71話 「ちょっとぶりの再会」
村の広場で、住人たちが忙しなく動いていた。何か大きな出来事がない限りは子供の遊び場と化している広場だが、今日はお立ち台のような物を設置していた。
そこには老若男女問わず多くの人間が集まり、先日の儀式以来の集まりようと言える。
ラウラの屋敷に抗議しに来た人間はともかく、それ以外も来るということは、それだけ今回の出来事が注目を集めているのだ。
――元「冒険者狩り」が話すという出来事は。
あまり信用できていない住人も多くいるようで、ヒソヒソと小声で疑問を呟く者も見えるが、それも本人が現れるまでのことだろう。
時刻は夕方。日の落ちる直前である。仕事の終わった人間が、家に帰ろうとする時間帯だ。大体の人間がこの広場を通ることになるので、この人だかりもそれが関係しているのかもしれない。
「しっかし、村長が認めてくれて助かったよ。住人たちの集合もそこまで手間取らなかったし、想像以上に集まってくれたしね」
ラウラが腰に手を当て、満足そうに話す。そんな彼女の視線は、すぐ隣に向かっており、そこには背の低い老人が立っていた。
頭のてっぺんから円形状に頭皮が顔を覗かせ、縁にかろうじて白い髪が残っている。額には深い皺が寄っている。顎から伸びる白い髭は、首の喉仏の辺りまであり、先に行くほど細くなっていっている。
その老人――村長は、細めた目をラウラに向けると、しわがれ声で、
「貴方様にあそこまで言われてしまえば、他の者も否定することはできますまい。それに、私としても、貴方様をそこまで言わせるのだから……と、期待しているのかもしれません」
村長は持ち手が丸く作られた杖を地面に突きながら言った。その表情はラウラの屋敷に来た時とは一変して緩んだものだった。
それに何か違和感を覚えて、
「はあ……村長って役割は大変なもんだねえ……アタシには絶対にできないよ」
「私はもう長くありませんし、次は貴方様に継いでもらおうかと思っていたのですが」
「アタシには無理さね。あんな、住人の意見を代表する為に、思ってもないことを主張するなんて真似はね」
「はて……何のことですかな」
何食わぬ顔でとぼける村長にラウラはニヤリと口角を上げる。
元々、村長の話し方には引っかかるものがあった。こちらを試しているような、見定めてくるような、そんな感覚を抱いたのだ。
それを不快には思わなかったが、何かあるのだと察していた。
だから、さっきの村長の発言を聞いて気づくことができたのだ。
おかしいと思った理由の一つは、先の発言の中にあった、「貴方様にあそこまで言われてしまえば、他の者も否定することはできますまい」という言葉だ。
他の者、つまり村長の周りにいた人間たちのことで、彼らが否定できないように仕向けて欲しかったという意思が垣間見えた。
住人がラウラの願いを否定できないというのはつまり、ファルベに発言の機会を与えるということだ。
村長はそれを望んでいたかのような発言をしていた。
二つ目は、「期待しているのかもしれません」だ。誰に期待をしているか、それは当然ファルベにだ。この村の住人と同じ考えでは、出てこない言葉だ。
それらが表す意味は、
「周りの人間が、ファルベのやつを殺そうとしていたから、赦すつもりなんて欠片もないのが分かっていたから、村の長であるあんたは、ああ言わざるをえなかった。そういうことだろう?」
村長は村を代表する者で、つまり村全体の意思を総括する人間である。だから、この村に根付く負の感情によって生まれた歪んだ価値観を主張しなくてはならなかった。
そこに村長本人の意思などなかった。彼自身でも思うところはあったのだろうが、大多数の意見こそがこの村の正義な以上、それを通さなければならない。
そうやって、本心と建前の板挟みだった村長の言葉に、ラウラは引かなかった。正面から堂々と言い返してみせた。
「そうですね。私としても、年端のゆかぬ少年を私情のみで傷つけ、未来を奪うというのは気が進みませんでした。しかし……ここに住む者たちはそうではありません。怨みに心を囚われているのです。それも、仕方がないとは思っているのですけれど」
村長はどこか悲しそうな声色だった。彼のこの村の陰鬱とした思想には辟易としていたのか。
「あのまま貴方様が『冒険者狩り』――おっと、ファルベでしたかな。彼奴を渡してしまうのではないかと少しヒヤヒヤしていたのですが、そうはならなくて安心しました」
「あんな言い分、あんたが極論だって突っぱねてたらアタシだってあの子を渡さなきゃいけないところだった。さりげなくアタシ側に立ってくれたから、今こうして対話の機会が作れたんだ」
ラウラが言ったのは揚げ足取りにも近い、暴論だ。村長が住人たちと同じ思想に染まっていたなら、ラウラの発言を突っぱねて、要求を通してきた筈だ。
それをしなかったのも、ラウラが村長に違和感を抱いた理由の一つだ。
「ま、対話ってよりは意思表明みたいなもんだけどね」
「それで少しはこの村の雰囲気が変わってくれれば万々歳というものです。いつまでも過去に囚われて、後ろを向いたまま生きていても、望む未来には辿り着けませんから」
「含蓄のある言葉だねえ。でも、アタシもそれに期待してるところはあるけど……あの子が何を喋るのか次第、かねえ」
一応ファルベが住人の前で話すための舞台を整えることには成功したが、何を話すのかという詳細な内容まではラウラは聞いていない。
流石にここで何も話さないなんて真似はしないだろうが、「呪い」の件もある。万全には程遠いこの状況で、上手く言葉を伝えられるのか。
元から口下手なファルベが、向けられた敵意と悪意を正面から受け止めて、そして絶え間なく全身を蝕み続ける激痛がある上で自分の気持ちを言葉にするのは、相当難易度が高い。
何か発破をかけるような言葉を言ってやったほうがいいかとも思ったが、下手に干渉して余計なプレッシャーをかける可能性も考えられたため、あまり干渉しすぎないようにした。
ただ、それも今になっては正しい判断だったのかは分からない。正しい判断なんて、結局は後になってからでしか分からないものではあるが。
「……でも、甘いこと言うのはアタシの性分じゃないし、似合わないだろうしねえ」
ここは一つ、母親にでもなった気分で声かけてやろうか、と思った自分の考えを一蹴する。そんなことをしようとしたところで変な空気になるのが目に見えている。それに、
「このアタシが『母親』、なんてね。似合わないってもんじゃない」
母親になることもできなかった人間が、なり損なった女が、そんなことを口走ったなんて知られたら、
「あいつに、笑われちまうよ」
――本当に、似合わない。似合わないったらありゃしない。ラウラはフッと口元を綻ばせると、少しだけ眉を寄せた。
*
人だかりができ始める広場から少し離れて、一人の少女が広場に向かって歩いていた。
焦茶色の外套を羽織って身を隠しているものの、本来頭に被せるはずのフードを取っ払い、愛らしい顔つきを惜しげもなく晒している。
くるりとした大きな黒い瞳は日の光に濡れて煌めいている。緊張のせいか顔が全体的に赤みがかっているような気がするが、その本人はそれに気づいていない様子でゆっくりと歩を進めている。
瞳の色と同じ、黒色の髪は短めに切り揃えられており、一歩歩くたびにサラサラと揺れている。
そんな少女――ルナは、もはや本人以上に緊張しているのではないかと思われるほどぎこちない動きで歩いている最中、道の端に一つの人影を見かけて立ち止まる。
「ルナちゃん、久しぶり……ってほどでもないか。こういう時はちょっとぶり? なのかな。まあなんでもいいや。今、時間大丈夫?」
人影は、明るくルナに声をかける。その声は、懐かしさも覚えるような、聞き覚えのある声だった。
濃い青色の長髪をそよ風でたなびかせ、大人びた雰囲気を醸し出す女性。整った顔立ちに、色白の肌。同性のルナですら惹かれてしまう彼女は、この村にルナを連れてきてくれた人間だ。
そして、今回「冒険者狩り」がこうして話をするという機会には――いや、この村に来ていると情報が伝わった時点で、真っ先に食いついてくる人間だ。
だから、現在話しかけられた状態になっていても、なんら不思議なことはないし、当然の帰結だといえる。
そんな彼女にルナはにこりと微笑みを返すと、
「久しぶり……じゃなくて、ちょっとぶりですね、メルトさん」




