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62話 「ルナのすべきこと」

 ファルベが出ていき、静かになった部屋でラウラが、


「……そろそろ出てきてもいいさね。あいつはもうしばらく帰ってこないだろうしさ」


 部屋の中から、階段に座り込むルナにも聞こえるような声で言った。まるでそこにルナがいるのを最初から分かっていたかのように。


 まず間違いなくこちらの居場所を把握されていると考え、ルナはラウラのいる部屋に入っていく。


「いつから、気づいてらっしゃったんですか?」


「ま、最初からってところさね。……本気で気づかれないように盗み聞きするなら、足音に気をつけるのをお勧めするよ」


 足音、ルナの居場所がバレたのはそれが理由か。ルナも最初にラウラの声が聞こえるまでは、盗み聞きをする気はなかったので、足音を殺そうだとか、気配を消そうだとかは考えていなかった。


 それが理由なのだとすると、


「もしかして、ししょーもこのことを……?」


「分かってたかもしれないねえ。少なくとも、普段のあいつなら気づいててもおかしくはないさね。ただ、今はそれを考えられるほどの余裕がないだろうから、知らないって可能性もあり得るね」


 結局のところ、それは本人に聞くしかないようで、ラウラもはぐらかすように話す。

 盗み聞きは基本的に褒められた手段じゃない。当然、ルナはそれをしたかったわけではないが、結果として盗み聞きしてしまったのは事実だ。


 だから、知られていないのでなければ、このまま聞かなかったことにすることもできるが、そうでないなら色々気まずいことになるかもしれない。


「ファルベのやつは自分が死なないように守られていたことを知らなかったなんて考えてるが、実際のところ、あいつはもう知ってたんだよ。気付こうとしなかっただけで。気付きたくなかっただけで。自分の恨みに正当性があるって考えないと自分を保てなかったんだ。そうやって逃げ続けて、でも逃げられなくなって、向き合わないといけなくなって、精神的にも肉体的にも追い詰められてるあいつに、声をかけてやらなくてもいいのかい?」


 今なら、傷心中のファルベに声を掛ければ、ルナは彼の心の拠り所としての立ち位置が手に入るかもしれない。そうすれば、ルナに信頼を寄せて、思い悩んでいること、気がかってることを打ち明けてくれるかもしれない。


 でも、


「それは多分、ルナのすべきことじゃありません。確かに、精神状態が不安定な人には声をかけてあげるのがいいのかもしれないですけど、ししょーに関しては、ルナの力は必要ないですから」


 そうやって依存させて、頼りにさせるのは、ルナが付いていこうと思ったファルベじゃない。

 ただ頼りにされたいだけなら、師弟ではない、もっと違う関係になっていた筈だ。


 だから、ルナにできることは、支えることだけだ。いつも悩みごとなんてないような元気な顔で、子供らしい無邪気な顔で、そばにいることだけだ。


 その結果で、ファルベがルナに信頼を置き、打ち明けてくれることもあるかもしれない。ルナはその時を待つだけだ。


「あんたは子供なのに、どこか達観してるような……でもやることなすこと子供らしいと言えなくもないし、変な奴だね、本当に」


「『変な奴』……ですか……」


 初めて言われた言葉に、ルナは戸惑う。


「あ! それともう一つ、ししょーについて行けない理由がありました。……でもこれ、さっきのルナの言葉の後で言うと空気が……」


「いや、アタシは気にしないから、何でも言ってみるさね」


 正直なところ、雰囲気が台無しになる危険性が高いので、言わないのが一番ではあるが、この場所に来た時点でもう無理だというのは分かっていた。


 だから、意を決して、


「いや、そもそもルナはししょーの話を聞きに降りてきたわけじゃなくて、お手洗いに行きたかったので……今からししょーのところに行くのは無理かな、と……」


 そろそろ我慢も限界が来ている。このままファルベの元に向かっても、溜めに溜めたルナのアレがファルベの目の前で放出されることになるので、彼の元に向かうのはどう考えてもダメだ。


 馬鹿なことをして彼の心労を多少誤魔化すことぐらいはできるかもしれないが、そのためにそこまで体を張ることはできない。

 その後自分がどのような目で見られるかなどを考えると、尚更。


 すると、納得したようにラウラは微笑むと、


「本当に、良いこと言った感が台無しだねえ。それより早く行ってきな。流石にあいつの前で暴発するよりかはマシだけど……アタシの前でやられても悲惨な空気になるからね……」


 心配する様子でこちらを見てくるラウラを尻目に、ルナは急足でトイレの方へ向かって行った。



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