34話 「辿り着いた場所」
村の中は、お世辞にも活気がいいとは言えなかった。
辺境で、それもここの住人になる人間は事情も事情であるため、住人の数も比較的少ないのかもしれない。
ルナの前を歩くメルトは時折すれ違う人と楽しげに話している。突発的な別れだったことで気まずくなるのでは、というルナの心配は杞憂だったようだ。
「村長のお家って入り口から近いんですか?」
そこまで広い村という感じではなかったのに、暫く歩いていてもそこにたどり着かない。
「いや、村長……っていうか、私たちのリーダーの家はね、この村の一番奥に建ってるから、もう少し時間がかかるかもしれない」
ルナの歩幅に合わせてくれいるのか、ゆっくりとした速度で進む彼女は、ルナも薄らと頭をよぎった予想を裏付ける発言をする。
「この村って思ってたより楽しそうですね。失礼ですが、意外って思っちゃいました」
「まあ、私の話を先に聞いてたら、そう思っても仕方ないわ。でも、さっきも言った通り、大体の人は気持ちに整理がついてるから、今そんなに暗い人はいないの」
賑やかという程ではなくとも、誰かが悲しみに暮れているようなことはないし、村の子供達はそこで暮らす大人達が過去にどんな事件があったのかを知らずに育ったように、楽しげに笑っている。
ルナが意外に思うのもそう不自然なことではない。
「それより、ルナちゃん本当に大丈夫? 息が上がってきてるけど」
「え……?」
メルトにそう聞かれて、ルナはいつの間にか自分の呼吸が荒くなっているのに気づく。
師匠が刺された直後から、その刺した張本人に付いて行動して、師匠の衝撃的な過去を知って、彼女の恨みの篭った本音を聞いて。
きっとまだ、心の底ではメルトを警戒していたのだ。その張り詰めた心が、この村の和やかな雰囲気によって解かれ、今まで無視できていた精神的な疲労がどっと押し寄せてきたのだ。
それを理解した途端、目の前がぼやけ始める。まるで脳が休めとでも言っているかのように、意識が朦朧とする。
「ちょ、ちょっと……ルナちゃん!?」
近くで誰かが驚きの声を上げる。もはやそれが誰の声かも分からないが、とても優しい声に聞こえた。
*
その暗闇の中では、感覚がなかった。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。全ての感覚器官が機能を失い、自分がどうなっているのか、どういう状態なのか分からない。
手足を暗闇の中へ伸ばそうとしても、手足がないから伸ばすことすらできない。
足がしっかりと地面に付いている感覚がないから、自分が今立っているのか、座っているのか。それすらも分からない。
空気を吸い込もうにも口がないから呼吸している感覚もない。
まるで水中にでもいるように、奇妙な感覚に包まれて、暗闇の底へ、底へ、沈んでいく。
どれくらい経って、どこまで潜ったのか、時間の感覚もないので分からない。
恐らく一番そこまで到達したのか、ただ沈んでいく感覚だけがあった自分の意識に、浮遊感が訪れる。
何も感覚がない筈なのに、何故かどんどん浮かんでいくのを感じる不思議な感覚。
それが、いつまでも、いつまでも続いて、ついに暗闇の水面から顔を出す。
そして――
「……ちゃん! ……ナちゃん! ルナちゃん!」
声が、聞こえた。失っていた聴覚が自分に戻ってきて、その鼓膜で自分に呼びかける声を拾う。
触覚が機能を再開し、背中に当たる草の柔らかさを伝えてくる。
視覚を取り戻し、目蓋を滑り込んで入ってくる日の光を捉える。
意識が覚醒し、現在の状況から自分の身に何が起こったのかを理解する。
自分は今、気を失っていたのだ。突然倒れた自分の身を案じて彼女は、名前を呼んでくれている。
「あ……メルト、さん?」
ゆっくりと、重い目蓋を開いて、声の主を理解する。
ここまでルナを連れてきた彼女――メルトは泣きそうな顔で、悲鳴のように、ルナを呼んでいた。
「意識を取り戻したのね。本当に、よかった……」
「そんな……大袈裟ですよ。ちょっと気を失ってただけで……あ、ルナはどれくらい寝てたんですか?」
ちょっと、と言えるほどの時間なのか、それはルナにわかるものではない。
「ほんの五分ぐらいよ。それを考えれば確かに、ルナちゃんの言う通り、取り乱し過ぎちゃったわね。ごめんね、大丈夫?」
本当にちょっとだけだったようで、少し安心する。
「大丈夫です。心配していただき、ありがとうございます」
「どうする? リーダーの家までもう目と鼻の先だけど、体調が心配なら一旦私の家に来て休む?」
メルトが気を使ってそう言ってくれているのは分かるが、そこまでするほど体調を崩している訳でもない。
それに、師匠のことについて、もっと知りたい。彼がどういう道を通ってルナの知る彼になったのかを知りたかった。
「まだまだ行けます。ルナを連れて行ってください」
その瞳には、強い決意が秘められていた。
*
「ここが、そうなんですか?」
「そうよ。今まで見た家よりずっと大きいでしょ?」
「……そうですね」
それは大きな家だった。いや、もはや屋敷だった。広い敷地いっぱいに建てられた屋敷は何か威圧感のようなものすら感じる。
「リーダーに会うの緊張するかもしれないけど、ここから先にはルナちゃん一人で行って貰わないといけないからね」
最初から彼女が言っていたことだ。メルトは村の知り合いに報告しなくては行けないことがあって、その間暇ができるルナは、一番師匠のことを知ることができそうなリーダーに会いに来たのだ。
だから彼女が付いてこないのも当然だ。
「そうですね。ただ、その前にリーダーって方は何をしてリーダーになれたんですか?」
何の情報もなしに訪れては失礼に当たりかねない。少しでも、彼か彼女か分からないリーダーについて知識をつけようとメルトに質問する。
「うーん。出来れば会ってから聞いた方が良さそうだけど……まあいいわよね」
結構軽めの感じで了承するメルト。少し考えるようにこめかみの辺りにスラリと伸びる細長い指を添えて、
「リーダーはね、あの五年前から一年と半年くらいの期間で五十人の冒険者を殺した『冒険者狩り』を捕らえた凄い人なのよ」




