第14話 マイホーム②
がらがらと扉を開けて風呂場に入る。風呂場はいい感じに温かく湯気がのぼっていた。黒を基調にしていて、浴槽は1つだがそこそこ大きい。ちゃんとサウナも作ってある。
3人は湯気に包まれた風呂場を見て硬直している。
「どうだ?俺が作った風呂は。風呂場は滑りやすいから走っちゃだめだぞ」
「この箱の中に入ってるの全部お湯なんですか?」
「そうだけど。見惚れてないでみんなも早く浸かんなよ」
俺の言葉で我を取り戻し風呂に浸かる3人。この風呂には〈エンチャント〉で傷の修復、体力、疲労、魔力の3つの回復や、精神の安定化(リラックス効果)などをかけてある。
特に傷の修復や回復能力はすさまじく四肢を欠損しても再生するレベルだ。この辺はやり過ぎたと思った。腕が無くなるなんて俺らにとってはまず考えられない事だしな。
新しい物をたくさん見て、精神が疲れている3人にとってリラックス効果のある風呂は最適だった。
「あーー気持ちいいー」
「これは癖になりそうな気持ちよさじゃな」
「ソーマ、これお湯に何かした?」
「ちょっと疲労回復とかリラックス効果を促す効果をつけた。本来温泉は血行促進とかの作用があるんだけどこれはただのお湯だからさ。せめて疲労とかとってあげたいなと思ってさ」
俺のささやかな気持ちなのだが、普通に疲労回復は俺自身でも嬉しい効果だった。
「そうだったんですかー。ありがとうございますー」
「ミラ、だらけ過ぎだぞ。気持ちいいからといって廃人になるな」
「はっ、私たるんでました?」
「うむ。すごかったぞ。完全に風呂に取りつかれておったぞ」
初めて風呂に入ったんならしょうがないな。と思いつつ、ささっと洗い場をもう1つ追加で作る。シャンプーなども1セット追加で作っておく。このシャンプーは特別な効果はつけていない。日本で市販で買えるのと同じようにした。いい匂いがするくらいだな。風呂に入る習慣が無いならシャンプー変えた?なんて会話も無いんだろう。少し悲しいな。
このあと4人はサウナに入って我慢比べをしようという事になり俺とシェンが最終的に残ったのだが初めてなのに無理をしたシェンがのぼせてぶっ倒れて介抱が大変だったり、体を洗うのにシャンプーやらボディソープの違いを分かってもらうのにものすごく労力を割いたりと、とにかく俺にとっては大変だった。だが、3人とも楽しそうにしていたので良かった。
もう夜も遅く家を指輪にしまい部屋に戻るように3人に言った。本来であれば俺とシエラの2人で特訓や短剣作りを手伝ってもらおうと思っていたのだが、風呂に入ってしまったため湯冷めするといけないと思ったからだ。しかし、シエラはどうしても俺と特訓がしたいらしく後を引かなかった。結果俺が折れ、特訓をすることになった。
ミラとシェンが部屋に戻った後中庭には俺とシエラがいる。最初に筋トレ道具を作ろうとしたのだが自分で鍛えるから道具はやっぱりいらないと取り下げてしまった。その代りに毎日俺との特訓をすることになった。
「そろそろ特訓を始めるぞ」
「うん」
「まずは剣の素振りなんだが使う剣は特殊でな。これからシエラにあった重さのを作る」
「ソーマが使ってるのは?」
ソーマは指輪から大理石の剣を取り出す。
「これなんだが重いぞ」
「ちょっと持たせて」
シエラが落とさないように支えてあげながら渡す。案の定渡した瞬間に重くて落としたのでシエラの足に落ちる前に回収する。
「ほらな?重いだろ?」
「こんなの振ってるの?」
「最近は時間が取れなくて振れてないけど迷宮に行くときとか時間作ってやりたいな。それでシエラの剣だが最初は30キロぐらいでいいか?」
「作ってみて?」
早速指輪から大理石を取り出し、密度を変えて30キロぐらいのソーマの持っている剣と変わらないぐらいの長さの剣を作りだした。
それをシエラに渡す。シエラは軽く振っている。
「どうだ?」
「いい感じ。ありがとう」
いい感じっていう時点でもはや人間の領域を超えている気がするのは俺の気のせいじゃないと思う。
「それを空いている時間があったら100回×5セットやるんだ。もちろん最初は少しでいいけど慣れてきたら徐々に回数を増やすといい。いきなりたくさんやるとマジで体がぶっ壊れるからな」
最初に飛ばし過ぎて筋肉がおかしくなった経験のある俺だから分かる。
「分かった。早くたくさんできるようになる」
「今日は100回振ってみようか。俺はいつも通りだけど。じゃあ始め」
俺の掛け声で素振りを開始する。シエラと俺の回数は5倍の差があったが2人の剣を振るスピードは倍ぐらいの差があるのでシエラは10分ぐらいで終了したのに対し俺は30分ぐらいで終わった。
30キロの剣を100回も振って疲れているシエラに休憩させてやりたかったがそうするとシエラのためにならないと思い、心を鬼にして特訓を続ける。
「次は立ち回りの特訓というか、たぶん一騎打ちみたいな対人戦をやる。使う剣はそれぞれの持ち武器だ。つまりシエラはブレイブソードだな」
「え!?嫌だ!もし当たったらソーマ怪我する…」
ブレイブソードは魔王である俺を倒せる唯一といってもいい程の武器だ。実際勇者としての精神に耐えられなくなったシエラに殺されている。
シエラはそれがトラウマでまともに剣を振れていないのをさっきの素振りの時に見抜いていた。
「シエラさぁ、俺を殺した時のトラウマで剣を使うのをためらってる自覚ある?」
若干きつめの問いかけに俯きながら答える。
「うん。あの時から剣を持つのが怖い。また勇者の力が暴走して今度こそ本当にソーマが死んだらどうしようって…」
やはり想像通り勇者の力の暴走を恐れているらしい。実はあの時でもう俺とシエラの肉体同士のしがらみは無くなったので暴走するなんてことは無い。俺は薄々気づいているがシエラはそれを知らない。
この世界に来てからそれほど時間が経っていない俺でもここで剣が振れない冒険者がいかに危険かは分かる。それはただの邪魔になるだけだ。
シエラのトラウマを取り除くきっかけになればと話すつもりはなかった秘密を出す。
「シエラ、よく聞いてくれ。お前はまた勇者の力が暴走する事とそれにより俺が死ぬ事の2つを恐れているようだがその2つはもう起こることは無い」
「…どういうこと?」
「まず最初の勇者の力についてだが、俺が死んで生き返った後シエラの中の俺に対する嫌な感情が消えたといってただろ?それが魔王と勇者の肉体にあったしがらみでそれが無くなったと言う事は俺が魔王でも力が暴走しないということが1つ。そして2つ目の俺の死に関してだが…これは他の2人には内緒にしてもらえるか?」
「え、本当にもう暴走しないの?」
「前魔王によればな。それよりも約束してくれるか?内緒にするって」
「うん。約束する」
これを約束してもらえないといろんな意味でミラとシェンが暴走する可能性があるのだ。
「ありがとう。では理由を話そう。いきなりだが俺はもう死ぬことは無い」
「…ん?」
「なんて言ったらいいのかな。死ぬには死ぬんだけど死んだら自動的に俺の魂が俺だけの時間を巻き戻して魂と離れた肉体をくっつけるらしい。だから死んでも生き返るっていう方が正しいのかな?」
「…よくわからない。どういうこと?」
「まあ見てもらった方が速いか…」
俺はシエラが持っていたブレイブソードを奪い取り自分の胸に突き立てる。そしてなぜか弱点の属性なのに使える光属性の魔力をブレイブソードにありったけ流し込む。
「ソーマ!何やってるの!?」
「う…やっぱりこの剣はいつくらっても痛いな。シエラ…今起こってることを2人に報告するな…。いつかは分からんがいつか…戻る……」
その言葉を最後に俺は地面に倒れこむ。シエラが駆け寄るがその時既に俺の命の灯は消えていた。
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「うわーーーー!」
シエラに襲い掛かる脱力感とトラウマ。また自分のブレイブソードでソーマが死んだと勘違いしているのだ。
ソーマが死んでから10分程経った頃シエラが正気を取り戻した。
「…2人に報告しちゃだめなんだっけ?ソーマ、なぜあなたはいつも無茶するの?でもソーマが無茶するなら私ももっと頑張らないと」
シエラはソーマの体からブレイブソードを抜き取る。そして中段に構えると今自分が持つ最大の魔力をブレイブソードに流し始めた。
今シエラは自分の魔力を以ってブレイブソードを破壊しようとしているのだ。ブレイブソードは勇者の魔力がたくさん注がれるほど強くなる。だが注いでもいい量には限界があり、それを超えると壊れる。シエラはそれを狙っているのだが、さすがは聖剣。シエラの魔力量では限界を超えることが出来ずただただ無駄に魔力を消費するだけだった。
魔力はもうほとんどない。あと1分ほどで枯渇し、昏睡状態になるだろう。だがシエラはそれでも魔力を注ぐのをやめない。いやもう魔力は枯渇している。シエラは生命力、つまり命を魔力に変換して注いでいるのだ。まさに命を削った行動だ。
「…私はここで死ぬのかな?でもソーマのために死ねるなら本望」
「ほぉ…勇者にここまで好かれるとは…さすがはソーマ君といったところでしょうか」
自分の命があと少しで尽きようとしていたとき背後から男声とも女声とも言えない中性的な声がかかった。
その声に気を取られて一瞬ブレイブソードから気を逸らしたのがシエラにとって幸運だった。その声の持ち主はすぐさまシエラから剣を取り上げる。
一瞬の出来事に呆気にとられるシエラ。後ろを振り向くと長く黒い髪に整った顔立ち。さらに黒を基調にし、所々金の線が走っている服を身にまとった男性がいた。
結界が張っていたのにもかかわらずいきなり男が現れたことに驚いたシエラだったが、その男の背後にソーマの死体が無かったのを見た時この男がソーマに何かしたのだとすぐに判断した。
「…ソーマをどこにやったの!」
シエラは残り少ない命に鞭を打つように叫ぶ。だが男の返事はシエラの質問の答えではなく、シエラを心配するものだった。
「そんなに生命力の弱った状態で叫ぶと死にますよ?」
「うるさい!ソーマに何をしたの!?」
「やれやれ…このままだとあなたは死に、私は彼との約束を破ることになる。不本意ですが少々眠っていてもらいましょう」
その男がそう言い放った瞬間、シエラの視界から男が消えたかと思ったら男は背後にいた。
「嘘!…うっ…」
「人間の意識を奪うには当て身が一番効果的だと聞きましたので」
そのままシエラの意識は沈んでいった。男…いや前魔王は意識を失い地面に倒れているシエラを見ながら考える。
(私を殺した勇者の娘ですか…。ここで殺せば勇者の血族はいなくなりますが、そんなことをしては彼がどうなるかわかりませんし、私はもう死んだ身ですので死人が生きている人に手を出すのは禁忌ですからね。
さて…確かこの後はこの宿のある部屋で寝ているミラを起こしてこの娘を助けてもらうんでしたっけ…確かにこのまま放っておけばじきに死んでしまうでしょうからね。それにしてもこの娘が無茶をするのを知ってて私と交換してたのですか…。本当にすごい人だ。おっと、急がないと間に合わなくなりますね。その前に指輪からフードと服を取り出して私の素性がばれないようにするんでしたっけ…。なんでそんな事をするのか分かりませんがとりあえず彼の言う通りにしておきましょう)
前魔王は指輪からフードのついた服を取り出し着替える。そしてシエラをお姫様だっこし、ソーマに言われた部屋へと向かうのだった。




