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至上の愛   作者: 高瀬海之
第二部

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10、重なる過去





 イライアスの理不尽さへの怒りに身体を震わせていたエルウィンは、ロードの一言で全身を硬直させた。


「…なんだって?」

「イライアスの奥さんを人間は殺した。理由はもちろんイライアスが魔族だったから……だからイライアスは魔族も人間も全部を憎んでる。そういうことだよ」


 愛した人が人間に…?

 言葉の意味を理解した途端蘇るものがあった。


 全身傷だらけになった彼女の背後で光る白刃。

 血まみれの彼女を抱き締めた重み。

 泣きながら消えていった……アシュリー。


 十数年前の出来事は今もまだ昨日のことのように思い出せた。

 しっかり抱き締めていたアシュリーの身体が溶けて塵に変わった空しさ哀しさ苦しさ。あの喪失感はどれ程の時をかけても消えることなく、今もエルウィンの胸にある。

 そして同時に蘇るのは、奪った相手に対する果てしない怒りと憎しみ。確かにあの時エルウィンは人間を憎んだ。

 同族であろうとも、勝手な理由でアシュリーを殺し、最高の幸せを奪った人間を憎悪した。


 あれと同じ理由?


 敵である彼の根底にあるものが、自分と同じ経験であると知ったエルウィンの瞳に戸惑いが過ぎる。握り締めた手のひらを開いてヒビだらけのカケラに視線を落とした。


 愛した人のカケラ。


 アシュリーを失ったのと同じ悲しみがイライアスを破滅へつき動かしている。

 知ってしまった事実に呆然としてアシュリーのカケラへ視線を落とすエルウィンの横顔を見ながら、ロードは過去の出来事を咄々と話し始めた。


「もう何百年も昔のことだよ。魔界での生活に飽きたイライアスが突然人間界に行くって言い出した。……元々あの人ギャンブル好きな面があったし、人間の中で正体を隠して生きて行くっていうスリルを楽しむつもりだったんだと思う」


 イライアスの突然の行動に慌てたものの、アシュリーもロードも引き止めはしなかった。イライアスが気紛れを起こすのはいつものことだし、暇潰しには丁度いいと笑って送り出したのだ。


「最初は何の問題もなく過ごしてた。時々はオレやアシュリーも遊びに行って……、エルウィンと暮らしてた頃のアシュリーみたいに、イライアスも人間に紛れて普通に暮らしてたんだ」


 瞼を閉じ思い出しながら綴る、平和だった日々。

 今はもうない街並みを、落ち葉を踏み締めてイライアスの家まで三人で歩いたこともあった。

 外見上は殆ど人間と変わらないロード達は、紛れ込んでも気を付けていればそう簡単に正体はばれない。そうやって多くの時を過ごすうち、あの生活はスリルを楽しむためのものではなくなっていた。そして、流れていく時間の緩やかさ暖かさに絆され、いつしか人間界で魔族が暮らすことが異質なことではないと思い始めていた。


 ……しかし、それはあくまで魔族側の意見でしかないのだ。

 偽って入り込んだ異種族を人間は許さない、受け入れない。


 そのことを深く実感したのは不意のきっかけでイライアスの正体が隣人に知られたことだった。

 真夜中、翼を開いて帰宅したイライアスを見かけた隣人は即イライアスの正体を疑った。そして綿密に調べ、彼が魔族である証拠を掴んだ途端、手の平を反した。

 突然街中の人々が徒党を組んでイライアスを襲ったのだ。それまで良き隣人であったイライアスに石を投げ、火矢を放ち、抹殺しようと狂気の表情で迫り追いかけた。


 無論イライアスには魔力で対抗する方法があった。


 ………でも彼がそうしなかったことをロードもアシュリーも知っている。人間の世界で暮らした間に、昨日まで親しくしていた他人に刃は向けられない、そう思う気持ちがイライアスの内に生まれてしまっていたから……。

 イライアスの危機に気付いてロード達が駆け付けた時にはもうすべてが終わった後で、命からがら逃げ延びたらしい彼が何処に行ったのかさえ判らなくなっていた。


 だからアシュリーは腹癒せにその街を消滅させた。


 あの頃のアシュリーはエルウィンの知っているアシュリーとは別人と言っていい程冷酷で残忍な人だったから……一番大事なイライアスを、無抵抗であった彼を、傷つけ追い出した人間の冷酷さと傲慢さに怒りをたぎらせ、躊躇なく憎悪の炎で街を燃やし尽くした。

 しかし、同じくそうであったはずのイライアスが人間に抵抗出来なかったと知った時、アシュリーとロードは同じ不安を持ったのだ。


 人と暮らし心を通わせる間にイライアスに起こった変化。

 それがいつか彼の生命を奪う結果になるかもしれない。



 ………予感はもっと後になって的中した。



 魔界へ戻らなかったイライアスをロード達が見つけた時、彼はまた人間と粗末な山小屋で暮らしていた。

 『カレン』という名の女性と幼子と三人で…。



「それがイライアスの最初で最後の奥さんで、オレの知る限り一番最初に魔族を愛した人間だ」



 語るロードの口調はそれまで以上の懐かしさと哀しさを含んで潤んでいた。



◆◆◆◆◆



 イライアスとカレンの出会いは、あの騒動で逃げ出した瀕死のイライアスを彼女が救ってくれたという単純のものだった。

 ただ一つ、良くあるおとぎ話と違っていたのは、彼女が助けたのは王子様や旅人ではなく人間に追われた魔族であり、彼女がそれを知っていて尚イライアスを助けたことだったろう。


 カレンに救われたイライアスは彼女の手厚い看護によって一命を取り止められた。

 そしてまた、異質な二つの種族の共同生活が始まったのだ。しかし今度はイライアスは正体を偽る必要はなく、魔族である自分を曝しながら暮らせる。

 それは余程幸福な生活だったのだろう。


 ロード達がやっと彼の居場所をつき止め迎えに行った頃には、彼とカレンは真実愛し合っていた。


 種族の壁を越えて、決して同じ時間を生きられない互いを、心の底から想い慈しんで……幸福そうに笑っていた。

 有り得ない!! 最初にイライアスに掴み掛かったのはアシュリーで、必死に一緒に魔界へ帰ろうと説得していた。


『今どんなに優しくったってあいつも人間なの! 絶対にあなたを裏切る!!』


 一度の出来事はアシュリーをより過敏にさせ、彼女はそれまで以上に人間という異種族への敵対意識を高まらせていた。それはロードも同じだった。

 イライアスがどんなに彼女を愛そうと、彼女も所詮人間で、いつまた手の平を返されるか判らない。そして、……今のイライアスなら彼女でも殺せる。

 長い時間常に共にあった友の危機を見過ごせなくて、ロードもアシュリーも必死だった。


 あなたのために!!


 何度そう訴えてもイライアスはカレンと離れようとはしなかった。

 果ては彼女とイライアスとの愛情を侮辱し、それは決して永遠になどなりえないものだと罵ったアシュリーとイライアスの争いとなった。


 強いものに従うのが魔族の絶対の掟。勝てばイライアスは魔界へ帰る、負ければアシュリーはイライアスの行動に口出ししない。その条件で戦い、………勝ったのはイライアスだった。

 二人の実力は拮抗するものであったのに、勝敗を分けたのはやはり、愛情という見えないものの存在だったのか……カレンを想う気持ちの分、イライアスは冷酷なアシュリーに勝ったのかもしれない。


 それは二人の間に決定的な溝を生み、至る結末は決別となった。


 別れの時、イライアスは負けた事実と彼を失う苦しさに悔し涙を零すアシュリーとそれを支えていたロードに、少しの哀しさと押さえきれないある感情を滲ませて笑いかけ、言った。

 あの景色、ロードは生涯忘れない。


 魔族の彼が、常に血潮に塗れていた手でカレンの弟だという子を愛おしむように抱いて、軽薄さしか無かった声で幸せを綴った。



『アシュリー、ロード…お前達にもいつか判るって。オレ、こいつらと一緒にいる今が生きてきた中で一番幸せ』



 さぁ…っと爽やかな風が吹いて、緑の木々が揺れていた。

 暗い魔界を捨てて光溢れる世界へいった人は、一番彼に似合わないと思っていた陽光を背景に、それはそれは穏やかに笑っていた。


 その科白を聞いて、アシュリーは魔界へ逃げ帰ったのだ。

 以来アシュリーは一切イライアスのことを口にしなくなり、彼に会いに行くこともやめた。


 それが自分に理解出来ない感情を抱くイライアスへの嫌悪のためか、アシュリーには決して捕らえられなかったイライアスの心を得た女性への嫉妬の所為なのか、ロードには最後まで判らなかったけれど……アシュリーはイライアスなど忘れたように過ごし、同時に人間への干渉も一切やめた。


 魔界の奥深く、自分が支配する城に籠り、日々退屈と戦いながら自堕落な生活を送るアシュリーを、ロードはずっとそばで見守っていた。



 そのまま何事もなく時が過ぎれば良かったと思う。



 カレンとイライアスがどれ程想いあおうと、二人は決して同じ時間を生きられはしない。いつかカレンが人間としての生を終えて土に帰ったら、イライアスはまた魔界へ戻ってきたかもしれない。


 それですべてが元通りとはならなくても、少なくともこんな事態にはなっていなかっただろう。



 ……繰り返される過ちが、前回以上の凄惨さをもって愛し合う者達を引き裂いた。それが更なる悲劇を呼んだのだ。











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