喧嘩
私は学校が終わった後、呼ばれた。
隣の、一つ上の学年に君臨するカールさんにだ。
呼ばれた時は、また何かされると思った。
正直怖かった。
それでも無視すると、もっと酷いことをされるので勇気をだして会いに行く。
誰もいない放課後の静かな教室の中、カールさんと、執事の二人がいた。
カールさんは静かに座って外を眺めている。その横にはきれいな姿勢で直立する従者の方。
どんな要求にもすぐに対応しそうな体勢でした。
「すいません……その、話とは何でしょうか……」
「ふんっ、やっと来たか。俺の父上がお前に話があるそうだからすぐについてこい」
「はい……わかりました」
それだけ言い終わると、足早に教室を出ていかれた。
すぐに執事がある私の方に歩み寄って、
「では、私に着いてきてください。校門の方に馬車の迎えが来ていますので、そちらにお乗りください」
お行儀よく丁寧に教えてくれた。
声はとても優しい。
それぞれが教室を出ていくと安堵する自分がいた。
「良かった、何もされなかった……」
思わず声が漏れる。
話によれば、カールさんに着いて行くだけのようだった……
ん?
この流れだと今から貴族様の屋敷にお邪魔するのかな?
一瞬、恐怖を覚えた。
あれだけ酷い目に遭わされたから、当然です。
それと同時にチャンスとも捉えていた。
貴族様でも、少しは優しい心を持っている。
一市民として意見を言ったら改善してくれるかもしれない。
トモヤへの差別をなくせる可能性だってある。
この誘いは、私たちの暮らしを変えることが出来る光だ。
途中からは恐怖など微塵もなくなり、自然と明るくなっていた。
しかし、彼らの所業を許したわけではない。
むしろ許すことなど出来ない。
私の大切な友達を傷つけた。
本当は怒ってちゃんと謝ってもらいたい。
色々やってもらいたいことはある。
その中でまずは、トモヤを今の状況から解放してもらわないと。
また、家族三人で楽しく笑い合いたいからね……
覚悟を決めて、生き生きと振舞った。
「わざわざありがとうございます、貴族様。この私が、こんなに綺麗な馬車に乗ってもよろしいのですか?」
「ああ、お前には大事な用事がある。いいから乗れ」
「またまた大切な用事だなんて、嬉しいな」
こうして私は馬車に乗り、貴族様の屋敷に向かった。
「うわぁー!」
馬車の窓から見える屋敷、それはとても大きかった。また、森と程よく交わって綺麗だ。
何より、庭の広さと植物に施されたアートがとても強い印象を与える。
それとは裏腹に、ここへ来るまで、とても大変そうに仕事をしている人たちを見た。
美しい景色の中にあるこの国の闇。
目を背きたくなる。
「カール様、セクアナ様、屋敷に着きました。どうぞ、お降りください」
馬車が止まると、執事の方はドアを開けて礼をされている。
「じい、ご苦労」
「はい、では私はハンダン様に来られたことをお伝えに参ります」
執事はすぐに中に入って行かれた。
私はカールさんの後ろを着いて行く。
薄暗い廊下には赤い絨毯。壁には美しい絵画が飾られていた。
まるでお姫様になったような気分で興奮していた。
ただ、今の二人っきりというのはすこし気まずいな。何も話せない。
だんだん歩いていくと大きな扉があった。
カールさんは勢いよくそれを開ける。
「父上、今帰りました」
「おお、そうかそうか。ちゃんと言った通り連れてきてくれたな」
中はとても広い部屋になっていた。
ガラスでいっぱいの窓、太陽の光で明るい。
貴族様は玉座に偉そうに座っていた。
「よく来てくれたな……確か、セクアナと言ったか?」
「はい、セクアナです」
貴族様の前まで来るとひざまずいた。
「あの、貴族様……出会って、いきなりこういうことを言うのも失礼ですが、トモヤへの差別を止めてもらえませんか?」
怖い、一番の権力を持っている方が目の前にいる。
手を見ると、震えていた。
それでもはっきりと貴族様に言う。
「おい! いきなり父上に向かって何を言う、失礼だろ!」
怒鳴ってカールさんは私の方に近づいてきた。
うっ、どうしよう……攻めすぎた……
「カール! 少し落ち着け。
ワシは怒ってなどいない」
「そ、そうですか。すいません父上。少し黙っておきます……」
カールさんは引き下がる。
貴族様は改めて私をまっすぐ見て、ニヤリと歯を見せた。
「今、お前は差別を止めてほしいと言ったな。その願いはお前の返答次第で変わってくる」
「私の答え……ですか?」
「そうだ、フフフフ」
不気味な笑みだった。
今まで優しくしてくれていたが、態度が変わる。
この顔はカールさんがホノカ達を酷いめに合わせた人たちと同じ顔だ。
「あの、トモヤに何かしましたか?」
「ふんっ、そうかお前はまだ、あの悪魔がどんな状況になっているのか知らなかったようだな。
ならば教えてやろう。
まず、お前の家はこのワシが燃やした。今は跡形もなく消えておる。
次にお前の母は働きすぎにより勝手に倒れたぞ。確か、変な魔道具で今は父のところに転移したらしいが、その後どうなったかわからんな。
最後にあの悪魔、この出来事を一人で受け止めているようだ。
お前が寝込んでいる間にな!
アハハハハ、あの悪魔が苦しんでいるところを想像するだけで笑いがやまないな! 無様な生き方だ、なぜあんな奴がこの世に生まれ的なのか理解できん!」
「えっ……」
この言葉を聞いて固まっていた。
トモヤの痛みを考えると胸が苦しくなった。
いや、苦しいどころでは表せない感情だと思う。
ずっと一人で母との別れや家が焼けたことを耐えている。
私がチヤホヤされている間。
激しい後悔が押し寄せた。
私はトモヤを信じるとか言いながら一番苦しい時に何もできなかった。
悔しい……
「なんだその、目は? 言いたいことでもあるのか?」
まるで当然のように貴族様は笑っていた。
頭に血が登る。
分からない、分からない……
同じ人間なのになんて残虐なことをするの。
絶対に貴族様を許さない。でもそれに気づけなかった、助けることができなかった自分も許せなかった。
「そこで続きの話だ。お前、ワシの女にならないか?」
その発言にさらに怒りが増す。
「まさか……そのためだけにここまでトモヤを、お母さんを苦しめたんですか? 私をあなたの妻にするためだけに!」
「ああ、そうだ。お前がワシの女になるなら、悪魔を不自由なく暮らせるようにしてやろう。離れた地域に行くが、ちゃんと召し使いもつけて家にも困らない。差別も受けない。いい話だろう?
どうだ、お前の返答次第で、変わってくるのだ」
笑みを浮かべて再度提案する。
その提案に私の心は動かされた。私さえ犠牲になればトモヤは苦しい思いもせず、暮らしていける……
「少し考えさせてください!」
強く言うと、私は貴族様の声も聞かず、部屋を出ていった。そして、一番相談しないといけない相手の元へ全力で走る。
僕は家に帰った。
しかし、黒い感情を抑えることが出来ず、草原に寝転んで心を落ち着かせようとしている。
何で、どうして。
今まで貴族にされてきたことが何度も頭に浮かんでくる。
苦しい、しんどい、心が壊れそうだ。
一人で黒い感情と戦う。
ストレスで怒りがピークの時、数週間ぶりにセクアナが帰ってきた。
タイミングが最悪だ。
「……トモヤ……大丈夫?」
汗をかきながら、立ち止まって荒い呼吸をしていた。
久しぶりに話す。
だけどそんなこと関係ない。
こいつは大事な時、いつも助けてくれない。
挙句、裏切り。
今更戻ってきたことに、とてつもない怒りが芽生えた。
「何で……戻ってきたんだよ……今更、何しに戻ってきたんだよ!」
黒い感情が暴走して、恨みや苦しみ、怒りをすべてセクアナにぶつける。
ここまで怒鳴ったことがないので、セクアナは戸惑っていた。
また、僕を哀れむ目で見てくる。
やめてくれ、もうそんな目をしないでくれ。
「ごめんね……何もしてあげられなくて……」
ごめんね?
そんな簡単な言葉で終わらそうとしていることに憤怒する。
僕はセクアナを強く睨んだ。
「そんな簡単な言葉で許せるわけないだろ!!」
大きな声を張り上げたことで、セクアナは体を縮めていた。
「お前が眠っている間、お母さんがどれだけ苦しんでいたか分かるか!
重労働で無理をして、重い病気に侵されたんだぞ!
僕達が苦しんでいる時、セクアナは呑気にヒーローとして讃えられていたよな!
挙句、僕のすべてを奪った、あのクズどもの所に簡単について行って……あんたも変わったな!」
ふざけるなよ。
苦しい思いをしている中、僕とは対照的にみんなから褒め称えられて、クズと仲良くしている。
僕がどれだけ悲しんで、喉が張り裂けるほど叫んだか……
こんなボンボンには分からない。
「違う……私は貴族様を許せるわけない!」
「ふん、どうだか……それも演技だったりするんだろ! どれだけあいつらの嘘を見てきたか。騙されて挙句の果て、この状況だ!」
安心させられた後、何度も騙された。
家を燃やされて、母を傷つけた。
「お願い! どうかわたしを信じて!」
祈るようなポーズをしてこちらを見つめる。
「信じられるわけないだろ!
どうせあれだろ……貴族たちから負け犬の面を拝んで来いって頼まれたんだろ!
ほら、正直に言えよ!
もう分かってんだよ!
僕は全ての人から憎まれる存在だってことを!」
「絶対にそんなことはないよ、信じて……」
もう飽きた。
セクアナの演技に飽きて、言ってはいけないことを言う。
「何が女神だ!
こんな世界に連れてきて、何もできていないじゃないか、この役立たず……この役立たず!
もういいよ、お前の顔なんて見たくない……出て行ってくれ……」
僕は貴族が暮らしている屋敷を指さして繰り返し言う。
「出て行けよ!!」
「もう私のこと、名前で呼んでくれないんだね……
うん、そうだよ、全部私のせいだからね……トモヤ、もうこんな思いしないようになるから!」
怒っていたこともあり、なんて言っているのかわからなかった。
セクアナから一粒の涙がこぼれた気配を感じる。
あっ……
ふと、言い過ぎたなと顔を上げるがもう遅い。
セクアナは駆け出して、その姿はだんだん遠のいて行った。
ああ、言ってしまったな……
自分のことが大嫌いになる。
今、セクアナに言ったことはただの八つ当たりだ。
全て自分の選択のせいでなっている。
仲間を助けるために魔法を使って、貴族に雷魔法を操ることを知られた。
自分の心を抑えきれずに魔法が暴走してしまった。それによってたくさんの人が傷つけて、母にも迷惑をかけた。
僕を育ててくれた大切な母に、何もできずにお別れしてしまった。
重労働をさせて、病気かからせてしまったのも僕が母の子どもだったせい。
全て自分のせいなのに、セクアナにたまっていた怒りをぶつけてしまった。
酷い言葉を言ってしまった。
もう会えないかもしれない。
なにより、軽はずみにこの世界に来てしまったこと。
ただ雷魔法に憧れる、それだけのためにこの世界に来てしまった。
そこから僕は間違っていたんだ。
結果、僕は何もできず、ただ迷惑をかけて終わるだけ。
トモヤという人間はそんな軽くて浅はかな人間だ。
「くそっ! 自分のことが大っ嫌いだ!!」
こぶしを握り締めて、何度も何度も地面を殴った。
「くそっ、くそっ! くそぉぉぉぉぉ!」
僕は最終的に疲れ果て、地面に倒れこんだ。
もう日は沈み、気づくと夜になっていた。空も曇り、星や月が見えない。
本当に、真っ暗で僕の気持ちを表しているようだった。
はぁはぁ、しんどい、厚い、気持ち悪い、お腹すいた。
ああ、一人だ……
苦しい……




