33話 「訳ありの集落」
別の国に入国するのはルナにとって初めての経験だ。だから、国の中へ入るための門の内側の人間から声をかけられたときは何事かと思ったが、入国には何らかの手順が必要なようで、その声の発生源はカリアナ王国の騎士だった。
壁に掛けられた対話用の魔道具を通じて内側にいる彼とメルトが少し会話をすると、門が開いた。
門の前に人を置かず、わざわざ通信機を介して会話をしているのは、国外には魔物が生息しているからだろう。
なるべく安全性を確保はしたいが、国外から来る人間を警戒する意味でも何かしら言葉を交わす必要がある。その二つの問題を解決するための手段だ。
魔物が人類を脅かす、この世界にならではの文明の進化だ。
国境を示す巨壁を超えると、その先には広大な平原があり、遠く、ずっとずっと遠くに、大きな建物が見える。
「あの建物が気になる?あれは、この国を治める王様が住むお城よ」
「何だか、お城って感じがしないですね。どちらかといえば、塔のような……」
高く伸びたそれは城と言うより塔に見える。けれど、彼女の言葉からして本当に城らしい。
この世界における四大国、そこにはその国にしかない特徴という物があるが、カリアナ王国の象徴たる城もその特徴の一つということだ。
辺境の地からでも感じ取れる異様さを発する城へ向かうのか、と身構えるルナだったが、馬車は真っ直ぐそこへ向かうのではなく、急に方向を転換して明後日の方向へ走り出す。
「え、あれ……? あそこに向かうんじゃないんですか?」
そもそも、ルナは「付いてきて」と言う言葉しか聞いてない。
メルトが目的としている場所も知らない。
「ちょっと自慢げに話しちゃったけど、お城にはいかないわ。私みたいな一般人があんなところに行ったって、相応しくないし」
少し暗くなった表情のメルトは、自嘲気味に笑う。
「相応しいかどうかは置いときまして、これからどこに向かうんですか?」
壁に沿うように走る馬車は中心の方へ向かう気配はない。そろそろ本格的に目的地が分からない。
そして、別の国ということで土地勘も全くないルナの心に不安な感覚が生まれ始める。
「強いて言うなら、私の第二の故郷……そんな感じかな。でも、ルナちゃんが期待するようなところじゃないと思う」
「それは……どうしてなんですか」
「ちょっとね。訳ありな感じというか普通じゃない村だから……いいや、もうこの際だから言った方がいいかな」
そう言って、何か覚悟のようなものを決めるように、目を瞑ってから、
「今から向かうところはね、あいつから――『冒険者狩り』から大切な人、近しい人を殺された人たちが、同じ悲しみを抱えた同志と一緒に暮らすための村。私と同じ境遇の人が寄せ集まって成り立ってる場所なの」
かつて師匠の犯した罪によってできた被害者は、そんなにも数いるのか。悲しみや恨みを共有する人だけで一つの村を成立させるほどに。
師匠を信じていたいというのに、メルトの話を聞くたびに、ルナの中にある彼の姿が分からなくなってくる。
昔の話だから、と強引に自分を納得させて、
「それは、お悔やみ申し上げます。ししょーの代わりに謝罪します。そんなことで、気は晴れないと思いますが」
「ルナちゃんが謝ることないわよ。それに、あの村の人たちは、それこそ私が住み始めた四年前ぐらい前は愚痴を言う人も多かったけど、三年前の頃には大体の人が自分の気持ちに整理をつけて、割り切って、ただ気の合う人間で暮らす村になっていったの。みんな大人だったって話ね。理不尽に家族や友人が殺されても、今の現実に生きている」
その村に想いを馳せるように、天井を見上げて、
「そんな人と違って、私は子供だった。四年前の恨みが忘れられなくて、くる日もくる日も復讐する事ばかり考えて。私だけいつまで経っても四年前から時間が止まっていた。だから、かな。同志だと思ってたあの村の住人が酷く薄情に思えて、こんな村は自分の居場所じゃないって、絶対に私が復讐を果たしてやるって、そう言って飛び出して行ったの」
それを否定できる権利も、資格もルナにはない。大切な人を失った感覚はルナは体験したことがないからだ。それに近しい感覚といえば、メルトに師匠が刺された瞬間が挙げられる。
あのときは、師匠からの静止がなければ、感情のままに力を振るってしまいかねなかった。
メルト曰く、彼はまだ死んでいないようだが、それでも悪感情を抱くには十分すぎる。ならば、本当に殺されてしまったときは、どんな感情を抱くのか。
それを想像すれば、メルトの気持ちも理解できないものではない。
「そんなことが……なら、メルトさんはちょっと気まずかったりするんじゃないですか?」
「そうかもしれないわね。でも、私が復讐をするって言っても止めようとする人はいなかった。つまりは自分で復讐ができなくても、誰かがするならそれが達成されるのを望んでるの。だから、復讐を達成できたことを報告しに行くのにそこまで変に気張る必要もないと思うわ」
その後、多分……と付け加えて話を締めくくる。一応、不安はあるようだ。けれど、それ以上に、同志なら理解を得られると思っているのだろう。
同志ではないと言って飛び出して、それでも自分の目的を達成できたら真っ先に報告しようとする。
結局口でどんなことを言っても、心の奥底では信用を失えなかったということだ。
「そうですね」
あまりに複雑な気持ちを抱えているが、何とかそれだけを呟く。
「ルナちゃんは私が報告しておく間に村を回っていろいろあいつの話を聞いたらいいんじゃない? あいつのことを知りたいから、付いてきてくれたんでしょ」
「そうすることにします。話を聞くのなら、その村の長に当たる人に聞けば一番良さそうですが、そういった役割の方はいらっしゃるのですか?」
「いるわよ。ただ、あの方は最初からあの村にいたわけじゃないけど、いい人なの。だから、村の人からも信頼を得られて村長みたいに村をまとめてるの」
「どんな人なのか、詳しく聞いてもいいですか?」
メルトもその人物には特別な感情を持っているようで、その人の話をしているときは、微かに優しい笑顔を浮かべている。
「それは、直接会って話してみた方がいいかも……丁度今、村の近くまで来たみたいだし」
メルトがそう言った直後、馬車が止まる。彼女のいう通り、目的の地に到達できたようだ。
メルトと同時に馬車から降りる。
国と国の間を渡るということで、随分と時間がかかっており、暫くぶりの外気を目一杯に吸い込んで深呼吸する。
軽く伸びをして体を慣らすと、周囲に目を向ける。
辺境ということもあって、森や山も見える。その中に、建物が幾つも立ち並ぶ村があった。あれが彼女の言う被害者達の集まる村なのだろう。
「じゃあ、ここからは歩いて行くけど、大丈夫?」
「はい。これでもそれなりに体力はありますから」
これから向かう先にどういう事実が待っているのか。不安もあるが、それ以上に、もっと知りたいという感情がルナの足を進ませる。
かくして、メルトとルナは、その村に向かって、あるき始めた。




