第50話 条約
――コンコン
誰かが俺の部屋をノックしてきた。もちろん俺は寝ていたのでノックに気づいていたがどうせミラとかその辺だろうと思っていた。
「…どうぞ」
寝ているところを起こされたので若干機嫌が悪い。だがその機嫌は入ってきた人を見た瞬間吹き飛んだ。
部屋に入ってきたのは白いネグリジェを着たエミリーさんだった。ただその顔はいつものような上から目線のような顔ではなく少し引き目の緊張したような顔だ。
「その…寝ている男性の部屋に私が入るのはいけないことだとは知っているのだけれど…どうしても今聞いておきたいことがあって」
「そんなに緊張しなくてもいいですよ。特に何もない部屋ですけど椅子にでも座ってください」
エミリーさんが来たことは想定外だったが、特に驚いた様子を見せないでベッドから起き上がり、ベッドの横に椅子を用意した。
用意した椅子にエミリーさんが座り、ベッドに俺が座る。俺は緊張とかはしていないがエミリーさんはガチガチに緊張しているのが伝わってくる。
「それで、聞いておきたい事というのは?」
「あなたの事についてなのだけれど…あなたが魔王って本当?」
エミリーさんが怯えているというか緊張しているというかそういう表情をしている理由が今やっと理解できた。
「誰から聞いたんですか?」
「…お父様からよ」
「それを聞いたときどう思いました?」
俺はあえて自分が魔王だと断言しない。とりあえずエミリーさんが魔王についてどう思っているかを聞いておきたかったからだ。
「…怖かったわ。子供の時お父様から家柄の関係上どこかで会うかもしれないが絶対に話すな、と言われたもの。あんな怯えた表情のお父様は初めて見たわ。でもそんな魔王があなただというのが信じられなくて」
「そんな感じのことはよく言われます。俺のことを知ったところで別に対応を変えるだとかそんなことはしないので必要以上に距離感をとられる方が俺にとっては辛いですね」
「ふふ、あなたを見てると本当に魔王か分からなくなってくるわね」
「俺の方も大人しいエミリーさんを見てると戸惑いますけどね」
今のエミリーさんは驚くほど大人しい。偉そうにしてくるでもなければ怒鳴るわけでもない。ただお姫様らしく振舞っている。
「私だっていつもああやって振舞っているわけではないわ。あれも私だけれどもこっちも私よ。多重人格っていうのかしら?」
エミリーさん曰く午前中はああいう気の強い性格だけど日が沈むと大人しい性格になるらしい。どっちのエミリーさんでも自覚はあるらしく、午前中は夜の自分の大人しさに、夜は午前中の自分の振る舞いに悩んでいるらしい。
「あー…大変なんですね」
「そうでもないわ。どっちの私も私なのだから特に何か悔やんだ事とかは無いわ。もうそろそろ失礼するわ。明日もお父様とやらなければいけないことがあるんでしょ?」
「そうですね。忙しくなるのでこの辺で」
エミリーさんが部屋から出ていく時に衝撃発言をした。
「それと私色々と考えたのだけれど…やっぱりあなたとの結婚を取り下げることにしたわ。じゃあね」
「そうですか、ではまた明日…はあ!?」
あまりにも普通に言うもんだから気づかなかった。気づいて慌てて声をかけたけど時すでに遅し。エミリーさんは部屋から出ていた。
「…どういう風の吹き回しだ?」
どうしていきなり結婚を取り下げたのかほんの少し考えた後、考えるだけ無駄だと思ってもう1回寝た。
「…昨日は何だったんだ?」
あれからぐっすり寝た俺は今食堂で朝食を取っている。ここにはいつもの面々に加え、アレクサンダーさんとエミリーさんもいた。2人とも結局晩御飯と風呂を満喫したらしく、特にアレクサンダーさんから風呂についていろんな質問を受けた。
主な質問の内容としては風呂の効果や誰が設計等々をしたのかについて。詳しいことは条約を決める時にでも話す、と言ったら渋々ではあるが下がってくれた。
そしてエミリーさんについてだが、昨日言っていた通り今は気の強い性格になっているが大人しい時の記憶もあるようで朝食のクリームパンに舌鼓を打ちながらちらちらと俺の方を見ている。
「なんだかなー」
「…どうかした?」
俺の隣でクリームパンを口いっぱいに頬張っていたシエラが心配してきた。例の嫉妬組(ミラ、シェン、シエラ、ユカリ)は「朝食と夕食を俺と一緒に食べる順」みたいなテーブルを作ったらしく、今日はシエラという事らしい。どうせなら全員で食べろよ!と思ったのだがいつもの事なので口には出さない。
「いや、最近色んな事が起きすぎて整理をつけるのが大変だなーと思ってさ」
「…辛い?」
「辛くないさ。そのほとんどがみんなと起こしているものだから俺としては幸せなんだが…」
「…だが?」
不満や辛さはないのだ。みんなこんな出来損ないな王様のために身を粉にして働いてくれる。王様らしい執務だって国民を含めた国の管理だって最初以外何もやっていないのに、内政班を始めとしたみんなのお陰でリアン連合王国としてやっていけているのだ。不満などがあるわけがない。感謝でいっぱいだ。
だが俺には何か物足りない気がする。物足りないという表現は少し違うかもしれないのだが、そういう表現が1番しっくりくる。
「なんか足りないんだよな」
「…足りない?」
「ああ。刺激っていうか新しいことっていうか。刺激とか新しいことなら毎日がそうなんだけどちょっと違った新しいことをやりたいなと思ってな。だが今やってることで精いっぱいだからな。どうしたもんかな…とな」
新しいことなどこっちに来てから毎日そうだ。それだけで十分満足しているのだが、俺の心のどこかにそれだけでは満足しきれていない新しい何かを求める探求心の塊の俺がいる。
「…新しい発見…。それなら今やるべき仕事の整理でもついたらどこかに旅に行って来たら?ソーマ1人で」
「俺1人でか?国はどうするんだ?」
シエラの提案は正直嬉しいし、自分の欲求を素直に埋めれそうなのだが、さすがに1国の王様が国を放り出して冒険に行くなど出来ない。
「…国なら私たちに任せておけばいい。元々は私、ミラ、シェン、そしてソーマの4人で立ち上げた国。1人欠けたところで大きな支障は出ない…と思う」
確かにその通りだ。特に俺なんかはまったく役に立てていない。ただ国王の地位を頂いているだけの言うなればニート国王だ。そんな俺がいなくなったところで大きな支障は出ないだろう。それに連絡も念話を使えばどこにいてもとれる。それこそ誰かが攻めてきたとか内乱が起きたとかでも起きない限りすぐに対応できる。
「でもなあ…」
「…ミラとシェンからソーマを旅に出すことを提案したら言われた。ソーマはこっちの世界の住人じゃないって。ソーマはこの世界で色んな事をしたいって言ってたって。でも気が付いたら国の王になっててそれどころじゃなくなってたと思う。だから、だからこそ少しぐらいは本来の目的の新しい発見に飢えてもいいと思う」
「知ってたのか。俺の事。ごめんな?言っておきたかったんだが言う時間がなくてな」
シエラの方向を向いて俺は頭を下げる。本来俺の口から言わなければいけなかったのだ。俺がこの世界の住人ではないと。だがそれが出来なかった。
「…ソーマ」
シエラは俺の頭を上げると笑顔で答えてくれた。
「…ソーマの苦労はわからない。分かりたいと思っても無理だと思う。だからと言って諦めない。私はいつでもソーマの味方だから。私はソーマがやりたいことをしたらいいと思う。私はそれを応援するし、きっと周りの人も応援してくれると思う」
「シエラ…ありがとな。そう言われると何か体が軽くなったわ」
いつもみんなに任せっきりなのにさらに任せっきりになってもいいのか?と思ったが、それが俺だ。いつも人に任せっきりで自分はやりたい事をやる。それが俺の魔王としての役目だ。ここに来て少しだけ魔王みたいな事をやってみたくなった。
「よし!そうと決めたからには行動を起こさないとな。その前に片付けるべきことをやるか!」
「うん。ソーマはいつも元気な方がいい」
シエラから元気をもらった俺は朝食を食べ終えると条約やらの準備をすることにした。
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「さて…条約と言っても前に言ったように色々ありますが、今回は友好条約でいいですか?」
ここは城の1階、元々はクラン集会をするために作った部屋だが、「瞬光」も「カオス」もやりたいことがたくさんでほとんどクランとしての役割を成さなくなってしまったが故にほとんど使われていない部屋だ。
俺の執務室や会議をするための部屋というものはなく、大体謁見の間で済ましていたので会議が出来そうな部屋はここしかなかった。
ここには俺、ミラ、シェン、シエラ、アレクサンダーさんの5王がいる。エミリーさんや4神などは参加しないという事に決まった。
「うむ。聖王国はリアン連合王国と友好を結ぶことを歓迎する。と言っても大臣たちがいないので国全体の総意ではないがな」
「大丈夫でしょう。国ぐるみで何かをするというよりはここにいる者たちだけの友好を結ぶだけの条約みたいなものですから。それに今の時点で俺たちの国を公表したところでまず認知されないでしょうし」
リアン連合王国があることを知っているのは十王と、ここに住むもの。そして聖騎士の1部だけだ。聖騎士たちには言わないように念を押しているので大丈夫だと思う。
「別にわざわざ紙とかに書いてする程の条約ではないと思うんですけどその辺はどうですか?」
「異論は無い」
「我も同じく」
「…同意」
「私も同じです」
みんな綺麗に一致した。条約と言っても友好程度なら口条約で十分だ。ましてや今回は国というよりかリアン連合王国対アレクサンダーさんのような形なので特に必要ない。
「では一応条約という事でそういう雰囲気は出しておきましょう。ここにソーマ、ミラ、シェン、シエラを含んだリアン連合王国とアレクサンダーを含んだ聖王国との永遠の友好を願って条約を結んだものとする!異論無い者は挙手を!」
もちろん俺含む全員が挙手をする。これで条約を結んだわけだが何かが変わるわけではない。強いてあげるならここと聖王国の間の転移門の設置をするための言い訳がしやすくなったぐらいだ。
「…と、偉そうに言ってみたんだけどどう?」
「いいんじゃないか?私は嫌いではないぞ?」
「我もそういうマスターの言い方は好きだぞ?」
「…いいと思う」
「私もカッコよくていいな、と思いました」
「そう?」
そうやって言われると普通に恥ずかしい。恥ずかしさで顔が赤くなるのを隠すためにさっさとみんなを外と外に出る。
「これでここでやらなきゃいけないことは終わりました。アレクサンダーさんとエミリーさんはもう帰ります?それとももう少しぐらいはゆっくりしていきますか?」
「いや、私の方も何だかんだで執務やらを放ってきているのでな。早急に戻らなければならない。というわけでエミリーを呼んでくるよ」
「分かりました。では後程謁見の間に寄ってください。送りますので」
アレクサンダーさんは速足で手を振って了承の意を示しながら去って行った。
「久しぶりにこうして4人だけの空間を作れたな。竜の島以来か?いや、あの時はラプトルたちもいたか」
「そうですね。久しぶりと言えば久しぶりですけど改めて揃うと何だか変ですね」
「そうじゃのう。我らも中々忙しかったからの」
「…でも悪くない」
こっちに来てから長い間を過ごしたわけではない。まだ3か月も経っていないだろう。だがここで過ごした中身はものすごく濃い。というか1か月経たないうちに王様になった時点で濃すぎるぐらいなのだが。
「朝シエラには言ったけどこれから俺は少し旅に出る、と言っても行く先は決まってるし、念話があるから何かあればすぐにでも戻ってくるけど」
「それは聞いています。どこに行くつもりですか?私たちは構わないんですけど、ユカリさんが危なそうで」
ミラの心配はごもっともだ。正直ユカリは俺がいなくなるとおかしくなる。経験があるだけにまたおかしくならないかと不安な部分もある。
「そこは大丈夫だ。頑張って説得するし、もしダメだったら…連れて行く」
「そうか…それなら我らとしては安心じゃな」
最近になって分かったがこの通称嫉妬組、別に常に嫉妬しているわけではなく、そういう感情をしてくるのは条件があることが分かった。
まず1つ目は俺が見ているとき。そして2つ目が何となく場の空気が軽い時。そして最後が俺が何かに迷ったり考えたりしている時。つまり嫉妬組は俺の気持ちを和らげるために演技…ではないかもしれないがやってくれていたわけだ。(ユカリは本気だろうが)
だから今は俺がどこかに旅すると言っても特に気にしないし、もしかしたらユカリも連れていくかもしれないと言っても普通に安心している。
「やっぱ俺って幸せ者だよな。俺は何もしてあげられないのに逆にしてくれる人たちばっかりで。」
「…前にもそんなセリフ聞いた気がする。でもそう思ってくれると嬉しい。私たちでもソーマを幸せにしてあげられているのなら私たちも幸せ」
「そうじゃの。まあマスターとしばらく会えないのは辛い部分もあるが、その辺も乗り越えてこその仲間じゃな」
「そうですね!私も頑張ってソーマさんは旅に出ている間にびっくりするほど頑張りますからね!」
「期待してるよ。さあ早いところ謁見の間に行くか。こういう話を性に合わないからな」
久しぶりに4人で歩いて謁見の間に行く事にした。その間特に何か話したわけでもないが、多分3人とも俺と同じで黙って幸せを味わっていたんだと思う。
少し今回は私自身の気持ちに流されてしまった回となってしまいました。こういう少し落ち着いた回も必要だとは考えていたのですが…申し訳ないです。




