52話 「制御の訓練」
「無意識……でもそれって、ルナがどうにかできるものなんですか?」
ラウラの説明を聞いた率直な感想。正直なところ、無意識のうちに染み付いた考えは意識的に変えられるとは思えない。
「それができるかどうかはあんた次第ってところかね。でもまあ、不可能なんかじゃあ絶対ないさね」
ラウラは簡単そうに言ってくるが、やはり難しいように感じる。目に見える物体に変化をつけるなら確かにできないなんて思わないが、「無意識」は実体を持たない。それに、染み付いた何かというのは容易に変えられるものではない。これは実体を持つ物にも当てはまるが。
「要は、見方を変えればいいのさ。あんたは今、敵と味方の二種類で他人を見ている……ああ、『ししょー』とやらも含めて三種類かね。ま、そうやって区別しているわけだけど、それを変えるんだ」
「それは、変えようがないと思いますが……」
ラウラの言う見方、言い換えれば固定観念というやつだろうか。そこを変化させるのはルナの努力でなんとかなるものなのか。
「そう思ってる限り、変わらないさね。だけど、出来ることはある。あんたの見方、その中から『敵』って存在を排除するんだ」
「――ッ! それって、つまり……」
「そうだ。あんたの目に映る人間、それらは全て悪意の有無、敵意の有無に関わらず『敵』じゃないと認識するんだ。そうやって、無意識的に全てを『味方』だと認識するようになれば、意識的に攻撃しようとした瞬間、体がそれを拒否するようになる。結果、魔力を抑制することが可能になるわけさね」
それが、魔力の制御法の真実のようだった。理屈で言えば、大きく間違っているとは思えない。自分に敵意を持つ相手にすら慈悲を持ち、味方だと思えるのならば先程ラウラが実演したように、自然と抑制できるだろう。
しかし、問題はどうやって、その認識を変えるかだが、
「念仏のように唱え続ければいいのかな……ルナに敵はいないルナに敵はいないルナに敵はいないルナに敵はいないルナに敵はいないルナに敵はいないルナに敵はいない――」
「それは流石に……無理があるんじゃないかい?」
若干引かれているような気がする。なんだか違う方向に突っ走りそうになっているルナを止めに入る。完全に自分の世界に入り込みそうになっていたルナはそれで現実に戻ってこれたのか、
「す、すみません。取り敢えず、ラウラさんが言ってることは分かりましたし、それに異論を挟む気はないのですが、悪意敵意を持ってる相手に接しても変わらず優しい気持ちでっていうのはそもそもルナに悪意を向けてくる相手を見つけないといけないですよね」
「それに関して心配はいらないよ。あんたの相手はもう決まってるからね」
「そうなんですか? ルナに悪意を向けて、尚且つ練習相手になってくれる人……それって一体どんな……」
こちらに悪意を持つ人間が協力してくれるとは到底思えない。それに、人間相手にして万が一魔力の暴発が起きたらまた被害者を出してしまう。
ルナの難点は失敗した時の代償が大きすぎることだ。見方を変えるための練習においてもそれは同じだ。
それを問いただそうとする直前に、ラウラは口を開き――
「人間に対して悪意を持ち、もし何か事故があっても大丈夫――いや、むしろ感謝される相手がいるだろう?」
ラウラの示す存在が何か一瞬考えを巡らせて、思いつく。人間に悪意敵意殺意の類を向けて、暴力を振るうのに何一つ躊躇いのないその存在に。
それはルナだけじゃなく人類全てに悪意を持ち、明確に殺意を浴びせてくる怪物が。
つまり、
「――『魔物』だよ」
*
この世界の国は国境に壁を作り、魔物の侵攻と他国からの侵略を防いでいる。それは一度壁を越えてしまえば魔物から狙われるということである。
普通の人間であれば魔物に襲われることはデメリットしかない。それで得するのは冒険者か、特殊な人種ぐらいのものだ。
だから、
「魔物に会いに行くために国外に出るってなんだか不思議ですね」
「そうだねえ。あんたもアタシも冒険者じゃないってのに、こんなとこに来るなんてね」
現在ラウラとルナは、国境を越えて広大な平原の地に立っていた。
そこには魔物らしき影は見当たらず、ただ足首程度の高さに伸びた雑草がゆらめくのみだった。
「会いたくない時はやたら出てくるくせに、こんな時でだけ出てこないのは面倒だねえ」
「それだけ冒険者の方々が頑張ってらっしゃるんだと思いますよ」
「そうだといいけどね、今の冒険者の状況だと怪しいもんさね」
そういえば、ルナもファルベから聞いたことがある。冒険者は魔物の総数より多いとまで言われており、その内部は腐っているのだと。だが、それでも実績を上げる冒険者も多いのでそこまで厳密に取り締まられてはいないようだ。
「あ! ラウラさん、遠くに森が見えますよ!ししょーが言ってたんですけど、森は魔物の群生地らしいので、そこに行けば魔物には困らないんじゃないでしょうか」
平原を横断する道路から北の方角へ指差す。地平線に隠れてしまいそうなほど遠くに、木々の集まる土地があった。かつてファルベは「冒険者狩り」の依頼で森の奥地まで立ち入り、強大な魔物と戦ったらしくその時のことを思い出してラウラにそう提案する。
練習台は多い方がいいし、失敗して退治したとしても人類への貢献になる、自分でもいい提案だと思っていたのだが――
「ダメだ!」
「ひゃい!」
ラウラの表情は芳しくないどころか、厳しい顔で怒鳴るように声をあげ、ルナは驚きのあまり変な返事をしてしまった。
ラウラは注意をする時ですらどこか余裕のある態度が常であり、これほど厳しい顔をするのは初めてみた。
それから、ラウラは自分の声に驚いたように目を開いて、
「ああ、怒鳴って悪かったね。あそこは危険な場所だから、近寄っちゃダメなんだ。取り敢えず、国境壁付近で魔物を探していこうか」
柔らかい口調に戻して提案する。あまり詮索するのも悪いだろうと気遣い、彼女に同意する。
そして、二人は壁に沿うように歩き始めた。




