第36話 ユカリの本音
落ち着け…何で背が縮んだ?俺は子供に戻るか、と言った。でも体まで戻りたいなんて言ってないぞ!?どうする?どうしたらいいんだ?幸い顔を見れば俺だとは気づけるだろう。でも…でも…ええ!?
あまりにもあほらしくて疲れてきた。子供になろうかな、なんて言って体が子供になるなんてありなのか?見た目は子供、中身のそこそこの子供だぞ?俺は推理なんて出来ないからな。…いやそう言う事を言ってる場合じゃない。
なってしまったものは仕方がない、と諦めた俺は誰にもバレないように1階にあるユカリの部屋の前に転移する。子供になったのは体だけで魔法とかの能力に異常な無さそうだ。多分姿を変える魔法を似たような現象が起きているみたいだ。
ユカリが起きてるか心配だったので軽くコンコンコンと3回ノックする。2回は入ってますか?のノックで3回が入ってもいいですか?のノックだったと思い出した。
「…誰ですか?」
帰ってきたのは掠れているユカリの声。しばらく声を出していなかったんだろう。枯れているとかのレベルじゃない。
声しか聞いていないがおそらく体もやせ細っているのだろう、と思うと心が締め付けられる。ルシファーの言った通り自身の事を考えなかった結果今の状態に陥っているのだ。やっぱり俺が悪い。
「…入ってもいい?」
俺の声は子供になったことにより中性的な声変わりする前の声になっている。まだ俺だとバレたくないから話し方も変えてみる。
「…本当に誰ですか?それとも私は幻聴と話しているのですか?」
ああ、マジでやばいやつだ。心が壊れてる。あれだな。多分これは夜中を利用して夢だと見せかけるのが1番だ。
「…僕は子供の時のソーマだよ。君が苦しんでいるから会いに来たんだ」
我ながら恐るべきゴミのような演技力。そして襲い掛かる恥ずかしさ。言ってから気づいた…死にたい。
扉の向こうからゆっくりと足音というか何か足を引きずるような音が近づいてくる。別にホラーとか何でもない。ただ疲れているのだろう。
そしてガチャとカギが開き、ゆっくりと扉が開く。
俺は心の底から悲しくなった。ユカリにではなく、こんなユカリにしてしまった自分への怒りや情けなさでだ。
ユカリの顔はやつれてこけ細っていた。目は死んだ魚のように光が灯っていない。黒くストレートの綺麗だった髪もぼさぼさで見るに堪えない。体も全体的に痩せ細り、皮と骨しかないのではないかと思えるほどだ。
俺は演技をしているから泣きたい気持ちをこらえる。ここで泣いてはいけないのだ。頑張って夢に思わせるんだ、と俺に対し心を鬼にする。
「…夢か。まさかソーマ様の見たことも無い子供時代を想像した物が見えるとは…」
「…どうしたの?何でそんなに落ち込んでるんだい?」
中々夢に思わせるように話すのは難しい。演技をしようと思っても、ユカリのこんな姿を見てしまえばどうしてもすらすらと言葉が出てこない。
「…いいでしょう。夢ですし、どうせ明日には私は死にますので色々と夢という幻想のソーマ様に話しておきます。…入ってください」
黙ってユカリの後をついていく。明日死ぬというのは現実味があり過ぎて何も言えなかった。栄養失調で死ぬのだろうが、もしそれで死ななかったら自殺しようとするような雰囲気が今のユカリにはあった。
ユカリがベッドに座ったので俺もその隣に座る。
「…夢だから知っているでしょう。最近ソーマ様が原因は不明ですが意識を失われて昏睡状態に陥っています」
「…うん」
「…私は心のそこからソーマ様を愛しています。オニマル達には忠誠を誓った者を死ぬまで愛すという性格だと思われています。確かに今まではそうでした。私も最初ソーマ様に忠誠を誓ったときはそうでした。でも…でも…ソーマ様と過ごすうちに私はソーマ様の性格や優しさに本当に惹かれました。私ごときでは釣り合いませんが、私は初めて全てを捧げても良いと思ったのです」
確かに言われれば最初の頃のユカリと最近のユカリとは俺に対する対応が変わっていた気がする。最初はただ俺のべったりとくっついて離れない、という行動ばっかりとっていた。でも最近は俺にくっつこうとせず、1歩距離を置いてただ俺を見ているような行動ばかりしていた。そして俺と目が合うとすぐにどこかに行ってしまうのだ。俺は嫌われたのかな?と思ってたけどそんな気持ちだったのか。
「それで、本物の僕は君の事どう思ってるの?」
「…さあ。私なんかよりもソーマ様のすぐそばにはミラさんやシェンさん、シエラさんといった美しい女性がたくさんいますし、…最近入ってきた竜人でしたっけ?の女性陣の方々もとても魅力的ですからね。私なんて目にも留まらないでしょう。私の一方的な片思いですよ」
うーん、ユカリは自分をマイナス的にとらえてるのか…。困ったな。俺からすればもちろんミラ達やメイド班のメンバーも綺麗なんだけど…ユカリの方がメイド班のメンバーより好みなんだよな。
ユカリは一方的だといったがそんなわけがない。ユカリの黒いストレートの髪なんか俺のドストライクゾーンだし、スタイルだっていいし、元々の性格は大人しかった、ってオニマルから聞いたしな。俺はもしかしたらここにいる女性の中でユカリが1番好みかもしれない。
ユカリは意外と食べるからな。遠慮してるのか太るのを気にしてるのかは分からないけど何か食べるのを抑えてる気がするんだよな…。聞いてみるか。
「君は最近自分の食欲を抑えてないかい?」
なるべく俺が夢でなんでも知っているように聞いてみる。これで違ってもそんなことないです、って言われるだけで夢じゃないとは疑われないだろう。
「…さすがは私の幻想ですね。その通りです。知っているでしょうが私は元々良く食べます。抑えることもできますし、現状1週間ぐらい何も食べてません。私はいくら食べても太らないのでいくらでも食べます。食べることが大好きなんです。でもおそらくソーマ様はそん大食いな女性なんて嫌いでしょう。だから抑えているんです。ソーマ様に嫌われるより距離を取られたり、気持ち悪がられたりされる方が私にとって嫌なんです」
やっぱりか…。普通の人間はあんま食べる女性を好まないよな。俺はいっぱい食べるというか、食いしん坊な女性が好きなんだけど。
「君は本物の僕に気持ち悪がられたりしたくないから食欲を抑えれるんだね?」
「…そうです」
「でも食事をとらなかったら死んじゃうんだよ?」
食事をいつもより取らないのと、食事をとらないのではまったく意味が違ってくる。ユカリの場合食事をいつもより取らなくてもそれは俺らと同じぐらいの量だろう。それをまったく無くすのは辛いどころの話ではない。本来なら本能で食事をとろうとするのだが、たまに本能をも超える精神で食事をとらない場合がある。特にボディビルダーとかは極限まで脂肪を落とすために食事や水分を抜くため、本能を振り切って無理をして死亡するというニュースが結構あったらしい。
ユカリの場合それらの食べたいという本能と俺が昏睡状態になったことによる精神状態の不安定さも合わさっているのだろう。それにより強制的に何も食べないでいるのかもしれない。
「…分かっています。私だってソーマ様が見れなくなるのは悲しいです。ですがただ寝たきりのいつ帰って来るか分からないソーマ様を黙って見ている方が悲しいですし辛いです。そんなソーマ様を見るぐらいならいっそのこと死んでしまった方がいいんです。だから最後になるかもしれない夢の中でソーマ様の子供の姿を想像しているのかもしれませんね」
ここで俺はまずい事に気が付いた。夢だと偽っているからこそ明日ユカリが本当に死ぬ気でいることが伝わってくる。そして夢だからこそなんでもかんでも自分の考えを言えない。
「君が死にたいっていう気持ちは本当なんだね?」
「…はい」
「それなら僕は止めないよ。でも最後に本物の僕の姿でも見てきたらどう?」
これがあまりにも危険すぎる賭けだ。もしかしたら夢じゃないとバレる可能性が大きかった。でも今のユカリにはそれを夢じゃないと見破るほど頭が回らないみたいだった。目がどこか遠いところを見ている気がしたから…。
「…そうですね。明日の朝に誰もいない時間を狙ってソーマ様に最後の挨拶をしてきます」
「うん。それがいいよ。それじゃあ僕の胸の中で明日までお休み」
「…夢でこの姿かも分からない子供のソーマ様に抱かれて休むのも悪くないです」
ユカリは何の疑問も抱かずに俺の胸に顔を押し当ててきた。この前のシェンのようだが今回は俺の背が小さいから膝枕の様な形になった。
しばらくするとすぐにユカリは眠ってしまった。多分俺が昏睡になってから一睡もしてないんだろう。
「…俺のせいでこんなにユカリが苦しんでいたとは。なんて俺は愚かなんだ。いつもいつもみんなに心配をかけさせてばっかりだというのに…逆に俺は何もしてあげることが出来ないなんて。…いや、自分を責めるのはやめよう。今はユカリを何とかして助けることが優先だ」
俺はずっとここに留まるわけには行かないのでユカリの頭を膝から枕に変えて、バレないように俺の寝室に転移する。
「…ミラはまだ寝てるな」
もしかしたら俺が目覚めたと同時に体が縮んだ可能性があるのでベッドで寝るわけにもいかず、起きるまで〈万物創造〉で俺の今までの姿の人形を作った。細部までこだわってるから触らない限りバレないだろう。触ったらひんやりしてるから死んだと勘違いされる。
そんな人形をベッドに配置し、俺はクローゼットの中に隠れて朝になるまで待つ。小さいからクローゼットにだって入れちゃうんだぜ?
「んーん…あ!私寝ちゃった」
ミラが起きたようだ。本来ならば寝る予定じゃなかったのかあたふたしている。
「全く…ソーマさんが目覚めるのをみんな待ってるんですよ?私はソーマさんがこのまま起きないなんて認めませんからね!」
まあとっくに起きてるんだがな。本人はクローゼットに隠れてるんだけど気づかないよなー、と言ってやりたかったが、俺の頭の中はユカリの安否のことでいっぱいだった。
俺がクローゼットにいる事なんか知りもしないミラはシェンかシエラと交代するためか部屋から出て行った。それほど長くはかからないだろうからユカリが俺に会いに来るチャンスだな。
ミラが部屋から出て行った数分後にユカリが部屋に入ってきた。
「…ソーマ様、昨日ソーマ様の子供の姿が夢に出てきました。私はソーマ様の子供の時の姿を知らないのに…おかしな話ですよね。
…それでその子供のソーマ様に明日死ぬんだったらソーマ様に挨拶したらいいんじゃない?と言われましたので最後の挨拶に来ました。ソーマ様がお目覚めになるかもわからない状態で私は黙って見ている事は出来ません…。
…ソーマ様に何も言わないで死ぬ私をどうかお許しください」
中々飛び出す機会が無いな。どうしようか…。
「最後に私からの叶うはずもないお願いがあるとすれば…今のソーマ様もかっこいいですが、私の妄想の子供のソーマ様も可愛かったです。あのお姿が本当に子供のころのソーマ様だったら良かったです。…さようなら。」
!!今だー!今しかない!
俺はユカリが部屋から出ようとして扉の方に向いた瞬間、ユカリの後ろに転移し、人形を指輪の中にしまうと声をかけた。
「まあ…妄想も何もこれが子供の時の俺なんだけどな」
「……え?」
後ろを振り返るユカリ。もちろん今が夢なはずがないと分かっているのだろうが、状況を呑み込めないんだろう。混乱している。
「………ソーマ様?」
「うん。こんな姿でごめんな?迷惑をかけたな」
俺は動けないでいるユカリに向かって走ると、ポフッとユカリに抱きついた。身長が小さいからユカリの腹に顔が当たる。
「…ごめん…本当にごめん。ユカリがそんなに苦労してるとは知らなかった」
「…本当のソーマ様ですか…?昨日のは夢じゃ…」
「…昨日のも俺だ。ユカリがそんな状況になってるときに夢を偽ったのは申し訳ない。でも…そんなになってしまったお前を黙って見ているのは本当につらかった…ごめんな?」
本来ならば昨日泣くはずだったのが今日になってきた。俺はこらえきれず泣いてしまった。
「…あ…ああ…ソーマ様…」
ユカリも今になってようやく現状を呑み込めたようでしゃがんで泣いている俺と目線を合わせると、今出来る限りの力で俺を強く抱きしめてきた。かなり弱っていて、それほど強くはなかったけど、俺には十分だった。
そのあとしばらく泣いた。何でシェンかシエラが来ないのか不思議だったけどそれは今はどうでも良かった。俺はユカリをこれほどまでに弱らせたことへの謝罪の思い、ユカリは俺が目覚めた事への安堵で泣いた。この姿に見合った子供のように。
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「…と言う事はソーマ様は私の思いを…聞いたと?」
少し落ち着いた俺はベッドに昨日のように座って話し始めた。
「ああ」
「なんて事でしょう…恥ずかしい…死んでしまいたい」
「落ち着け!俺はお前の本当の気持ちが知れて良かった」
自分の頭をポコポコ叩いているユカリを落ち着かせる。
「…どういうことですか?」
「俺は不安だったんだ。今まで飛びついてきたりしてたお前が急に距離を取ったり、目を合わせたりしたら逃げられたし。俺は嫌われたんじゃないかって」
「そんなこと無いです!あ、あの時は…ソーマ様と会うのが恥ずかしくて…」
ユカリは顔を真っ赤にして手で顔を覆っている。やつれてるけど可愛い。
「それとな?お前が自分の事を過小評価していたのは正直残念だった」
「…え」
「お前は可愛いし綺麗なんだからもっと自信を持ってもいい。最近確かに美人の人が増えたけど俺はミラ達とユカリは同じぐらい好きだ。まず俺の好みに合うものが多すぎる。黒髪でストレートな綺麗な髪、抜群なスタイル。そして何より食いしん坊系女子なところ」
「え?え…ええ!?ソーマ様は大食い系の女性は嫌いじゃないんですか!?…げっほげほ」
あまりにも驚いたのかいきなり大声を上げてのどがやられたようだ。
「あんま大声出すな。体に悪い。俺がいつ大食い系の女性が嫌いだなんて言ったんだよ」
「…本当にソーマ様は私の事が嫌いじゃないんですか?」
「ん?お前は俺の事が嫌いか?」
「いえ…そう言う事ではないのですが…その…私なんかとソーマ様とでは釣り合わないのでは…と」
またまた自分を過小評価するユカリに俺は何とも言えない気持ちを抱いた。その過小評価は分からなくもない。でももう少し自分の自信を持ってもいい気がする。
「そんなわけないだろ?逆に俺なんかの方が釣り合わんわ。まあそんな事ミラ達にバレたら俺とお前は殺されるけどな」
「プッ…そうですね」
「何笑ってんだ!冗談じゃないんだぞ!?何回殺されかけたか…」
「分かっています。私もソーマ様に本当の気持ちを打ち明けられた上に、それを受け入れてもらえただけで満足です」
「それじゃあ自殺はしないな?俺のために生きてくれるな?」
「はい、もちろんです。私の命はいつもソーマ様のために捧げます!」
ユカリはベッドから降りて俺に跪いてくれた。そういう所はすこく真面目なんだよな。そろそろユカリも栄養補給をさせないとな。しばらくぶりにお腹が膨れ上がるまで食べてもらおう。
「よし、じゃあ食堂でお腹がいっぱいになるまで俺の手料理をごちそうしよう」
「え!いいのですか!?」
「ああ。量は出せるけどおいしさは期待するなよ?でも新しい味にはたくさん出会えるかもな。」
「行きましょう!」
ユカリの目に光が灯り始めているのを見て安心した。やっぱユカリは明るくないとだめだよな。
ユカリが「早く行きましょう!」と手を引っ張るので〈ワープ〉ではなく、歩いて食堂まで向かう事にした。




