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至上の愛   作者: 高瀬海之
第二部

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11、愛故の結末




 時間の観念が希薄な魔族のロードには、それがイライアスと絶縁して何年の時が流れたころだったのかもよく判らない。ただイライアスの代わりとしてアシュリーを抱くのがもう習慣化していて、その日もロードは退屈と零すアシュリーの相手をした後、彼女の隣りに横たわっていた。

 つい先刻まで腕の中で喘ぎ甘えていた最愛の人を、でも抱き締めて眠ることは出来ない距離に哀しみを抱いてぼんやり寝顔を見ていた時だった。

 突然、耳を劈く悲鳴が頭の中にこだました。誰かの悲痛な叫びが耳鳴りのように脳内を乱反射して痛い。


「っ…」


 思わず身体を竦めて耳を押さえる。

 同時に、眠っていたアシュリーが弾かれたように飛び起きた。アシュリーも同じものを聞いたのだろう、片手で自分の耳を押さえている。

 でもそれが直接耳に聞こえたものではないのはロードにも判っていた。

 それは叫びの思念。悲鳴に込められた強い強い想いが時空を越えて、直接こちらの意識に触れてきたのだ。


「何、今の…」


 頭痛となった思念の余韻に眉をしかめ、隣りのアシュリーを見る。しばし呆然としていたアシュリーは直にハッとするとロードを振り返しもしないで、身を翻した。


「イライアス!!」

「…え?」


 禁句と言っていい程長く聞くことのなかった名前に驚いている間にアシュリーは寝台を飛び出していて、慌ててロードもその後を追う。あの悲鳴がイライアスのものかロードには判らないままだったけれど、アシュリーがそう言うならそうなのだと納得してアシュリーの後ろに付いていった。


 身なりを整えるのももどかしそうに、乱れ髪のまま魔力の羽を広げたアシュリーと共に、夜の空を渡り辿り着いたのは、最後にイライアスが暮らしていた山の裾にある街だった。

 上空から見下ろせる街の中央に、夜の闇を不気味に照らす篝火が焚かれている。揺らめく炎から風に煽られた火の粉が巻き上がる様は何処か禍々しく、炎が揺れる度その周囲に円陣を組んだ人影が伸縮を繰り返すのも嫌な雰囲気だった。


 そしてその予感は的中する。


 恐らく街中の人間が集まっているのだろう、分厚い人垣の円陣の中央、石畳の広場に縄を打たれて跪かされているイライアスがいた。そのそばに泣いているカレンと弟の姿があり、どう見てもそれはイライアスを住人が糾弾している様子だった。


「あいつら…」


 同じ場所に視線を落としたアシュリーの忌ま忌ましげな科白に、ロードは慌ててアシュリーの手を掴んだ。


「アシュリーっ、今オレ達が出ていったらそれこそイライアスが不利になる。落ち着いて!」


 今にも円陣の中央へ飛び込んでいきそうなアシュリーを諫め、ひとまず街の広場が見下ろせる建物の屋根に着地する。気配を殺しそっと広場を窺った。

 イライアスは既に相当の怪我を負っていて今にも倒れてしまいそうだった。

 かつて魔界最強とまで言われた魔族の無残な姿……ロードとアシュリーが予感したことが今現実となっている。

 人間と心を通わせて変化してしまったイライアスは、やはり今回も抵抗出来ないでいるのだ。殺されるかもしれないのに、それでも彼は……。


 ギリッと視界の端のアシュリーが奥歯を噛み締めたのにハッとする。アシュリーの琥珀の瞳が怒りに燃えているのが判った。

 ただその矛先は、イライアスを責め立てている人間よりも、イライアスを無抵抗たらしめている人間……即ちカレン達へ向けられているように感じた。

 その直感を裏付けたのはアシュリーの言葉。


「ロード、隙を見てイライアスを助ける。そしたらそのまま魔界へ戻るわ」

「え? …でも」


 カレン達はどうする? という言葉を皆まで言わせず、アシュリーは冷たく吐き捨てた。


「人間のことなんてどうでもいい。私はイライアスさえ生きてればそれでいいのっ。大体私は、こんな情けないイライアスは見たくなかった。ましてや、あの女のためにイライアスが死ぬなんて、絶対許さない!!」


 言ってアシュリーが睨み付けたのは、やはりカレンだった。

 イライアスから少し離れた場所で男達に押さえ付けられているカレン達がいるから、イライアスは抵抗も逃走も出来ないでいる。彼一人なら逃げ出すことなど容易いだろうに、カレンを置いては逃げられないのだ。


 愛情に縛られ、無力な人間に殺されそうになっている最愛の人。アシュリーは今のイライアスの姿そのものが許せないのだろう。


 上級魔族として生きてきたアシュリーが叶わない数少ない魔族であるイライアスが、たった一人の人間のために生命を無駄にする。イライアスがカレンのために無様な死を受け入れることは、そんなイライアスを愛したアシュリーのプライドまでを傷つけることなのだ。

 だからアシュリーが今この場で最も憎んでいるのはカレン。自分からイライアスを奪い、今更にイライアスの生命まで奪おうとしているカレンに、底知れぬ憎悪を燃やしていた。


 ………それは酷く身勝手な言い分で、利己的なアシュリーの想いを他人は『愛情』とは認めないかもしれない。でも、長年抱き続けたイライアスへの果てしない想いは、もはやアシュリーの生きる理由と言っても過言ではない程深く彼女の人生に絡み付いている。

 イライアスを想ってきた年数はアシュリーが生きてきた時間と同じなのだ。それだけ大切な人が、こんなところで自分には理解出来ない理由で死ぬことなど認められない。


 カレンのためなどに絶対死なせない!!


 夜空を焦がす篝火よりも激しく燃えるそれが『嫉妬』なのだと、アシュリーは知らなかった。

 ましてやその感情が、この後自分をどうつき動かしていくかなど、その時の彼女は想像もしていなかった。


 カレンを視線で射殺さん勢いで睨むアシュリーの目に、彼女を人質に取られ抵抗出来ないイライアスに向かって、棍棒を持った初老の男が何かを怒鳴っているのが映る。興奮した男に棍棒で殴られても蹴られても、イライアスはじっと耐えていた。


 それもこれもカレンのため…。


 彼女のために耐えるイライアスもそろそろ限界なのだろう。顔面が血で染まっているのが遠目にも判る。地面に倒れても自力で起き上がることが出来なくなっていた。

 アシュリーとロードが仕掛けるために臨戦態勢に入った時、不意に男が手にしていた棍棒をカレン達の方へ向けた。

 男が何事が呟いた途端、ぐったりしていたイライアスが突然暴れ始める。何かを喚いて立ち上がろうとしたところを後ろから襲いかかった男達に押さえ付けられ、再び地面に伏せられた。


 カレンっ…イライアスの悲鳴に似た呼び掛けが響く。


 先刻聞いたのはイライアスのこの叫びだったのだとロードが確認した瞬間、カレンを取り囲んでいた人間達が一歩ずつ後ろへ下がった。ロード達がハッとするのと同時に、イライアスから喉の裂けるような絶叫が迸る。


「やめてくれぇぇ!!」


 広場いっぱいにこだました声をきっかけに、予備動作無く隣りのアシュリーが消えた。

 気付いた時にはアシュリーはもう広場の中央へ躍り出ていて、イライアスを押さえ付けていた男達を蹴散らし、それまでの鬱憤を晴らすかのように魔力を放ち始めていた。


「アシュリーっ……」


 つい非難めいた声が出てしまったが、始まったものは仕方無い。ロードも慌てて彼女の後を追って広場へ飛び下りる。

 アシュリーは建ち並ぶ家々破壊しながら踊るように人間を追い回し、その暴れっぷりに慌てふためいた人間達は、統率を欠いた混乱の中でアシュリーの攻撃の餌食となる。

 それを横目に混乱する広場に降りたロードは、しかしアシュリーに逆らうと知りながらも真っ先にカレンを探した。


 『想い』というものに対して、アシュリーとは全く違う解釈を抱くロードは、イライアスだけ助けてもなんの意味もないと知っている。アシュリーがどんなに認めたくなくても、イライアスにはカレンが必要なのだ、見殺しには出来ない。


 カレン達を助けようと逃げ惑う人々を押し退け掻き別けてそこに辿り着いた時、ロードは本当の絶望を見た。




 地面に折り重なるように倒れているカレンと弟。

 それは一目見ただけで死体と判る有様だった。




 互いを守ろうとした証しのように抱き合う彼女達の、蹲ったカレンの背中側から突き刺された剣が彼女の薄い身体を通り抜けて少年の背中へ突き抜けている。二人の真新しい傷からは血液が流れ出していて、みるみる間に石畳の目地に血の川を作っていた。

 もうどんな方法をもってしても彼女達を助けることは出来ない。


「カレン!」


 無残な二人の姿に言葉もなく立ち尽くすロードの背後から、彼の声がした。解放されたイライアスがカレン達を探して近付いてくる。


 イライアスに見せてはいけない!!


 咄嗟に思ったけれど、ロードが行動するより早くイライアスはロードを見つけ………彼を通り越した向こう側を見てしまう。


 瞬間、見開かれた灰色の瞳がはぜた炎を写して緋色に染まった。


 それは彼の精神が狂気の紅に染まった瞬間でもあったのかもしれない。

 その場で足を止めたイライアスは瞬きもせずに倒れたカレン達を凝視し、やがて倒れるように石畳に膝を突いた。


 駆け寄って確かめる間でもなく、理解してしまったのだろう。彼女達の死を……。


 痛め付けられぼろ雑巾のようになった彼の身体から、見て判る程顕著に力が抜ける。そのまま長い時間が流れ、肉体、精神…両方に与えられたダメージで壊れそうになっている彼を象徴するような弱々しい声が呟いた。


「なんで…、カレンが……。…カレンがな…をした、ただオレを愛…た……そ…だけのこ…じゃないか……。それ…のに、それなのに…………」


 目の前に広がる絶望を認めても、泣くことさえ出来ないまま…途切れ途切れに零す。


「オレが魔族だからか…? それとも、カレンが人間だから…? だから……」


 こんなことになったのか!?


 拳を作る力も無くうなだれたイライアスが心の中で叫んだ疑問はロードにだけ届いた。

 ……でも、答えをロードは言えない。そうだ、とたとえ思っても、今のイライアスに告げる冷酷さをロードは持って無い。

 無言のロードを見上げたイライアスは、呟きの答えを他に求めるようにゆっくり周囲を見渡した。


 いつの間にかイライアスとロードの周りは逃げ場もない程の炎に包まれている。それは混乱した人間達が逃げながら投げ捨てた松明の所為かもしれないし、アシュリーが放った魔法の所為であったかもしれない。


 街を紅く染める炎の向こう側で誰かの悲鳴がする。アシュリーがまだしつこく人間達を追い払っているのだろう。阿鼻叫喚の地獄絵図のような街を見渡していたイライアスはやがて、焦点の合わぬ瞳で呟いた。


「……びれば、いい…こんなせ…い」

「イライアス…?」

「全部消えればいい……。カレンを殺したこんな世界、オレには必要ない!!」

「…イライアス!!」

「人間も魔族もいなけりゃ…! そしたらカレンはっ…!!」


 ハッとした時にはもうイライアスの全身に魔力が漲っていた。傷ついた身体の何処にこれほどの魔力が残っていたのか……疑問を差し挟む余地はない。


 瞬きよりも早く迸る閃光。


 溢れ出る魔力はイライアスの生命そのものであると気付いても、ロードに止める術はなかった。咄嗟に身を竦ませて自分を守ることしか出来ない。




 解放された魔力が真っ白な閃光となって、真っ赤な炎も漆黒の夜空も飲み込んでいく。



 カレン…耳鳴りに似た悲痛な叫びは、獣の咆哮に似た轟音に変わって光と同じ速度で大地に響き渡った。













読んで頂きありがとうございました。

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