15.頽理世界・4
〜頽理の楔・最深部〜
外に通じている筈の扉が変化し、未知の部屋に続く扉になっていた。俺達は警戒しながら足を踏み入れ、あるものを目にする。
「あれは…玉?中になんかいんな。見られてる」
「ボスでしょうかぁ?大きいですしぃ」
他の部屋の推定4倍以上の広さを持つ広間の天井中央付近に、サングラスを2枚重ねて内側から覗いたような、半透明の黒い球体が浮遊していた。
表面には一定周期で明滅を繰り返す虹色のラインが基板の配線のように奔り、一軒家程もあるそれの内部には、複数の白い眼光と、何かの生物のパーツが見えている。
数は…おそらく3対。
見間違いでなければ僅かに動いているようにも見え、十中八九あれがボス的な役割なのだろうと予測できる。
なぜか名前がないのが気になるが、まだモンスター判定じゃないって事か?
「一度俺が攻撃してみる。すぐ対応できるようにしといてくれ」
「了解ですぅ!いつでもどうぞぉ!」
シフォンが赤黒い戦斧を構え、気合の入った声を上げる。
シフォンの準備が整ったのを確認し、鋼草玉をストレートで投擲。
まともな生物なら、一撃で爆竹を腹に詰められたカエルのように爆散させる剛速球が謎の球体に直撃し…
すり抜けた。
「…!?」
「あれぇ?遠いですけどぉ、当たりましたよねぇ?」
弾かれるでも貫くでもなく、立体映像のようにすり抜けた。また何かのギミックか?
その後一応魔法も試すが、結果は同じだった。
だが今度は〔権能〕は使えるぞ?
スキルを確認したが、文字化けしたスキルはなかった。
「ここに来てまーた謎解きかよ…シフォン、他に何か見つけてたりしないか?」
「ごめんなさぁい、わたしが見つけたのは入口の文章だけですぅ」
「いや謝らんでいいよ、とりあえず聞いただけだから」
この広間を探せば何か見つかるだろうか?そう思って探していると、ある事に気付いた。
球体の内部に見える3対の白い眼光をどこかで見た覚えがある。というか、全体的に暗くて分かりにくいが、うっすら透けて見える生物の肉体。
大きさが桁違いでパーツ単位でバラバラになっているが、あのシルエット。あれ…クノッサ平原のモンスターじゃないか?
馬、牛、鹿。角や蹄の形がそれらによく似ている。
入口の文言以外にヒントになるものはない。だとすれば、ここでもヒントが使える?
モンスターの塊にしか見えないあれが神とは思えないが、歪んでいるのは確かだ。
なら…試してみるか?
「プレーリーホース、ガーデンバッファロー、ベリーディア」
そう告げた直後。
球体の中に見えていた眼光が紅く染まり…激しく蠢き始める。
「シフォン、来るぞ!」
―バギィ゙ン―
ガラス玉をハンマーで叩き割ったように球体が砕け、中から3体の獣が降りてくる。
全身が真っ黒で、球体と同じ虹色のラインが不規則に体を奔っている。
球体の内にいた時にバラバラになっていた体は、外の怪物達のように異形化しておらず、正しい配置できちんと動物の形になっている。
1体1体が2階建ての一軒家程もある巨大な獣が3体。
牛との交戦経験はあまりないが、このサイズで突進だの毒果実連射だのされれば、確かに手こずるかもな。
「鹿は唯一遠距離持ちだ、俺がやる。代わりに機動力のある馬を頼む。牛は最後。それでいいか?」
「了解ですぅ。ガーデンバッファローは遅い突進と角攻撃だけなのでぇ、意識していれば問題ないかとぉ」
「分かった。んじゃ、行くぞ!」
「はいですぅ!あの嫌な感覚もないのでぇ、すっきり戦えますよぅ!」
オーバースローの構えを取り、〔神片:投擲〕起動。権能による規格外の加速を与えられ、鋼草玉が巨大鹿の頭部に直撃し、その頭部を大きく仰け反らせる。砕くつもりで投げたんだがダメだったか。
だが仰け反ったということはおそらく効いてはいるんだろう。せめて角の一本はへし折ってやる。
シフォンの方も大丈夫そうだな。馬の機動力に追いつけるのは物理全振りのアイツだけだ。鹿の攻撃がシフォンに行かないようにだけ注意しとこう。
牛は…今のとこは問題なし。時折突進を繰り出してくるが、馬と比べりゃ鈍重だ。んなすっとろいダッシュが当たるかよ、馬と合体してから出直して来い。
一撃で頭を砕けなかった以上まずは脚だな、関節を壊して動きを封じる。
再び投擲、キッチリ右前脚の飛節にヒット。結果は…おっと牛の突進。ついでにテメェにも牧草をプレゼントだ。鋼のようにガチガチだけどな。
「QUAAAAAAAAAAA!?」
「VMMOOOOOOOO!!?」
いいね、ちゃんとダメージが入ってる。だがダメージに差があるな。どっちもブチ砕くつもりで行ったんだが、鹿の脚は欠損までは行かないものの、あらぬ方向に折れ曲がっている。
再生も妙なギミックもなし、この調子で続けていけば鹿は殺せる。
牛はダメージリアクションこそ取ったが、損傷が少ない。
機動力を犠牲に耐久が高いのが牛の特徴か。
「〔突撃斧〕ぉ!!」
「HIHIIIIIYYYYNN!!?」
すげえなシフォンの奴、すれ違う瞬間に足先を斬り飛ばした。これで馬の機動力はガタ落ちしただろう。場所も鹿を挟んだ向こう側で、互いの戦闘範囲に被らない。
厳密にはどこにいようが鹿の射程内なのだが、足元に張り付いてる俺を狙う関係上どうしたってほぼ真下に撃つ事になる。シフォンに攻撃が届く可能性は低いだろう。
…なんかおかしいな。こいつらそんなに強くないぞ?マジで高レベルの雑魚モンスターをただサイズアップしたのと戦わされてる気分だ。
球体の中にいた時、奴らはバラバラだった。そしてギミックを解いた結果元に戻った。
歪んだ怪物を正し、普通の生物に戻ったんだ。だからこの程度の相手になったと考えれば納得ではある。
だがそれがボス戦?ゲームとしての流れを考えるなら、異形化した怪物共の親玉と戦う方が自然だ。
それとも…これはボス戦ではない?コイツらの後にまだ何か控えていて、この戦いもただの道中、つまり中ボス戦という事か?
…ダメだ、考えが纏まらない。そもそも最初から謎だらけな上、こいつらは死に物狂いになる程ではないが片手間に倒せる相手でもない。
今はこの3頭の討伐を優先しよう。考察はその後だ。
「QUAAAAA!!」
「当たらねぇよ!!左も砕けろ!ノロマの牛にも鋼の牧草をくれてやらァ!!」
「VMMOOOO!!!」
鹿の左前脚がへし折れ、牛の動きが止まる。こっちはまだ折れねぇか、頑丈な牛だ。
「QUUUUU…!」
「VMMOO!」
牛が鹿の前に出て俺と対峙する。へぇ、仲間を庇う頭はあったんだな。しかも連係までして来やがった。
高耐久のタンクと遠距離攻撃のコンボが中々に厄介だ、鹿を狙う隙が無い。
「ハ―――Y――――A――――ッ!」
ん?今シフォン俺の事呼んだか?
〔神片:投擲〕はこういう時たまに困るな、意識ごと時間加速するせいで味方の声が死ぬほどスローになる。何か起きたか…ああなるほど、馬がシフォンを無視してこっちに突っ込んできてる。
左前脚の先と左後脚が半ばから断たれているのであまり速度が出ていないが、巻き込まれれば俺は死ぬな、時間加速のおかげで避けるのは容易いが。
だが3体で連係されると少し面倒だぞ?牛と馬の挟撃、合間に鹿。
避けながら攻撃しようにも投擲動作中の時間加速はほんの数秒、それこそ振りかぶって投げ終わるまでの僅かな時間だけだ。狙いをつけるにはもってこいだが、スローになった時の中を自由に動く、なんて芸当は無理だ。
「ふっ!ぬっ!うオラァッ!クソッ攻撃の暇がねぇ…!」
「〔回撃斧〕!〔全撃斧〕ぉ!!」
俺が回避一辺倒になった時、シフォンが割り込み、牛の脚を両断する。
「シフォン!!助かった!!」
「危なかったですねぇ。なんでか急に動きが変わりましてぇ」
「鹿を追い詰めたらこうなったんだ。見ろ、牛と馬が盾になる配置に移動した。多分、体力の減少をトリガーに都度行動が変わるんだろう」
「連係取るだけで終わり、なんて事も無さそうですけどねぇ。そもそも本当に戦闘状態なのかすら怪しいですしぃ」
「…うん?どういう事だ?」
戦闘状態かどうかすら怪しい?現在進行系で思いっきり戦ってるじゃないか。ほら、鹿は毒果実を連打してるし、鹿と俺たちの間に割り込むようにして馬と牛が攻撃してる。
「だってぇ、名前がないじゃないですかぁ」
言われて3体の頭上を見上げる。
そこに、名前は表示されていなかった。いや、そんな事あるのか?だが目の前で起きてるから認めるしかない。
通常、モンスターの頭上にはそいつの名前が表示されている。
向こうが気付いてなくとも、こっちに戦闘の意思があれば戦闘状態と判定され、名前が表示される。ヘルプに書いてあった事だ。
ならこれはどういう事だ?あの3体はモンスターじゃないとでも?
確かに、形はクノッサトピアリー共だが多分中身は別物だ。まさかこいつらもただのギミックで、もう1つ何か解かなきゃならない謎がある…?
いやいや流石にないだろう、戦闘中にやらせるような事じゃない、と信じたい。
分からない事が多すぎる。ひとまず3体を討伐しよう、話はそれからだ。
「こいつらもただのギミックなのか、他に理由があるのかは分からんが…倒さなきゃ終わんねえ。倒した後に考えよう!まずは馬だ!脚を狙え!オラァ!」
「了解ですぅ!〔突撃斧〕ぉ!」
シフォンの斧と俺の剛速球がそれぞれ馬の右前脚と顔面に直撃し、前者は切断、後者は左目周辺を吹き飛ばした。
「VMMOOO!!!」
「だから遅ぇんだよウスノロ!!」
「馬に比べればぁ、全然雑魚ですぅ!」
牛は遅い癖に無駄に硬いので、シフォンが攻撃した左足先に投擲。よし砕いた。馬と牛の機動力が死にきり、その場に倒れ込む。
鹿も攻撃はしちゃいるが、馬と牛の体が邪魔で上手く当てられていない。
先程は動き回る味方の隙間を縫うように狙撃していたが、今はただ障害物にしかなっていない。
行ける。気になる事はあるし、違和感は拭えないが、手を止める理由にはならない。このまま押し切る!
「VMooOOOOOOOOOO!!!!」
「ぐっ!…!?体が…!」
「きゃうっ!?んーっ!?動かない、で、すぅ!」
うるっせぇ!牛の野郎、咆哮でスタンさせやがった!そういう変化もあるのか!
…?攻撃してこない?なぜ?スタンは後10秒程残っちゃいるが…
俺が訝しんでいると、牛が動きを止めた馬に近づいていく。そして…馬の頭部に噛み付いた。
――ゴギリ。ブチブチ、グシャ――
最初に頭部が噛み砕かれた。骨がひしゃげて砕け、頭蓋の中身を床にぶちまけながら、馬の体から力が抜ける。
次に首の肉が毟るように貪られ、胴が食い千切られて臓腑が溢れた。
残った肉が踏み潰された。脚の骨と肋が牛の体重に耐え切れずに一瞬で砕け、肉と混ざって白黒マーブルの一部になる。
グチャグチャ、ペチャペチャと水っぽい咀嚼音をBGMに、白黒マーブルの血を啜る――牙を生やした四眼の牛が、そこにはいた。




