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第62話 1か月

 目の前につくと、ハンナの体がガタガタと震えだした。怯えというよりこれはもはや恐怖だ。俺に一般人が恐怖を示す理由など大体1つしかない。


「後ろには混乱してる他の生徒がいるからあんまり大声で言えないが、どうせユカリからか誰からか俺が魔王だと聞いて気絶、それで目をざました時には俺がいるもんだからつい反射的かわざとかは知らんが魔法を打った。それで顔面に当たったのにも関わらず無傷の俺を見て、更にいくら魔王とはいえ友達の俺に何をしたのか気づき、申し訳なさと恐怖で震えてる。大体こんな感じだろ?」

「うぅ…うぅ…」


 もう答える余裕もないのかうずくまったまま嗚咽を漏らしている。このままでは永遠に終わらないのでハンナの背中を撫でる。触った時に体がビクンとはねたのが怯えている証だろう。


「いいか?俺はこういう状態に陥った人を何回か見て来たから分かる。もし、ハンナが俺の素性を知らないままでいた場合、今と同じ行動をとる可能性があったか?さらに言うと、今の行動で俺は通常の人間なら最悪死ぬような攻撃を受けた。でも、俺は何もしない。攻撃を受けても、し返さない。それはハンナの知っている恐ろしい魔王に当てはまるか?もし当てはまらないなら俺の事は怖くないんじゃないか?」


 今のリアンの国民を開放するときにも似たようなことを言ったが、大事なのはもし俺の事を魔王だと知らなかった場合に自分はどういう行動を取り続けるかどうかなのだ。それでもし魔王だと知った後と同じ行動を常にとっている、または取るであろう人とはまず俺は関わりすらしないのだ。俺は誰かと関わるときには仮に俺の素性がバレても、最終的には仲のいい関係に戻れる人としか関わらないようにしている。


 ハンナもそのうちの1人なので、ハンナ自身考えたのだろう。少しした後ます体の震えがゆっくりと止まり、嗚咽も聞こえなくなった。そして顔をあげて俺の顔を見ている。


「どうだ?俺の顔は今も噂に聞く恐ろしい冷酷非道で怒らせたら世界が滅ぶとまで言われるような存在に見えるか?」

「…いえ…見えないです。で、でも…どうして…怒らないの?」

「いや、あんな事で一回一回怒ってたら疲れるだろ?普通に考えて俺の事を世界中の人に聞かせて行ったら全員がさっきのハンナと同じような行動を取るだろ。それでも俺は無傷なんだからいちいち反応してられない。分かったか?」


 コクコクと頷くハンナ。俺には後ろでざわざわしている生徒の処理をするのは面倒なのでハンナ自身に任せた。…後は横で関係なさそうに瞑想しているこいつの処理だな。


「ねえユカリ先生?どうしてハンナに教えたのかな?」

「…私だって教えるつもりは無かったんです。でも、生徒会長だからとかを言い訳に、結界内で起きたことを説明してほしいって。言っても理解できないだろうからまずソーマ様の事から話していったらうっかり本当の素性をバラしちゃったんです」


 口調は優しく、だが顔は真面目に問いつめるとあっさりと吐きやがった。まったく…張り合いがないがまあ理由は分かったから良しとしよう。ただ、もしこの話がハンナ以外にも広まった場合肩身が狭くなる思いをするのは俺たちだし、何より俺がこの学校どころか聖王国に居られなくなるので、その点を厳しめに伝えておく。


「…頼むぞ?俺だって面倒事は起こしたくないんだ」

「…大丈夫です。もうこんな失敗はしません」


 …と言いながら失敗するユカリを俺は何度も見ているが、最近は少しずつそういう事は無くなって来ているのでいいことにした。


 どのようにしたのかは知らないが、結局ハンナの俺への魔法攻撃は誤射という事で生徒たちには納得してもらえたらしい。俺としてはまだなったばかりの生徒会長としての信頼が失われないことが1番だったし、実際あまり変わらなかったので良かった。



 俺とユカリの2人でやる予定だったが、最終的に生徒どころかリアンのみんなまでも巻き込んだ特訓が終わって数日。今日は俺とユカリがこの学校に来てからちょうど1か月になる日だ。


「失礼する」


 俺は訳あって学園長室に呼ばれていた。今日は横にユカリもいる。


「いらっしゃい。まあ、まずは座ってゆっくりしてね」

「「ありがとうございます」」


 俺とユカリはお言葉に甘えてソファに腰掛ける。


「で、今日でこの学校に来て1か月ね。そして、大げさかもしれないけど決断の日でもあるのね」

「はい」


 決断というのは俺とユカリがこの学校に来る時の条件に隠されていたもう1つの条件。それはこの魔法学校にまず1か月だけ在学してみてから今後同じように在学するか、止めて違う事をしたりしてもよしというもの。つまり1か月の体験入学期間だったという事だ。そしてそれが今日終わる。


「ではまずソーマ君から決断を聞かせてもらうえるかしら?」

「分かりました。俺は…この学校に残ります。ですが、今までのように常に学校の寮で暮らすのではなく、自分の国の管理もしっかり出来るようにならなければならないので、学校に入れる時間は月に半分もないです。せいぜい行けて3分の1日程度でしょうか。それがもし学園長側で認められないのであれば今日で終わりでも構いません」

「そう…でも残ってくれると言ってくれただけでも嬉しいわ。分かったわ。私の方で通しておくから安心してちょうだい。それにせっかく出来たばかりのファンクラブをすぐに終わらせるわけには行かないものね」


 学園長の動機に苦笑いするしかなかったが、とりあえず学校に来る頻度は落ちるけど、この学校に残るという事に決定した。


「次にユカリ先生。あなたの決断も聞かせてもらえる?」

「はい…私は…こんなにお世話になって申し訳ないのですが、今日限りで職員を止めさせてもらいます」

「…そう。理由を聞いてもいいかしら?」

「もちろんです。…先ほども言った通り私は1か月という短い間でしたが、この学校にたくさんお世話になりました。特にまだ分からない事だらけだった私に生徒の皆さんが優しく教えてくれたり、みんな私の授業を熱心に聞いてくれたのは本当に嬉しかったです」


 ユカリはこの1か月間新米教師として非常に頑張っていたと思う。初めての授業で教室ではなく講堂を使わなければいけないほどユカリの授業を希望する生徒たち。もちろん嬉しかったのは事実だろうが、それ以上にたくさんの苦労があっただろう。いくら俺が部屋で授業内容を考えるのを手伝ってあげていたとはいえそれでもカバーしきれないほどの。


 だがユカリは一言も弱音を上げず、逆にいつも明るく振舞って元気を与えてくれていた。それだけでも生徒たちもそうだが、ユカリ自身も大きな経験になっただろう。


「ですが、私はある日思いました。みんなに慕ってもらえて、ソーマ様にも手伝ってもらえるのはありがたかったし、嬉しかった。…でもこのままじゃ私はずっと周りに人がいないとダメになるのではないか?と。…なので私は…非常に身勝手ですが、ソーマ様ともきちんと相談した結界、今日でこの学校を離れ、これから1人でしばらく旅に出ようかと思います」


 昨日この話を聞いたときは驚いた。もちろん悲しさも大きかったが、何よりいつも俺の傍にいたがり、少し離れたり喋れなくなったりしただけで自分の事を放っておいても俺を大事に、そしてくっついてくるユカリが自分の判断で俺も元から去る形にはなるが、1人で旅をすると言ってくれたことが嬉しかった。血は繋がっていないし、俺よりもユカリの方が年上だろうし、本質的には違うかもしれないが、我が子が立派に巣立っていった時の親の嬉しさのようなものを感じたような気がした。


「なるほど…それでソーマ君はどうなんですか?ユカリ先生の決断について」

「俺はもちろん反対です。ユカリは俺にとって大事な秘書あり、家族です。そんなユカリを簡単にポイっと1人で旅をさせたくはないです。ですが…大事だからこそ、家族だからこそユカリ本人が頑張って決断して出した意思を俺は尊重します。ですのでユカリがいなくなることは悲しいことですが、会えなくなるわけではないので俺はユカリを送り出します」


 いつまでも俺の傍で生活するユカリではダメなのだ。それは俺もユカリもお互い分かってはいただろうが中々機会が無かった。それを今回ユカリ自身が離れるきっかけを作ったのだ。それを見逃したら多分一生ユカリは俺からもそうだし、リアンからも離れられなくなる。そうすれと学べるはずだった色んな経験や知識が学べない。だから本当に俺も断腸の思いで決めた。


「そうですね。確かにユカリ先生本人の意見を1番尊重するのがいいと思います。いなくなるのは寂しいですし、私よりも生徒たちの方が寂しいし、悲しいでしょう。私の方から明日ユカリ先生がいなくなるという事を伝えておきますか?それとも自分で言いますか?」

「いえ、私は明日の朝早くにこっそりといなくならせてもらおうかと思っています。私がいなくなったと知った生徒たちは混乱するでしょうが、生徒会長のハンナさんとソーマ様が中心になって納得させてくれると言ってくれていますのでお言葉に甘えるつもりです」

「分かりました。では、2人とも下がってもらって構いません。ユカリ先生はもう会えないかもしれませんがお元気で旅をしてくださいね」

「はい、ここでの経験は忘れません」


 ユカリと学園長がハグをして、部屋に戻る。学園長の顔にはまったく悲しい感情はなく、逆に新しい門出を祝うかのように笑顔でいっぱいだった。


 部屋に戻った後、ユカリはコツコツと身支度をしていた。だが元々タンスなどに入れていた衣服は少なかったので身支度自体はすぐに終わってしまった。なので今は俺と今後について話している。


「じゃあまずは聖大陸をゆっくり巡るつもりなんだな?」

「はい、その後魔大陸に行くつもりです。ですので本当に何年で戻ってこれるか分かりません。数年…あるいは数十年でしょうか」

「いや、何年かけてもらってきても構わない。ただ、絶対に自分の実力以上の事はしないでくれ。一応、俺の方で万が一身に危険が生じたとユカリが頭で判断した場合強制的にリアンに転移させるようなものを持たせるが…出来るだけ頼むぞ?」


 もう感覚がマヒしてきているが、ユカリはこの世界の水準で見ても最強と呼べる部類に入るレベルで強い。まず死ぬなどあり得ないが、もし病気などにかかった場合など想定外の事を予定して俺の方で「絶対安全グッズ」的なものをいくつか用意させてもらった。過保護かと言われそうだが、それぐらいがちょうどいい。


「分かっていますよ。ただでさえ私のわがままを聞いてもらったんですから、それ以上迷惑をかけるようなことはしません」

「それと…ないとは思うが誰かと喧嘩とかになってもし戦うとかなった場合に全力は出すなよ?ユカリは少しキレやすいというか感情の起伏が激しくなる場合があるからな」

「大丈夫です。これでもかなり感情はコントロールできるようになったので!」


 …ん?つい先日そのせいでミラたちの手まで借りるほどの大ごとを起こしたのは誰だったかな?…と、煽りまくってやろうかと思ったけどその件はかなり反省しているみたいだし、俺もユカリの力を知るいい機会になったから言わないでおいた。


「旅に出るって言っても目的によってやることは違うだろ?ユカリが旅でやりたいことはどんな事なんだ?」

「私の旅に出る理由ですか?うーん…そうですね。もっとソーマ様の秘書にふさわしい女になるために、ですかね?」


 ユカリはケロッと言っているが、普通に考えて絶対嘘だろう。まず、俺がユカリに秘書として何かをお願いしたことは無い。秘書と言えば聞こえはいいが、言い方を最悪にすれば俺の社畜。ここ基準で言うと俺の使い魔、になる。普段秘書扱いされていないユカリが今になってもっといい秘書になりたいと思う可能性は途方もなく低かった。


「…本音は?」

「…私の知らない知識を知って、もっとソーマ様に見てもらおうと…」


 ほれ見ろ。大体ご想像通りの結果じゃねえか。こいつは何か勘違いしてないか?まだ俺に見てほしいってなったら多分24時間くっついて行動するしかないぞ?


 これでも本当は連れていく予定の無かったのに多分騒ぐだろうからって学園長に無理を言って俺の1か月体験入学と同じ期間で教師として臨時赴任してもらったんだ。これでリアンにいる時…部屋も同じだからそれよりも一緒にいるようになったのにまだ足りないっていうのか?

 

 でも、知らない知識を知ろうとするために俺と離れてまで旅に出ようと考えたのは驚きだったな。てっきり俺にもっと見てもらうためだけだと思ってた。


「最後のは置いておいて、知らない知識を知るために旅に出るのはいいことだと思う。詳しい動機を聞いて少しすっきりしたよ」


 最後のは置いておく、という俺の言葉にユカリは残念そうな表情を見せたので思わず笑ってしまった。思えばここに来てから心の底から笑ったのは久々か初めてぐらいかもしれない。まあ、それほど重い話でもないが、魔王としての重圧みたいのは少なからず感じていたし、その他にも国王という国を纏める重要な立場にいるのにまったく役に立っていない自分に焦っていたりと、余裕がなかったのは事実だ。


 ここに来て、気持ち悪いファンクラブとかが出来たりして相変わらず気が抜けない毎日だけど、それでも今までより格段にゆったり出来る日が多かったな。部屋では…たまにユカリが寝ぼけてたのか本気だったのかは分からないけど寝込みを襲いに来たりして大変な思いをしたけど。


「さて…準備が終わったんなら今日はゆっくりするか?それとも…飲むか?」


 俺はユカリに自分の年齢に合わない事を提案した。

2本目です。すみません!本当ならここで来週に持ち越す予定でしたが、話の切り方が悪いので、もう1話投稿させていただきます!次は10時過ぎに出来ればいいと思っています!

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