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50話 「事後処理とこれからのこと」

 目の前で派手な爆発が起きて、ラウラが真っ先に探したのはその爆発によって被害を受けている人物だった。

 誰が、どのような目的で行ったかが分からない以上、この現象の原因を探すよりその被害の渦中にいる人物の安否を確かめた方がいい。


 周囲を一瞬で見渡して人影がないのを確かめると、上空――吹き飛ばされた家屋の破片が荒れ狂うそこに目を向けて、ようやく人影を見つける。


 そこにあったのは二人の男性だった。言わずもがな、ルナを閉じ込めていた兄弟である。彼らは空高く吹き飛ばされており、このまま地上に落ちてしまえば怪我をするなどというレベルでは済まない。


 少し前までなら、空中にいる彼らを抱えて着地するのもさほど難しいことではなかっただろう。しかし、ラウラは悔しさに歯噛みする。


 彼女には今、右腕がない。とある事情によって失ったそれは、兄弟を救助するための障害となっている。

 だから、片腕では救出できるのも片方だけとなるのだが、


「――それに甘んじる気はないよ」


 空中を舞う彼らのところまで一気の跳躍し、手近にいた弟の方を片腕で支えると、体を捻り、


「悪いね」


 そう言って、足で兄の体を蹴り上げる。出来る限り優しくしたのだが、彼の体は既に満身創痍となっており、そこに追撃する形になってしまってる以上、誤差にしかならないだろう。


 とはいえ、片腕のラウラに取れる手段は少ないので我慢してもらうしかない。

 そして、一人を肩に担ぐようにして持ったまま、着地する。その後すかさず地面に置いて、蹴りによって時間差をつけて落ちて来る兄の体を空いた左腕で衝撃を殺しながらキャッチする。


 傷だらけの二人の生死を念のため確認し、命に別状がないのを確認して、この魔力の発生源たる一点を見つめる。そこにはうずくまって苦しむルナの姿があった。


 ルナからは未だ魔力の放出が収まっておらず、その小さな体からは魔力という不可視の物質からなる壁が発生していた。


 どうしたものかと考えて、注視してみると一つの違和感を見つけた。それは、ルナがいつも身につけていた外套が、今この瞬間に限って着ていなかったのだ。


 もしかしたら、と予想のたてたラウラは地面に倒れる兄弟のうち、意識のある弟に目をつけると、


「立たなくてもいい。そのままでいいから答えて欲しいんだけど、もしかしてルナがあの状態になったのはあの子の外套を剥いだ直後からかい?」


「……ああ、そうだよ。外套の下に何があるか……分からねえからよ、念のため取ったら……ああなった……」


 息荒く、けれどしっかりラウラの質問に答えてくれた。

 その答えによって、ラウラはこの状況になった原因を確信した。

 辺りを見て、兄の手の付近に外套が落ちているのに気づき、拾い上げる。外套を掴んだまま飛ばされたのか、飛ばされた後に偶然引っかかったのかは分からないが、すぐ見つけられる位置にあったのは好都合だった。


 魔力の圧力による壁を押しのけて、ゆっくりと歩み寄るラウラ。外套から決して手を離さないように強く握りしめて、一歩一歩確実に踏み込んでいく。

 そうして、ルナの元までたどり着くと、彼女に外套を羽織らせる。その結果が現れるのはすぐだった。外套に包まれた直後からルナの魔力は放出をやめ、それによる影響も消失した。


 後に残ったものは疲れて眠ってしまったルナと、傷だらけで倒れる兄弟、そして跡形もなく消し去った建物のみだった。


「はあ、何から終わらせるべきかねえ……」


 疲れたように表情で呟く。ほんの十数分の間に色々なことが起こりすぎたし、やらなくてはいけないことも多すぎる。

 この兄弟の新しい居場所を用意しなくてはいけないし、村の人への説明もしなくてはいけない。


 もう一度深く溜め息を吐いて、上を見上げる。暗い空に浮かぶ星たちは光を反射して輝くばかりで、こちらに答えを示してくれることはなかった。



 *



 目を開けると、すっかり朝になっていた。柔らかい布団から上体を起こし、ルナは昨日の出来事を思い出す。

 とはいえ、完璧に思い出せるわけではない。とにかく必死で魔力を抑えようとしていた結果、何をどうしてそうなったのか、曖昧にしか覚えていない。


 多分、きっかけはいつも来ていた外套を剥がされたことだろう。だけど、それにしてはおかしな点がある。これまでファルベとともに過ごしていた時間の中で、一度も今回のようなことは起きなかったことだ。


 ルナだって、いくらファルベから外套を着ろと厳重に言い聞かせられているとはいえ、いつでもどこでも着ているというわけではない。もっというなら、ファルベの家に居る時は外套など羽織っていない。

 だから、外套を脱いだことが絶対的な原因であると言い切れないのだ。


「でも、そうじゃないなら……どうして……」


 過去、同じようなことがないわけではなかったが、思い出したくもない記憶だし、少なくともファルベと一年一緒に行動している間に克服できたはずだった。


 だから、何度自問自答を繰り返しても答えが出てこない。


 そうして悶々とした感情を抱えていると、


「おや、起きたのかい?」


 寝室の扉を開けてラウラが入ってきた。


「はい。ここまで連れ帰っていただき、ありがとうございます」


 まだ立ち上がる気力はないが、布団の上で上体を起こした状態のまま頭を下げる。


「それで、あの後はどうなったんですか?」


「そうさね。何から話したもんか――」


 こめかみに指を当てて、昨日の出来事の顛末を話し始めた。


 ルナを閉じ込めた張本人であり、ルナが思い切り(故意ではないとはいえ)天高くまで吹っ飛ばした兄弟だが、空き家を譲り渡すことで取り敢えずの住居を用意できたらしい。この村は田舎にあり、当然国の中心部たる城下町に比べると整備されていない土地だ。だから、この村で住むのに不満を抱き都会に出稼ぎに行く人だって少なくない。

 そして、外部から引っ越してくる人間はそれほど多くなく、結果として出て行った人数の方が多数派となり、住人のいない家屋がいくつか存在している。


 村長の許可がないと空き家を利用することはできないが、そこはラウラが何とかしてくれたようだ。ともかく、二人が次の住居を建てるまで野宿しないといけないなんて悲惨な状況にならなかったようだ。


 そして、村の人たちへの説明も滞りなく終わらせているようだった。家一つが本当にそこにあったのか疑うほどに綺麗さっぱり消え去ってしまうほどの騒ぎだ。当然、関係者以外の村民にも感づかれて説明を求められるわけだが、村長の影響力とラウラの説明、掲示板を用いた周知の徹底で、問題なく収められたらしい。


「すみません。何から何まで」


「元々これはアタシの監督不行き届きみたいなもんだし、気にしてないよ」


「そんなことは……これは、ルナのせいで……」


 家を吹き飛ばしたのも、二人に大怪我をさせたのも、ルナが原因だ。ラウラの言う監督不行き届きというのは、彼女がルナがどこでどういう行動をとっているか把握していなかったことを指しているのだろうが、それはルナが自分自身で管理すべきことだ。

 保護者でもない言ってしまえば赤の他人にそこまでを求めるのはあまりに図々しい。


 そうして、ルナが自分の責任を痛感していると、


「はあ……ま、そうさね。今回は概ねあんたが原因だ。あんたが無警戒に『冒険者狩り』がどうとか話すから、こうなった。これで分かっただろう? この村でその言葉がどれくらい恐れられているものなのかってことがさ」


 ルナは分かっているようで分かり切れてはいなかった。どこにいたって聞かれる恐れはある。どこに隠れていようと見つかる危険はある。それだけ警戒していないと必ずどこかでバレてしまうほどに、ここの住人は敏感なのだ。


「それより、アタシが一番問題にしてることがあるんだが、何か分かるかい?」


「――」


 分からないわけではない。分からないはずがない。何が一番悪くて、問題になっているのか。それはあのときあの瞬間から今この時までずっと、理解していた。

 禁忌の単語を口にしたことではなく、災害が如き魔力の圧力を生み出したことでもなく、


「――ラウラさんに嘘をついたこと、ですよね」


 一番打ち明けるべき人間に、一番頼るべき人間に、嘘をつき誤魔化してしまったことだ。

 きっと、ラウラに正直に話しておけば、これほど大ごとになる前に収められただろう。

 だって、ルナが冒険者狩りと繋がりがあるという明確な証拠はないからだ。ただルナが言っていただけならラウラが適当な言い分をつけて言いくるめればそれで終わったはずだ。


「すみませんでした」


「悪いと分かっているなら、それでいいさね。じゃあ、今回のことはこれで終わりだ。だから、次はこれからのことさね」


「これからのこと、ですか」


「ああ。もうアンタがやらかしたことは終わったんだ。過去はどうやっても変えることはできない。だから、次どうするかを考えないとね」


「そう、ですね。……ルナは、この村を出ようかと思ってます」


 自分のやったことそれを取り戻すことはできない。そのくせ何食わぬ顔で居座れるほど肝が据わってはいない。だから、ルナがここを出ていくことに決めた。


 自分がいて、何かを与えることはできない。何も生み出すことはない。悪戯に物を壊して、人を傷つけるだけだ。いなくなった方がいいに決まってる。


「ししょーの元に帰って、しばらくは大人しくしておこうかと。ここまで連れてきたメルトさんや、これまで仲良くしてくださったイルさん、他にも優しくしてくれた方々には申し訳ないですが……」


「それが、アンタの答えかい?」


 ラウラの言葉は優しかった。怒っているわけでもなく、呆れているわけでも、見下しているわけでもない。だけど、どこか引っかかるような話し方で、


「ところどころ子供らしからぬ言動があったけど、やっぱりあんたは子供だよ」


「……? 何を……」


「あんたはこの場を立ち去れば、それで終わりだと思ってるようだけどね、それはただの逃げでしかない。確かにここを出ちまえば、この村とは無関係だしこれ以上迷惑をかけることもないだろうね。なら、その次別の場所で同じことが起きた時、あんたはどうするつもりだい? また出て行ってそれで終わりにするのかい。そうやって色んなところで迷惑かけて、その度いなくなっていけば、次第にあんたの居場所は無くなっていく。いずれ逃げる場所は無くなってどうしようもない状態になる。それで本当にいいのかい?」


 彼女は変わらず優しい声で、けれど詰め寄るように、問いかけてくる。

 正直にいえば、ルナはラウラの言い分に納得していた。確かに、ここから立ち去っても、結局何が原因か分からないまま、いつ爆発するか分からない爆弾を抱えたまま、それに怯えて過ごさなくてはならなくなる。


「でも、それならルナはどうすれば……」


 もうどうするべきか、何をしなくてはいけないのか分からなくなってしまっていた。ここに居続けることもできず、立ち去ることもできないのならば、一体何をすればいいのか――


「簡単さ。次同じようなことが起こらないようにするだけさね」


「だから、それをどうすればいいのかって話で……って、どこにいくんですか?」


 何を対策すればいいか分からないから、逃げることを選択したのに、対策すればいいと簡単そうに言われて、話が堂々巡りするような感覚に襲われたルナを置いて出て行こうとするラウラに、声をかける。


 ラウラは振り返って、いつもの調子で、



「決まってるだろう? あんたの魔力の制御法を教えるんだ。早く降りてきな」



 簡単そうに、そう言った。



記念すべき50話です!ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!これからもよろしくお願いします!

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