70話 「ラウラの願い」
嫌な展開になったものだ。ファルベの身柄を住人に渡してしまったら、彼がどうなるかなんて日を見るより明らかだ。
だが、それを止めるといっても明確な理由がない。彼ら全員を納得させる言い分がないと、住人の神経を逆撫でするだけで終わってしまう。
ラウラはこの村において信頼や信用のアドバンテージが非常に大きいが、それで全てが解決できるほどこの村に根付く負の感情は小さくない。
「渡せと言われてもねえ。あいつはあんたらの所有物じゃない。本人の意見も尊重すべきだと、アタシは思うんだけどねえ」
「それを要求できるのはそれ相応の人間のみです。あの様な殺人しか頭にない人間には、選択する権利などありませんよ」
至極当然といった風に村長は話す。いや、風になんかじゃなく、その考えがこの村における常識なのだ。だから、自分に何の疑いも持たず、先のような発言ができる。
もしここに第三者の視点が存在すれば、犯罪者であろうと人権は保障すべきだとか、感情のみに流されない考えもあっただろうが、同じ思想を持つ者しか存在しない閉鎖的な村故に、このような歪んだ秩序が形成されたのだ。
郷に行っては郷に従え。この村に敷かれた秩序が他者から見てどこか歪なものであっても、この村に住む以上、それが常識であり、従うべきルールだ。
「そうかい。でも、全くあいつの意見を聞き入れるつもりがないってのも、どうかと思うけどね。それはかつて『冒険者狩り』と恐れられていた時のあいつがやってたことと、同じじゃないか?」
「……何が言いたいのですか?」
ラウラの言いたいことが本当に、心の底から理解できていないであろう住人たちは、首を傾げる。子供の様な、無邪気な顔で。
「あいつの身柄を確保したら、あんたらはどうせ殺そうとするんだろう? あいつの考えも、意思も、全部無視して、自分の怨みを晴らすために」
そう、彼らはファルベと対話する気はない。住人たちのファルベに対する最後の記憶は冒険者を陰惨に殺すだけの人ならざる化け物で、会話が通じないものだと考えている。
実際のところはそうじゃないのだが、それを証明するためには会話が必要になり、彼らは会話を拒否している。
会話しなければ会話ができるという証明ができないという、言葉にしてしまえば至極真っ当な結論が、けれどこの村においては最大の障害となっている。
その障害を無くすために、ラウラは、
「そいつは、かつて冒険者を怨み、憎み、誰の意思も無視して殺戮を行った『冒険者狩り』と本質は何も変わらないだろう」
「そ、それは違います。我々は先に深い傷を負ったのですから、相応の報復を行うのも当然の権利であるはずです」
「だからそれが、あいつと同じなんだよ。あいつだって、冒険者に裏切られて、その報復をしようとしてたんだ。今のあんたらと、何も変わらないよ」
冒険者憎し。それを拗らせて、行き着く先まで行った結果がファルベの過ちだ。それに対してここの住人はどうか。
冒険者狩り憎し。その心に囚われて、どうやっても対話で解決できないと割り切って、どうしようもないほど歪み切った結果が今の彼らの人格なのだ。
双方でどれほどの違いがあるというのか。一体何が違うのか。――そう、何も変わらない。何一つ変わってなどいない。
歴史は繰り返す、と言うが、繰り返すのは歴史なんて大それたものだけじゃない。
人の心だって、繰り返すのだ。殺されたら、殺す。殺したから、殺される。その繰り返しだけだ。
「……」
いつしか、村長も、村の住人たちも言葉を発せなくなっていた。ラウラの言い分を全て飲み込んだわけじゃないだろう。正論だと、認めたわけではないのだろう。
ただ、言い返す言葉を探しているだけだ。違う、そうじゃないと言い返すだけなら簡単だ。しかし、何の根拠もなく言い返したところで、ラウラから的確に反論される。だから、筋道の通った反論を探して、その結果話せずにいるのだ。
「あんたらが、自分の大切な人を殺したからファルベのやつを殺すって言うなら、アタシがファルベを殺したことを理由にあんたたちを殺すよ。……なんて、そんなことを言ったら、あんたたちは納得できるのかい? 納得して、素直に殺されてくれるのかい?」
ラウラは更に深く問い詰める。ラウラにとってファルベは、一年半という人生においてごくごく一部を共にしただけの関係だが、それでも自分を「師匠」と言って慕う彼を悪く思っていない。
だから、きっとファルベを目の前で殺されたら、自分でも感情を制御できるかは分からない。
でも、殺しまではしないだろうという確信だけはあった。ラウラにとっては、この村の住人だって大切な人に違いはない。人数の多い少ないで、その価値は変わらない。
「そんなわけがないよね。だって、あんたたちは、自分が殺されたいだなんて思ってないからね。それが当然の考えだ。憎い相手を殺して、その相手の近しい人間から憎まれたとしても、自分の命は奪わないでほしいっていう考えは」
嫌味がましいな。自分でもそれは分かっている。でも、これで相手が折れてくれないとファルベは確実に殺される。
それを回避するための唯一の手段なのだから、自分でも嫌いな話し方だとしても、それを貫き通さなければならない。
「……仰られることは納得はできずとも、理解ができました」
先頭に立つ村長が、少し不満そうな表情をしながらも、渋々と言った様子で話す。
そして、弱々しくラウラの顔を見つめて、
「ならば、我々には何を求めるのですか。我々は一体、どうすれば良いと言うのですか」
悩んでいるのだろう。自分たちがしようとしていることが、正義と信じて疑わなかった行動が、足元から崩れ去ってしまう感覚を覚えて。
不安になっているのだろう。ラウラの言葉を信じてしまう、理解してしまう自分の精神の不安定さに。
恨みや憎しみといった感情でしか支えられていなかった不安定な彼らの心は、ゆらゆらと揺れ動き続け、だからこそラウラの芯の通った真っ直ぐな言葉が突き刺さっている。
ラウラは、どうすれば良いのかと尋ねる村長に対して、安心させる様に笑顔を向けると、
「一度、たった一度でいい。ファルベの――あんたたちが『冒険者狩り』だと思って恐怖しているあいつの言葉を聞いてやってほしいんだ。それを許容するか、拒否するかまではアタシは干渉しない。でもね、何一つ会話をせずに、決めつけだけで行動するのは、やめてくれないか?」
一つだけの、お願い事をした。




