69話 「村人たちの総意」
村まで戻る商団の馬車の中、ラウラとルナ、それにファルベはそれの片隅に同情させてもらっていた。
食料品が入っているであろう木箱が大量に積み込まれており、荷台の中はやや狭かったが、人が複数人座ってもまだ余裕があったのは僥倖だった。
ラウラは周囲を囲う木箱に視線を走らせる。村人からの報告通り、食料や日用品が入っているらしき木箱が並んでいるが、その中にも一際目を引くものがあった。
「この箱は……武器、だね」
木箱に貼り付けられた紙には内容物についての詳細な情報が記載されている。大抵の木箱は、食べ物の名前と員数が書かれているが、一部、特殊な名称が書かれていた。
『種類:武器 短剣・魔道具・矢・草刈り鎌・その他金属等』
商団は幾つもの馬車が連なっている性質から、馬車ごとに持ち運ぶ種類を分けているのだが、ほとんどの面積を占めているのは食料品の箱であるため、恐らくは本来別の馬車に積み込む予定だったものが間違ってこの馬車に乗せられたのだろう。
商団はラウラたちの住む村だけと取り引きしにくるわけでもなく、別の村や街も回るからこの商品を全て買うわけでもないだろう。
「ふうん……なるほどね……」
ラウラは、木箱の紙を見つめた後、少し離れた場所で座るルナと視線を往復させて、思案する。
そして、商団の団員の男性一人を呼びかけて、
「あんた、この商品だけどね……個人で買い取ることもできるかい?」
「ん? ……そうだな。あ、この箱、この馬車に乗ってるのか! 間違って乗ってるってことは……ああクソッ、明細との食い違いが……」
男は悔しそうに歯噛みをして、しばらく考え込んでいると、開き直ったように表情を明るくし、
「ああ、全然構わないよ。むしろ買い取ってくれた方がいい」
何やら色々事情がありそうな感じはしたが、ともかく買い取り自体は可能だということなので、ラウラの思惑が果たせそうだ。
「そろそろ村に着くし、あの村との取り引きが終わった後にあんたの欲しいもんを取ってきな。それと――」
と、男の言葉が最後まで続くことはなく、別の声が割り込んできた。
「うあああああ――!」
叫び声だった。それは聞いたことがある声で、ラウラの近くから聞こえた。
商団の男と話していたラウラは、すぐ後ろの、声がした方向へ振り向いて――
荷台の中で苦しそうに蹲るファルベの姿を見つけた。
「あんた、大丈夫か!?」
男が走り出し、ファルベの介抱に向かう。しかし、叫ぶ彼は触れたり、声をかけたりする度に更に苦しみ、取り付く島もない状態だった。
「ししょー!大丈夫ですか、ししょー!」
ルナも同じようにファルベの近くに寄るが、結果は変わらない。
そんな突然の異変に、ラウラは原因を探る。彼は魔物との戦闘にほとんど参加しておらず、目立った負傷はなかった筈だ。だから、怪我がこの苦しみの原因ではない。
だとすると、病気か何かだが、それもないだろう。ファルベが持病を持っていないのは二年前から知っているし、その後の生活で患ったものなら、ルナが知っている筈だ。それに、病気だったとしても、悪化するようなことはしなかったし、させなかった。だから、恐らく病気という線もない。
なら、考えられる可能性は、
「――『呪い』か」
ファルベにかけられた「呪い」という存在。それしかもう選択肢がない。それに、呪いだとしたら辻褄が合う。
元々ファルベは常日頃から激痛に苛まれている。そんな中で、あんな行動――魔物に殺されそうになった冒険者を助ける為に、己の身を顧みず飛び込んでいったこと。
常に痛みが走っている状態でそんな無茶をしてしまえば、当然その反動がくる。ファルベがあれほど苦しんでいるのもそのためだろう。
でも、ラウラはその呪いの解除法を知らない。そうやって、対処の方法が思いつかず、手をこまねいてる内に、馬車が制動をかける。
大きな振動とともにスピードを緩める馬車は、少しの間そのまま慣性につられて前に進んだ後、完全に停止した。
そして、荷台の扉が開放されて、
「すまない、商団の者だ! この村で医療に明るいものはいないか!」
ファルベと同じ馬車に乗っていた商団の男が村に着くなり大声を発した。
その声に、何事かと驚いた村人たちが馬車の方に寄ってきて、
「いや、この村だとそこまで深刻な病気は治せないんだ。でも、取り敢えず、具合の悪い人がいるなら見せてくれ」
「ああ。俺に付いてきてくれ」
村の人間と商団の男はそんなやりとりをして、馬車の方に戻ってくる。そして、村の男が馬車の中からラウラの肩を借りて降りてくるファルベを見つめて――その表情を大きく変化させる。
「お……お前は……嘘だろ……? そ、そんな……ことが……」
突然息を荒げて変なところで言葉を区切りながら、話す。
その驚きようにラウラは不審に思い、ぐったりと項垂れるファルベの顔を覗き込むと、
「……何だって?」
そこには、何の変化もないファルベの姿があった。自分のスキルで顔を変化させていた筈だったというのに、何の変化もない、ファルベの姿が、そこにあった。
*
驚く村人たちを横目に、ラウラはファルベを自分の屋敷に担ぎ込み、空いていた部屋の一室に横たわらせる。
取り敢えず、安静にさせておくくらいしかラウラに出来ることはないと判断し、一つ、大きなため息を吐く。
「まさかこんなところで、バレちまうなんてね……」
なんとかバレないようにここから出してやろうと思っていたが、こんな状況になったらもはやそれは不可能だ。
それに、ラウラにはやらないといけない急務ができた。
落ち込む気持ちを即座に切り替えて、いつもの表情に戻すと廊下に出る。一階へ向かって歩く途中、ルナとすれ違う。
「ラウラさん! ししょーは……ししょーは、大丈夫ですか!?」
「分からないよ。アタシにはあいつを助ける手段はない。大丈夫かどうかは、あいつ次第さね」
そうして、また歩き出そうと一歩踏み出したところで、
「そうだ。ファルベのやつが起きたら、屋敷から出ないようにしてやってくれ。あいつがきたら恐らく、もっと面倒なことになる……気がするんだ」
ルナがラウラの言い分を分かったか分からなかったか判断できなかったが、それに構っている時間はない。「よろしく」とだけ伝えて、足早に屋敷を出る。
すると、屋敷の入り口で、多くの村人たちと、村長が集まっていた。
そして、集まった住人の内の誰かが、困惑したような、信じられないとでも言いたげな声で、
「どういうことですか!? 奴は……『冒険者狩り』は処刑されたのではないのですか!? どうして、ラウラ様が匿われていらっしゃるのですか!?」
村人たちの悲痛な叫びを聞きながら、ラウラはどうしたものかと頭を悩ませる。
彼らの言い分も理解できる――というか、そうなるのが当然だとは考えていた。
彼らにとっての「冒険者狩り」は家族友人恋人知人を殺した殺人鬼でしかなく、その後のファルベを知らない。
ファルベと二年越しに再開して、対話をしてはっきりと理解した。ファルベはちゃんと更生しようとしている。その内にまだ後ろ暗い感情を抱えてはいるものの、真っ当な人間として生きられるよう努力しているのだ。
ルナの「ししょー」として彼女を連れ回している(語弊あり)のがその証拠だ。ファルベはかつての経験上、他人の名前を覚えるのを苦手としている。
昔のファルベにとって名前はただの識別番号のようなもので、それを覚えることに意味がなかったからだ。
そんな状態から今の姿になったのだ。それを否定したくはない。ただ、村の人たちはそれを知らない。仮に知ったとしてもそれを容認するとは思えない。
「そうさね。あんたたちの言い分も分かる。アタシがあいつを匿っているように見えても仕方がない。でもあいつは、自分の意思でここに来たんだ。こうやってバレた時にあんたたちが動き出すって分かった上で、だ」
あまりに堂々とした立ち振る舞いに村人は「そうなのか……?」と、動揺した声を上げる。
村人たちからすると、ファルベの行動原理は理解できないだろう。国から処刑が下された人間が、何の因果か命を拾ったというのに、再びこの地に戻ってくる――さらに、冒険者狩りを心底恨むこの村に来るなんて、意味不明な筈だ。
「また我らを殺そうと戻ってきた訳ではないと、ラウラ様はそう言い切れるのですか?彼奴が行った所業の数々……忘れたわけではないでしょう」
「忘れちゃいないさ。でも、あんたたちが危惧するようなことにはならないさね。何の為にあいつが自首したと思ってるんだい? あんたたちにやったことを自覚したから、償う為にそうしたんだよ」
「だから我々に彼奴を赦せと? それは無理な話ですな。私どもはどうやっても赦すことはできません」
村人たちの先頭に立つ村長は、頑なな態度でそう言った。この反応も予想できた範囲だ。というより、こういう反応をされない方がおかしいというものだ。
村長の言い分を聞いた村人たちは、彼に賛同するように、
「そうですよ! 俺は、奴に親友を殺されたんだ!」
「私は、恋人を殺されたのよ! 来週で付き合って一年経ったから、一緒に城下町まで行こうって約束したのに!」
「僕も……お父さんが、お仕事をしている最中に……こ、殺されちゃったって……お母さんが……」
次々に訴えかけてくる。男も女も子供も老人も、誰しもが抱える凄惨な過去を口々に言う。
ラウラも、彼らの思いはよく分かる。大切な人を殺され、何をしようが心が満たされず、それを止められなかった己を、それを強要した世界を恨んで、憎んで、赦せなかった気持ちは、よく分かっている。
ただ、彼らの言い分も分かるとはいえ、だから素直にファルベの身柄を渡す気はない。彼らにとって、ファルベはどこまでも醜く醜悪な殺人鬼であっても、ラウラは非力で、誰より弱くて、その弱さが誰にも受け入れられず、全てに見放された、たった一人の少年だということを知っている。
そして今は、過去の自分を戒め、更生しようとしているのも、知っている。
知っているからこそ、育ち始めた芽がその花を咲かせる前に摘み取られることは、絶対に避けなければいけないのだ。
「我々は人生においてかけがえのないものを奴に奪われました。それはどうやっても取り戻すことはできないのです。もうあれから……何年も経ちます。心の整理をつけた者も、確かにいます。けれど、この村の中には、そうでない者もいる。何年経っても、大切な人を失い、その悲しみに囚われたまま、どうしようもなくなっている者もいるのです」
村長は、まさに村の長というに相応しいほど冷静に、かつここに集まった住人たちが暴動を起こさないように気を配っている。
彼の言葉が発せられるたびに、周囲の住人たちは同意を示すように頷いている。これがもし村長が感情的になっていると、連鎖的に住人たちも怒りが暴発していただろう。
「そうさね。この場にいる村長や村の人たちが仮にあいつを見逃したとしても、それを容認できない連中があいつの命を狙ったりするかもしれないね。それで? あんたたちがアタシに要求したいことは何だい?」
冒険者狩りに大きな怨みを持つ住人たちの意見と、ファルベを安全に元いた場所に帰したいラウラとの妥協点を探る為に、そう質問する。
なんとか助けようと思考を加速させて、村人からの返答を待つ。ただ、どうやっても村人を満足させつつファルベの安全を確保するのは無理だろうなと思っていた。
そんなラウラの考えを肯定するように、村人たちの先頭に立つ村長が、
「『冒険者狩り』であるあの小僧の身元を、我々に渡して下さい。その後彼奴がどう扱われようが、我々だけで処理します」
鋭い視線で、ラウラを睨むように見据えながら、そう言った。その視線には、悪意のようなものを感じて、ラウラは背筋に寒気が走るのを感じた。




