63話 「帰らない『ししょー』と不穏な気配」
ルナの一日はいつも、地平線から顔を出した日の光が部屋の中に差し込むことから始まる。
温かな橙色の光は瞼の隙間から器用に滑り込み、それと連動するように休んでいた脳が動き始め、覚醒を促す。
重い瞼を持ち上げ、眼球が朝日の光に濡れて、莫大な情報量が脳の中に流れ込んでくる。
それが目覚めの決定だと化し、ルナの頭から眠気が完全にかき消され、次の瞬間、思考がクリアになった。
「ふあああぁぁ……。もう、朝なんですか……」
昨日は夜遅くまで起きていたせいで寝る時間も遅くなってしまった。とはいえ起きたらすぐに行動できるのがルナの良いところだ。目を開けると、次の瞬間にはベッドから降り、適当に着替えて、いつもの外套を羽織ると、一階に降りる。
一階では既にラウラが朝食の準備を始めていた。鍋に火をかけており、それで米を炊いている。そして
取手の付いた鉄板の上には野菜のようなものが乗っかり、心地良い音を立てて焼かれている。一階へ降りる階段の途中でも匂いが分かったので、もしかしたら結構良い素材を使っているのかもしれない。
「あっ……ラウラさん、ルナも手伝いますよ」
ルナも起きる時間は早い方だ。いつもファルベの起床時間に合わせて起きているので、どう足掻いても早い時間に起きる習性になってしまうのだ。
だというのに、ラウラはそれより早い。昨日はルナより遅く寝たはずなのに、この時間にはもう朝食を作り始めているなんて……本当に人間なのか……。
と、戦々恐々としつつも、手伝いに走る。流石にここに泊まらせてもらっている立場な以上、提供されるのを待つだけの態度ではいられない。
それほど手伝いのいる料理ではないように見えるが、それでも無いよりはマシだろう。ラウラはルナに適切な指示を出して、着々と朝食を完成させていった。
そこでふと気づく。
「このご飯……二人分ですよね。ししょーもいらっしゃるはずなんですが……」
皿も料理の量も明らかに二人分しか用意されておらず、この屋敷にいる人数とは合わない。ラウラ、ファルベ、ルナの三人分がないとおかしいはずなのだが。
その答えは、
「ああ……ファルベのやつ、昨日の夜ここを出て行ってから戻ってきてないんだよ。今ここにいないってことは少なくとも朝食を食べることはないからね。流石にいない人間の分まで作ってやることはないさね」
そういうことらしい。だが、昨日から帰ってきてないということは、どこかで泊まったのだろうか。それとも野宿しているのか。昨夜、ファルベの「呪い」の件を知ってしまったため、彼の体調面に不安を抱いてしまう。
あんなに辛そうにしていたというのに、野宿なんてしたら悪化するかもしれない。泊まれる場所が見つかるといいが……。
ルナは拭えない不安を抱えながらも、ラウラと朝食を共にする。
そう時間が経たないうちに食べ終え、二人で片付けをする。ここに来てから変わらない日常だ。色々印象的な出来事も多かったが、これだけは不変を貫いていて、この村で一番安心できる時間だ。
「さて、朝飯も食べ終わったし、適当に見回りでもしてくるかね」
「あ、ラウラさん、いつも見回りをしてらっしゃるんですね」
ここのところ、イルと遊ぶことが多く、ラウラの動向を追えなかったので、彼女がそんなことをしているなんて知らなかった。
「そうさね。この村の奴らは理由はともかく同じ気持ちを持った同志みたいなもんだからね。それほど大きい問題は起こさないが、それでもないとは言い切れないしね。それに、あの兄弟の様子も見に行ってやらないといけないからさ」
兄弟、というのは言うまでもなくルナを閉じ込め、そしてド派手に家を吹き飛ばされた彼らのことだ。
空き家を仮の住居として用意したらしいが、それでも彼らの不平不満が暴発する恐れは残っている。それを事前に防ぐように動いているのだろう。
ルナもついて行った方がいいか……と考えていると、
「じゃあ、アタシはしばらくの間留守にするから、ここにいるなり遊びに行くなり好きにしときな。戸締りだけはしっかりするのを忘れないようにね。……ん? 何だか外が騒がしいような……」
その言葉を聞いて、ルナは何か嫌な予感がよぎるのを感じた。
ルナはこれまでの経験上、騒がしくなって良かった展開は存在しない。大変な事態に巻き込まれる直前の様子だとしか思えない。
そんな予感が当たっているのか、外れているのか。それを確かめるためにも、二人は外に出て行った。
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