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78話 「曲げられぬ意思」

 全ての住人から同意を得られた訳ではいが、村長の助力もあり、事態は取り敢えず一応の収束を図った。

 暴走して殺そうとするような人間は出てきていないし、直接文句を言いに来る人間もいなかった。


 この村は良くも悪くも閉鎖的な場所だ。どの家に住む者でも、この村にいる以上、同じ一つの理念を共有しあえる。だけど、同じ過去や後悔を持つというだけで繋がるこの村の住人たちは五年前はともかく、段々と恨みや憎しみが薄れてきていた今となってはその繋がりも脆くなっており、昔より一層、統率者が重要視されている。


 この村における統率者――つまり村長は発言力が高く、ファルベの言葉を村長が直々に認めた時点で住人たちにそれを否定するのは、よほどの口実がない限り難しい。

 だから、


「……帰りたくねえなあ」


 ファルベがこうして夜更けに誰もいなくなった広場のベンチで座っていても、何も起こらないのだ。彼が足をぶらつかせて、気まずそうに呟くのにも理由があった。


 当たり前と言えば当たり前の事実ではあるが、ファルベはこの村に居を構えていない。自分だけの住む場所がないのだ。そして、宿泊施設のようなものもなくはないが、この村で一番疎まれているファルベを泊めてくれるような店があるとは思えない。


 つまり、ファルベが野宿くを回避しようと思うのならば、ラウラの屋敷に泊めてもらうしか選択肢がないわけだが、あんな啖呵をきった後だと気まずいにも程がある。

 というのも、ファルベは見てしまったのだ。あの魔物と一人で戦いに行くと言った時の、ラウラの顔を。ファルベが過去一年と半年ほど一緒に暮らしていたときには一度も見たことがなかった、彼女の驚愕の表情だ。

 ラウラもあんな顔をするのだと内心かなり驚いていた。


 ラウラがファルベを必死になって引き留めてくれるなんて自惚れた考えは持っていないが、それでもあの驚きようからすると、小言や注意の一言二言はされるだろう。

 それを分かっていながら、図々しく屋敷に居座ろうとは思えない。


「ま、野宿でもなんとかできるだろ。やったことないけど」


 食べ物も寝床も何もかもが存在しないが、何とかやっていけるだろう。どうせ明日この国を離れるのだから、今晩だけ凌げればそれでいいと思って楽観的に考える。


「飯……どうすっかなあ……」


 小さく、自分の腹が音を立てる。それが空腹の音だと理解して、頭を悩ませる。何かを食べるにしてもこんな深夜に食べ物を売る店はないし、そもそもファルベに物を売ろうとする者がいない。

 かといって、他人の畑から食べ物をとってくるのは論外だ。五年前なら生き残るためにそういうことも何の躊躇いもなくやっただろうが、今はもうそんな選択肢は選べない。


 ファルベの良心もそうだし、このタイミングで悪印象を増長させるような行動はしてはいけないという打算的な考えもある。


 以上の理由から、食事が最初の課題となるのだが、解決策は思いつかない。そこらにいる獣を狩って食料とするのも、万が一誰かのペットだった場合に取り返しがつかなくなる。

 あとは、いっそのこと食事を諦めて我慢することだが、それでは明日、本領を発揮できなくなる。


 と、そうやって悩み続け、月光が降り注ぐ夜の空を見上げていると、ガサリ、と何かが揺れる音が聞こえた。それは小さく、普通の人間であれば気づかない程度の音だったが、ファルベは耳聡くその音を聞きつけ、


「――誰だ」


 ベンチに立てかけておいた長剣を握り、立ち上がる。即座に反応できるように、手元からすぐ近い位置に置いておいてよかった。


 音のした方向に視線を向けると、暗闇の先から、薄っすらと焦げ茶色の何かが見えた。それがあまりに見慣れた色だったので、


「……ルナか」


 心当たりのある人物の名前を呼んだ。ファルベとお揃いの外套、それがちょうど暗闇に見えるものの色と一致していた。

 ファルベは「冒険者狩り」だった時期に夜の闇の中を主戦場としていたため、夜目には自信があった。そこから判断しても、この先にいる誰かがルナである可能性が高い。


 彼のその考えを肯定するかのように、焦茶色の物体は、


「――その声は、ししょー!」


 焦っているような声で、一層激しい音を立てながら近づいてくる。元から視認できる範囲にいたので、ルナがファルベの元までやってくるのに、そう時間は必要なかった。


 茂みの向こうから走ってきたルナはファルベの姿を視認すると、駆け寄ってくる。


「ししょー! こんなところに居たんですか!」


 茂みをかき分けて来たからか、ルナの外套には何かの植物の葉っぱや、木の枝が付いているが気にするそぶりすら見せず、近づくと、


「どうしたんだよ。そんなに慌てて」


「ししょーが全然帰ってこないからって、ラウラさんからお弁当もらって来たんです。多分あの演説が終わってから何も食べてないでしょうし、お腹減ってるかな……と」


 そう言って、背中に背負った袋を弄って一つの物体を取り出した。花柄の入った布で包まれた直方体の何かだ。これがルナの言う弁当なのか。

 ルナが両手で抱えたそれは一人で食べるのには少し大きいような気もするが、ファルベの今の腹具合を考えれば、いけなくもないか。


「そうか……ありがとな」


「はい! じゃんじゃか食べちゃって下さい!」


 もうここに住む者全員が寝静まっているような時間帯だと言うのに、ルナはいつもと変わらない元気な様子で弁当を差し出す。そして、ファルベのすぐ隣に座る。


「ん? ルナに頼まれてたのは弁当を渡すだけじゃないのか? もう帰って寝てればいいだろ」


 元気そうに振る舞ってはいるものの、時折目を擦っているところから、この元気は取り繕ったものだと感じてしまう。

 それを気遣って、さっさと帰らせようとしたのだが、ルナは頬をプクッと膨らませて、


「何でそんなにすぐ帰らせようとするんですか。ルナのことが嫌いになっちゃったんですか」


「ちがっ……そうじゃない! お前が眠そうだったからだよ。こんな夜更けにお前を付き合わせる必要がないからだ」


 ルナはラウラから頼まれたことをちゃんと成し遂げた。なら、これ以上ルナを起こしていても彼女に悪い。そもそもルナが夜更かしをするような人間じゃないのもあって、ファルベとしては早いうちに帰らせたいところなのだ。


「ルナはししょーに付き合いますよ。じゃなきゃこんなところまで探しに来ません」


「はぁ……お前がそれでいいなら俺が何言っても無駄か。それで? 他に何をするんだ?」


 布を剥がして中の弁当を取り出す。弁当は二段構造になっていて、上と下で内容物が違うようだ。適当につまみながらルナに問いかける。


「……」


「なんだよ。言いたいことがあるんじゃないのか?」


 膨れっ面のまま少し顔を落としていたルナは、膨らませた頬を縮めると、どこか悲しような表情になって、


「ししょー……なんですか、あれ」


「だから、何がだよ。はっきり言われないと分かんねえよ」


「あの演説ですよ。言ったこと……本当にするんですか?」


 ああ、とファルベは納得する。さっきの演説で魔物と一人で戦うと言ってしまったことを聞きたいみたいだ。

 確かにルナもあの魔物の脅威はよく知っている。ファルベがこの国に向かう道中と、商団の馬車が襲われた時の二回で直接戦ったのだから。

 ファルベの実力はルナもよく知っている。だからこそ、彼女も理解しているのだろう。ファルベが戦いに行ったところで勝ち目はないのだと。

 だがしかし、


「本当だよ。俺は一人で戦いに行く」


「訂正する気はありませんか。どうあっても、戦わなきゃ駄目なんですか」


「その条件でしか、俺が認められることはなかったんだ。俺だって別に死にたいわけじゃない。出来ることなら、こんなことしたくねえよ。でも、俺がやったことを考えれば、命を賭けるぐらいのことをしないと駄目なんだ」


 ファルベは変わろうとしているだけで、きっとまだ変わり切れてはいないのだ。つい昨日に、ラウラに指摘されたように。

 だから、我が身可愛さで生き足掻こうとする精神は残っている。死ぬぐらいなら苦しんででも生き続けたいと思っている。


 それでも、命ぐらい賭けないと認められないから、そうするしかない。やりたいことでなくとも、やらなきゃいけないことではあるのだ。


「だから、お前になんと言われようが俺が言うことは変わらない」


「なら、せめてルナも連れていって下さい。ルナだったら、きっとししょーのお役に立てます」


 なんと断り難い誘惑だ。確かにルナを連れて行けば、役に立つどころの話じゃない。ファルベが彼女に渡した外套――ルナの異常な魔力を抑え込むための魔道具を脱げば、彼女は本領を発揮できる。

 ただそこにいるだけで家屋を崩壊させ、本気を出せば地形すら変えられる魔力という名の見えない暴力を使えば、あの魔物であっても倒すことは容易だろう。


 しかし、それはできない。そうしては何も意味がない。弱くて、勝つ可能性がないファルベが倒すからこそ、意味がある行為なのだ。


「お前は必要ない。明日は何があっても絶対に付いてくるなよ。お前が付いてきちゃ何の意味もないからな」


「――でも、それじゃあ自殺と変わらないじゃないですか! 勝ち目がないのを分かってて、死にに行くのと変わらないのを分かってて、それなのにどうして一人で行こうとするんですか!」


 それは、久しぶりに聞いた、ルナの叫び声だった。彼女の目には薄っすらと涙が浮かんでおり、元気だったはずの表情は、悲しみの色で満ちていた。

 それが、ファルベには理解できなかった。今までなら、ファルベの言うことに従ってきたルナが、このタイミングでこれほどまでに反発してくるのが予想外だったのだ。


「ルナならどうにかできます! 頑張って、何とかしてみせます!」


「だから、俺一人じゃなきゃ駄目なんだって言ってるだろうが。何でそんな食い下がってくるんだよ」


 どうして今まで通りに従ってくれないのか、理解に苦しむ。ルナがいては意味がないと何度も言っているのに。


 魔物との直接対決は、この村の住人に認めてもらうだけじゃなく、ファルベ自身が変わるために必要な工程なのだ。結局、今のファルベも昔のファルベも何一つ変わってはいない。ただ、自分の内に抱えた負の感情を他の人間に八つ当たりすることで発散しているか、自分に向けて自身に傷をつけていっているかだけの違いでしかない。

 外に向けていたものを、内に向けただけのことだ。ファルベという人間の性根は、五年前から、変わっていない。過去に囚われているのは、この村の住人たちだけではないのだ。


 そんな自分との決別のためにも、過去の因縁の体現者たるあの魔物は、ファルベ自身の手で殺さなければならない。そうでなければ、いつまで経っても過去に囚われたまま、変わることができなくなってしまう。


「今回もお前に頼ったら、そりゃ俺も死ななくて済むだろうな。……でも、それじゃ駄目なんだ。それじゃあ、俺はこれからずっと、過去から逃げ続けなきゃいけなくなる。これは、いずれ訪れることだったんだ。だから、俺がやらなきゃいけないんだよ」


「……そんなことのために、死ななきゃいけないなんてあるわけないじゃないですか!」


 ルナの言葉に、ファルベは喉の奥から、何か熱いものが湧き上がってくるのを感じた。「そんなこと」、ルナはファルベの考えをそんなことなんて言葉で片付けたのだ。

 何度も過去に苦しめられ、いつまで経っても変われない自分に失望していたファルベにとって、これがどういう意味を持つのかを理解しようとせずに。


「――分かってない。お前は分かってねえよ。やっぱり駄目だ。お前を連れて行くわけにはいかない」


「どうして! こんなに言ってるのに……!」


「もういい。これ以上喋っても平行線だ。どっちも譲る気がないなら、どうしようもない。それに、どちらにせよ明日お前がついてくることは出来ないから、今何を行ったところで意味はねえよ」


「何を、言ってるんですか……」


「夜間の出国は基本的に認められてないんだよ。夜中に出て行って、視界が悪い中で魔物に襲われたら死ぬ危険があるだろ? 俺は擬似透明化で検問を潜り抜けられるけど、お前はそれができない。結局のところお前は行きたくても行けないんだよ」


 そもそも冒険者でなければそうそう簡単に出入りできない上に、夜間となればその警戒も強くなる。ファルベは身を隠す能力に長けているし、最悪「着色」で相手の目を潰せば見られることなく通り抜けられる。国外に出た後でスキルを解除すれば、検問所の衛兵も視界が戻るので、遺恨は残らない。


 けれど、ルナはそんなことはできない。夜中に外へ出ようとするなら、力ずくででないといけないし、そんなことをすれば一発で指名手配の犯罪者だ。

 結果として、ルナはファルベと一緒に外に出ることはできない。


「……まあ、そういうことだ。諦めて帰れよ。それと――」


 自分の膝に広げた弁当を片付けて、もう一度布で包み直すとルナに渡して、


「弁当、持ってきてくれてありがとうな。それは助かったよ。それ持って師匠の元に帰って、さっさと寝ろよ」


 それだけ言うと、ファルベは立ち上がり、未だベンチから立ち上がれずにいるルナに目もくれずに立ち去って行った。


 ルナは、それをただ見ていることしかできなかった。



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