ファンタジー 落とし穴から始まるダンジョン生活
アルトは孤児になった。両親は冒険者で、ある日ぱったりと帰ってこなくなったのだ。両親が残したダンジョン産の道具などを売り、何とか生活できていた。しかし、数年経ち、もうすでに売り物も無くなり自力で稼ぐ必要が出ていた。
アルトは15歳。こういう日がくるだろうと、最低限はダンジョンに入れる様な装備類だけは残しておいた。今、その装備をつけて近くのダンジョンへと向かっている。
「誰も居ないな・・・。みんなが言ってるけど、人気のないダンジョンなんだよな、ここ」
洞窟の様に口を広げているのがダンジョンだ。アルトの住む村は、国の外れにある。そのため、わざわざここまで来る冒険者はそうそう居ない。
アルトは、ゆっくりとダンジョンの入り口をくぐった。
「中は思ったより明るいな。これなら、たいまつは要らなさそうだ」
ダンジョン内は魔力があるためか明るく、松明を必要としなかった。もし、松明を持たなければならない場合、それだけで敵に見つかりやすい上、片手がふさがるのでそれだけで不利になる。
「何の変哲もない、ただの洞窟に見えるけどな・・・。敵も居ないし」
ダンジョンはすぐに敵が現れ、それを倒してアイテムを手に入れるものだと思っていた。まだ100メートルほどしか進んでいないが、敵の居る気配はない。それでも、いつ敵に襲われてもいいように、短剣を構える。
「あれ? ここだけ、なんか色が違うような気がするな」
よく見ると、地面に一か所だけ色の薄い場所があった。アルトは何となく、それを踏んだ。
「地面が、崩れる!」
アルトは、床に空いた穴に吸い込まれていった。
「くそっ、まさかこんな初歩的な罠にかかるなんて・・・」
アルトはダンジョンの天井を見上げながら、左足を押さえる。落下した時に足を怪我し、歩けなくなっていた。
「ジュゥ!」
鳴き声がする方に、アルトは顔を向ける。そこには、自分の頭ほどの大きさのネズミが居た。ビッグマウス。ダンジョンの上層で良くみられる魔物で、それほど強くは無いがすばしっこく、鋭い歯でかじられれば、重傷もありえる。
「動けない時に限って!」
アルトは短剣をビッグマウスへ向けるが、ダンジョンの魔物は恐怖しない。武器を向けられたからと言って、逃げてくれる事は無い。
「ジュッ、ジュジュッ!」
ビッグマウスは、左右にすばやく動きながら、アルトへと距離を詰める。アルトは、左足に力を入れるだけで激痛が走った。この感じだと、骨が折れているかもしれない。
「ねぇ君、大丈夫?」
ついさっきまで自分一人しかいなかったはずの通路に、女性の声が響く。けして大きな声ではないのに、しっかりと聞き取れる綺麗な声だった。
「だ、誰だ!」
アルトは、ビッグマウスから目を離し、後ろを向いた。そこには、20歳くらいの女性が浮いていた。銀髪の長い髪が無重力の様に浮いて動いている。明らかに生きている人間では無い。
「こんな低階層にレイスだなんて!」
冒険者である両親から聞いたことがある。ダンジョンには、物理的な攻撃が効かない幽霊の魔物が居ると。だが、そういう魔物は、もっと魔力の濃い下層にしか現れないはずだった。
「ちょっと、失礼ね! 私をレイスなんかと一緒にしないで。私はエルフレア。・・・冒険者よ」
「そんな見た目の冒険者が居るのかよ」
「レイスとは違うけど、私も幽霊みたいなもんだからね。装備なんて出来ないし。この服だって、魔力で適当に作っただけのものだし」
エルフレアは簡素なワンピースの様な服を着ていた。それを指で摘まんでみせるが、なんの素材で出来ているのか見当もつかない。本当に魔力で作る事なんて出来るのだろうか。
「で、大丈夫そ?」
アルトは慌ててビッグマウスを探す。幸いにも、ビッグマウスもエルフレアの存在に気を取られていて距離を詰めてきてはいなかった。
「やってみないと分からないが、こんなネズミ一匹くらい倒せないと、ダンジョンで稼げないからな!」
アルトは、近づいてきたビッグマウスに短剣を振るが、手の先だけで振るような速度の無い攻撃では、素早いビッグマウスに当たることは無かった。
「ジュジュッ!」
ビッグマウスがとびかかり、鋭い歯が小手で覆われていないアルトの左腕を少し切りつける。そういう攻防が何度も繰り返され、次第にアルトの怪我が増え、息が切れて尚更動きが雑になってきた。
「あー、もう。見てられないなぁ。手伝おうか?」
「はぁっはぁっ、幽霊みたいなもんなんだろ? どうやって手伝うんだよ!」
「君、私が見えるってことはきっと私の魔力と波長が近いんだわ。だから、きっと君の体を扱う事が出来るよ」
「俺の体を乗っ取るつもりか?!」
「人聞き悪いこと言わないでよ。ちょっと体を貸してくれれば、この窮地から救ってあげるって言ってるの」
アルトは、目の前のビッグマウスと、エルフレアを交互に見る。このままでは、どちらにしろビッグマウスに殺されるだろう。それなら、エルフレアを少しくらい信じてもいいとアルトは思った。きっと、問答無用で体を乗っ取れるのに、わざわざ聞いてくるのだから。
「分かった、好きにしろ!」
「やった! じゃあ、シンクロ!」
エルフレアの姿が粒子の様になり、アルトの体へと吸い込まれていった。そして、アルトの意識は体から抜け出ていく。自分の後姿を自分で見るという不思議な体験をしていた。
「久しぶりの体だ! って、うへー、全然鍛えられてないし。こんなんじゃ、私が全力を出したら一発で体がもたないわね」
エルフレアは、ビッグマウスが居るというのに、腕をぐるぐる回すなどして具合を確かめていた。
「おい、俺の体を壊すなよ!」
「壊さないわよ。それに、今なら私も魔法を使えると思うし。ヒール」
エルフレアは初級回復魔法であるヒールを唱えた。本来のヒールならば、軽い傷を治す程度であるが、エルフレアのヒールはそれだけで折れていたアルトの足も治る。
「嘘でしょ! これだけでほとんど魔力が無くなっちゃったよ!?」
「うるさい! 俺は魔法タイプじゃないんだ!」
「まあいいわ。動けなくてもビッグマウスくらい敵じゃないけど、逃げられても困るしね」
エルフレアは素早くビッグマウスの後ろに回り込み、短剣を突き出す。それだけで、アルトが苦戦していた魔物はあっさりと魔石を残して消滅した。
「つ、強いな・・・」
「いや、君が弱すぎるだけで、大抵の冒険者はこれくらいできると思うよ。それよりも、魔力がなくなると私もシンクロを維持できなくなるみたい」
すると、アルトの体から粒子が流れ出し、それと同時にアルトの意識が自分の体へと戻る。
「・・・助かった・・・のか?」
「助けたのよ。お礼は?」
「あ、ありがとう・・・」
「で、君の名前は?」
「俺? 俺はアルトだ」
「分かった、アルトね」
アルトは、いまだに現実が信じられないが、現にそこに転がっている魔石が、実際にあったことだと証明している。アルトは魔石を拾おうとしたが、体に痛みが走った。
「っ痛」
「え? どこか痛いの? 怪我は全部治したと思ったんだけど」
「全身が、筋肉痛みたいだ・・・」
「もしかして、私の動きに体が耐えられなかったのかしら。貧弱ね」
「仕方ないだろ、鍛えてなんていなかったんだから」
「・・・・・・そうだわ、私があなたに戦い方を教えてあげるわ。冒険者になりたいんでしょ?」
「ああ、なりたい。けど、あんたに教えられるのか?」
「馬鹿にしないでよ。それに、あんたじゃなくてエルフレア。師匠の名前くらい、覚えなさいよ」
「まだ教わるって決めてない!」
「いいの? 私、これでもその辺の冒険者なんかよりよっぽど強いわよ?」
アルトは少し考える。幽霊とはいえ、会話は成立するし強さも証明された。と言っても、比較対象がビッグマウスなのでそれがどのくらいの強さなのかは分からないが、少なくとも今の自分に足りないものはすべて持っているだろう。
「・・・・・・分かった。お願いします」
「ふふっ、最初からそうやってお願いすればよかったのよ。じゃあ、とりあえず筋肉痛が治るまではしばらく休憩ね。その間に、ダンジョンで必要な知識を教えてあげるわ」
エルフレアは、器用に魔力を黒板の様に使い、そこに文字を表記させていく。
「まず、このダンジョンの名前は『神棄ての逆積迷宮』って言って全部で51階層あるわ」
「51階層だって?! 王都にある世界一巨大なダンジョンですら30階層までだって聞いたことがあるぞ!」
「ふーん、今じゃその程度の階層が最大なんだ? まあ、危険なダンジョンはほとんど私が封印してきたからね」
「封印・・・? 一体、あんたは何者なんだ?」
「ほら、またあんたって言ってる。ちゃんと師匠って呼ばないと教えないよ」
「わ、分かった。師匠、教えてください」
「最初から素直にそう言えばいいのに。まあいいわ。私は英雄よ。銀閃の戦乙女って呼ばれてるわ」
「・・・聞いたことない」
「嘘っ、結構有名だったはずなんだけど。ちなみに、今って星環歴 何年?」
「1246年だけど」
「あちゃー、もう300年も経ってるんだ。それじゃあ知らなくても仕方ないのかな」
ダンジョン内ではどれだけ時間が経ったのか全く分からない。今が朝なのか夜なのかさえ分からないのだ。体感では結構な年数が経っているとは思っていたが、まさか300年も経っているとはエルフレアも予想していなかった。
「それより、このダンジョンについてもっと詳しく教えてくれよ」
「それよりって・・・。まあいいけど。とりあえず、傾向から上層、中層、下層、最深部に分けるわね。上層は1~10階、中層は11~30階、下層は31~50階、最深部は51階。上層は物理的な罠のエリアで、侵入者を矢や落とし穴の様なトラップで排除するような作りになってるわ。中層は魔法的な罠のエリアで、幻覚を見せてきたり空間が歪んで元の場所に戻されたりするわ。下層は本格的に侵入者を排除するようなエリアになっているの。ゴーレムなんかが徘徊していて危険よ。そして最深部・・・これはまだまだ行けそうにないから、近くなったら教えるわね」
「ちぇー、ケチだな。教えてくれたっていいのに」
「たかが1階で死にかけてるくせに何を言ってるのよ。あとは、ダンジョンで活動するために必要な事を教えるわよ」
エルフレアは、ダンジョンで生き抜くための知恵をアルトへ教えていく。休憩の取り方や、武器の手入れのタイミング、背後を取られないための位置取りやマッピングの仕方など、必要と思われることは何でも教えておく。一度では覚えられないと思うので、それは随時フォローしていく予定だ。
「こんなとこかしらね。体の調子はどう?」
「ああ、何とか動けるようになった」
「それじゃあ、上へ戻るわよ。ここは落とし穴に落ちて死んだ冒険者を食べるネズミが他にも居るはずだから」
「そいつら、冒険者が来なかったら空腹で死ぬんじゃないのか?」
「魔物は食べなくても魔力さえあれば死なないわ。食べる事で魔力を吸収して増えたりはするのよ」
「そうなのか。じゃあ、最近冒険者がほとんど来てないだろうから増えてはいなさそうだな」
「それでも気を付けてね。今の君じゃもう一度ビッグマウスに出会ったら危険だもの」
魔力があまり回復していないアルトにもう一度憑依できるかどうか分からない。だが、移動しなければずっと危険な状態になるので、危険を承知でも上へ向かった方が安全だと判断した。
アルトは、まだ痛む体を慎重に動かしながら上へと向かう階段を探す。ここは1.5階層ともいえる様な場所で、1階に戻るためのハシゴしかない。
幸い、ビッグマウスは数が居ないようで、無事にハシゴを見つけることが出来た。
「あのハシゴか?」
「ええ、そうよ。あれを登れは1階に戻れるわ」
「くそっ、ハシゴだと体が痛ぇ」
「階段だと、ネズミ達がこの階層から移動しちゃうからでしょうね。あとは、怪我をした冒険者が容易く逃げられないようにしてるのか」
「だとしたら、それを考えたやつはずいぶんとイジワルなやつだな」
「ふふっ、そうね」




