第71話 魔王の勧誘
――キャーー!
――化け物だー!
――逃げろー!
などの様々な悲鳴が闘技場の外から聞こえてくる。だが俺はまったくそれに耳も傾けず、ただ闘技場にいる観客の表情を見ていた。
闘技場の外にいる人が叫ぼうが逃げようがどうでもいいが、せめて闘技場にいる人には話の全容を理解してもらいたかったので魔王の力で強制的に動きを封じている。感覚的には金縛りにあっている感覚だろう。
俺が先頭、その後ろにミラたちの3人とユカリ以外の3神。その後ろに5体の竜が並ぶという光景を見てほとんどが気絶しかけている。魔王の力で気絶自体も封じているので絶対にこの光景からは逃れられないのだが。あまり表情が変わっていないものは俺の見える位置からはハンナしかいない。それでも俺の変わった姿や竜に怯えてはいるようだ。
「さて…改めて王都の諸君。こんにちは。俺の名前はソーマ。リアン連合王国国王にして見た目から察しはつくだろうが、第100代魔王だ」
今の段階でかなり外はパニックになっているようなので早めに話をする。
「俺は魔王だが、ここを襲ったりとか世界征服がしたいわけじゃない。俺がしたいのは俺が作った国リアンでたくさんの国民たちと仲良く暮らすことだ。それにはまず国民がいる。なので諸君にはリアンの国民になってもらおうと思う。
魔王の国と聞くだけで嫌悪感があるだろうから強制はしない。だが、俺の国では身分制度がない。当然国を支配する者と国で生きるものという差はあるがそれだけだ。それを利用して支配する者が国民に出来ない命令をすることは無い。簡単に言うと貴族がいない国だ」
この国だけでなくアレンもそうだったが、この世界は基本的に身分制度だ。奴隷が最低ラインで最高ラインが王族。その中間に平民や貴族と言った身分がある。さらに言えば貴族の中でも男爵や侯爵と言った違いがある。
俺の国ではそういう制度はない。というかそういう制度を作るという考え自体がなかった。なので結果的に貴族は無く、「平民や、奴隷や、貴族と王族」という区別ではなく「国民と王」という単純な区別にした。
俺の中では国民と国王という区別すらなくてもいいと思っているので国民にはなるべく気軽に話しかけるように言っている。子供は純粋なのでその言いつけを守り、親がいない時は基本俺に友達感覚で接してくれている。
「いきなりリアンや貴族のいない国など言われてもにわかに信じがたいと思う。だからこれから1週間だけこの鎧を着たものを王都内に徘徊させる」
俺は指輪から防衛班が着ている鎧一式を取り出す。この鎧はタングステン製の鎧だ。黒いので王都の聖騎士とは一発で見分けがつく。
「これを着ている者たちは普通に王都を見て回っているだけで、何もしてこない。まあ買い物程度はしてくるだろうが、その辺は対応してやってくれ。それで、その者にリアンに行きたいと話しかけてくれれば1週間以内ならいつでもリアンに送ってくれるはずだ。
もうわかると思うが、俺が国民としてほしいのは奴隷になった者、もしくは貧困層にいる人々だ。その者たちは必ず1日生き延びることの必死さや貧しさや飢えの辛さをしっているだろう。そういう者たちを俺は救ってあげたい。現にリアンでは今のところ100名余りの元奴隷が国民として生活しているが、みんな一生懸命に働いたりしている」
貴族のようはない。大事なのはどんな理由があろうと人生のどん底に突き落とされた人、そしてその人生を変えたいと心から願うものだ。人の金を強引に奪ったりして裕福に暮らしている貴族は滅べばいいのだ。仮に防衛班に貴族が声をかけてきたとしても竜ならば臭いで貧しいものとそうでないものとの差が分かるだろう。
「ちなみに言っておくが、今後ろにいる竜は本物だ。おそらく1体だけでこの国どころか聖大陸全域が滅ぶ。まあ言うところの上級竜っていう存在だ。王都を徘徊させる兵士もそれと同等の実量を持っている。喧嘩を吹っ掛けたり攻撃するのは構わんが、それが原因で自分の命はもちろん、家族や大切な人の命まで失う覚悟はしてもらう。
逆に言えば、それほどの実力がうちの国には豊富にいるという事。つまり防衛面ではどんな国や街よりも高いという事だ。だから安全は絶対に保証する」
王都にいる人でどれぐらいが竜の階級について知っているかは知らないが、竜を見せただけでもかなりリアンの国防力を知ってもらえたのではないだろうか。
「もうそろそろ時間がないので終わりにするが、もしうちの兵士が怖くて話しかけられないものはここ王都よりまっすぐ北を進めばリアンがある。何にもない原っぱに城壁やら城が建っているからすぐにわかるはずだ。それでは貧しきものよ、1週間精一杯自分のこれからの人生について考えて見てくれ」
そして黒い霧をうまく使って消えるようにしてリアンの謁見の前へと逃げ込んだ。そして霧が晴れるとそこには何もなく、ただ静まった闘技場があった。
▼
謁見の間に転移した俺はすぐに一緒に転移させたミラたちを置いて、自室に転移した。竜たちは謁見の間にそのまま入れると城が崩壊するので外の訓練所に転移させた。
「はぁ…はぁ…うっ!?」
転移するとすぐに魔王化が自然に解け、その後に猛烈な倦怠感と吐き気が襲ってきた。自分の意思ではどうすることもできずに食べ物はしばらく食べていないかったので胃液だけを吐いた。眩暈や倦怠感で動くことすらままならない。
こうなることを見越してミラたちに何も言わずに自室に転移してきたのだが、正直動けなくなるほどだとは思ってもいなかった。魔王化が短期間のうちに完全に出来るようになった上に、誰も敵対化させなかっただけでも大きな進歩だったのに、かなりの時間酷使した結果だろう。いつもはすぐ死んでいたのでこういう苦しみを味わうのは初めてだが、かなり辛い。
下から何となくミラたちが叫んでいるような気がするが、耳を遠くなっていて本当かどうかが分からない。傍から見れば胃液にまみれたまま動けなくなっている少年と言った感じだろう。悲しい。
「う…あぁ。助けを呼ばないとな…マジで死ぬ」
頭を打つ付けられるかのような頭痛と景色がグルグル回り程の眩暈に何とか耐えながら匍匐前進でドアを開けようとする。
「おい…マジかよ」
やっとこさドアの前に来て気が付いた。ドアノブが高すぎてうつぶせの高さでは手を伸ばしても届かないのだ。こういう事態を見越して作っているわけではないので当然なのだ。
念話で助けを呼ぶという手段もあったが、念話は少なからず指輪に対して魔力を使う行為だ。今の状況では魔力が安定せず、暴走して城ごと大爆発なんて言うお笑い話もあり得る。すると自然に使えない。声を出して助けを呼ぼうとするも大きな声など出ないので微かな声しか出ない。
このまま死ぬかもしれないという場面で半分嬉しそうにしている自分が鬱陶しくなってきたときだった。
「…ソーマ、いる?…ソーマ!?」
ドアを開けて入ってきたのはシエラだった。俺のありさまと床にまき散らされた俺の胃液を見て大方の事情を察したらしい。すぐさま俺を抱きかかえた。抱きかかえると言っても俺の方が明らかに身長がでかいのでシエラの膝に顔を乗せるだけの抱え方だが。
「…シエラか。よくわかったな」
「喋らないで。今は安静にしていて。どうしていなくなったとかその辺の話はソーマが元気になってから聞くから」
「…ああ」
シエラが必死に俺に回復魔法を使ってくれるが一向に治った気配が現れないのを見て、いら立っている。
「…なんで?私の魔法じゃダメなの?なんで!」
「多分…俺が魔王だからだ。だから普通の回復魔法じゃ効かない。…というか魔王化を解除したばかりだから…という可能性もある」
そのままシエラの膝に横になっていると少しづつ眩暈や倦怠感が抜けて来たのでゆっくり起き上がる。
「ソーマ、まだ無理しちゃダメ」
「いいんだ。無理しないと俺のためにならない。それに早いところミラたちにも事情を話さないといけない。後で怒られ…うっ!?」
シエラの手を借りて起き上がろうとしたときにまた強烈な吐き気が来て倒れてしまう。
「ソーマ!だから安静にしててって言ったのに」
「…ふう!行ける。俺なら行けるんだ。いや、行かないといけないんだ」
「絶対に行かせない」
「…これでもか?」
俺の腕をしっかり掴み、離さないシエラに向かってかなり本気の殺気を放つ。
「くぅ…離さ…ない!」
「分かったよ。俺の負けだ」
俺の殺気を浴びても頑張って腕を掴み続けるシエラの覚悟を感じ取ったのでしばらくはシエラの言う通り、安静にすることにした。
ずっとシエラに膝枕をしてもらうわけにはいかないので、肩を借りてベッドまで連れて行ってもらった。
「俺が休んでいる間この説明はどうするつもりだ?」
「私を見くびらないで。もうあらかたの事情はミラとシェンに伝えた。これで動いてくれると思う。後でここに来るとも言っていたから」
何故か誇らしげに胸を張って言うシエラ。非常に腹立たしいがこの事態を早急に念話で伝えられるのに判断力が上がってきている証拠だろう。もう勉強している成果が着実と出てきている。
ベッドで安静にしていること数時間。俺は眠気がないのでずっと黙っていたのだが、ベッドの横の椅子に座っていたシエラの方が限界だったのか、こっくりこっくりし始め、今さっき寝てしまった。
「ったく。しょうがねえやつだな」
最近シエラは寝る間を惜しんでまで勉強に明け暮れているらしい。一夜漬けなどは体にも効率的にも良くは無いのだが、その心意気は賞賛できる。なので疲れて寝てしまったシエラを起こさないように椅子からベッドに移動した。それぐらいでは吐き気などは起こらない程度は回復したようだ。だが、まだ動いても大丈夫なほどではないだろう。
幸い俺のベッドはかなり広めに作られているのでシエラが寝ても全然余裕がある。それどころか端と端にいる俺とシエラの間にまだ数人は入れる。俺と距離を開けたのはシエラも年ごろの女性なので俺とくっついて寝るのは嫌だと思ったからだ。しばらく俺は風呂に入る暇すらなかったので臭くは無いだろうが、念のためだ。
▼
「失礼しまーす」
「失礼するぞマスター」
シエラが寝てからしばらくして仕事を終わらせたらしいミラとシェンが入ってきた。
「マスター、何をしておるのじゃ?」
「瞑想」
ミラとシェンの視界にはベッドで気持ち良さそうに寝ているシエラと、その逆側で座禅を組んで目を閉じている俺が目に入るだろう。
「というか寝てなくて大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないから瞑想してるんだ」
俺はゆっくりと目を開け、2人に見せる。
「「なっ!」」
2人とも同じ声を上げて驚いている。まあ無理はない。なぜなら俺の左目の白目の部分が黒くなり、黒目の部分が赤く変色しているのだから。
すいません。昨日投稿したはずなのですが、なぜかされていませんでした




