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サスペンス(AI)デスゲームに俺だけ2か所同時に巻き込まれた

天王寺ハル(てんのうじ はる)の不運は、いつも唐突に訪れる。

だが、まさか人生の終着駅になりかねない最悪のイベントが、同じ日の同じ時刻に、二つ同時に押し寄せてくるとは夢にも思っていなかった。

「……ん」

冷たい床の感触に、ハルは意識を取り戻した。頭が割れるように痛い。大学生のハルは、サークルの飲み会の帰り道に何者かに襲われたところまでは覚えていた。

視界が開ける。まず目に飛び込んできたのは、無機質なコンクリートの壁と、部屋の中央に置かれた頑丈な鉄製の円卓。そして、自分の左手首に嵌められた、鈍く光る金属製のブレスレットだった。

液晶画面には「残り時間:59:52」とデジタル文字が刻まれている。周りを見渡すと、ハルを含めて男女6人が、同じように困惑した表情で床や椅子に倒れ込んでいた。

「おい、ここはいったいどこだ!?」

「拉致されたってこと!? 誰かスマホは!?」

飛び交う怒号と悲鳴。これはいわゆる、ネットの怪談や創作物でよく見る「デスゲーム」というやつだ。ハルは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。しかし、真の絶望はそこではなかった。

(……あれ? 何だこれ。頭の中に、もう一つの『視界』がある……?)

ハルが混乱して目を瞬かせたその時。彼の「頭の中のスクリーン」に、全く別の光景が映し出されていた。

そこは、うす暗くジメジメとした煉瓦造りの地下迷宮(ダンジョン)のような場所だった。そこにもやはり、ハルと同じように困惑する別の人々が5人集まっている。そして驚くべきことに、その地下迷宮の壁に設置された不気味な姿見(鏡)の中に、ハル自身の姿が映っていた。

正確に言えば、鏡に映っているのは「今のハル」ではない。ファンタジー世界の冒険者が着るような、粗末な革鎧を身にまとった見知らぬ少年の姿。だが、その顔、その瞳、そしてその「意識」は、間違いなくハル本人のものだった。

「な、なんだよこれ……」

ハルは思わず口に出した。すると、コンクリートの部屋(現実)にいるハルの口が動くと同時に、地下迷宮(ファンタジー)にいる革鎧のハルの口も全く同じタイミングで動いた。五感が完全に同期している。

右目でコンクリートの部屋の天井を見上げれば、左目で地下迷宮の苔むした天井が見える。右手で現実のズボンのポケットを探れば、左手で革鎧のベルトに触れる。

「ふふ、全員お目覚めかね?」

突如、二つの空間に同時に、異なる「声」が響き渡った。コンクリートの部屋には、天井のスピーカーから、電子音声で加工された冷酷な男の声。

「これより、ゲーム『ポーカー・フェイス』を開始する」

地下迷宮には、虚空から現れた、羽の生えた不気味な黒いぬいぐるみの声。

「これより、ゲーム『迷宮の生贄』を開始するクポ」

ハルは息を呑んだ。頭がイカれたわけではない。気のせいでもない。天王寺ハルは、世界でただ一人、「二つの異なるデスゲーム」に、全く同時に、二つの身体で巻き込まれてしまったのだ。

「ふざけるな! 出せ! 出してくれ!」

コンクリートの部屋――通称【ゲームA】の会場では、金髪の男が鉄の扉を激しく叩いていた。

スピーカーからの声は、そんな男の叫びを無視して淡々とルールを説明していく。

『ルールは至ってシンプル。お前たちの手首のブレスレットは爆弾だ。部屋の円卓に置かれた端末に、3つの「キーワード」を正しく入力すれば扉が開く。キーワードのヒントは、この部屋のどこかに隠されている。ただし、制限時間は60分。時間を過ぎるか、間違ったキーワードを3回入力した時点で手首が吹き飛ぶ。仲良く協力して謎を解くんだな』

ハルは冷や汗を拭いながら、自分の左手首の液晶を見た。残り時間は58分。

一方、地下迷宮――通称【ゲームB】。黒いぬいぐるみが空中を浮遊しながら、残虐な笑みを浮かべていた。

『ルールは簡単クポ! この地下迷宮は全3エリア。各エリアの最奥にある「聖なる刻印」に、全員が順番に手を触れれば次のエリアへの扉が開くクポ。ただし、各エリアには狂暴な「人喰い魔獣」が徘徊しているクポ。制限時間は60分。魔獣に喰い殺されるか、時間切れになれば迷宮が崩落して全員圧死クポ!』

ハル(革鎧)が足元を見ると、そこには錆びた短剣が一本落ちていた。こちらの制限時間も、頭の中のシステムウィンドウに「58:00」と表示されている。完全に連動している。

「おい、君。大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

ゲームA(現実)の部屋で、眼鏡をかけたインテリ風のスーツの男がハルに声をかけてきた。名前は木下というらしい。

「あ、いえ……ちょっと寝起きで頭が混乱してて」

「無理もない。だが、ボサッとしている暇はないよ。早く部屋の中を調べて、ヒントを探さないと」

「そ、そうですね」

ハルは必死に現実の身体を動かし、壁の隅を調べ始める。しかし、意識の半分はゲームB(迷宮)にある。

迷宮側では、大柄な強面の男が短剣を拾い上げ、周囲を威嚇していた。

「おい! ぬいぐるみ! こんなおふざけに付き合ってられるか! 俺は先に行くぞ!」

男が通路の奥へと走り出そうとする。

「あ、待て! 危ない!」

ハル(革鎧)は思わず叫んだ。ゲームAで壁を触りながら、ゲームBで叫ぶ。声帯が二つあるため、現実の部屋でも「あ、待て! 危ない!」と小さく呟いてしまい、近くにいた女子高生風の少女に「え? 何が?」と不審な目を向けられた。

「あ、いや、なんでもないです。壁にトゲでも仕込まれてたら危ないなと思って」

ハルは誤魔化すのに必死だった。その直後、ゲームBの通路の奥から「ギャアアアア!」という凄惨な悲鳴が響き渡った。

先ほどの強面の男が、闇から現れた巨大な二足歩行の狼――魔獣に胸を切り裂かれ、血を流して倒れたのだ。

「ひっ……!」

迷宮側の参加者たちが悲鳴を上げて後退する。ハル(革鎧)も恐怖で足がすくんだ。そして、その恐怖と精神的ショックは、ゲームAの現実のハルにもダイレクトに伝わる。

「う、あ……っ」

現実のハルが激しく嘔吐しそうになり、床に膝をついた。

「大丈夫!? 吐き気がするの?」

親切なOL風の女性が駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫です……ちょっと、急に目眩が」(クソッ、片方で受けた精神的ダメージが、もう片方のパフォーマンスを著しく低下させる! 2つの身体を同時に、完璧に制御しなきゃ生き残れない!)

二重思考(ダブル・タスク)の地獄開始から15分が経過した。

ゲームA(コンクリート部屋)では、最初のヒントが見つかっていた。壁のパネルを外すと、デジタル金庫が現れ、その表面に謎の数式が刻まれていた。

『A = 最初の生贄の数 × 3 + 4 ただし入力は2回まで』

木下が顎に手を当てて呟く。

「最初の生贄……? まだ誰も死んでいないし、この部屋に生贄なんて言葉はそぐわないな。何か別の意味があるのだろうか」

ハルはハッとした。

(最初の生贄……まさか、ゲームBでさっき狼に殺された、あの強面の男のことか!?)

ゲームBでの死者数は「1」。もしそれを当てはめるなら、1×3+4=7。金庫の暗証番号は「7」か?だが、ゲームAの参加者たちがそれを知る由もない。

ハルが「実はもう一つの世界で人が死んでいて……」などと言えば、狂人扱いされて孤立するのがオチだ。

一方、ゲームB(迷宮)は最悪の局面に立たされていた。通路の先から、血の匂いに釣られた魔獣(狼)が、残りの5人(ハル含む)に向かってゆっくりと歩を進めてきていた。

「嫌だ、死にたくない!」

若者の一人がパニックになり、ハルを突き飛ばして逃げようとした。

「うわっと!?」

ゲームBで突き飛ばされ、床に転がるハル(革鎧)。その瞬間、ゲームA(現実)で壁の文字を調べていたハルも、何もないところで派手に転倒し、円卓に頭をぶつけた。

「痛っ!」

「おいおい、君、さっきから挙動がおかしいぞ。ちゃんと集中してくれ」

金髪の男が苛立ちを露わにする。

(落ち着け、落ち着け俺! 右手は現実、左手は迷宮だ! 分離しろ、脳を二つに分ける感覚だ!)

ハルは深呼吸をした。幼少期から、ピアノの両手奏法や、格闘ゲームで2キャラクターを同時に操作するような特殊な脳の使い方が得意だった。その特異体質が、今この極限状態で目覚めようとしていた。

ゲームB(迷宮):ハル(革鎧)は素早く立ち上がり、転がっている錆びた短剣を掴んだ。狼が目の前の女性に飛びかかる。

「はあああ!」

ハルは迷宮の身体を動かし、狼の側面に突進した。短剣を狼の首筋に突き立てる。

「ギャウン!」

魔獣が悲鳴を上げて怯んだ。

「みんな、今のうちに走れ! 奥の小部屋に逃げ込むんだ!」

ハル(革鎧)の指示で、生存者4人が通路を駆け抜ける。ハルも狼を蹴り飛ばし、殿(しんがり)を務めながら小部屋に滑り込み、重い鉄格子の扉を閉めた。

ガシャン! と音がして、狼の爪が鉄格子を引っ掻く。ひとまず、ゲームBは安全圏を確保した。残り時間は40分。

ゲームA(現実):「木下さん、その数式の『最初の生贄』ですが……もし、このゲームの主催者が、他の場所でも同時にゲームを行っているとしたらどうでしょう」

ハルは息を切らしながら、木下に提案した。

「他の場所だって? 突拍子もないな」

「でも、この手のサイコパスな主催者なら、複数のグループを競わせている可能性があります。例えば、僕たちの見えない『別の組』で、すでに1人死んでいるとしたら……『最初の生贄の数』は『1』です」

「なるほど……もし『1』なら、Aは『7』だ。だが、もし0なら『4』だし、『2』なら『8』になる。2回しか入力できないなら適当に入れる訳にはいかない」

周囲の参加者たちも「そんなわけないだろ!」「妄想言ってる暇はない!」とハルを怒鳴りつける。

しかし、ハルは一歩も引かず、全員の目を真っ直ぐに見据えて言い放った。

「いいえ、絶対にそうです! 考えてもみてください、この部屋に入ってから、僕たちはまだ誰も死んでいません。それなのに『最初の生贄の数』なんて、部屋の中だけをどれだけ探したって答えが出るはずがないんです!この部屋の外に別のグループがいて、あえて僕たちに『見えない死者』の数を計算させている。デスゲームの主催者が大好きな、最高に悪趣味なリアルタイム連動型ゲームですよ。もし、向こうで最初の脱落者が『1人』出たタイミングでこの数式が作動したんだとしたら……答えは1×3+4で『7』です。仮説が間違っていたとしても、パスワードのミスは1回は許されている。だったら、部屋の中で一生出ない答えを悩み続けるより、今すぐ『7』と打ち込んで次のヒントを開くべきです。僕の命を賭けてもいい、間違っていません。早く入力してください!」

その場の全員が、ハルの狂気じみた、しかし異様に確信に満ちた迫力に圧倒され、唾を呑み込んだ。

「……なるほど。確かに残り時間を考えれば、何もしないのが一番のリスクだ。君のその妙な自信、信じてみよう」

木下が金庫に「7」と入力すると、カチリと音がして金庫が開いた。中から1枚の紙切れが出てくる。

そこには【キーワード1:レザレクション(復活)】と書かれていた。

「やった! 正解だ! 君、冴えてるじゃないか!」

木下がハルの肩を叩く。ハルは苦笑いした。冴えているのではない。実際にその目で「生贄」を見たのだから。

しかし、安堵したのも束の間。ゲームB(迷宮)の小部屋の壁に、血で書かれた新たな文字が浮かび上がった。

『第1エリアクリアの条件:この部屋にある【言葉の鍵】を、現実世界の者に伝えよ。キーワードは【レザレクション】』

(……繋がった)

ハルは戦慄した。この二つのデスゲームは、独立しているのではない。「ゲームAのヒントがゲームBの事象であり、ゲームBのクリア条件がゲームAの答え」という、悪魔的な相互依存(ループ)構造になっているのだ。そして、ハル以外の誰も、この二つの世界が繋がっていることを知らない。

両方に同時に存在しているハルだけが、このデスゲームの「架け橋」だった。

残り時間:30分。ゲームB(迷宮)の小部屋の祭壇に、1本の美しい鍵が出現した。これが次のエリアへの扉を開く鍵だ。

ハル(革鎧)がそれを手に取ると、ぬいぐるみ(ナビゲーター)がポップアップした。

「おめでとうクポ! でも第2エリアはもっと厳しいクポ。今度は『天秤の試練』。2つの部屋に分かれて、同時に同じ重量の重りを乗せないと、部屋ごと潰されるクポ!」

(同じ重量の重り……? こっちには今、俺を含めて5人しかいない。どうやって正確な体重を計るんだ?)

ゲームBの参加者たちは、部屋にあるガレキや自分の装備を天秤に乗せようと焦り始める。一方、ゲームA(現実)。2つ目のヒントを探すため、参加者たちは部屋の床板を剥がしていた。

すると、床下から巨大な「デジタル体重計」のようなプレートが露出した。スピーカーから声が流れる。

『2つ目のキーワードのヒントだ。このプレートの上に、「向こう側の世界」の生存者5人の総重量と同じ重さを乗せろ。誤差1キロ以内で、キーワード2が開示される。なお、現在の向こう側の総重量は、312キログラムだ』

「312キロ!? 向こう側の世界ってなんだよ!」

金髪の男がパニックを起こす。

「さっきの彼の仮説が正しかったんだ!」

木下が叫ぶ。

「この建物の別の部屋か、あるいはネットの向こうか分からないが、別のプレイヤーたちがいる! その5人の体重の合計が312キロだ!」

ハルは冷や汗が止まらない。

(俺のゲームBの肉体の体重も、その312キロに含まれている……!)

そして、ゲームA(現実)の部屋のメンバーで、合計312キロを作る必要がある。

「みんな、自分の体重を自己申告してくれ! 急ぐんだ!」

木下が指揮を執る。

「俺は75キロだ!」

「私は52キロ!」

「僕は62キロです」

とハル。計算が始まる。だが、人間の体重の自己申告など曖昧だ。服の重さもある。現実のハルたちがプレートの上に乗り、様々な組み合わせを試すが、液晶画面は「不一致」を示し続ける。その間も、ゲームB(迷宮)では制限時間が刻一刻と迫り、天井が徐々に低くなってきていた。

「ひぃっ! 押しつぶされる! 早く天秤を合わせろ!」

ゲームBの仲間たちがパニックになり、適当なガレキを天秤に放り込む。当然、天秤は傾き、警告音が鳴り響く。

(ダメだ! 両方でパニックが起きてる! 意識が引き裂かれる!)

ハルは目を閉じた。

(集中しろ。現実の俺の体重は62キロ。迷宮の俺の肉体は……少し小柄だから、おそらく55キロ前後。主催者のアナウンスによれば、迷宮の5人の総重量は312キロ。なら、あっちの天秤に乗せるべきは……)

ハルは、ゲームBの身体(革鎧)を動かし、叫んだ。

「みんな、ガレキを全部降ろして! この部屋の天秤の基準は、僕たちの『服や装備を含めた正確な重さ』だ! 向こうの世界の奴らが、僕たちの総重量と同じ重さを今、必死に作ろうとしてる! だから、僕たちは天秤に何も乗せず、ただ全員で床に座って待つんだ!」

「はぁ!? 何言ってんだお前!」

「信じてくれ! 死にたくなかったら、何も乗せるな!」

ハルの気迫に押され、ゲームBの参加者たちはガレキを降ろした。そして同時に、ゲームA(現実)のハルが動く。

「木下さん! 服の重さです! スマホや財布、上着を全部脱いで、正確に計算し直しましょう! 312キロぴったりにするんです!」

全員が上着を脱ぎ捨て、荷物を置く。木下が素早く計算する。

「金髪の彼、OLの彼女、そして私と君……これで合計298キロ。あと14キロ足りない!」

「荷物を集めて乗せましょう! この靴が片足500グラムとして……」

残り時間、あと10分。ゲームBの天井は、すでに頭が触れそうなほどに迫っている。

ゲームAで、ハルは最後の調整として、自分の履いていたスニーカーを片方、プレートの上にそっと置いた。デジタル表示が【312.0 kg】を指した。ピピッ。

『正解だ。キーワード2:サクリファイス(生贄)』

ガガガガ、とゲームBの天井の降下が停止し、逆回転を始めて元の位置に戻っていく。

「助かった……! 止まったぞ!」

迷宮の参加者たちが泣き崩れる。ハルは両方の世界で、激しい虚脱感に襲われながらも、なんとか持ちこたえた。

残り時間は15分を切っていた。ゲームA(現実)では、最後のキーワードを見つけるための最終問題が出題された。

『キーワード3の入手条件。この部屋のプレイヤーの中から、「最も不要な者」を1人選び、円卓の赤いボタンを押せ。押された者は即座に手首の爆弾が起動する。引き換えに、残りの者に最後のキーワードが与えられる』

部屋の空気が一瞬で凍りついた。

「おい……誰を殺すか選べってことかよ……」

金髪の男が、じりじりと他のメンバーから距離を取る。木下も苦渋の表情を浮かべた。

「そんな、誰か一人を犠牲にするなんて……」

その時、ハルはゲームB(迷宮)の最終エリアに到達していた。そこは、底の見えない巨大な奈落に架かる、一本の細い吊り橋だった。ぬいぐるみが嘲笑う。

「最後の試練クポ! この吊り橋は、残り1人になった時点で崩落するクポ。残った1人は、迷宮の崩壊とともに奈落の底に真っ逆さまクポ!」

またしても、同じ構造。現実世界(ゲームA)で1人殺すか。迷宮世界(ゲームB)で1人見捨てるか。

(待てよ……。もし、俺がゲームBで『残る1人』になればどうなる?)

ゲームBでハルの革鎧の身体が死んだら、現実のハルの意識はどうなるのだろうか。半分が死ぬ? それとも脳がショック死する?逆に、ゲームA(現実)でハルがボタンを押されて爆死したら、当然ゲームBの意識も消えるだろう。

「おい、やっぱりさっきから挙動不審な、そのガキ(ハル)に決まりだろ!」

ゲームAで、金髪の男がハルを指差した。

「そうだ、こいつさっきから独り言言ったり、急に転んだりして足手まといなんだよ! こいつを犠牲にしようぜ!」

「待って、それは残酷すぎるわ!」

OLの女性が庇うが、彼女の目にも恐怖の色が混じっている。木下は沈黙している。彼もまた、自分が助かるためには誰かが死ぬしかないと理解し始めていた。

ゲームB(迷宮)でも、醜い擦り付け合いが始まっていた。

「お前が残れよ!」

「嫌だ、俺は絶対に渡る!」

生存者たちがハル(革鎧)を突き飛ばし、我先にと吊り橋を渡り始める。1人、2人……。残されたのは、ハル(革鎧)と、先ほどハルが命を救ったあの女性の2人だけだった。

「あ、あの……私……」

女性は涙を流しながら、ハルを見つめる。橋の耐久度は、あと1人分しか残っていない。彼女を突き落として自分が渡るか、彼女を先に行かせるか。二つの世界で、天王寺ハルは完全に追い詰められた。

現実では金髪の男がハルを羽交い締めにし、無理やり円卓の赤ボタンへと押し付けようとしている。

「死ねよ! お前が死ねば俺たちは助かるんだ!」

「や、やめろ……!」

ハルは抵抗するが、体格差で押し切られそうになる。木下は顔を背け、OLの女性は耳を塞いでいた。

(クソッ……ここまでやって、両方でバッドエンドを迎えるのか……!?)

残り時間:3分。ハルの脳細胞が、極限状態のストレスで超高速回転を始める。

ゲームAの部屋の構造、ゲームBの迷宮のルール、これまでのキーワード。【1:レザレクション(復活)】【2:サクリファイス(生贄)】

(……いや、おかしい。主催者は『仲良く協力して謎を解くんだな』と言った。ゲームBのぬいぐるみは『全員が順番に手を触れれば扉が開く』と言った。もし最初から誰かを殺す前提のゲームなら、最初のルールの時点で矛盾している!)

ハルは、ゲームBの視野の端にあるものに気づいた。吊り橋の手前、崖の縁に、ひっそりと隠された「第4の聖なる刻印」があるのを。これまでのエリアでは、刻印は目立つ場所にあった。しかし、ここは心理的に焦らせるために、意図的に隠されていたのだ。

(そうか! 橋を渡ることがクリア条件じゃない! 隠された刻印に全員が触れることが条件だ! 橋の先にあるのはただの出口に過ぎない!)

現実のハルは、金髪の男に首を絞められながらも、大声で叫んだ。

「最後のキーワードの答えは、ボタンを押すことじゃない! 3つのキーワードは全部、このゲームの『概念』を表しているんだ! 1つ目は復活、2つ目は生贄……なら、3つ目は……!」

ハルは、ゲームBの身体を動かし、叫びをあげた。

「君、橋を渡っちゃダメだ! こっちに来て、この紋章に触れるんだ!」

ハル(革鎧)は崖の隅の刻印に手を叩きつけた。呆然としていた女性も、ハルのただならぬ気迫に押され、駆け寄って刻印に手を重ねた。

そしてハル(革鎧)は対岸の2人に向かって喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。

「みんな、騙されるな! そこの出口は開かない! 全員がこの手前にある紋章に触れていないからだ! 今なら橋は崩落しない! 1人ずつ、ゆっくり歩いてこっちに戻ってきて、紋章に触れてから、対岸に戻るんだよ! すでに1人死んでる!ここにいる4人全員が救われるルートがは用意されているんだ! 俺を信じて、1人ずつ戻ってこい!!」

ハルの狂気じみた、しかし異様にロジカルな確信に満ちた叫びに、対岸の2人は息を呑んだ。

「……やるしかない! ここにいても全員圧死だ!」

先に渡った男が意を決し、静かに橋を逆走し始めた。慎重に橋を渡り、手前の紋章に手を叩きつけていく。

4人目が叩きつけたその瞬間、ゲームBのシステム音声が鳴り響いた。

『全員の刻印確認。最終エリアクリア。キーワード3を開示します――【サルベーション(救済)】』

「3つ目のキーワードは『サルベーション』だ!!」

現実のハルが、自分を組み伏せている金髪の男を突き飛ばし、円卓の端末に飛びついた。端末のキーボードに、猛烈な勢いでタイピングする。【resurrection】【sacrifice】【salvation】

Enterキーを、力強く叩き込んだ。残り時間:0分12秒。

ピピピッ――。

長い静寂の後、現実の部屋の鉄の扉が、プシューという音とともにゆっくりと開放された。

同時に、手首のブレスレットがカチリと音を立てて床に落ちる。爆破機能が解除されたのだ。

「開いた……? 助かったのか……?」

金髪の男がへたり込む。木下も、OLの女性も、信じられないというように開いた扉を見つめていた。

そして、ゲームB(迷宮)でも目の前の空間がぐにゃりと歪み、光り輝く「転送ゲート」が出現した。

「行きましょう」

ハル(革鎧)は、隣の女性に微笑みかけた。

「ええ……ありがとう、あなたのおかげよ」

女性がゲートに飛び込む。ハルもまた、その光の中に身体を投じた。

「うっ……」

ハルが次に目を覚ました時、そこは夜の静まり返った公園のベンチの上だった。冷たい夜風が頬を撫でる。

見上げれば、いつもの退屈で、しかし愛おしい現実の星空が広がっていた。

左手首を見る。金属製のブレスレットは消えていた。頭の中の「もう一つの視界」も、綺麗さっぱり消え去っている。

あのジメジメとした迷宮の感覚も、革鎧の重みもない。完全に、一つの肉体、一つの意識に戻っていた。

「終わった……んだよな」

ハルは深く息を吐き出し、ベンチに深く背を預けた。

スマートフォンを取り出すと、時刻は深夜の1時を回ったところだった。まるで長い悪夢を見ていたかのようだったが、円卓にぶつけた頭の痛みと、全力で走り回った筋肉痛が、それが紛れもない現実であったことを証明していた。

その時、公園の入り口の街灯の下に、誰かが立っているのが見えた。見覚えのある、スーツ姿の男――木下だった。

彼はひどく疲弊した様子で、しかし生きてそこにいた。ハルと目が合うと、木下は小さく会釈をし、そのまま夜の街へと消えていった。

ハルは立ち上がり、自宅への道を歩き始める。二つのゲームを同時に解き明かしたという奇跡。それは誰にも信じてもらえないだろう。だが、ハルは確信していた。もしまた、あのような理不尽な悪意が自分を襲うことがあれば――その時は、今回培った「二重の思考」で、どんな無理ゲーをも攻略してみせると。

夜道を歩くハルの足取りは、心なしか、来る前よりも少しだけ力強くなっていた。

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