35話 「痛みの理由」
――痛い。痛い痛い痛い。ただ小さな刃物を突き立てられただけだというのに、死んでしまいそうな程の激痛が走っている。
致命傷ではない。かすり傷でもないが、本来ならば我慢ができる傷の筈だ。その筈なのに、全身の感覚はいつまで経っても痛覚を訴え続け、身動きすることができない。
足に力が入らなくて、立つことすらままならず、自分で流した血の池の上で外套を赤黒く汚しながら蹲る。
「く、そが……ッ!」
激痛に耐えるために、声を出す。そうして痛みを紛らわせていなければ、頭がどうにかなってしまいそうだったのだ。
そうして何もできずにいると、
「うわああああああ――ッ!」
意識が定まらないファルベの耳にも聞こえるぐらいの音量で叫ぶ誰かがいた。
残った力でそちらに目を向けると、軽装の冒険者らしき人物が腰を抜かして座り込んでいた。
そんな精神で冒険者をやっていけるのか、と普段なら思うだろうが、今はそんなことを考えているような余裕はない。
だが、彼の悲鳴のおかげか、ファルベがついさっき訪れた武器屋の店員がこちらを見つけて、駆け寄り、
「あなたは、さっきの……! どうしたんですか!? ……いや、それよりも」
そう言って、通信用の魔道具を懐から取り出し、誰かと通話を始める。
詳しい内容に興味はない。ファルベにできることは、意味のわからない痛みに耐えることだけだった。
*
気づくと、ファルベはふかふかのベットの上で横たわっていた。あれから、何が起こったのか。ファルベは当事者でありながら、あまり記憶がなかった。
というより、周囲の様子に気を配る余裕がなかったのだ。
そして現在。ファルベの全身を貫く痛みが急に和らいで、自分の周りの変化に気づけるようになった。
とはいえ、腹部の痛みは断続的に感じており、決して無視できるものではないが、先ほどまでの異常な痛みよりはまだマシだ。
どうして急に痛みが収まったのか、今ファルベが横たわっているのが誰の部屋なのか。頭の中で堂々巡りするその思考を破ったのは、
「やあ、ファルベ君! お久しぶり……いや最近会ったばかりだったね! 気分がどうだい? 大分痛みも少なくなったろう! 君の状態を騎士団の方に連絡してくれた武器屋の店員さんに感謝しておきたまえよ!」
聞いた覚えのある、男の声だった。背広の白衣をはためかせ、仰々しいポーズを決めて、しめに眼鏡をクイと上げる男。
怪我人の部屋にそんなテンションで入ってくるような人間は常識というものから逸脱していて、まさに変人と呼ぶに相応しい人物だった。
「お前かよ……つーか、なんで俺がこんな状態になっててそんな嬉しそうなんだよ。ラルフ」
その男――ラルフの様子に弱々しい声でツッコミを入れるファルベ。
「いやぁ、君がそんなに深傷を負うことは珍しいからね。つい」
「つい、じゃねえよ。そんなことで喜ばれても嬉しくねえ……それで、これは一体どうなってんだ?お前がいるってことはここは王城なんだろ?なんであそこからこんな所まで来てるんだ」
全く状況が飲み込めないファルベは矢継ぎ早に質問する。
そんなファルベの様子を楽しむようにラルフは微笑んで、
「君が何者かから刺されていると騎士団の方に連絡が入ってね。それが偶然、僕の管轄する犯罪対策本部の騎士だったんだ。そこから僕に情報が入って、君を助けるために騎士団を派遣し、ここまで連れて来てもらったわけさ」
「なるほどな。そういうことか。なら、連絡入れてくれた奴には感謝しなきゃな……いてッ!」
「そんな急に起き上がったら駄目だよ。まだ君の状態はマシになっただけで、完治してないんだから」
いつまでも寝ていられないと上体を起こしたファルベは再び全身を貫く痛みによってそれを阻止される。
それを見たラルフが注意を促すがもう遅い。既に痛覚が刺激された後だった。
「完治してないって、そんな傷が深かったのか? 刃物で刺されたっつっても、そんぐらい今までもあったし、急所でもなければ直撃でもないし」
「まあ……刺されたこと自体が大事ってほどじゃないのはファルベ君のいう通りなんだけどね」
それならば、この痛みは何だというのか。刃物の刺さった箇所を軽く触ってみるが、当然そこに刃物は残っていない。騎士団から治療を受けた時に抜かれたのだろう。
傷口も今は塞がっているようで、そろそろ本気で意味が分からなくなってくる。
「なら、何が原因なんだよ。この痛みは。理由が全く分からねえんだけど」
「うーん……どう説明したものかな」
何か言いづらそうな雰囲気を醸し出しつつ、ラルフは勿体ぶるように天を仰ぐ。
「ファルベ君に刺さっていた物は、普通の刃物じゃなくて、随分と特殊な条件下において製造されたもので、それが君の体にどう作用しているのかっていうのが一番の問題なんだけど……」
「長い。三行で」
まだまだ説明の終わらなさそうなラルフの話をぶった切って、ファルベは端的な説明を求める。
「分かった。なら、回りくどいことなしで、単刀直入に言うよ」
そういうと、一つ深呼吸を挟んで、
「ファルベ君はあれで刺されたことで『呪い』をかけられているんだ」
*
「……呪い?」
そんなことができるなんて聞いたことがない。それに、自分にそんなものをかけようとする人間にも心当たりがない。
否、あるにはあるが、あまり想像したくはない。
「そう。呪いだ。そして十中八九、ファルベ君に刺さったアレは魔道具だね」
「つまり、呪いをかけるスキルを付与した武器だったってことか。でもそんなスキル聞いたことねえぞ」
「だろうね。だってアレの呪い自体はスキルでも何でもないしね」
その言葉に、目を見開くファルベ。呪いをかけたのは魔道具、しかし、呪いに関するスキルは付与されていないらしい。
意味がわからない、というのが本音だ。
「どういうことだ?」
「魔道具って、スキルを道具に『付与』することで作られる。それは一般常識だよね?」
「そりゃそうだろ」
いきなり何のことを、と言いたくなるが彼なりの考えあってのものだと感じ、彼の言葉に素直に肯く。
「ならさ、例えば…『付与』スキルを道具に付与することだってできるよね?」
ラルフの言葉を聞いて、一瞬思考が停止する。
可能は可能だろう。ただ、普通はその発想が出てこないだけで。
「そうすると、どうなるんだ」
「簡単なことだよ。付与スキルの付いた魔道具に、好きな属性を付与することができるのさ。炎で炙れば、魔道具は炎を吹き出すものになるし、水に浸けておけば水を発射できるものになる」
スキルによって「付与」を付与すれば、そんな事象が起こりうるのか。彼の魔道具に関する知識の幅が意外と広いことに驚きを隠せない様子のファルベ。
「つまり、魔道具に呪いがかかってるってことは……」
ラルフから与えられた情報から一つの結論が導き出される。
しかし、答えを見つけない方が良かったのかもしれない。
何故なら、彼らの辿り着いた答えは――
「付与スキルの付いた魔道具に君に対する恨みや殺意、そういう負の感情を込め続けていたことで、呪いを纏うようになったんだろうね。君という個人に対してのみ発動する強力な『呪い』。……それほど恨みを持っているとなれば、過去のファルベ君の被害者の可能性が高いね」




