13、今までで一番意外な告白
ロードからすべてを聞いても、すぐには頭は働きださない。
やがてエルウィンは、かつてアシュリーが見せてくれたあの荒野を思い出した。
生涯忘れることはないだろう無残な光景。草木の一本も生えない砂の大地が果てしなく……自分の住む世界にこんな場所が存在したのかと驚くことしか出来なかった場所。
そこでアシュリーはイライアスを殺したと言った。
だったらあの場所が、今の話の舞台となった街があった、壊されそうになった大地。
何故そうなったのか誰も知らない死の大地がそんな理由で出来たなんて思いもしなかった。
アシュリーはあそこを自分の罪のある場所として、そして自分達の持つ力の証明としてエルウィンに見せたけれど、実際はそれ以上に重要な事実を秘めた場所だった。
人間を愛した魔族が、その人を失った哀しみと怒りによって作り出した荒野。
それは、エルウィンとアシュリーにも存在していたかもしれない結末。
もし仮にあの時生命を落としていたのが自分の方だったら、アシュリーはイライアスと同じことをしていたのだろうか? しかし、同じだったかもしれないエルウィン達の結末はその時とは逆に、人間が魔族を失う結果になった。
形は違っても、最愛の人を失ったのは同じ。だからエルウィンには残されたイライアスの気持ちが痛い程よく判る。
他人の無理解で自分自身より愛した人を勝手に奪われ、憎い、哀しい、苦しい…様々な負の感情が胸に渦巻いた。……果ては、エルウィンは自殺まで考えた。ロードが止めにこなかったら、エルウィンは間違いなくこの世にいなかっただろう。
この先自分が生き続ける意味も価値も、彼女を失ったと同時に消え失せ……後に残ったのは、ただどうしようもない哀しみ。それを忘れるためにはもう、自分というものを消すしかないと思った。
イライアスも同じ思いをしたのだろう。
だから彼は自分を含む世界の破滅を願った。
でもっ………。
イライアスの行動の根底にあるものを知って尚、エルウィンの中には沸き上がるものがある。世界の破滅や人間の滅亡は関係なく、同じ気持ちを知っているからこそイライアスを止めなくてはいけないという使命感を感じた。
きゅっとアシュリーのカケラを握り、ロードと向かい合う。彼ももう顔を上げていて、神妙な顔つきでこちらを見ていた。
見つめ合って聞く。
「ロード、アシュリーならイライアスを止められるのか?」
「………正直、絶対とは言い切れない。二人が本気でやり合ったのも、あの時一回だけだし…でもアシュリーとイライアスの力は同等のはずなんだ」
そこで言葉を切ったロードは今気付いたというような顔をして、またしても衝撃の告白をした。
それも多分、今までで一番意外な告白。
「ああ、そう…オレ達は家族とかそういう関係凄く希薄だけどない訳じゃなくて、アシュリーとイライアスは異母兄妹だから力も…」
「はぁ!?」
予想外過ぎて、エルウィンも今までで一番間の抜けた驚き方をした。
これまで何を告げてもある意味神妙に驚いていたエルウィンが、ぽかんと口を開けている様が余りに間抜けで、ロードは不謹慎にも吹き出してしまう。
「そんなマジで吃驚しなくてもいいじゃん」
「だってっ、全然、そんな風には……」
見えない…と継ごうとした気持ち、ロードにも判る。エルウィンの言葉を肯定して頷き、続けた。
「まあお母さんが違うから、顔とかは似てないしね。でも受け継いでるものはどっちも同じだよ。ただ、アシュリーは兄妹とか、関係なくイライアスが好きだったし、あんなことになるまで、イライアスに逆らうつもりはなかった。何事もなかったらきっと一応年上のイライアスがお父さんの跡を継いで、アシュリーが補佐して……そんな風に、普通に時間は流れたんじゃないかな?」
それをこそアシュリーは望んでいただろう。
たとえ彼が自分を想わなくても、そばに在って孤高を保ち続けてさえいればそれで満足したはずだ。そして彼らは、人間に干渉することも、魔界から出ることすらしないで一生を終えていたはずなのに……。
何処でどう間違ったのか、二人共が人間のために命を懸け、こうして争う結果になっている。
そんなところまで同じである必要はないのに同じような道を辿る理由は、半分といえども兄妹だからだろうか?
一緒にいた頃には何処にも似たところなどなかった古い友人を思い浮かべて、ロードは小さく溜め息をついた。
「力はほぼ同格。後は、本人のやる気次第かな…」
「イライアスはやる気満々だろ」
「うん……邪魔するならオレでも容赦しないって言ってた。相手がアシュリーでもそれは同じだろうね」
腕に巻いた包帯を撫でて、それを負わされた時を思う。
自分にとって唯一といっていい障害のアシュリーの行方を求めて、イライアスは直接ロードの前に現れたのだ。アシュリーが地上にいないことを察知し、彼女がカケラを託すとしたらロードしかいないという判断だったのだろう。
幸か不幸か、その時カケラはロードの手になかった。
けれど、もしエルウィンが持っていることがばれたら彼が危ない。最愛のアシュリーが命を懸けて守ろうとし、自分にとっても友人であるエルウィンを危険には曝せない。
だからロードは、絶対勝てないイライアスに、あの時初めて歯向かった。
しかし、歴然とした力の差はロードの細やかな意地さえ粉々に打ち砕き、結局イライアスの暴力と脅迫に屈して、エルウィンがアシュリーのカケラを有していることを、そうなった理由を吐露させられた。
アシュリーが消えた顛末を話した時、少しだけイライアスは意外そうにしていたけれど、それだけ……結局彼は、友の哀願も説得も拒絶して、邪魔するなと釘だけ刺して去った。
自らの手で友にとどめを刺さなかったのは、イライアスなりの優しさだったのかもしれない。でも、邪魔をしてもしなくても結局すべてが滅べば自分も消える。
だったらこの生命を掛けてでもイライアスを止めるべきだ!!
その答えを出すのに酷く時間が掛かったこと、ロードは心の底から恥じていた。
ロードはイライアスの脅しに一瞬は怯んだのだ。完膚なきまでに叩きのめされた恐怖に竦み、絶対勝てない彼に逆らう空しさを考えて、自分一人が足掻いてもどうにもならないと諦めるつもりだった。
でも……怯えた心に触れたのは、全身全霊を掛けた友の叫び。
あれは、アシュリーがエルウィンを守るために現れた時だったのだろう。
『エルウィン!』
呼んで弾けた懐かしい友の気配。
カケラになっても愛しい人のために現れた彼女の気配を感じて、やっと正気に戻った。
エルウィンを守ろうとアシュリーはカケラになっても戦っている。
それを感じて、怯え隠れていた自分が酷く卑怯に思えた。
まだ可能性は0じゃない。それなのにもうすべてを諦めて投げ出してしまおうとしていた自分。それはアシュリーもエルウィンも見捨てしまうのと同じ……まだ生きている友を見殺しするような真似は出来ない!!
かつての日もロードは、世界や全人類なんて大きすぎるもの全部を守りたいと思ったわけではなかった。ただ、自分と友が一緒に生きていられる現在だけは守りたいから……イライアスを止めたかった。
それは今も変わらない。アシュリーとエルウィンとベガ…少ないけれど大切な人がいる。彼らを勝手に消されてしまうのは嫌だ。
だったら、愚かと馬鹿にされても戦おう。やれるだけのことをやってこそ、終わりに文句も言えるのだろう?
だからもう、逃げ隠れはしない。
アシュリーを蘇らせようとしていることがイライアスに知れたら今度こそ確実に殺される。それでも、イライアスがしようとしていることから目を背け、いつかくる世界の終わりに怯え震えているよりはずっとマシだ。
一か八かのアシュリーの復活に自分自身の命も懸けて、ロードは行動を起こした。
アシュリーが蘇れば可能性は0じゃなくなる、だから……アシュリーを返して。
あの日の言葉をもう一度紡ごうとしたロードの前で、同じように何かを思案していたエルウィンがふいに聞いてきた。
「……なあ、ロード。アシュリーは本気でイライアスとやり合えると思うか?」
微かな躊躇いの後、ロードはゆっくりと首を縦に振った。




