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至上の愛   作者: 高瀬海之
第二部

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21、最終手段





 見つめあった琥珀の瞳に宿っていたのは、心底疎ましいそんな感情だった。

 イライアスを、すべてを、疎んで細められた瞳。

 かつての彼女と寸分変わらぬ感情を写す綺麗な目。

 しかし、変わらぬからこそイライアスはまた疑問を抱いた。



 ねぇアシュリー。

 お前は今、何を疎ましいと思ってる?


 お前が手を汚すことを見過ごせなかったロードの優しさ?

 世界を天秤に掛けても妹一人見捨てられないエルウィンの弱さ?


 それとも……身勝手な復讐の末に、再び身勝手な賭けにでようとしているオレの愚かさ?



 何が一番お前を苛立たせてる?



 幼子のように小首を傾げ、静かに探るイライアスを見つめ返す眼光が鋭さを増す。

 憎悪を含んで睨む琥珀の瞳の中に、以前アシュリーに対して抱いた疑問の答えがあった。

 だからイライアスは一旦睫を伏せてから、視線をアシュリーからエルウィンに戻す。漆黒の瞳を見つめ口を開く直前、何故かアシュリーが先に告げた。


「……聞いても無駄だと思うけど?」


 だが、アシュリーの言葉など聞こえなかったようにエルウィンはイライアスだけを見つめ、彼が未だ茨に縛られたままでいることに気付いて、アシュリーを振り返る。


「これ、解いてやってくれ」


 自分を無視したエルウィンに請われて一瞬眉を潜めたものの、アシュリーは素直に従った。パチンと指を鳴らすと茨は音もなく消滅する。しかし、ホッとするまもなくエルウィンはイライアスに詰め寄った。


「それで、ウェンディを助ける方法は?」

「簡単なことだ、中の魔力を取り払えばいい。一遍には使えないから、膨らんだ風船から空気を抜くように、長い時間を掛けて使えば問題ない」


 言うのは簡単でも、行うことが簡単でないのにエルウィンも気付いているのだろう。イライアスの言葉を受けても、彼は奇妙に顔を歪めたままだった。


「でもあなたと違って魔術師としての資質に欠けてるウェンディじゃこの方法は取れない…」

「だから、聞いても無駄だって言ったでしょ」


 イライアスの言葉の終わりを待たずに、アシュリーが吐き捨てるように言う。だからさっさと諦めてしまえと促す彼女から僅かに焦りを感じた。彼女はイライアスがエルウィンに何をさせようとしているか気付いたらしい。

 だがエルウィンは素直にイライアスの言葉を受けとめて何かを考え込み始めた。

 イライアスはその結論に至るための道筋をほんの少し照らしただけだが、聡いエルウィンなら気付く。そして、彼ならそれがどんなに危険な賭けでも打って出る。

 大切な人のために……。

 確信して待つイライアスの前で、エルウィンの表情に変化があった。ハッと瞬いた黒い瞳は何かの決意を宿してイライアスを見た。


「この中の魔力を全部オレに移し替えることは出来るのか?」

「エルウィン!!」


 真っ先に叫んだのはロード。エルウィンに走り寄り肩を掴んで大きく首を横に振る。


「何言ってんの! そんなの無理に決まってる!!」

「そうなのか、イライアス?」

「エルウィン!!」


 縋るロードがダメだと反対すればする程、エルウィンの中の確信は大きくなる。

 イライアスは先刻、長い時間を掛けて魔力を使うことは魔術師としての資質に欠けるウェンディには出来ないと言った。裏を返せば、魔術師として希有な才能を持つ者になら出来るという意味ではないだろうか?


 そして、ロードの反応が自分の提案がまったく的はずれなものではないと確信させた。

 多分それは出来るのだ、安全な策ではないのかもしれないけれど……。

 エルウィンは縋りつくロードを脇へ押し退け、再度イライアスに聞いた。


「出来るんだな?」

「……理論上は」

「なら、試したい」

「エルウィン!!」


 腕を引くロードは今にも泣き出してしまいそうだった。否、やめてくれと言った後俯いたのはもう泣いているからかもしれない。その頭に手を置いて静かに告げる。


「……ロード、ごめん。けどオレはウェンディを助けられるなら、ウェンディだけは助けたい。どうせ、最初からこの生命はないもんだと思ってここまで来たのはお前も知ってるだろう。なら、オレがウェンディの代わりになっても問題ない」


 イライアスを止めた後エルウィンは人間世界の裁きに身を委ねる。

 人間がエルウィンに与える罰はきっと、罪を生命で贖うこと。

 それが少し早まるだけ……なら何を躊躇う必要があるだろう。だから止めてくれるなとロードの手を解き、真っ直ぐイライアスを見てから懇願するように頭を下げた。


 イライアスは頭を下げたエルウィン、ではなくその後ろに立つアシュリーを見る。一連の流れに焦り取り乱したのはロードだけで、アシュリーは変わらず黙って見守っていた。だが、彼女が剣をしまわないのは、今もまだ一人の犠牲で済ませたい気持ちの表れだろう。


 ……でもアシュリー、エルウィンがここで妹を見捨てるような男だったなら、お前は生命を懸けてまでこの人を愛したりはしなかったんじゃないか?

 お前が愛したのは、こういうエルウィンなんだろう?

 こんなエルウィンだから、お前は変わったんだろう?


 会ったことのないアシュリーに語りかけ、先程エルウィンから自分に向けられた言葉達を反芻する。


 エルウィン達にもあったかもしれない未来。

 復讐に狂うイライアスにアシュリーを重ねて、エルウィンはいなくなった彼女に語り掛けていた。


 それが果てしない想いの証明ならばどうか、愛したことを理由に苦しまないで。

 あなたが自分を忘れて幸せになることは裏切りではないから……。


 イライアスを復讐の鎖から解き放つエルウィンの願い。


 ……そう、それはエルウィンの願いであって、彼女の願いではない。彼女の本当の気持ちを知ることはもう出来ない。

 判っていても躊躇いが生まれた。

 優しかった彼女もエルウィンのように願っているかもしれない。

 愛したことを理由にイライアスが苦しむことを望まず、いつか誰かと出会って幸せになってほしいと願っているかもしれない。


 もし本当にそうだったとしたら……。


 躊躇い始めたイライアスの脳裏を過ぎったのは、今正に自分が殺そうとしていた人の笑顔だった。

 無邪気に純粋に笑って、<イライアス>を愛してくれたウェンディ。

 かつてのカレンと同じように笑い掛けて愛してくれた人間の姿。


『イライアス様』


 初めて会った日から屈託なく向けられる、日の光のように眩しいウェンディの笑顔。

 彼女を愛し始めている自分に気付いて事実から目を背けたのはいつだっただろう。

 自分がまた誰かを愛するなんて、イライアスは思ってもいなかった。


 ましてや滅ぼそうとしている人間をまた愛するなんて……。

 自分の想いの変化に戸惑い復讐を望む気持ちが鈍ったのは事実だ。


 ウェンディを殺すことが怖くなった。

 しかし………ウェンディを愛していることを認め引き返すことは、イライアスには出来なかった。


 ましてや復讐の源たる愛情を他の誰かに向けるなど、カレンへの裏切りも甚だしい。

 自分の所為で彼女は殺されてしまったのに、彼女への想いを忘れて他の誰かと幸せにになんて……許される訳がない。



 何一つ望まなかった彼女への果てない愛情の証しとして世界を捧げる以外に償う術はない。



 世界を滅ぼし、ウェンディを殺して、自分も消える。

 決してあなたのいない世界で幸せになったりなどしない。



 あなたのために世界を滅ぼしてみせるから……どうか、許してほしい。



 ウェンディへ傾きそうになる想いを実感する度、無意識に祈っていた自分。



 そう、イライアスが心底願ってたのは、復讐でも世界の崩壊でもない、ただ一つの許しだった。

 自分の所為で殺されてしまった貴女にただ許されたくて……。

 しかし彼女とはもう話すことも見えることもできない。


 何をすれば許される?

 どうすれば貴方に償える?

 償うためならなんでもするから!!


 そうやってイライアスは本当の望みを見失った。

 やっと自分が本当は何をしたかったのか思い出した時蘇ったのはカレンの優しさ。彼女がどんなに優しく慈悲深く、愛に溢れた人だったかを思い出した。


 あの彼女が、いくら果てしない愛の証明といえども自分の所為で世界が滅ぶことを望む訳がない。寧ろ、失われた生命を悼み哀しむだろう。

 カレンはそういう人だ。

 だから愛した……そんな彼女をこそ自分は愛した。


 答えはいつでもそこにあった。最初から復讐など意味のないもので、それこそすべて自己満足のためだったのに……長い時間の間にイライアスはすべてをカレンのためではない、カレンの所為にしてしまった。

 世界を滅ぼすことも、ウェンディへの気持ちを認められないことも、すべて彼女の所為にした。自分の在り方一つで引き返すことはいつでもできたのに……。


 だから救いたいと思った。

 こんな自分を止めてくれた人達を犠牲を出さずに救いたい。

 愚かさは重々承知している。

 判っているから、せめて可能性に賭けたい。

 ウェンディには絶対に無理だ、けれどエルウィンになら可能かもしれない。

 エルウィンなら不可能も可能にするかもしれない。

 だってエルウィンは、あのアシュリーを変えた人間だから……。

 精神論で変えられる未来ではないと判りながら、イライアスはそちらへエルウィンを誘導する。


「危険な賭けだ」

「だろうな」

「術自体も危険だし、仮に完全に魔力を移し替えられたとしても今度はあなたが眠り続けることになるかもしれない」


 ……否、かもではない。事実を重ねていけばほぼそうなることは間違いない。大陸を滅ぼす程の魔力はいくらエルウィンが希有な魔術師でも制御することは難しいだろう。ならエルウィンは正しくウェンディの代わりとして、眠るのではなく、死ななければならない。


 そこまで判っていながらイライアスはエルウィンを促した。

 ほんの僅かな可能性に賭けて……否、信じて。

 泣き始めたロードはエルウィンの説得を諦めたのか、そばを離れてアシュリーに駆け寄る。止めてよ!! とアシュリーの腕に縋っていた。

 揺さぶるロードを煩わしそうに払いのけるアシュリーの手にはまだ抜き身の剣が握られたままだ。


「もし失敗したらあなただけじゃない、ウェンディもアシュリーに殺される」


 顎で後ろを示され、振り返ったエルウィンがアシュリーの抜き身の剣を見たのが判った。

 あれで刺し殺される。

 エルウィンの思考を読んだようにアシュリーはそれをエルウィンとイライアスに向け言った。


「術者が死ねば全部なかったことになるからね」


 術の途中で術者が死ねば発動されなかった魔法はなかったことになる。原理は解明されてないがそういうものなのだ。


「そう、術者が死ねばな……だからお前はウェンディを殺したいんだろ」

「あの子一人の犠牲で済むのに、わざわざ危険な賭けに出る意味が判らない」

「でも……エルウィンはウェンディを見捨てられないんだ」


 きっぱり言い切ってもアシュリーは、だから? と言いたげに瞳を細めただけだった。

 どんなものにも揺らがない鉄の意思。余りにもアシュリーが強固だからこそ、イライアスはその裏側にあるものを確信する。

 多分アシュリーは……。

 気付いていて、イライアスはそれを無視した。そして泣いているロードにエルウィンのために手を貸せと命じた。



◆◆◆◆◆



 ロードは泣きながらもエルウィンのため手を貸す気になったようだが、アシュリーは手伝う素振りを見せず、ただそばで見ているだけだった。

 魔方陣を描くのをロードに任せて、イライアスはアシュリーに近寄った。


「逃げないの?」

「ああ」

「それは信じてるってこと?」

「まさか」


 鼻で笑い、アシュリーはポケットから出した煙草を銜える。指先に灯した炎で火を付け紫煙を吐く。


「信じてなんかない。けどどっちにしろ後始末するヤツが必要になるでしょ。そのためにわざわざ待っててやってんのよ」

「そうか……」


 そういうことにしといてやる…と言う言葉を飲み込んで、アシュリーと同じ場所を見つめる。

 術のための魔方陣を描き終わったロードは、再度エルウィンの説得を始めたようだった。涙を拭いながら何か話しかけている。けれどエルウィンはきっぱり首を横に振り、慰めるようにロードの頭を叩いていた。

 そんな二人を眺めながら、アシュリーは昔と変わらぬ口調で呟く。


「そもそもさ、イライアスが馬鹿なことしなきゃこんなことにならなかったって判ってる?」

「ああ、だからちゃんとけじめは付ける」

「……それがこれなわけ?」

「不満か?」

「当たり前でしょ。本気でけじめつける気があるなら、あんたが自分であの人間を殺すべきよ。それだけで済むんだから」


 やれよと顎で示された。

 眠り続けるウェンディは自分が世界の命運を握っているなど知りもしない。ただ穏やかに眠っていた。

 確かに巻き込んだのは自分だが……彼女への愛しさを自覚した今彼女を手に掛けるなど出来る訳がない。だからこんな賭けに出た。

 同じ状況ならお前も同じことをしただろう?


「じゃあお前はエルウィンを殺せるのか?」


 つい零れたのは彼らのすべてを知っているから……。

 しかし、イライアスの思惑をアシュリーはきっぱり否定する。


「殺せる」


 澱みなく言ったアシュリーは、薄く笑いフーッと長く煙を吐く。

 あまりの迷いのなさにイライアスの方がギョッとした。振り向いて、言ったアシュリーを確認してしまう。先刻までと同じ冷めた顔で煙を吐くアシュリーは、灰をはたき落としながらエルウィンを見ていた。


「なんで驚くの? 私には出来ると思ってるからイライアスはこんなことしてるんじゃないの?」


 言葉に籠った毒と刺の意味、気付いたのはしばらく経ってからだった。

 言われた意味を理解しイライアスにできたのは謝ることだけ……。


「……すまない」


 それでも……ウェンディを手に掛けることは出来ない。

 自分の所為だと判っていても彼女を救いたい。

 それがどんなに僅かな可能性でも……。

 謝るイライアスをアシュリーは見もしない。


「謝るくらいなら後始末くらい自分でつけてよね」


 酷く軽く言って、投げ捨てた煙草をきつく靴底で踏みつぶすだけだった。













読んで頂きありがとうございました。

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