101話 「元中級冒険者の実力」
女は艶かしく舌を動かし、紅色の唇を湿らせる。彼女の視線は獲物を狙う獣そのもので、ファルベの背筋に怖気が走る。
「は、どっちにしろ俺が負けることはねえから関係ねえな」
ファルベはそんな恐怖にも似た感情を押し殺すために、気丈に振る舞う。腰に下げた鞘から新調した剣を取り出し、腕に感じる重みを確かめる。
「すぐ終わらせてあげる」
女がそう言った直後、
「――ッ!」
シエロを挟んで向かいにいたはずの彼女の身体が、ファルベのところまで肉薄する。
反射的に回避しようとするが、ファルベは後ろに下がろうとする足を止め、長剣を振り上げる。
甲高い金属音を奏でて火花を散らす。武器を持っていなかったはずの女の攻撃から感じるはずのない感覚に驚愕しながら、ファルベは長剣が触れている場所を見る。
そこには、金属製の金槌があった。いや、これは正しい表現ではない。より正確に言うならば、女の右肘から先が、金槌と化していたのだ。
先程の金属音は金槌になった女の腕を防いだことで発生した音だった。
「反応できないぐらい速く近づいたつもりだったんだけど、あっさり防がれちゃったわね。流石冒険者狩り。判断が速い」
「ほとんど無意識だったけどな……!」
ファルベの言葉は正しい。そもそも、女がどういうスキルを持っているか知らないので、女の腕が武器に変形することなど予想していなかった。
女の攻撃を避ける寸前でファルベの勘がこれは避けれないと告げていた。だから、回避ではなく、長剣での防御に切り替えた。
それが結果的に女の金槌を防ぐことになったわけだ。自分の勘も中々のものだと内心で自分を褒めながらファルベは金槌を弾き、距離を取る。
「……腕を武器に変形させるスキルか」
「さあ、どうでしょうね」
先程の現象から推測したことを話すが、女は誤魔化す。
スキルの内容や条件を知ると言うことが闘いにおいて大きなアドバンテージになる以上、正直に伝えてくれる筈がないので特に驚きもしないが。
ファルベは女のスキルを予想しながらも、それが間違っているだろうという気がしていた。
何故なら、女は腕を武器に変える直前、有り得ない速度でファルベの元まで迫ってきたからだ。普通の人間の身体能力では起こり得ない事象。つまりスキルを用いて行ったものだと考えるが、それだと腕を武器にできた理由が思いつかない。
スキルは基本一人一つ。だけど、目の前の女は高速で移動することと腕を武器に変えることと二種類の行動をしたのだ。
そのどちらも一つのスキルで行ったとは考えにくい。
「くっそ、めんどくせえな……!」
考えても埒があかない状況に不満の声を漏らす。
「私のスキルを見せてあげたんだから、今度はあなたのスキルを見せて貰えないかしら?」
「わざわざ手の内を明かすかっての!」
余裕そうな女に、ファルベは答える。実際、ファルベが、ここでスキルを使ったとして、ただ自分のスキルを露呈させるだけで状況は好転しない。
ファルベの十八番である擬似透明化、それは不意打ちや下級みたいな格下相手には効果的ではあるが、居場所が割れている状況でなおかつ腕が立つ相手であれば疑似透明化を見破るのはそう難しくない。
次に相手の視界を塗りつぶす方法だが、これも確実ではない。離れた相手に「着色」する時は色を付けたい場所に自分のスキルで生み出した物質を付着させる必要がある。
だが、女は高速で移動することができる。そんな相手の目に確実にそれを当てられる保証はない。あまりに分が悪すぎる賭けだ。
「アレを切るしかねえのか……」
ファルベは今までほとんど使うことがなかった切り札を切ることも考慮に入れる。しかし、それが浅慮であることも分かっていた。
女一人を倒すのに切り札を切るのは最悪アリだ。けれどこの場にいるのは女だけではない。未だスキルの分からないシエロも見ている。つまり、ファルベの切り札すら割れて、今後の活動に支障をきたす可能性がある。
それに、できる限り使いたくはない。これはなにかの理屈がある訳ではなく、ファルベの個人的な願望だが。
やはり、相手のスキルを見破らないと勝機はない。ファルベは意を決して自ら突っ込む。
積極的に仕掛けにいったファルベに女は空いた左腕を前に突き出し、直後肘から先が円形を象った分厚い鉄板へと変形する。それは、堅硬な盾であり、ファルベの刃を容易く受け止める。
再びの金属音。そして、ファルベの手に痺れるような感覚が訪れる。すぐさま剣を戻し、相手の背後に回り込もうと動き出すが、
「盾を破れないから後ろを取ろうって考えはいいけど……遅すぎるわ」
その声がファルベの鼓膜を叩いた瞬間、目の前から女の姿が消える。そして、ファルベの背後から強烈な衝撃が走り、身体が吹き飛ぶ。
咄嗟に受け身を取って被害を最小限に留め、ファルベは女の立っている場所に顔を向ける。その時女はヒールを履いた足を地面に戻していた。
そして、ファルベは今の出来事を把握する。女は先程使った高速移動で瞬間的にファルベの背後に回り込み、無防備な背中に渾身の蹴りを叩き込んだのだ。
「スキルを使わないなら、本当に終わっちゃうわよ? もしかして、スキルを持っていないとか? 流石にそんなことないわよね」
「ああ、冒険者狩りはちゃんとスキルを持ってるよ。前ボクも戦ったことあるしね」
女が不思議そうに呟いた言葉に、シエロが補足する。
だが、シエロの言葉に満足できなかったようで、女は不満そうに眉を寄せると、
「それを知ってるならどういうスキルか事前に教えときなさい。彼のスキルはなに?」
「さあね。ボクは分からないまま完封できたから、知る気もなかったよ」
「役に立たないわね」
「なんかボクに対して当たりが強いくないかな」
そんなやりとりを展開するシエロと女を眺めながら、ファルベは違和感を覚える。
シエロは以前ファルベと戦った。未知のスキルでファルベは手も足も出ず逃してしまったが、けれどシエロがファルベのスキルを知らない筈がない。
色をつけるということまでは分からなくとも、物を透明化させることが出来るのは知っている筈だ。
それなのに、女にはその事実を伝えない。その理由が理解できなかった。
女に勝って欲しい訳ではないのか。それとも、どちらが勝とうがどうでもいいと考えているのか。どこまでも謎に包まれているシエロに思考を縛られていると、
「いいわ。スキルがあるならそれを引き出させるまでよ」
女がそう言って、再び彼女の肉体に変化が起きる。変形していた両腕が元に戻ったのだ。素手の状態になった女は右手の人差し指をこちらに向けて、
「ばんっ、なんてね」
大人びた顔つきに似合わぬ茶目っ気のある言い方で、言った直後――
――女の指先から放たれた銃弾がファルベの胸を貫いた。




