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27話 「謎の介入者」

 片腕を損失した男の喉元に刃を向ける。彼の目からは最早戦意と呼べるものは無くなっていた。

 元から彼の目的は冒険者を殺すことであって、戦うことではない。だから、殺そうとした相手に自分の命を握られた状況における、戦う意味を失ったのだ。


「オレを、殺すのか」


 ポツリと、痛みに耐えながら呟く。喉に当てられた得物を少し前へ押し出すと、それだけで簡単に人の命を絶つことができる


 それに、男はファルベを殺そうとしていたのだから、立場が逆転した時、自分が殺される可能性が高い。

 だけど、


「俺は、殺さない。誰も、殺さない。お前とは違う」


 これまでだって、何度も相手の命を絶てる状況はあった。だが、それでもファルベは殺さない。相手がいかに凶悪な犯罪者であっても、殺してしまえと願われるような人間であっても、彼は捕えてきた。


 決して殺さず、決して殺させない。それが、ファルベという少年の――


『でもそれは、お前の身勝手な自己満足だろ?』


「――ッ!」


 一瞬、頭痛が走り、直後聞こえてくる誰かの声。自分を罰するような、自分を断罪するような、自分を侮蔑するような、聴き慣れた誰かの声。

 誰のものかは分からない。男性か、女性か、それすらも分からない。


 ただ一つ分かるとするならば、この声は赤の他人のものではない。身近にいる誰か、慣れ親しんだ誰か、付き合いの長い誰かということだけだ。


 地面に膝をついた男は、いきなり苦しむように頭を押さえたファルベを不審に思いつつ、


「殺さない、か。なぁるほど、ボスに聞いてた通り、随分甘いみたいだなぁ……」


 と、そこまで言ったところで、


「はっ、はっ……ししょー!今戻りましたー!」


 活発な少女の声が聞こえた。息を切らせて、とてとて走る彼女は、片手を目一杯に挙げて自分の存在をアピールしている。


「どこまで行ってたんだよ……もう全部終わったぞ」


 腰に手を当て、呆れたように呟く。そして手を当てた場所が運悪く傷のできたところだった為、思い出したかのように生じる痛みを感じ、呻く。


「そこまで遠くには行ってなかったんですけど、魔力を使って移動したらまた遠くまでぶっ飛んで行っちゃうと思ったんで、普通に走ってきたらこんなに時間かかっちゃって……って、あれ?」


「どうした?」


「あ、やっぱり! ししょー、避けてください!」


 ルナのその言葉でファルベは咄嗟に飛び退く。直後、さっきまでファルベのいた場所に月明かりを反射する金属の塊が通過する。

 それは、血に濡れて、悍しく汚れた刀だった。


「お前、まだ余力を……」


 その得物を持っていた人間は確かに傷つき、疲れ切っていた……と、思っていたのだが、まだまだ元気なようで、ギラギラとした視線でファルベを睨み付ける。


「残してた、てこったなぁ! 腕切られただけで、あんなしおらしくなるかよぉ!」


「なら、何度だって相手してやるよ。お前が自首するまでな」


 鞘に納めかけていた長剣を強く握り直し、腰だめに添えて構える。一歩足を引き、迎えうとうと踏み出す――


「はぁ。もう、勝手に先走って勝手に盛り上がらないで欲しいな。ボクの心労を増やさないでくれよ」


 ――瞬間、更に増える人影。

 美丈夫な少年だ。ファルベよりは大きいが平均身長は下回るだろう背丈。目が少し隠れる程度に伸びた黒髪。

 細身な身体だが、彼の着ている衣装はその体格より遥かに大きく、ゆったりとした、というよりはダボダボな様相を呈している。

 面倒臭そうに頭を掻く少年は、それに順応した表情を浮かべて、ファルベに視線を向けている。


「な……ッ!」


 誰だ、何の用だ。そうした質問が頭をよぎるが、それを聞く前に気にすべきことがあった。


 無関係の人間を無意味に傷つけるわけにはいかない。だが、走り出した足も、自らが放った斬撃も途中で急に止めることができない。


 最悪、ルナの力で強制的にキャンセルさせることも視野に入れて彼女に視線で合図する、が。


「……はぁ」


 少年は避けることも、防ぐこともせずに、ダルそうに片手を前に突き出す。

 それだけ。たった、それだけだ。誰でもできて、何の特別性もなく、ごくごく普通の行為だ。その筈だったのだ。

 しかし、


 彼の掌に刃が触れた瞬間――ファルベの得物が()()()()()()()()


 高い音を響かせて宙を舞う長剣が、離れた位置で突き刺さる。


 何かが仕込まれていたとは思えない。ということは、


「スキルか……」


「そういうこと。多分君じゃ勝てないからこれ以上は攻撃しないことをおすすめするよ」


 突き出した手をそのままひらひらと振り、あしらう。

 その後、手に持った玉のようなものを男の斬り落とされた左腕に当てると、溢れ出ていた鮮血が止まる。


「くっ……てめえ、邪魔すんなぁ!」


 そう言って彼は、自身を治療した少年に襲いかかる。先の発言といい、行動といい、謎の少年と何らかの関係性がありそうだというのに、躊躇いなく攻撃しようとしている。


「邪魔はどっちかというとお前じゃない? まあどうでもいいけど――」


 言って、腕の倍以上の広さがある袖から小さな剣を取り出して、


「取り敢えず、落ち着いてくれよ」


 さして力も入れていないような振り方で、男の刀をへし折る。


 明らかに男の持つ刀より小さく、まともに打ち合って勝てるとは思えないそれが、豆腐でも切るような容易さで砕いたのだ。


「もういいだろ。お前は仕事を全うできなかったんだ。だから、拠点まで連れ帰らせて貰うよ。それをボスがどう判断するか、ボクは知らないけど」


「させると思うか?」


 彼らのやり取りに割り込んだのはファルベだ。当然、ファルベからすれば犯罪を犯した男は捕らえなくてはいけない対象であり、それをみすみす見逃すことなどできない。


「武器も持ってないのに、どうやって?」


「こうやってだよ!」


 腕を振るって、ファルベから発射されたそれは、小ぶりな短剣。直線の軌道を描いて少年の元に向かう。


 しかし、今度もさっきと同じく少年の体に触れた瞬間に弾かれる。


「どっから出したのそれ。ま、でも結局はそれも無駄だって――」


 呆れたように呟いた直後。キィン、という金属のぶつかる音が聞こえた。それが起きたのは少年の周辺からで、


「……へぇ、面白いね。まさかもう一本、投げていたなんて」


 予想外の出来事なのか、驚いた風に言う。ただ、彼の声色には驚きだけではなく、好奇心の色もあった。


「チッ……これもだめだったか……」


 少年の足元に落ちていたのは、同じ意匠で作られた短剣が()()


 ファルベは一本目を投げるのとほぼ同時にもう一本短剣を投げていたのだ。とはいえ、ただ投げた訳ではない。二本目は、背景と同化するように色を付けていた。

 ファルベの十八番と言える、擬似透明化。それを使えるのは何もファルベの肉体のみに限らない。

 言ってしまえば、色を付けられるもの、殆ど全ての物質にそれは使用できる。


 しかし、これにも欠点はある。自分の肉体から離れる物体に同化できるよう色を付けるのが難しい上に、常に高速で移動する短剣が同化し続けるためには、短剣に付着した色を変化させ続けなくてはいけない。


 短剣が一ミリでも動けば、その変化に対応できるよう色を変えるのだから、当然集中力の消耗も激しい。

 それ故、ファルベ自身の擬似透明化と並行して使用することはできない。


 完全に不意を付いた形でその刃を届かせると、攻撃が通るのではと考えたのだが、結果は見たまま無意味だったようだ。


「君のスキルも気になるけど……それよりまずこいつを持って帰らないと」


 言って、男の方へ向き直すと、彼の鳩尾に拳を叩き込む。

 体をくの字に曲げるほどの衝撃が直撃した男は白目をむき、気絶する。

 ぐったりと力なく倒れ込んだ男を片方の腕で抱えると、


「じゃあね。君とはまた会えそうだ」


 もう片方の手を振って、別れの言葉をかける。その後、ファルベ達の目の前から一瞬にして姿を消した。


 その後に残されたのは、夜の静寂のみだった。一応、周囲を見回してみるが、同じ景色が広がりばかりで誰かがいる様子はない。


 つまり、完全にこの場から居なくなったのだ。


「何だったんだよあいつら……」


 正体不明。名前も、スキルも、素性もわからないままに終わってしまった不完全燃焼の気持ちをそんな言葉で吐き出す。


「ししょー、なんだかよく分からない方たちでしたね。急に仲間割れし出したと思ったら、片方を気絶させて持って帰っちゃうなんて」


「そうだな」


「それでですね、今回のことはどうするんですか?」


 ラルフから伝えられた犯罪者を捕らえることも出来ず、ファルベも無視できない怪我を負った。

 それを無かったこととして扱うことはできない。


「あの変態には一応報告を入れておかなきゃな。流石にそうしないとまずいだろうし」


 そう言ったファルベの顔はいつもより疲れていた。



 *



「……とまぁ、そんな顛末だった」


『なるほどなるほど、なぁるほどね。僕の予想以上に面白いことになってたみたいだ。透明化のスキル持ちに、正体不明スキル不明の少年。でも、どんな顔だったかとかの特徴は覚えているんだよね?』


「覚えてるし、もう片方の人間のスキルに関しても、いくつか仮説はある」


 現在ファルベは、自宅に戻り、遠距離間での連絡用の魔道具でラルフに報告しているところだ。


 攻撃を弾くスキル、それについてもこれまで似たようなスキルを見たことがあるため、皆目見当もつかないというほどでもない。

 とはいえ情報が少なく、試さないと分からないことも多いため、仮説の域を抜け出さないものだが。


『それはとてもいいことだ。でも、暫くファルベ君にはいつも通り冒険者狩りとしての仕事をしてもらうよ』


「はあ? あいつらの動向を追わなくてもいいのか?」


『それは別にファルベ君じゃなくてもできることだろう? 君が別件に取り掛かる間にも、スキルを悪用する者は現れるんだ。それを野放しにはできない。でも、安心してくれ。僕の微力もそうだが、調査員の人たちにも今回の事件を調べて貰うように手配するからさ』


 ラルフはこの国でも王の次に位が高いと言っても過言ではない。そんな彼が使える人材も多く、その上外見の特徴も割れているのだ。ファルベ一人が捜索するより遥かに効率的だ。


「分かった。なら俺はこれまで通りで、何か新しい情報があったらそっちに合流すればいいんだな」


『そういうことだね』


「あぁ、後もう一つ。言い忘れてたことがあった」


 話しているうちに引っかかっていることが頭に浮かぶ。


『まだあったんだね』


「まだあったわ。あいつらが話していた時に、『ボス』って単語が何回か出ていたんだ。つまり、あいつらみたいな犯罪者をまとめる人間がいるってことなんだろうぜ」


『ボス……そうか、そうだね……』


 その単語に心当たりがあるのか、ないのか。何か考え事をしながら、まとまりのない言葉をうわ言のように呟いている。


「何か知ってるのか?」


『……いや、知らないよ。君は気にしなくてもいい』


 気にする言い方をするラルフに不満げな表情を浮かべるが、


「そうか。ならそれ以上は聞かねえよ。気になるのは気になるけどな」


『そうしてくれると助かる。ともかく、これで本当に終わりだ。お疲れ様』


「お疲れ、てか今回はまじで疲れたな。じゃあ切るぞ」


 そうして、ラルフからの返事を待つことなく、魔道具の蓋を閉じ、通話を終了する。


 直後、これまでの疲れがどっと押し寄せてきて、近くにある長椅子に倒れ込む。包帯を巻いて、止血している腹の傷がじくりと痛むが、それも気にならなかった。


 目を閉じ、硬い椅子の感触をその背中に感じながら、ファルベは眠りにつく。


 一瞬、脳内に何かよぎった気がしたが、遠ざかる意識にそれは置いて行かれ、思考を巡らせる前に、完全に意識が途絶えた。



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