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77話 「懇願」

 ――一人で魔物と戦いに行く。それは誰がどう考えても不可能なことだ。今まで数々の冒険者が挑んで、敗れて、結局直接手を出さなければ被害は比較的少ないからという理由で放置されていた魔物。放置せざるを得なかった魔物。


 冒険者は殲滅能力に優れたスキルを保有する人間が多く所属している。それは多くの魔物といっぺんに相手をするという状況だけでなく、一体だけの場合でも変わらず本領を発揮できるということでもあり、そんな人間が手を焼く相手をたった一人で、それも対人に特化したファルベに倒すことなどできない。


 ファルベのスキルを知らない村の人間たちも、その事実は理解できる。

 だからこそ住人たちは理解ができなかった。人を殺し、人を傷つけ、我が身可愛さで生きているはずのファルベが、自分の命をむざむざ投げ捨てるような行いに走るという事実が。


「何……言ってんだよ……?」


 広場に集まる住人の中から、そんな声が聞こえた。彼らからすればファルベが一人で戦いに行くことには何のデメリットもない。たとえファルベが死んだとしても住人たちは憎き殺人鬼がこの世から消えるだけだ。そして、打ち勝つことができたのならば、この国を脅かす最大の災厄を排除できる。その際はファルベという人間は生き残ってしまうことになるが、それは不可能だと分かっている。どう足掻いても勝ち目なんてないと理解している。


 ファルベが五年前から何も変わらない人間だったのならば、こんな提案は絶対にしない。そもそも人殺しを目的としているなら、自分の命を賭けるようなことはしない。勿論、嘘を吐いている可能性もある。

 だが、嘘を吐くならもっと良いタイミングがあった。それこそ、まだ正体が暴かれていない時だ。村の人達を殺しにくるのが目的なら、自分の素性をバラされる前に行う筈だ。五年前、国中の人間が警戒をしていても殺しを行った「冒険者狩り」が、全くの無警戒だった現在の住人たちを殺せないわけがないからだ。


 そうして可能性を消していけば、ファルベの言ったことは必然的に本気だということになる。だが、住人たちはそれを信じることができない。過去に囚われて「変われなかった者たち」は、「変わろうとする者」を肯定できない。


「信用するのができないのは、俺も分かってます。例えば、こんなことを言いながらも魔物討伐に向かわずそのまま逃げてしまうかもしれない、そう疑ったりするかもしれません」


 ファルベの提案で、真っ先に疑われること。何一つ信用されないこの状況では、少しでも疑われる可能性は潰しておかなくてはならない。


「そこで、俺は北の森に行くまでの道中に、馬車を使わないことを約束します」


 その言葉を発した直後、人だかりがざわつき始める。罵倒をしていたはずの口から、次に溢れてきたのは疑問の声だ。


 それに何の意味があるのか、という疑問だ。ファルベが何を考えて、どういう経緯を経てこの提案に至ったのか、誰一人として理解できていなかった。

 かくいうファルベも、この村にくる道中で魔物に襲われたことを思い出したことで考えついた案だったので、直接対峙していない他の人間には思いつかないのも無理はない。


「困惑されるのも分かります……が、これには根拠があります。あの魔物は、五年前に受けた傷により、ある冒険者パーティーを憎んでいました。恐らくこの中にはご存知の方もいるかもしれませんが、そのパーティーは国を出た途端に奴から襲撃されるほどに、恨まれていました」


 ラウラがファルベの自首後、聞き込みをした結果知った事実。そして、ファルベ自身がこの国に来るまでに襲撃されたことから判明した事実だ。


 この村には「冒険者狩り」の被害者が集まっており、それはつまり、自分と近しい人が冒険者か、もしくはそれの関係者である。それならば、少しくらいは聞いたこともある人間もいるだろう。

 そんなファルベの期待を肯定するように、集団から声が聞こえる。「そういえば……」と、何か心当たりでもあるかのような声が。


「俺は五年前、そのパーティーに所属していました。だから、あの魔物からすれば俺も恨みの対象であり、国境壁から一度外に出てしまえば、俺を殺そうと襲いかかってきます。つい最近、この村に立ち寄る予定だった商団が襲撃されたのも、それが原因でした」


 ファルベが外に出ていて、それに釣られて出てきた魔物と、商団の馬車がちょうどかち合ったために起きた事故だ。

 そして、商団が魔物の攻撃から逃れられたのは、冒険者の奮闘と、馬車という移動手段があったからである。

 それはつまりこの中のどちらか、もしくはどちらもなかった場合、奴の速度から逃げられないということになる。


「そこから逃げることができたのは商団の馬車に乗せてもらったからです。だからこそ、俺が馬車を使わなければ、奴は必ず俺を襲いにきます。そして、俺はそれから逃げられない。つまり、馬車を使わないことが逃げないことの根拠になります」


 どうせ逃げられないのだから、ここで嘘を吐く必要なんてない。

 しばらくの間、さっきまでの様子は嘘だったかのように、静寂に包まれた。恐らくは、理解し切れていないのだろう。ファルベが逃げないことに十分な根拠がある、という事実は理解しても、何故そうまでして命を散らせようとするのか、理解できていない。


 ここの住人たちはどうあっても、ファルベが変わろうとしているのを認めたくないようだ。大切な人を殺されたということは、それほどまでに重い罪なのだ。


 だから、ここからは相手の感情に訴えかけるしかできない。


「もう一度言います。俺は森の魔物と直接戦いに行き、討伐してきます。恐らく俺は、殺されるでしょう。これまで五年もの間、数多くの冒険者を殺してきた魔物です。俺程度がどう足掻いたところで勝ち目なんてありません。でも――いや、だからこそ、俺は命を賭けて戦います。それで、皆さんに……ひいてはこの国の危険を無くします。万が一の可能性もない戦いに挑みます」


 ゆっくりと、しかしはっきりと、ここに集まった全員に聞こえるように、言葉を紡ぐ。本音を、これまで抱えた後悔から生まれた思いを、全てぶちまける。


 死にに行くだけだ。自殺するようなものだ。勝てるはずがない。だから、それで生き延びなければならない。そんなこともできずに贖罪なんて、言えるはずもないだろう。


「だから、もし、極小の可能性でしかなくとも、俺があの魔物に打ち勝つことができたなら――『俺』を見てください」


 五年前の――誰より弱くて、他人に頼らなくては生きていけなくて、見捨てられたと勘違いして、八つ当たりで周囲の人間を不幸にしていった――「僕」じゃなく、


「過去の、どうしようもないほどの罪を犯した人間というだけではなく…… これからの未来で命を落とす人間が一人でも減るように尽力する――『俺』を見て欲しい」


 この世界で最悪の災厄だった、五年前の「冒険者狩り」ではない、犯罪者を捕らえ、命を散らす可能性を減らす、冒険者狩りとして見て欲しいのだ。


 ファルベの人生は、初めて人を殺したあの日、あの時あの瞬間に、全て贖罪に費やすことになったのだ。

 他人の奪われた人生というかけがえのない時間はもう取り戻せないから、せめて、ファルベの人生全てくらいはその補填に使うべきだ。


「今すぐに俺を信用して欲しいとは言いません。ですが……皆さんの大切な人の命を奪ってしまったことの償いとして、俺も自分の命を賭けて、皆さんのために戦います。だから、俺に……こんな俺に、もう一度だけ、チャンスをくれませんか」


 ファルベにだって大切な人を失う気持ちは理解できるから、理解できるようになったから、「僕」の罪の重さも分かっている。

 そして、殺した張本人から何を言われたとしても認めたくないという気持ちも分かる。


 だけど、それでも、一度でいい。どうやっても償えない罪を雪ぐための機会が欲しかった。それで死ぬのなら、本望だ。


 イルから聞いたあの話でファルベは気づいた。ルナは友人を作ることができる、ということに。殻にこもって、近づこうとする人間を遠ざけようとしなくなった。

 ならばもう、ファルベがいなくても自立して生きていけるだろう。

 それに、ファルベはルナの「ししょー」なんて言っていても、それらしいことを何もしてやれなかった。だから、そんな奴が死んだところで悲しんだりしないだろう。


 心残りなんてない。だから自分の命を賭けることに躊躇いもない。

 失うものなんてないのだから、最後に残ったファルベの命程度を犠牲にすることに何の躊躇もない。


 ファルベという人間の命も、時間も、人生も全て捧げるから、


「――だから、お願いします」


 懇願するように、ファルベは頭を下げる。自分の言葉を聞いてもらうためには、こんなことぐらいしか、できないから。


 再びの静寂が、広場を包む。何を言えばいいのか分からないのか、広場に集まった住人たちは互いの顔を見つめあって、視線だけで何やら会話をしている。

 恐らく誰かが口を開けば再びさっきまでの罵倒の嵐が襲ってくるだろうが、幸いにも、誰もそんなことをしようとしなかった。


 ファルベは誰も口を開かない沈黙のみが支配するこの空間で、ただひたすらに頭を下げ続けていた。彼らが認めるまで、もしくはファルベの言葉を否定されるまで顔を上げるつもりはない。


 そうして、どれだけ時間が経ったのか。互いに牽制し合うように視線を交わし合う住人たちと、頭を下げ続けるファルベのこう着状態に水を刺したのは、


「あなたの言いたいことは、それだけですか」


 ファルベの立つ、お立ち台のすぐ真下にいた村長だった。村長は、感情を見せない声色で、ファルベを責めるでもなく、認めるでもない言葉を放った。


 それに応じるようにファルベは頭を上げると、


「……はい」


 言いたいことは全て言い切った。伝えたいことは伝え切った。これでダメなら、彼らが最初に求めていたように、自分で自分の腹を切るぐらいしかない。

 静かに、村長の次の言葉を待つファルベ。そんな彼に、


「あなたは、到底償いきれない罪を犯しました。私共が五年近く経っても、未だ恨みが消えないほどの罪を」


「……はい」


「正直な話、あなた一人の命を支払うことだけで考えると、その程度、と思ってしまいます。あなたが奪った命に比べれば、あなた一人の命など釣り合わないほど軽いのですから」


 人の命に貴賎はない。元がどんな人間性であっても、誰か一人の命と一人の命は等価だ。この世に不要な命など、存在しないから。


 しかし、ファルベが奪ったものはいかんせん数が多すぎる。村長の言う通り、到底ファルベ一人の命では足りない。


 だからファルベは、自分の提案を否定されたものだと重い、口を開きかけて、


「――ですが」


 村長の言葉で、静止される。完全に否定されるものだとしか思っていなかったファルベは驚きに目を見開いて、村長を見る。


「あなたが奪ったものと同じように、自身の命を賭けて、今ある命のために尽くしてくれると言うのであれば……私はそれを支持したいと思います」


 それは、肯定の言葉だった。命を尽くして戦うと決めたファルベの背中を押す、言葉だった。


「本当に償う気持ちが無ければ、あんなことは言えないと、私は思いますから、きっと彼は本気なのですよ。だから、支持したいのです」


 この言葉は、ファルベに向けられたものではない。村長の瞳は、広場に集まる人だかりに向けられていた。

 住人たちもそれに気づいたのか、一層動揺のざわめきを起こす。ファルベの言葉に、村長の助力も相まって、説得力が大きくなってしまったから、認めない信じないと突っぱねることができなくなったのだ。


「何か、異論のある者はいらっしゃいますか?」


 集まった人々は、誰も声を発しなかった。ファルベの話した償いの方法と、村長の支持。その二つを否定するだけの意見を持つ者はいなかったのだろう。


 また互いを見つめ合う時間が訪れて、次第に、


「村長が、そう言うなら……」


「ま、まあ……どうせ死ぬなら、俺らのために戦って死んでもらった方が……」


 と、肯定するような……嫌々ながらも認めるような発言が聞こえるようになった。


 そうして、それが収まった後、


「でしたら、決まりですね。明日の夜、あなたは北の森に住む魔物を討伐しに向かって下さい。その際、馬車も何も私たちからは貸し出しません。それでいいですね?」


 ファルベの提案を正式に認めたのだった。一番の鬼門だった住人の説得に協力してくれた村長に対しファルベは、


「……ありがとうございます」


 最後で最期の、お礼を言った。



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