51話 「魔力の制御法」
ラウラの所有する土地はやはり広かった。屋敷だけでも十分すぎる面積だというのに、それに加えて庭も持っているのだ。確かにこれを一人で使いきるのは余程の趣味人でもない限り不可能だろう。
ルナが起きてから、「魔力の制御法を教える」と言われて三十分後。顔を洗い、適当に着替えた後、庭に来るようにと呼び出された。
一応、ルナなりに魔力の制御の仕方を考えつつ用意を済ませたのだが、結局何も思いつかなかった。
ラウラを待たせまいと急いで向かう。玄関を出てすぐ右側に庭木に挟まれた小道が続いており、その先がラウラの庭になる。
曲がりくねる小道はルナの歩幅では遅々として進まず、中々抜けられないでいた。右も左も上空すらも緑が覆い尽くす道は、所謂沐浴と言えるだろう。なんとなしに心落ち着く気がしないでもない。
朝ここに来て、気分をスッキリさせてから一日を始めるのも悪くないな、なんて他愛もないことを考えながら早足に歩く。
少しして、ルナは視界の端に光が差し込んできているのに気づく。ようやく出口を見つけたと喜び勇んで歩を進める。
光の先、出口と思われる場所を超えると辺りは一変する。植物に埋め尽くされた視界は解放され、澄み渡る青空と広い土地がルナを出迎える。
「すごい……」
「ハハッ、凄いってったってやたらめったら広いだけさね。アタシも普段は使わないし、持ち腐れってもんだね」
小道を抜けてすぐ、近くから声をかけられる。声の聞こえた方向へ視線を向けると、待ち合わせの相手である、ラウラが石垣に腰掛けて待っていた。
「ここまで来る途中の木も、ラウラさんが?」
「あれは、ここに屋敷を建てるってなった時に村の連中が張り切っちまってね。色んな種類の植物が植えられたんだ。アタシとしちゃあ、そこまでやってもらう必要はなかったんだけどね、せっかく好意でやってもらったのを拒否もできないだろ? だからそのままにされてるだけさね」
一瞬、ラウラの趣味が家庭菜園だったのかと思い質問したのだが、どうやら違ったようだ。そもそも屋敷の広さも持て余すと言ってたぐらいなので、そこまで多趣味というわけでもなく、それに加えて庭を用意されても使い切れないのが当然の帰結と言える。
「さて、じゃあ本題といこうか」
石垣から降りて、ルナの元に歩み寄る。
「アンタの魔力――その制御方法を教えるよ」
*
魔力は普通、それ単体を放出することはできない。魔力はスキルへと変換するためのエネルギーであり、スキルに変えなければただそこにある物質でしかない。
何度も言うが、圧力を発生させるほどの量を出力できるルナがどこまでもおかしいだけなのだ。だからこそ、例外中の例外であるルナは制御の仕方を知らない。
「魔力の制御法って、具体的にどうすればいいんですか? 意識的に抑えようとしてもそれができた試しはないですし……」
「そう、それだよ」
ラウラがルナに指差して指摘する。ルナは、彼女の「それ」が示すものが理解できず、思わず聞き返す。
「何のことですか?」
「あんたはそもそも前提条件から勘違いしてるんだ。意識的に抑えようとしたってそりゃ無理さ。だって、あんたは敵と味方をはっきりと区別しちまってるからね」
「敵と……味方を……?」
ラウラの言葉に疑問符を浮かべるルナ。何せルナからすれば前後の文脈に繋がりを感じないからだ。
「意識的に抑えることはできない」ことと、「敵と味方を区別している」、この二つにどのような繋がりがあるというのか。
そんな思考が表に出過ぎていたのだろう、ラウラは面白そうに口角を上げると、
「ハハッ! 分かりやすく、順を追って説明しようか」
そう言って、未だ思考がグルグルと回り続けているルナを見つめて、
「そうさね。ルナ、アタシにあんたの魔力をぶち当ててみな」
「……え?」
予想外の言葉に一瞬、思考が止まる。ラウラが言ったのは、聞き間違いでなければ「魔力を当てろ」であり、それはつまり、
「それは、怪我をさせてしまうかもしれないので……」
「それでいいんだよ。とにかく本気で、何だったらアタシを殺すつもりで打ってきな」
指をクイクイと動かし、余裕そうな笑みでルナの言葉に割り込んでくる。
流石に殺す気で魔力を打ち込むのは気が引ける、というか既に腰が引けているのだが、ラウラには何かしら考えがあってのことだろうし、これで魔力を当てたら本当に死んでしまうなんてことにはならないだろう。
「……分かりました。では、いきます!」
「ああ。きな」
ラウラから返事が来たのを確認した後、ルナは引け目を感じながらも、自身の魔力を放出する準備を整える。
己の内側に渦巻く力を取り出すイメージで、軽く腕を振るうと、
「――ッ!」
直後、ラウラに目に見えない暴力の塊が襲いかかる。その威力はいつもの通り強力で、ラウラの服が圧力によってあおられ、荒ぶる。足を踏ん張ってはいるようだが、止めどなく襲いかかる魔力に対抗できるはずもなく、地面に深い溝を作りながら後ずさる。
――だが、それだけだ。ラウラはルナから少し離れただけで、昨日の兄弟ように天高くまで吹き飛ばしたりはしていない。
当然、今日は外套をしっかりと被っているので、昨日ほど魔力が暴走してないのも関係はしているだろうが、
「……あれ? これって、制御できてる……んですかね」
意図せず制御ができていることに驚きつつ、呟く。何がそれを成功させたのか考えていると、ラウラが再びこちらに寄ってきて、
「分かったかい? これが『制御法』だ」
「……?」
「さっきも言ったけどね、あんたは敵と味方がはっきりと区別できている。あんたの心の中ではアタシは『味方』って扱いになってる。だからあんたが意識的に攻撃しようとしても、無意識がそれの邪魔をして本領を発揮できない」
そこで、ルナはラウラの言いたいことに気づく。ラウラと昨日会った兄弟、この二つの明確な違いは、「ルナに悪意を向けているかどうか」だ。
確かにルナはファルベの師匠たるラウラに何一つ負の感情を持ってないし、彼女のそれを裏切るような行動をしていない。だがしかし、兄弟の方はどうだろうか。「冒険者狩り」という単語を聞いて、ルナにあからさまな敵意を向けて、尋問しようとしていた。付け加えるなら、ルナに暴力を振るって意識を昏倒させた後、密室に監禁している。
そんな彼らに全く負の感情を持っていなかったと言い切れるのか。ルナはその答えを理解していた。
ルナは自分が聖人君子だとは思ってないし、悪意を向けられても気にしないほどの善人ではないのも知っている。
善意は善意で返し、悪意には抵抗しようとする、普通の人間だ。
つまり、昨日の兄弟とラウラで威力が違うということは、
「ルナが無意識のうちにあの方達を敵だと認識して倒そうとしていた……ってことですか」
「そうさね。基本的に、人間は意識してやることより無意識的な行動の方が強く働くんだ。例えば、熱いものに触った時も意識して手を離そうとするより先に反射で手が動くだろう? 相手がどんなに憎い相手でも、心の底から暴力を拒絶しているなら、無意識のうちにブレーキがかかって、本気で相手を殴ることはできないだろう?」
ラウラの言い分で納得するルナに更に畳みかけるように言葉を重ねる。
「無意識で魔力をぶっ放そうとしてるところを意識的に抑えようとしているからいつも失敗するんだ。さっきも言ったが、無意識の方が強く出るからね。あんたがどんな過去を経てそんな性格になったのか知らないけど、あんたは一度『敵』と見なした相手は必要以上の暴力で対抗しようとするのが無意識に刷り込まれてる。だから、表面上どれだけ攻撃したくないと思っても、無意識側では攻撃しようとしている以上、止められる筈がない」
そして、「だから」と言葉を繋げて、
「――あんたが魔力を制御しようとするのなら、無意識の攻撃性を改革する必要があるね」




