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53話 「正体不明の化け物」

 夕陽が橙色に色をつける広大な平原に、二つの人影があった。一つは小さい少女のもので、焦げ茶の外套で身を包んでいた。しかし、フードは脱いでおり、その可愛らしい顔が露わになっている。少女の前には抉り取られたような形で地形が破壊されており、その周辺には何かの肉片が、甲殻の欠片が、飛散していた。


 もう一つは少女より頭二つ分身長が高かった。その人物も少女と性別は変わらないが、彼女と違い大人びた顔つきで、炎を思わせる赤に染まった長髪をたなびかせていた。女性は呆れたような表情で少女に近づいて、声をかける。


「――また失敗さね」


「うぅ……ラウラさん、すみません……」


「別に責めちゃいないよ。事実を言っただけさね。そもそも、無意識の改革なんて一朝一夕で叶えられるようなもんじゃないんだから、何度も挑戦すればいいさね」


 ラウラと呼ばれた女性は少女――ルナの頭を撫でて、慰めるように言葉を紡ぐ。


 ――ラウラとルナが魔物を相手に魔力制御の訓練を開始して数時間。十体以上の魔物を狩り続けてきたが、その成果は実を結ばずにいた。ルナは悪意を持って襲いかかる魔物に対し、無意識下に存在する攻撃性を抑えられず地形を変えるような魔力の圧力で跡形もなく粉砕し続けていた。


 それでも、


「ある程度はその外套で魔力を抑制しているようだから、昨日よりかはマシなのかもしれないね」


 魔物を狩るために魔力を使い続けて、分かったことがあった。ルナは昨日、自分を監禁していた兄弟に異常な魔力をぶつけてしまったのだが、その時のような魔力の暴走は起きていない。

 意識的に出力しようとしなければ、ルナの身体から魔力が漏れ出すことはなかった。とはいえ、魔力を放とうとすると、ルナの目の前のような悲惨な状況になるのだが。


 一度、物は試しと外套を脱いでみたこともあったが、昨日のように内側から物凄い魔力の奔流が溢れ出そうになったので、すぐさま取りやめた。

 その結果から、ファルベから着させられている外套には魔力を強制的に抑える効果があり、ラウラ曰くこれも魔道具の一種らしい。


 恐らくファルベは、ルナが魔力を制御できない理由を察していたのだろうが、それを修正する手段を思いつかず、その場しのぎ的にこの外套を用意したのだろう。

 外套は本来、所有者の素性を隠し、正体を悟られないために使うものだというのに、ルナは一切フードを被らず己の素顔を衆目に晒していた。ファルベがそれをほとんど注意しなかったのも、ルナに外套を渡した理由が身体を隠す以外にあったからだ。


 だが、外套が抑えているのはあくまでルナから自然に放出される魔力だけであって、意図的に放とうとしたものが制御できない以上、この訓練を止める気は当然ない。


「もうそろそろ日も暮れるし、帰るかい?それとも、もうちょっと粘ってみるかい?」


「そう……ですね。あと一回だけ、付き合ってもらってもいいですか?」


 不安そうな声で言いづらそうに呟くルナに、微笑みで返したラウラは、


「分かったよ」


 そう言って、魔物がいそうな方向に歩き始めた。




 しばらく歩き続けて、次第に辺りが暗くなってくる。ルナからあと一回の提案を受けてから色々と探し回ったものの、魔物は見つからないでいた。

 ラウラもルナの意思を尊重したい気持ちと、これ以上暗くなると危険だから、早いうちに帰したいという気持ちの狭間で迷っていた。


 その後ろでルナは頑張って周囲を見回し、魔物の影がないか探っていた。


 だから、なのか。暗くなりつつある現状で、目を凝らして眺めていたからなのか、ルナの視界は「それ」を捉える。


「――ラウラさん! あそこ、明かりが見えます!」


 遠くから何かがランプのようなものを掲げながら近づいてくる。


「あれは、馬車だね。一体誰が、こんな時間に……しかも、見た限り護衛の冒険者すらつけてなさそうだね。危機管理能力がなさすぎる」


 ラウラは驚異的な視力で観察し、呆れたように溜息をつく。しかし、護衛をつけるとしても馬車の中で待機しているはずなので、外から見ただけでは護衛の有無は分からないのではないか――そんな疑問は、


「馬車の小窓から、人影が一つしか見えなかったからね。透明になっていない限り、中に乗ってるのは一人だけだ」


 ルナの顔から何かに疑問を持っていると察したラウラが答えた。

 驚異的な視力は、ルナの想像以上の代物だったようだ。


「ま、あれはカリアナ王国に向かってるようだし、王国との距離も近いから、心配する必要も無さそうだけど――」


 ラウラがそこまで言ったところで、


「――――!!」


 遠く、地平線の彼方から何かの雄叫びが聞こえた。あまりに唐突で、何の前触れもなく聞こえたからルナは幻聴のようなものかと考えたが、


「今、何か聞こえなかったかい?」


 ラウラのその言葉で、事実だと確信する。

 雄叫びが聞こえたのは、ルナ達がいる場所から北――馬車が通っている道路を超えてずっと北、ラウラが強く近づいてはならないと注意していた、森の方からだった。


 そして、森から何かの影が、反対側にいるルナ達の視界ですらはっきりと視認できるほどの大きな影が飛び出し、


「危ない!」


 ラウラが、緊迫した表情で駆け出す。彼女が向かうのは、馬車だ。御者に聞こえるように大声で注意を促している。


 それに気づいた御者は馬車に制動をかけ、即座に方向転換する。

 何が起こっているのか理解が追いつかないルナは、ラウラが動き出したことにすら反応できず、直後、



 大きな衝撃と破裂音に近い音が響き渡る。あまりの衝撃に砂埃が舞い上がり、風圧で外套が荒ぶる。耳が壊れるかと思うような音で今も痛みを感じる。


「一体、何が……」


 そうして、顔を上げたルナが見たのは――



 黒い甲殻で全身を覆い、人間の全長より長く太い腕を有し、凶悪な角や棘が身体の至る所から生やし、血の色を思わせる真紅の瞳を走らせる、想像を絶するほどの化け物だった。



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