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至上の愛   作者: 高瀬海之
第二部

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14、唯一の希望





 月の満ち欠けは魔族の魔力に多大な影響を与える。だから行動を起こすなら今しかない。細やかでもイライアスの力の鈍る今が唯一のチャンスだ。

 ロードが訪れた次の夜、決意を固めたエルウィンはひっそりとイライアスの館へ向かった。

 イライアスの館はその地位に比例する豪奢なものだが、使用人は殆ど通いで夜イライアスは一人に近いというのはウェンディに聞いた話だ。ウェンディの漏らした情報を利用するのは申し訳ない。だけどもう、この決意は変えられないのだ。


 エルウィンは、この手ですべてを守ると決めた。


 その結果、ウェンディを哀しませことになって法に裁かれることになっても後悔しない。

 決意を胸に思い切って着地したバルコニーから窓を叩き割って邸内に侵入した。ガラスが派手な音をたてたが、一切構わず走り始める。素早くすべてを終わらせることだけが重要で、それ以外に構っている暇はない。

 真っ直ぐにイライアスの私室を目指したエルウィンの思考にあったのはただ一つ。


 彼さえいなくなればすべては正常に戻る、ということだけだった。


 イライアスの在室を確認してあった部屋のドアを蹴破るように開け、突然のことに驚いているイライアスを視界で確かめた瞬間、エルウィンは腰に携えていた短剣を抜き言葉もなく彼に飛び掛かった。


「エルウィンっ」


 驚きながらも最初の一撃を紙一重で躱したイライアスがバランスを崩して床に倒れ込む。追って短剣を突き出したがそれも躱された。


「チッ!」


 舌打ちし、即身を翻し床を転がるイライアスを追いかけたエルウィンは、無防備なイライアスに馬乗りになって短剣を構え直した。真っ直ぐ彼の首を狙う。

 死ね!! とは思わなかった。

 ただ、彼を止める方法が他に思い付かなくて……とにかく今、彼を止めるためにはこれしかない。イライアスを人間から切り離さなければ彼の策略は成功してしまう。させないために、今はっ……。

 心を鬼に、歯を食いしばって短剣を振りかぶる。

 瞬間、エルウィンを見上げてもがいていたイライアスが叫んだ。


「……ウェンディっ!!」


 声が、エルウィンの動きを止めさせる。

 一瞬の躊躇いが明暗を分けた。

 何かが視界の端を横切った瞬間、思いも寄らぬ攻撃がエルウィンの脇腹に加えられた。


「…っ」


 それが凄まじい速度で繰り出された蹴りだと気付いた時にはもう、イライアスの上から弾き飛ばされていた。蹴飛ばされ思わずナイフを手放した手で蹴られた腹を押さえ、転がされた絨毯の上で蹲る。

 近くでバタバタと人の動く気配がして、一番聞きたくない声が聞こえた。


「イライアス様っ、大丈夫ですか!?」


 吃驚して、苦痛に滲む視界をうっすら開いて見た先。

 イライアスを助け起こすウェンディがいる。


「………ウェンディ」


 何故彼女がいるのだ…何故、ウェンディがこんなところに……どうして、今、この場にお前が現れる!?


 混乱したまま身を起こしたエルウィンの前に、ウェンディはイライアスを庇うように立ちはだかった。その目が怒りに燃えている。

 茶褐色の瞳に押さえきれぬ憤怒を宿したウェンディは、混乱を露に蹲る兄を見下ろして力一杯叫んだ。


「私は兄様を信じてたのにっ、………どうして、…どうして魔族の手先になんかになってしまったんですか!? 兄様は人間でしょう!? なのに、どうして魔族のためにイライアス様を殺そうとするの!!」


 拳を震わせて訴えたウェンディの言葉がエルウィンの瞳を見開かせる。

 いつかのイライアスの忠告が蘇った。彼は実行したのだ、あの時の言葉を……そしてウェンディを味方につけた。

 イライアスの卑劣さに頬を真っ赤に染め、射るような視線で睨み付ける。ウェンディに庇われた後ろでニタリとイライアスが笑っっていた。


 薄い唇を歪めて笑う顔は残忍な魔族のそれ。

 判っていてやった、すべて彼が描いた。


 卑怯者!!


 激しすぎる怒りが言葉を奪い、歯を食いしばったエルウィンは両手に魔力を集めながら、雄叫びを上げて立ち上がる。


「イライアス!!」


 しかし、再びイライアスに牙を向こうとするエルウィンの前に、何も知らないウェンディが立ち塞がった。全身でイライアスを庇い、手は既に腰の剣の柄を握っている。


「ウェンディ退け!! そいつが全部の元凶なんだ!! だからっ…」

「なんてことをっ……恥ずかしくないの、魔族に騙されて同族まで疑って!! あなたはどうかしてる!! …………宮廷魔術師エルウィン、あなたを同魔術師イライアス殺害未遂の現行犯として捕縛する」

「ウェンディ!! 聞けっ…」


 しかし、エルウィンの言葉に一切耳を貸すことなく、ウェンディは手を打った。途端に、何処に隠れていたのか、武装した衛兵がどっと部屋になだれ込んでくる。剣を構えた十数人の衛兵はぐるりとエルウィンを取り囲み、皆が切っ先と共に、嫌悪の視線を向けてきた。

 どんなに必死に訴えてももう自分の言葉は誰にも届かないのだと思い知らされる。

 この手際の良さを見るに、自分の行動は最初からイライアスに見透かされていたのだろう。だからこの場にウェンディがいて、衛兵がいる。


 決定的な現場を押さえられたエルウィンに反論の余地はない。

 完全に反逆者になった。


 ……けれど、込み上げてきたのは陥れられた悔しさよりも、己の腑甲斐無さに対する悔しさ。自分の無力が口惜しく、事実を正しく伝えられないもどかしさが憎い!!


 苦渋を顔いっぱいに浮かべたエルウィンをウェンディに守られしおらしく見ていたイライアスは、耐えきれず手のひらで口許を覆い、彼から目を背けた。


 …そうでもしなければ場も弁えず笑い出してしまいそうだった。


 こっちの予想通りに行動したエルウィンが余りに憐れで……おかしくて仕方無い。

 彼を含めた思い通りに動く駒のおかげで自分の計画の完遂が確信出来た。


 もう、この流れは変えられない。


 確信するイライアスと同じ事実を、エルウィンもまた、実感する。


 もう……。


 事実を受け入れたエルウィンは、しかし、絶望だけはしなかった。

 一つだけ、イライアスが憂えた切り札がエルウィンの手の中には残っている。今夜の行動は、その切り札を出さずに事態が収拾出来ればとエルウィンが願った、いわば予備策。

 失敗してしまった今、もう躊躇う時間はなかった。


 悔しいが後はあなたに託すしかない。

 本当はあなたの眠りを妨げたくはなかったけれど……。


 勢い良く顔を上げたエルウィンは次の瞬間、素早く身を翻してバルコニーへ続く窓へ向かって走った。その動きと連動するように突然部屋の窓ガラスが一斉に砕け散る。

 室内の人間は音に驚いて咄嗟にしゃがみ込んだ。


「……何っ」

「エルウィン!!」


 誰より先に叫んだウェンディの声に重なる別の声。待ち構えていたロードが、黒い翼を広げて枠だけになった窓を突き破って室内に飛び込んでくる。

 予期せぬ侵入者の存在が一瞬の隙を生んだ。

 魔族の来襲が室内を驚愕と混乱の渦に巻き込み、すべての対応が遅れる。一拍の間を置いてやっと、ウェンディは腰に下げた剣を抜いた。その時には既に、ウェンディとロードの間にはエルウィンがいて、切りかかろうとするウェンディを阻む。


「兄様、退いて!!」


 怒声を浴びせ凄んでも、エルウィンは先刻のウェンディ以上に強固にロードを庇い、振り向きもせずに言った。


「何やってんだロードっ、オレに構うなって言っただろ!! 早く行け!!」

「でもっ…」


 ロードを背後に庇い、両手に魔力を集める。短い詠唱の後、室内には魔法による暴風が吹き荒れ始めた。きつい風を避けようと全員が顔前に腕を翳し身を屈める。

 そうやって衛兵の動きを封じ込めたエルウィンは顎をしゃくってロードを促した。


「エルウィンもっ、一緒に……」


 自分も逃がそうとするロードを、エルウィンはきつく首を横に振って拒否した。


「オレに構うなっ、行け!」


 アシュリーを頼む!!


 エルウィンからの強い願いを受けたロードは、一瞬の躊躇いの後身を翻して、夜の闇へ飛び出した。

 ロードが彼方へ飛び去ってから部屋の中にいた衛兵が慌てて追撃の指示を出したが、捕らえることは出来ないだろう。後は無事にロードがアシュリーを蘇らせてくれたら……一種の安堵感を感じたエルウィンの身体から力が抜ける。


 事態はもうエルウィンの手を離れてしまった。

 ここから先の展開は彼にも予想がつかない。

 ……でも後悔はなかった。


 納得して受け入れたエルウィンは、ついと視線をイライアスに向ける。彼は騒然とした部屋の中、一人だけ落ち着いた面持ちでロードが消えた場所を見つめていた。

 もしやこの行動もイライアスに取っては計算のうちであったのかもしれない。だとしたら、ロードの行く手にはまだまだ困難が待ち構えているのだろう。だが、エルウィンにはもう、ロードがそれらを乗り越えられるように祈ることしか出来なかった。



 ……しかし、エルウィンの推測に反して、イライアスの心中は実はそう冷静ではない。



 ロードの来訪は予想外だった。ただ一人魔族の実情を知るエルウィンの反抗はある程度予測出来ていたけれど、ロードがそれに荷担することはないと信じていた。イライアスは、脅迫によってロードが適わぬ敵に立ち向かうことを諦めた感触を確かに得ていたのだ。

 なのに、また彼は愚かな行動を起こした。


 それはすべて彼らのために……か?


 ロードが心底愛したアシュリーとアシュリーが愛したこの……イライアスはエルウィンの方を向く。

 思わず目が合っても驚くことなく、静かに視線を絡ませたイライアスは力なく蹲ったエルウィンに近付いた。ロードにアシュリーのカケラを渡し安堵しているだろう彼を掻き乱すため、わざわざ彼のそばに跪いて潜めた声で囁きかける。


「馬鹿なことをしたな、エルウィン」

「…何?」


 ピクリと眉をはね上げ、睨んでくる黒真珠の双眸。どうやっても光を失わないその目を絶望という闇で覆い尽くしてやりたくなった。


「オレと対等に戦えたのは魔界にいた頃のアシュリーだ。お前と出会って不抜けになったアシュリーじゃない。お前の知ってるアシュリーじゃ逆立ちしたって今のオレには勝てない……ロードはアシュリーにあの頃の力を取り戻させるためにどうすると思う?」


 見上げてくる黒い瞳で不審と不安が混ざり合う。疑いながらも耳を傾けることをやめられない彼に冷笑を浮かべ、突き付けた。


「記憶を操作するんだよ。情なんて欠片も持たない冷たい魔族に戻すために……もちろんお前のことも忘れる。蘇ったアシュリーはお前の知ってるアシュリーじゃない」


 もうアシュリーはお前の愛したアシュリーじゃない。

 そんなもののために生命を懸けたお前は馬鹿だ。

 ロードはお前を欺いたのだと嘲笑う。


 しかし、ククッと軽薄な笑みを浮かべるイライアスを見つめたエルウィンの目に、想像していたような絶望は一切浮かばなかった。寧ろ白けたように瞳を細めた彼にイライアスの薄笑みが凍り付く。



「……だから? ペラペラよく喋るな。そんなことお前に言われなくてもとっくに知ってる。ロードは嘘も隠し事も下手だからな、ちゃんと教えられた。……そんなこと別にオレはどうとも思っちゃいない。どんなアシュリーでも、アシュリーはアシュリーだ」



 イライアスの思惑を完全に否定して、更に続ける。



「今夜オレが来たのは、アシュリーの手を汚さずにお前を止めたかったからだ。お前が何者でも、お前はアシュリーが心底好きだった相手。誰が、大事な人に二回も好きな人を殺させたいと思う? オレはアシュリーをお前の下らない計画に巻き込みたくなかっただけだ。それなのに……」



 結局失敗して、安らかに眠っていたあの人を意に沿わぬ戦いの舞台へ引きずりだすことになってしまった。それが何より悲しい。


 あなたにまた会えることよりも、あなたにまた罪を重ねさせてしまうことが悔しい。

 ごめん、アシュリー…。


 謝り睫を伏せたエルウィンのそば、イライアスは信じられないと瞳を見開いた。

 彼の思考は余りにもイライアスが想像するものとは違っている。

 何にも屈しない、何にも絶望しない、何も諦めない。ひたすらに前のみを見て進んでゆく彼という人を目の前に、イライアスは情けなくも動揺して声を荒げていた。


「そんな心配してる場合か!? お前アシュリーが全部忘れることが怖くないのか? あいつがお前の知らない魔族に戻ることもなんともっ…」

「思わない」


 遮ったエルウィンは真っ直ぐ青灰色の瞳を覗き込み、そして胸を張って言い切った。


「忘れたなら、もう一度出会って最初から始めればいいだけだろ? アシュリーがオレを忘れてもオレはアシュリーを忘れない。どんなアシュリーでも愛してる。……アシュリーを愛することはオレの誇りだ」


 強く言い切ったエルウィンに返す言葉をイライアスは持たなかった。ただ唇を震わせ続け、やがてウェンディに指示された衛兵がエルウィンを捕らえにくる。後ろ手に縄をうたれた罪人らしい姿になっても、エルウィンは胸を張っていた。

 連れられていくエルウィンを呆然と見送ったイライアスは、ウェンディがその肩を叩くまでずっとその場に蹲り考えていた。


「イライアス様、大丈夫ですか?」


 気遣うウェンディに即座に縋りついて、思い付くまま呟く。


「ウェンディ……ウェンディ…。オレにはエルウィンが判らない。どうして、あいつは…」


 あんな風に前だけを見ていられる?

 かかる事態に真っ直ぐ立ち向かっていける?

 何も彼もが辛くならないのか?

 苦しくないのか?

 空しくないのか?


 エルウィンの零した言葉の端々から彼が自分の過去を知っていると推測出来た。イライアスも、ロードからエルウィンとアシュリーの紡いだ過去を聞いている。


 だからこそ、イライアスには不思議でならなかった。

 自分達は種族こそ違うものの、同じ立場にいる。

 愛した人を他人の無理解によって奪われた、なのに……。


「どうしてエルウィンは……あんな…真っ直ぐ、いられる…?」

「イライアス、さま?」


 切れ切れのイライアスの言葉を捉えかねて困惑しているウェンディに、更にしっかり抱き付く。背をなでる手の優しさに泣きたくなった。


 どうして、同じ結末を迎えたオレ達なのにこんなにも違う?

 どうして、エルウィンはあんなに強く今もアシュリーを想える?


 ……………オレは、エルウィンのように堂々と、今もカレンを愛していると言えるだろうか?


 己の心に疑問が芽吹くのを感じたイライアスは、それから逃れようとするようにウェンディの唇を奪った。











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