28話 「次なる依頼」
軽く、石造りの道を歩く。朝日がようやく地平線の向こうから顔を見せ始め、そこを歩く人間をそれが光で照らしている。
歩く、歩く、歩く。朝日の光を全身で浴びて、あてもなく歩き続ける。
「お? 嬢ちゃん。ここいらで見ねえ顔だな」
ひたすら足を動かしている人物に目をつけた誰かが、そう声をかける。
しかし、彼女はそれに対して返答することはなく、前に前に進んでいく。
周りの声が聞こえていないわけではない。ただ、聞く必要が無いだけだ。
彼女が興味を引かれる話題など、この国、いやこの世界において一つしかない。そしてその情報をもたらす人間がいるのかどうか、ほとんど期待もしていない。
だって、彼女が興味を引かれるのは――
「なあ、聞いたかよ」
「あれだろ? 『冒険者狩り』? とかいうやつの話」
ピタリ、と足が止まる。誰にも興味がないような顔で、何にも関心がないような表情で進み続けていた彼女は、確かに目を見開いて足を止めたのだ。
そして、
「その話……詳しく聞かせてもらえますか」
決意を秘めた、力強い目つきで、話し合っている男達に声をかけた。
*
「おはようございます! 今日も早いですね!」
その日も、朝一番にファルベを出迎えたのは、ギルドの受付嬢の元気な声だった。
「早いったって、他の冒険者も同じようなもんだろ。それで、今日の依頼は?」
「はい、こちらになります!」
いつものやり取りをして、目の前に一枚の書類が差し出される。
取り敢えずざっと内容を確認すると、それを外套の内にしまう。
「そういえば、今日はルナちゃんは来てないんですね?私の唯一の癒しだというのに」
「それは流石に、もっと他に趣味を見つけた方がいいと思うぞ」
「ファルベさんにだけは言われたくないですー」
唇を尖らせて抗議する。受け付けの女性は立派な大人だが、所々子供っぽい仕草をするのが目に付く。
そんな彼女は、ギルドでも隠れファンのような集団がいたりするのだが、
「……って、そんなことはどうでもいい。とにかく、さっさと終わらせてくるわ」
膝下までの外套を翻し、ギルドの出口へ向かう。
「あ! ちょっと待って下さい、ファルベさん!」
「ん? 何かあるのか?」
扉に手をかけようかというところで受付嬢に呼び止められる。彼女はカウンターの向こうから手招きしてファルベを誘う。
特に急ぐ理由もないため、彼女の誘いを受ける。
「そういえば、いつも私に依頼書を届けてくれる、犯罪対策本部の方と話していた時にですね、妙な話を聞いたんですよ」
「妙な話?」
そんなことあったか、と思考を巡らせる。妙な話などと言うべき出来事――やはり、心当たりはない。
「なんか……調査員の方々がここ城下町から次々といなくなってるみたいです。何があったんですかね」
ああ、そういうことか。ファルベは一つの納得を得る。
調査員が城下町からいなくなる、それは消息を絶った中級冒険者の犯罪者達の集団、ファルベも戦った奴らを調査するために駆り出されたということなのだろう。
「あの変態、予想より行動に移すのが早かったな」
ファルベがラルフにそれを報告したのはつい先日だ。昨日の今日で調査員を動かすとは、それも彼女の驚いている様子からその数も結構なものなのだろう。
受付嬢とは違うベクトルの驚きを感じるファルベを目にして、
「あの……やっぱりファルベさん、何か知っています?」
「――」
「ファルベさん? なんか既視感がある展開ですよこれ」
次に来る言葉を予想して怯えるような震える視線をファルベに向ける。
「……さあ? 俺は知らないな」
「やっぱりはぐらかすじゃないですかーーー!」
涼しい空気が包む早朝のギルドで、彼女の高い声がいつもの如く響いた。
*
「で、この辺りが依頼対象の家なんだが……」
「そうですね。そう書いてありますね」
城下町から離れた小さな村の中でポツンと建つ寂れた家屋の付近。そこにはお揃いの外套を被った二つの影があった。
わざわざ言及する必要もないが、ファルベとルナだ。
ファルベが対象の家を確認・監視し、ルナが依頼書の情報と照らし合わせる。そうして確実に目的の建物を見つけたのだ。
因みに、ルナは寝坊していて、ファルベがギルドで話を聞いている辺りで起床したらしく、自宅でファルベが戻ってくるのを待っていた。
それを回収してからここまでやってきたということだ。
「どうしますか? ルナが建物ごとぶっ飛ばす……ていうのは勿論論外として」
どういう人間を相手したとて、殺人は絶対に犯す気はないので、ルナの力は極力使わない。
「出てくる気配はないから……俺が呼び出してみるか。ルナは見えない位置で待機しておいてくれ。今回も一応『下級』相手とはいえ、舐めてかかって逆にやられたりなんて笑えないからな」
「……分かりました」
ファルベの指示を理解して、受け入れると建物の側面、玄関から見えない位置で片膝を立てて座る。
それを見届けて安心したように一つ息を吐くと、
コンコンコン。三度、木造の扉を叩く。最初は屋内から反応は無かったが、根気強く待っていると、内側からゆっくりと扉が開かれる。
「だ、だだ誰……ですか……。なななな、なんの……用ですか……」
出てきた人物はファルベにとっても予想外なものだった。
痩せ細った頼りない男だ。それほど大きくない服を着ているはずなのに、彼の肉体がそれより遥かに細いため、ぶかぶかのように見える。
骨が浮かぶほど細い腕は、どうしてこの扉を開けたのか不思議なくらいだ。
清潔感の欠片もない服装に、伸び放題で視界が上手く確保できているのか分からない髪の毛。明らかに普通ではない格好だが、それを顔に出すことなく、
「あんた、名前はリック……で合ってるよな」
依頼書に書いてあった名前だった。
「そそ、そう……です。それで、あああ合ってます、けど……」
犯罪を犯したとは思えないその態度に、怪訝な目を向けるファルベだが、彼は依頼書に書いてある名前と一致している。
「あんた、人を殺しただろ」
「――ッ!」
直球で、その事実を告げる。それを受けたリックは驚きの表情を浮かべる。
「なんで、そんなことを……」
何はともあれ、いつも通り、話し合いで解決できることならそうするべきだという意思に従って、彼に問いかけようとする。
しかし、それも最後まで言い終えることなく途切れることとなる。
その理由は、
「ち、ちちちち違う……違うんです!ぼ、ぼぼ僕じゃ、ないんです!」
「――は?」
泣き喚くような、恐怖を突き詰めたような、そんな表情で、懇願するようにファルベの目の前で頭を下げたからだ。




