どうしてラウラはそんなに言いづらそうなのか。
そんな疑問に首を傾げるメルトは、
「人助けですか。それなら是非お手伝いしたいですけど、なんで頼みづらいんですか?」
「助けようって人間が、あんたとそりが合わない奴だからね。正直に話すと、ファルベのことだ」
「……」
その瞬間、メルトが押し黙った。やはりこれを頼むのはキツかったか、とラウラは考えたが、メルトが次に放ったのは、
「……どうして、それを話したんですか? 誰を助けるかっていう部分はボカして話しても良かったじゃないですか……っていうより、言わない方が確実に協力させられるのでそっちの方がいい筈ですよ」
ラウラが正直に全て話したことに対する疑問だった。即座に否定されなかったことが予想外ではあったが、これはチャンスでもある。取り付く島もないほど拒絶されていないのであれば、相手を説得できる余地がある。
「正直なところね、そうしようかとも思ったんだよ。あんたにファルベの奴を助けようって言っても拒否される可能性の方が高かったしね。でも、こっちから頼み事をするのに、都合の悪い内容をボカして話すってのは、誠実じゃないと思ったんだ。それじゃあ、騙しているのと同じさね」
言わなければもっとスムーズに話が進んだだろう。だが、それをしたくなかった。
互いに見つめ合って、どう話を切り出すか探り合うような空気が流れる。そんな状況を最初に崩したのはメルトだった。
「……やっぱり、そういうところがこの村のリーダーたる所以、なんでしょうね」
ボソリと一つ呟いて、メルトは笑う。
「いいですよ。是非、私も協力させて下さい」
「アタシから言い出したことだけど、本当にいいのかい? あいつは、あんたの……いや、この村にとっちゃ大罪人だ。そんな奴を助ける為に手を貸しちまって」
「それは……いいか悪いかで言えば、絶対ダメだと思いますし、昨日までならすぐ否定してた筈です」
四年間恨み続けた相手だ。そんな人間を助けようなんてほどメルトは聖人じゃない。家族を殺されたら悲しんで、その要因となった相手を憎む、普通の人間だ。
「今でもあいつのことは信用できてませんし、ルナちゃんがあんなに肩入れする理由も理解できません」
メルトにとって、ファルベはいつまで経っても殺人者だ。たとえ人の命を救おうが、社会に貢献しようが、世界を救ってさえも、その認識は変わらないだろう。
だから、信用なんて出来る筈がない。でも、あの時、言われてしまったから。
『そこでですね、ルナにいい考えがあります』
以前、メルトの家でルナとの話した時。ファルベを信用できないと言ったメルトに対して、彼女が提案したこと。
『それはですね――』
ルナは笑顔で口を開いて、
『――ルナを信じて下さい』
そう、言った。
『ルナちゃん、を……?』
『そうです! メルトさんの中にあるししょー像は、やっぱり変えられないと思います。それなら、ししょーを信じるルナを信じて下さい!』
そう、言われてしまった。だから、メルトの知っているファルベを信用できないことと、彼を助ける為に手を貸すことは矛盾しないのだ。
だって、ここで助けなかったなら、最後まで「ルナが信じるししょー」とやらを確かめることができなくなるのだから。
「だけど、そう言って今のあいつのことを知ろうとしないのも、いつかのあいつみたいに間違っている気がするんです」
だから、本当に変わったのか確かめたいと思った。いつまでも過去のファルベと同じではないと、確かめたくなった。
*
「ともかく、私も手伝うから。時間は……大丈夫でしたっけ?」
前半はルナに、後半はラウラに声をかける。ラウラはメルトの質問を肯定するように首肯する。
「そうさね。今すぐ向かえば、十分間に合うだろう」
「なら、すぐ行きましょう!」
急かすルナを宥めるようにラウラは片腕で制し、
「そうだね。何せ、アタシらはこれから歩いて向かうんだからね」
「そうですね! 歩いて……って、歩いていくんですか!? 馬車とか無いんでしたっけ」
「あるにはあるけど、そんなに数がないからね。使ったらすぐにバレるさ」
「バレるも何も、ラウラさんなら堂々と使えるんじゃ……」
何故そうして隠れて動くのか。理解ができていないルナは問い返す。
「堂々と、『冒険者狩り』を助けに行きます、なんて言うつもりかい?」
「それは……」
「そういうことさ。だから、歩いて国境壁まで向かうよ。大丈夫さね。ファルベの奴だって歩きで北の森へ向かうんだ。あっちが着くよりアタシらが国境壁まで辿り着く方が速い」
そう言って振り返ると、
「じゃあ、早速行こうか」
ラウラはメルトを連れ、歩き始める。ルナもその後を追うように付いていく。
少し急ぎ足で歩いて、村の入り口の辺りまで来たところで、
「ちょっと待ちな」
ラウラが進行を止める。急停止したラウラの背中にぶつかったルナは手で軽く額を抑えながら、
「何か、あったんですか?」
「いいから下がってな」
強気な声で無理やり押し戻され、ルナは数歩後ずさる。
そして、前方に目を向けたまま何やら警戒しているような雰囲気を醸し出す。
「もしかして、アタシらを止めるつもりかい? ――村長さん」
ラウラの目の前に立つのは老人だった。村長と呼ばれた彼は太い木材で作られた杖をつき、重力に引かれるように垂れる長い顎髭を触りながら、
「それは、貴方がたが何をしようとしているのかによりますな」
ただでさえ細い目をより一層細めて、こちらを値踏みするように見つめる。
「何も聞かず通してくれ、ってのは通じないってことかい?」
「そうですねえ。何せ私は村長ですから。村長は民意を体現しなくてはいけない。つまり、村の住人たちが望まぬことを認める訳にはいかないのですよ」
彼も立場上、やらなくてはいけないことがある。それは理解できるが、今のラウラ達にとって納得はしがたいものだった。
どう説明したものか、と高速で思考を回すラウラが答えを導き出す、直前、
「――と、本来ならば言うべきなのでしょうね」
次に村長が放った言葉は、さっきまでとは打って変わって柔らかな、物腰穏やかな老人のそれだった。
その変化に思わず驚いてしまう。
「私も、あのような子供が無茶をするのは……命を散らせてしまうのは心苦しいですからね」
「あんたは……全部知ってたんだね」
「知っていた、と言うと些か誤解があるのですが、そう思って頂いても構いません」
「それで、結局あんたはアタシらを見逃す気はあるのかい?」
若干逸れかかっていた話の筋を元に戻す。ラウラ達にとってはそれが最優先事項であり、出来る限り速くここを通り抜けたい。そんな彼女らの気持ちを知ってか知らずか、村長はのんびりとした口調で、
「見逃す……はて? 何のことですかな? 私は生憎、何も見ておりませんが」
そう言うと、村長は明後日の方向に向き直り、こちらから目を背ける。その背中は、小さく老いぼれたものの筈だったのだが、何故か大きいと感じてしまった。
ラウラは「ありがとう」と声をかけて、村長の横を通り過ぎる。その後にメルトとルナが続く。やがて村の入り口を超えた辺りで、
「――御武運を」
そんな声が、聞こえた気がした。
*
国境壁まで到着した頃には辺りはもう真っ暗になっていて、ほんの数メートル先の景色すらまともに認識できなかった。
「目的の場所に到達することはできましたが、それでどうするんですか? そういえば、まだ計画について何も聞かされていないんですけど」
ルナは至極真っ当な意見を口にする。ファルベを助ける、と言葉にすれば簡単だが、それを行うのは相当難しい。国境壁を越えることができないので直接助けにいくのはできないし、そもそも――
「――付いてくるなって、言われちゃいましたし」
ファルベの近くまでは行けない。物理的にも心情的にも助けに行くのは困難だ。それを行うための計画というのは、一体。
「簡単なことさ。あいつに近づかずに助けてやればいい」
「できるならそれが一番いいんですけど……そもそもどうやるのかって問題が……」
言うだけなら、誰にだってできる。問題なのはその方法だ。
どうやらラウラには心当たりがあるようだが。
「やり方としては単純なもんさ。――これを使う」
そう言ってラウラが取り出したのは、長細い金の棒だ。ラウラが持つ部分には羽のようなものが付いており、そこから下に行くにつれて細く鋭くなっていく。そして、先端には鉄鏃がくっついている――矢だ。
それを目にした瞬間、ルナはラウラの提案するであろう方法が理解できた。
元よりルナには、ファルベを助けるための手段があった。最初から、加勢するための道具を所有していた。ただ、使う機会がなかったから、意識もしていなかっただけだ。
この――ルナが背負っている「弓」の存在だ。
あの日、ファルベが刺された忌まわしき日に、彼と一緒に訪れた武具屋で買った、入荷時期不明の大弓。ルナの背丈より大きいそれは見た目より軽く、小柄なルナでも余裕を持って構えられる。
「なるほど、そういうことですか。ですが、その矢はどこで? 随分良質なもののように思いますが」
「ん、ああこれかい? これはほら、前に商団の馬車が来ていたことがあっただろう? あの馬車の中に木箱があったんだけど、その中にあるのを見つけてね。あんたがそんな大層な弓を持っているのに、矢を一本も用意してなかったから、買って渡してやろうと思ったんだ」
ファルベの正体がバレる前、馬車の中でラウラは確かに見た。木箱に貼られたラベルの中に、
「種類:武器 短剣・魔道具・『矢』・草刈り鎌・その他金属等」
と、書かれたものを。その後商団に買い取らせてもらおうと交渉したら、魔物から助けてもらったからと快く受け入れてくれた。
それをプレゼントしようと思ってたら、ファルベの正体がバレ、あれやこれやと大変な出来事が連続し、ルナに渡せずにいたのだ。
「弓と矢。これだけあれば、何をすべきかは分かるだろう?」
「……ですが、国境壁で阻まれています。ここから撃っても壁に当たるだけですし、国境壁を越えて撃つにしてもまず超えられるかどうかも怪しいですし、正直なところ不可能な気がしますが……」
「そこで、『協力者』の出番って訳だ」
ラウラが顎で刺し示した先にいたのはメルト。いつ会話に加わるか判断ができなかったのか、押し黙っていた彼女だが、ラウラに指名されたことで口を開く。
「そうね。ルナちゃんには言ってなかったんだけど、私ね、スキルを持ってるんだ」
「……へ?」
「だから、スキル。私にもあるの」
そんな話、今まで一度も出たことがなかった。初めてあったあの日も、墓場での出会いでも、メルトの部屋で話した時も、出る気配もなかった。
そして、彼女のスキルを考察できるらしき出来事だって一度も――そう、考えたところで、
「そもそも、ルナちゃんはおかしいと思わなかった? 私が初めてルナちゃんと会った時、あいつに『呪い』の付いたナイフを刺した後、ルナちゃんを抱えて現場から逃げたじゃない。いくらルナちゃんが小柄で軽いからって私みたいな女の子が抱えたまま走り続けて、その上で息も切らせていなかったこと」
そうして振り返ってみると、あまりに不自然だった。メルトは筋肉量が多いわけではない。ごく一般的な、いやそれより下回っているであろう人間が、ルナを抱えて走るなんて出来事は。
「あの時、私スキルを使って、ルナちゃんの身体を軽くしたの。だから、ルナちゃんを持って走っても、それほど疲れなかったし、あの場から逃げ切れたの」
ならば彼女のスキルは「軽量化」とでも言うべきだろうか。それでルナの体重を軽くした。あの日の不自然な出来事はそれが関係していたのか。
ルナは自分の中にある疑問が綺麗に消化された感覚を得た。
「軽くする……それって、どのくらい軽くできるんですか?」
「やろうと思えば、多分どこまでも軽くできると思うよ。例えば、風が吹いただけで宙に浮くくらいに」
「――あっ!」
そこで、ルナはラウラがメルトを必要とした理由に辿り着いた。
確かに、このスキルがあるのであれば、この場における問題を全て解決できる。
「気づいたみたいだね。じゃ、作戦を話すよ」
ルナとラウラは二人並んで立つ。彼女らに向かい合うような位置にメルトは立って、二人の手と触れ合う。
すると、二人の身体から体重という概念が取っ払われ、ふわふわと風船のように浮かぶ。
「――まず、このスキルで体重を軽くして、国境壁の一番上まで登る」
そして、二人は地面を蹴って、宙に浮く。体重が消え、重力からも切り離された彼女らは地面を蹴った推進力のまま上昇していき、国境壁の一番上まで来たところで、
「――今だッ!」
壁の下にいるメルトに聞こえる声を発する。それを受け取ったメルトは、即座にスキルを解除する。すると宙に浮いていた二人の肉体は重力の影響を受けて下降する。
そして、壁の上で着地をすると、
「これで、最初の段階は終了だ」
ラウラが、何食わぬ顔で言った。
「うーん、惜しいねえ。今が夜でなければ、ここから絶景が見られそうなんだけど」
「そんなことを言っている場合では……」
「分かってる。じゃ、次の段階であり、最終段階に移ろうか」
ラウラは手に持つ矢をルナに向けて差し出すと、
「ここからはあんたの仕事さね。あんたがその弓で矢を撃つんだ。だけど、普通に撃っただけじゃあ、北の森まで到底届かない。それで利用するのが――」
「ルナの魔力、ですよね」
「正解だ」
ルナの魔力は何度も使って分かる通り、とてつもない衝撃を生み出す力を秘めている。つまり、ただ矢を撃つだけじゃなく、撃った後、ルナが魔力を解き放ち、その衝撃をも推進剤に利用して飛ばすのだ。そうすることで本来届かないはずの森にまで射程を伸ばすことができる。
「そしてここは国境壁の上。ここであんたが本気で魔力を解き放っても、誰も巻き込まない」
あれだけ制御を練習して、何とか成功させることができたが、今回はそう気遣う理由もない。
ルナは自分が身に纏う外套を引き剥がす。その瞬間、己の内から溢れてくる魔力の奔流が外気を揺らし、風圧を巻き起こす。
ルナは弓を構え、ラウラから受け取った矢を番える。
「どこを狙えばいいかは分かるかい?」
「――はい。どうしてか、どこに撃てばあの魔物に当たるのか、何となく分かるんです」
「そうかい。不思議なもんさね。一応、ファルベの奴と魔物の位置関係を確かめる手段はあるけど、分かってるならいいさね」
そう言って、ラウラはルナの元から離れていく。これからルナの放つ魔力の渦に巻き込まれるのを恐れてだろう。
一人になったルナは、ようやく加減をする必要がなくなり、一層魔力の放出が激しくなる。
「ししょー。やっぱり、ルナはししょーに死んでほしくないんですよ」
魔力が渦巻いて、突風を巻き起こしているその中心で、ルナは呟く。
「まだ一緒にいて欲しいんですよ。ルナにとってししょーは命の恩人も同然ですから」
きっと、この気持ちも理解してもらえないのだろう。ファルベという人間は、他人からの悪意には鋭くても、好意には不思議なくらい鈍感だから。
ルナほど積極的に伝えても、気づいてくれないのだから。
「それでも、ルナは言い続けますし、手伝い続けます」
その気持ちは本物だから。いつか、ルナの想いが伝わるように。――彼の心に、届くように。
弓を引く。矢は放たれ、直後、魔力の爆発が矢を押し出し、夜空の中に一筋の光の軌跡を生み出しながら飛翔する。
ルナは自分の放った矢が輝く道を引きながら飛ぶ様子を、見届けていた。遠く、目に見えないほど遠くにいる彼の元に、ちゃんと届くことを、祈りながら。




