思い出の消失
次の日。
母が仕事に行っている間、せめて魔法だけでも強くなりたいと思い、修行を始めた。
しかし、家には独り。
妙にやるせない気持ちに、なりやめてしまった。
家に入るとおにぎりが置いてあった。
母の手作り握りだ。
感謝して、しっかりと手を合わせる。
「……あっ、お母さんの仕事を見学に行こう」
昼食を食べながら寂しさを紛らわす方法を見つける。
どうも一人というのは落ち着かない。
決めると、すぐに行動へ移した。
真っ昼間、僕はこの地域で唯一、買い物ができる町に来ていた。
一応、誰にもバレないように帽子を被っている。
もう僕の顔は割れている。
悪魔が来たら、町の人たちがうるさそうだからな……
久しぶりか、それとも気のせいか分からないけど、町が少し暗くなったような気がする。
どうでもいい自分の直感を無視して母を探した。
確かここら辺の土木系の仕事をやっているようだけど……
「おい! 何をやっている、早く動け!」
大きな怒鳴り声が聞こえたので、その方向に行った。建物の間を抜けてやっと道に出ると、辺りにはたくさんの人が土を掘っていた。
近くにある川を貴族の屋敷まで流すためなのか、屋敷の方まで続いている。
「おい! そこの女、さっさと運べ! なに倒れているんだ」
「はい……すぐに運びます」
よく見ると怒られていたのは母だった。
重労働で、女性には過酷な仕事だ。
そんな仕事なのに母は嫌な顔一つしない。
それが気に食わないのか、
「その甘い根性叩きのめしてやる!」
大柄な男は母が運んでいた石にさらに石を追加して運ばせた。
汗をどばどばに流して、足もふらつく状態だった。
母の血がにじむ仕事を
見て、無力感に見舞われる。
だんだん僕の心が耐えられなくなった時、トドメを差すようにそれは現れた。
近くから立派な馬車が音を立てて工場現場に止まった。
そこからは髭の長い貴族が出てきた。
このハージ村の領主になると急に言い出した身勝手な人たちだ。
近くには母を呼び出した。
何かを話している……
建物とも間で観察していたが何も聞こえない。
すこし近くまで行くため、広いところに出る。
土嚢や馬車などの障害物も多かったから、気づかれずに近くことができた。
「待ってください、それだけはお願いします」
「おい貴様、頭が高い! 貴族様になんて口を聞いているのだ!」
従者が怒鳴ると、母は縮こまっていた。
「お願いです、どうか給料だけはもらえないでしょうか……私には二人の子どもがいます。タダで働くなんて、とても子どもを養っていけません」
「はぁ、子ども? あの悪魔になんて何も与えなくていいだろ。それに伝承のように魔法が暴走するなど存在する価値はない!」
「取り消してください……」
悪魔と僕のことをいいった瞬間、前のように母は言い返した。
「それよりのワシの息子だ。あの悪魔のせいで息子は擦り傷を負ってしまった。本当なら、今すぐ殺しに行っているが、子どもだからな。まぁ、許してやっているのだ。
むしろ感謝しろ、薄汚い悪魔の母親が!」
不気味な笑みを向ける。
「もう給料のことはどうでもいいです。ですが、悪魔と言ったこと取り消してください!
トモヤはとても優しい子です!」
ドゴッ!
母は貴族に蹴られて地面に倒れこんだ。
「事件のことを知らないのか? 無害な人たちをあの悪魔は殺そうとしたのだぞ! そんな奴、制裁が下されるのは当然……っ、おい、何をやっている、離せ!」
痛いだろう。
それでも母は諦めなかった。
維持でも謝らせるために、足にしがみつく。
「おら!」
「あっ!」
もう一度、母を蹴り飛ばして手を引きはがした。
「ワシを汚しやがって! 生意気な下人には罰を与えてやれ!」
貴族が目をぎらつかせると、周りに兵士が集まる。
そして一人の兵士が母の胸ぐらを掴んだ。
「げほげほ、お願いです……息子を悪魔と呼んだことを取り消してください……」
「ふん、誰が貴様みたいな人間のゴミに言うか! 身分をわきまえろ、じゃあ、やれ!」
「分かりました」
兵士は顔色一つ変えず、大きく腕を振りかぶった。
ドッ!
少しの沈黙が訪れた。
母は殴られると思ってもを瞑っていた。
「僕のお母さんに何してんだ……」
僕は兵士の拳を強く握りしめ、獣のように睨んだ。
あの事件のことは地域で知らないい人はいない。
だから兵士はひっ、と声を上げて母を離した。
その隙を狙って母を抱えて逃げた。
「おい、何を怯えている! あの悪魔を捕まえろ!」
町の人は土木作業に必死。
兵士は僕を捕まえるのに躊躇している。
これらによって簡単に逃げ切れた。
「トモヤ、ありがとね……」
家に帰ると笑顔だったが、苦しさを紛らわしているように見える。
僕まで悲しくなる笑み。
「はぁ、子どもに助けられるなんて私もまだまだだね」
「うん……」
僕は黙りこくり重い空気が漂う。
「……」
「……トモヤに内緒にしていたことを話すね。
あの貴族様たちはお父さんよりも高い身分なの。それに加えて、あの方たちは私たちの裏の関係を知っている。今は圧力をかけられているから仕送りがなくなってしまったんだよね……
世間に貴族様と結婚していることを知られたら、私たち家族は迫害されるの。
だからお父さんはどうすることもできないんだよ。
一応、ヤリクリしていくと魔法騎士団の試験までも食料はあるよ。けれど量が少なくて、食事も今の半分くらいになると思う。ごめんね成長期なのに……
だからせめて仕事をしようと思ったんだけど、しばらく給料が出なくなってしまったから……」
この話を聞いて、あることに気づいた。
というか、もっと前から気付いていた……
「お母さん、僕のせいだよね……僕が雷魔法をカールに見せてしまったから、暴走してしまったから、母さんは大変な目に遭っているんだよね……迷惑かけないために僕、もうこの家から……」
「やめて! トモヤは何も悪くないよ。ずっと母さんが守るって決めたから、離れたりしないわ!
こんなことで母さんはくじけないから安心して」
母に力強く腕を引っ張られ、制止される。
話を変えるように母は、
「あっ! そうそう、もしもの時のためにってこれをお父さんが送ってくれたんだ」
母は何かを取り出して僕に見せた。
綺麗な鉱石で作られており、真ん中にはアメジストのような物が張り付いていた。
「この紫色の鉱石を押すと、お父さんの元に行ける。転移の魔法ね。もし命に危険があったらこの魔道具を使うのよ」
「でもお母さんをほっといてなんてできない!」
「あなたとセクアナはお母さんの宝物なの。だからお願い、必ず生きて!」
「う、うん」
母の気合に押されて、何も言い返しなかった。
「さぁ、今からみっちり鍛えるわよ」
「うわぁ!」
空気が変わった。
昨日の約束が頭によぎる。
包丁を持て不気味に笑う母。
何か黒いオーラを漂わせる姿が目に入り、心底恐怖した。
僕は逃げようとする。
苦手なものに挑戦するのは嫌だ。
「あっ、待ちなさい!」
結局捕まり、みっちりと家事を教えられた。
重労働の日々に、貴族からの差別。
食事もあまり食べない。
今のように元気に喋れる機会は少なく、母の体が限界を迎えるのは早かった。
あれから二週間ほど経ったある日、母は突然倒れてしまった。
「お母さん、お母さん!」
呼んでも意識がなく、とにかくベッドに寝かした。
二、三時間くらい寝込むと目を覚ました。
でもいつもの笑っている母の姿はなかった。
腕や足は痩せ細り、肌は真っ青になっていた。目にクマができていて、今までちゃんと寝られていなかったように見える。
そして、おでこに手を当てると、とてつもなく熱い。
汗の量も酷かった。
気づかなかった……
ずっと母といたのに気づかなかった。
僕は自分のことしか考えていなくて、母が苦しんでいたことを知っていたのに、何もしなかった。
自分が一番不幸だと決めつけていたせいで。
母のことなど眼中になかった。
母はいつも元気だから大丈夫、自分にをういい聞かして見て見ぬふりをした。
その結果がこれだ。
自分を救って、信じてくれたのに……
また絶望の淵に入る。
母が目を開けてからはずっと謝っていた。
「ごめん、ごめんねお母さん……僕が、無能だから何もできなくて。仕事で頑張ってくれたのに、僕を暗闇から救ってくれたのに……」
「コホ、コホ……お母さんは大丈夫だよ。すぐに、コホ、こんな病気治るって! コホ、コホ」
僕は意を決して動く。
「トモヤ……何しているの?」
「お母さんん、この魔道具を使ってお父さんの元に行って!」
母は驚いていた。
僕の顔を見ると、最後の力を振り絞って起き上がる。
「そんなこと絶対に許しません。トモヤを一人にするなんてできない。コホ、お母さんはまだまだいけるよ!」
「お母さん、もう無理しないで……十分、僕を育ててくれたよ……もう、誰も傷つけたくない、お願いだよ!」
「何を言っても無駄です。ずっとそばにいるって約束したよ。一人の辛さは分かっている。
だからそばにいるのよ!
ゲホッゲホッ!」
喋るにつれて母の病気は悪化していく。
「もう喋らねいで、苦しめたくない」
「こんな病気なんて、すぐ吹き飛ばしちゃうよ、ゲホゲホゲホ……」
激しい咳をして口から血が出てきた。
血は手にくっつき、その光景に母は固まっていた。
「えっ……!」
「ねぇ、そろそろ気づいて、僕より母さんの命が危険なの!
確かに一人は寂しくて苦しい。でもお母さんが僕のために苦しむのは違う!
だから、お父さんの元に行って!」
ああセクアナがこんな時に居たらな……帰ってこれないか。
人は守っても家族は守ってくれないのかな……
「で、でも……」
反論しようとする母の口が止まる。
僕は気づかないうちに涙が出ていた。
「お願い!」
僕の顔を見て母は笑う。
「コホ、コホコホ、フフフ、そんなくしゃくしゃな顔しないで、コホ! 怖いな、子供の成長って。つい最近までこんな小さかったのに、今はこんな立派になって……」
母の手が僕の頭に置かれた。
「ごめんね、約束、最後まで守れなくて……」
「そんなことないよ! 僕が雷魔法を暴走してからとても辛かった。独り、暗い闇の中にいた。そんな時にいつもお母さんは優しく支えてくれた!
たくさんのことを教えてくれた。弱かった心を少しでも強くしてくれた。もう十分すぎるよ!」
「そっか……ありがと。嬉しいな、こんなお母さんにここまで言ってくれるなんて。
ゴホゴホゴホッ!」
母がはにかむ。
「じゃあ、最後にこれだけは守ってほしいな……お父さんとお母さんの大切な言葉。どんだけ苦しくても、自分は大丈夫だって、笑って! お母さんはいつもトモヤのことを見ているよ」
「うん、わかった」
僕の顔をしっかりとみると、安心したようにベッドに身を委ねた。
ゆっくりと目を見開いて笑顔を見せる。
「じゃあ、お父さんの元で待ってるよ。いつか会いに来てね……トモヤ……大好き!」
細い手が僕の手を包む。
母が紫色の鉱石を押した。
ゆっくりと白い光が集まる。握られていた手の感触が少しずつなくなり、母は消えていった……
母がいなくなって、一週間ほどの時が過ぎた。
自分の中では一人暮らしに慣れて始めた。
母に教わったことを利用して、平和に暮らせている。
そんな中、突然、奴は現れた。
家に帰ると玄関に誰か来ていた。見ると貴族のおじさんが一人で来ている。
こちらに気づくと手招きをしてきた。
「確か、トモヤという奴だったのう。その、あれだ……この前はすまなかった、悪魔と呼んでしまって。
最愛の息子が負傷していたこともあり、ついカッとなってな……それに母親のことは気の毒だったのう」
貴族は優しい顔をして、笑みを向けていた。
ちゃんと頭を下げて謝る。
意外な対応で戸惑っていた。
都合のいいように態度を豹変するから理解できない。
「それで、これがお詫びの品なのだが……」
貴族は炎が発生する魔道具を持っていた。
何のために使うのか見当もつかない。
「ああ、プレゼントだ!」
口調がいきなり変わった。
僕をさげすむようないつもの目。
そして、おじさんはその炎を家に向かって投げ捨てた……
ボウ、ボオオオオォォ
家が燃えた、火事だ。
「せいぜい森の中で暮らすんだな!
ついでだ、ワシにその汚らわしいい顔を二度と見せないでくれ!」
森の中に馬車が隠れていたようで、がさがさと音を立てておじさんの前で止まる。
どん底に落ちた僕の顔を満足そうに見ると、貴族は帰って行った。
「僕の家が……お母さんとセクアナと、みんなで暮らした家が……燃えている……」
この瞬間、怒りという感情は一切出ず、ただただ絶望の感情が支配した。
もう二度と母はここに帰ってこない。
唯一、母と繋がっていると思っていた家、想い出。
それをこんな貴族の手によって潰された。
さすがに、笑うことしかでいなかった。
憎しみや絶望の感情が入り混ざった、とても不気味な笑い声……
「アハハハハハハハハハハハハ!」
この日僕は、家族、想い出、お金、友情、全てを失った。




