第7話 現実という銃口
パチパチと薪が燃えて爆ぜる音でシャノンは目を覚ました。
あの悪夢のような出来事から数時間ほど眠っていたのだろう。
窓枠からは月明かりが差し込む。
「生き……てる、なんて……」
シャノンは状況を把握しようと体を起こす。
そこには奴隷商館で私を売り渡そうとした女――ミーシャが居た。
「おっ、起きた? おはよ」
「あなたはっ――!! うっ……」
「急に動いたら痛いでしょうに~。……んまぁ、と言ってもこの状況じゃ無理もあるか。とりあえず撃たれた場所は処置しておいたから安静にね」
ミーシャはシャノンの腹部を指さす。確かにズキリと痛む腹部には適切な処置がされているようで包帯が巻かれていた。
「……こんな処置までして、あなたの目的は何ですか?」
「目的、かぁ……難しいなぁ~」
「難しい? 本当に馬鹿な人。もう私を奴隷商で売ろうにも傷物になった私は前にみたいに高く売れませんよ? あはは……大損ですね?」
「あは……あぁ~そういうことね? 私を怒らせようとしてるってわけ?」
シャノンはミーシャを逆上させようと挑発する。
けれど、彼女はベッドの横に座ってシャノンを見つめる。
「殺そうと思うなら、最初っから処置なんてしていないよ?」
「……な、なら身代金ですか? 私は家から勘当されています。お金にはなりませんよ? 当てが外れましたね、残念でした」
「身代金? なんでお金? 私はお金なんて要りません~。……ったく、本当に殺されようと必死だねぇ? シャノンは――」
ミーシャは心底呆れかえったように「次はどんなことで私を怒らせようとするの?」と言わんばかりの表情をして見せる。そんな手ごたえが無い反応にシャノンは難しい表情を浮かべる。
「だ、だとしても……私を殺さないとあなたは軍に捕まりますよ? あなたは既に私の前で人を殺したんですから!」
「うん、そ~だね? 確かに奴隷商人は殺したねぇ? だから、何だっていうの?」
「え? あなた、なんで平然と……」
シャノンはギョッとした表情を浮かべるが、ミーシャは一切動じない。
むしろ、ミーシャは楽しむようにシャノンを見つめ返す。
「だって、あれは正当防衛だから」
「正当防衛な訳が――」
「仮にシャノンがだよ? 証言をして『他殺だ』と断定されても、私が殺したかどうかはこの世界じゃ証明出来っこない。それにこの国は奴隷として人を売りに出すことを禁止してない。つまり、《《売り物だったあなたの言葉を信じる可能性は低い》》」
「それはっ……でも、契約書がないから――!」
「そんなの、偽装なんていくらでもできるけど~?」
そう言われては何も言い返せなかった。
でも、それと同時に疑問が浮かぶ。
「それでも、そこまでの危険を冒してまで私を生かす理由は? 邪魔でしかないでしょう?」
「そーだね。けど、シャノンが私を救ったのも事実だからね。恩を仇で返すほど、私も腐っちゃいない。面倒はみるよ」
「そんなこと……いたっ……頼んでいない!」
ミーシャはため息を付きながらも優しくシャノンを見つめる。
「そんな傷を抱えて一文無しのあなたが生き残っていける程、この世界は甘くない」
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃない」
「そういうの、嫌いじゃないけどさ? そう言い放つ女の子の末路は決まって『商館に入って道端で野垂れ死ぬ』――それがオチ」
シャノンはミーシャを睨みつけるが、それでも語るのをやめない。
「いや……シャノン、あなたの場合はそれも無理だね、きっと。だって、気品もあって地位もいかにも持っていそうな家の育ちっぽいから」
「何を知った風に。――あぁそう、やっぱり最初からあなたは私の家のことを知って、それで……っ」
しかし、言葉を投げられたミーシャは静かに首を横に振った。
「ううん、私は正直、何も知らないよ。唯一、分かる事はあなたの手を見て『充分なお金を掛けられる層の人間だったんだろうな』ってことくらい。どこの家の誰かまでは私には分からないよ」
迂闊にもシャノンは言わざる終えない状況を作ってしまい、渋々と口を開く。
「……。ええ、あなたの推測通りよ。私は裕福な家を勘当され、もう二度と家の門を跨ぐなとも言われた! だから? あなたのような犯罪者の施しを受けろと?」
「シャ・ノ・ン。強がったって何も変わらないよ」
「強がってなんて――っ!?」
シャノンが言い返した刹那、眼前にベレッタの銃口が突きつけられる。
構えるミーシャの視線は鋭くも覚悟があるような目つきでシャノンを見つめる。
「さぁ、どうする……? この距離から撃たれたら死ぬよ。抵抗しないの?」
「くぅっ……」
「はぁ、ったくもう……顔を見ればわかる。死ぬことを恐れてる。そして同時に生きたいと思っているでしょう?」
シャノンは黙ったまま涙を流すが、ミーシャは現実を突きつけるように語る。
「抵抗の方法を知らない。どうやって生き抜いていくべきかもわからない。 家は? 食べ物は? お金を稼ぐ方法は? シャノン、あなたにそれが分かる?」
シャノンは言い返せるはずがなかった。
今まで彼女は与えられてきた側の人間だったのだから――。
その一方で泥臭い世界で生き続けるミーシャだからこそ語れることもある。
「思いつかないでしょう? ならプライドを捨てて、家の権威とか投げ捨てて私を利用したらいい。あなたにその気があるなら私があなたに生き方を教えてあげる。充分に傷を治して情報を吸収したら出て行ったらいい」
「なんで……見ず知らずの私にそこまで……」
銃をホルスターへ戻したミーシャは頭を掻きながらため息を吐く。
「ったく、自分の命を差し出して私を守ってくれた子を放っておけるわけがないでしょうが――」
「え、ちょっ……」
ミーシャは静かに体をシャノンにぴったりとくっつけて抱き寄せる。
その行動を拒絶することも出来たはずなのにミーシャの暖かな体温が冷え切ったシャノンの心を包み込んで動けなくなる。
「それにさ……わたしも居場所を失った辛さは分かるから」
「ぅっ……。わたしは……悪い事なんてしていないのに……それなのにっ……」
シャノンは過去を思い出しているのか、声を震わせる。
その真っすぐで純真無垢な心を前にミーシャの腹は既に決まっていた。
「世の中には理不尽なことが溢れてる。だから、せめて対抗できる手段と生き抜く方法だけでも盗んでいって欲しい」
「まだ……私はあなたを信用できません。……けど、言いたいことは分かりました。お言葉に……甘えさせてもらいます」
シャノンにとっては屈辱の何物でもないだろう。それでも、この状況を変えるにはミーシャの力が必要だと考えるに至ったことは想像に難くない。
ミーシャも信頼を得れないことは端から理解しているのだろう。
残念そうながらも微笑を零す。
「うん、すぐに信用しろなんて言わない。傷を癒しながらゆっくりと知って行けばいいよ」
「はい……って――!?」
「はいはいっ! 今はとにかく体を休ませないと」
ミーシャは半ば強引にシャノンをベッドに寝かせて横に潜り込む。
「な、なんであなたまで……」
「うん? だってベッドはここだけだからさ? それに人肌って良い物でしょう?」
「っ……!!」
その言葉にシャノンはドキリとしてしまうけれど、同時に考えてしまう。
こうして誰かの体温を感じたのはいつぶりだろうかと。
そう思えば思うほどに意識が混濁していく。
「あ……あれ……っ……」
「大丈夫。そのままゆっくり眠って。おやすみ、シャノン」
ミーシャにそう語りかけられたのを最後に私の意識は暗闇に堕ちて行った。




