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至上の愛   作者: 高瀬海之
第二部

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05、妹の恋




 ロードと再会して数ヶ月、エルウィンは気分の晴れない日々を送っていた。

 一日中、何をしていても彼の言葉が頭について離れない。


『アシュリーを復活させる。だからそれを返して』


 それと示された石。

 アシュリーの魔力の結晶であるこの石を使えば彼女を復活させられるらしい。ずっとアシュリーの死に囚われながらも諦めをもって生きてきたエルウィンにとって、それは正に青天の霹靂だった。


 死人が生き返る?

 有り得ない!!


 全力をもって否定したものの……、結局は納得するしかなかった。

 人間と魔族という差異。

 確実に存在する種族の差が、人間としてエルウィンが有する常識の範囲外に存在していてもおかしくはない。魔族の世界では肉体の消滅が生命の終わりでないことが常識なのだろう。

 そうやってアシュリー達は長い年月を生きてきたのかもしれない。

 あなたは魔族なのだから……涙が涸れる程泣いてそう納得し、その上でエルウィンは答えを決めた。


 次ロードに会ったら素直にこれを渡そう……。

 そしてアシュリーともう一度……。


 生きてまたアシュリーに会えるなら、それが自分にとっては一番いいことのような気がした。

 あの愛しくて堪らない存在にまた……思い浮かべるだけで胸が痛むような熱い感情が込み上げてくる。

 違う種族として生まれ、決して同じ時を生きられない自分達はそれでも想いあった。

 あなたとの違いをこんなかたちで再び突き付けられたのは哀しい。けれど……結局、自分達は根本からして違うのだ。

 諦めがエルウィンをそちらへ促した。


 一人で年老いて先に死ぬことになっても、蘇ったアシュリーに見守られて逝けるならそれもいい……。いつかなんて幻の再会より、確かな出会いをもう一度。それでオレは満たされる。


 だからアシュリーを蘇らせよう。


 必死にこれを返せと迫ったロードもそれを望んでいる。

 泣きながら想いと裏腹な脅迫を突き付けなければならなかった彼。そこまで彼が追い詰められるにはそれ相応の理由があるに違いない。


 自分の勝手で友人を苦しめるのは苦しい。

 自分がこれを手放すだけで彼も楽になれる。


 ロードが助かって、アシュリーにまた会える。

 こんなにいいことはないじゃないか、だから……。


 何度そう結論づけても、堅いとは言えない決意は勝手に溜め息を落とさせる。摂理に反する再会と蘇る彼女に対しての不安が拭えない。

 酷く悩んで憂えてたまま、エルウィンは地位について回る欝陶しい職務をこなすため、王宮内の執務室兼研究室に向かっていた。その途中、エルウィンの今の気分とは正反対の明るい声が開け放たれた窓の外から聞こえた。


「イライアスさま!」


 その声に引き止められるように歩みが止まる。外から聞こえてきた妹の声に興味を引かれたエルウィンは、窓辺に近寄り一階分下にある地上へ視線を向けた。

 日の光が燦々と降り注ぐ芝生を駆けていくウェンディの白金髪が眩しい。元気よく手を振って向かうその先には、当然呼び掛けられた人がいた。

 彼の日の光を跳ね返す金色の髪が視界を潰すくらい眩く輝いている。


 ウェンディが呼び止めたのはもちろん、あのイライアスだった。


 一月程前に宮廷魔術師となった青年。

 今まで全く表舞台で名前を聞いたことはなかった魔術師が突然都にやってきてエルウィンと同じ地位に就いた経緯には、宮廷魔術師の筆頭である父が深く関わっていた。

 エルウィンの父が魔族討伐の任を受けて向かった地方都市で協力してくれたのが、その街切っての魔術師だったイライアス。作戦行動に多大な貢献をしてくれた彼の力を父が高く評価して、是非にと中央へ召喚したそうだ。


 最初の挨拶以降、エルウィンもイライアスの力の燐片は見ている。確かに、実力は自分と同等か、それ以上だろう。寧ろ本気でやり合ったら勝てないかもしれないという畏怖さえ感じていた。

 だから………というわけではないだろうが、正直エルウィンは彼のことを初めて会った時からあまり良く思っていない。出会いのきっかけが父に押し付けられた友人候補ということも原因の一端ではあるかもしれないが、それを除いても余り好きではなかった。

 イライアスの何が悪い、何処が嫌いとは明確に言えない。……言えないのに、何か気に入らない。理由も判らないのに理不尽だと思っても、あっさり彼を受け入れる気にはならなかった。

 そして最近やっと、その原因かもしれないと思う出来事に思いあたった。


 彼の、名前の所為だ。


 それもアシュリーに関わることだけど……エルウィンが愛してやまないアシュリーが想い続けていた相手の名前も『イライアス』だった。

 だから、彼が好きになれないのかもしれない。

 理由はただ、会ったこともないライバルと同じ名前であるという、そんな些細なこと。

 エルウィンは今ここにいるイライアスに、見たこともない『イライアス』を当てはめて嫌厭しているだけなのかもしれない。

 そう考えて自分を分析すると悔しいが納得も出来た。


 少年時代、ロードの話から想像の翼を羽ばたかせて描いた男がいた。


 黄金の冠のような金の髪。

 日の光よりも月光が似合う白い肌。

 底の見えない水のような暗い青灰色の瞳。

 同族さえもおののかせる強大な魔力。


 当てはまるすべてを同僚のイライアスも持っているから、すっかり忘れていた男のことを同じ名前という事実を引き金に思い出して重ね合わせたのだろう。

 そして、アシュリーが愛した男もこんな男だったのか? と謂れない敵意を向けてしまっているのかもしれない。


 イライアスにとったらどうしようもなく迷惑な話だろう。何の関係もない、ましてや魔族と同じと見なされて嫌われているなど、侮辱もいいところだ。

 けれど、そう考えれば何も悪くないイライアスを好きになれないことがすっきり納得出来るのだ。


 結局自分のすべてはこうしてアシュリーに還っていく。

 もういない彼女が、自分の世界の中心に今もいる証として……。


 ああ、本当にオレはアシュリーが好きだ。


 今更当たり前のことを改めて実感し、苦笑いを零す。

 柔らかい風が、切なく笑う黒真珠の双眸を隠すように黒い前髪を揺らした。

 同じ風がウェンディとイライアスの明るい色彩の髪を煌めかせ、エルウィンを現実へと引き戻す。

 何にせよ、すべてはエルウィンの個人的な意見で、エルウィン以外は好意的にイライアスの存在を受け入れていた。そしてその筆頭にいるのがウェンディだった。


 見下ろす場所でイライアスを呼び止め何か話しかけているウェンディの尻に、喜びでブンブンと揺れている尻尾の幻が見えるようだった。必死にイライアスの気をひこうとしている妹の微笑ましい、しかし、ある種の忌ま忌ましさも感じる姿を見ていると、少し胸が痛んだ。


 初めて出会った日から、何かに付けてイライアスに構いたがるウェンディの姿はどう見ても……。


「ありゃ絶対恋だよな、…なぁアシュリー?」


 痛みを隠すように胸元の堅い感触を探り確かめ、いつものようにこっそり形見に語り掛けた。


 瞬間、下にいたイライアスが弾かれたように顔を上げる。


 まるでエルウィンの呟きが聞こえたように……こちらを見上げたイライアスとしっかりと目が合った。

 余りのタイミングのよさに吃驚するエルウィンを見上げるイライアスもまた、驚いた顔で目を見開いた。


 何?


 驚きに目を見張り、瞬きも出来ずにイライアスと見つめ合う。

 彼も呆然としたようにただエルウィンを見上げていた。灰色の瞳には吸い込まれるような暗い深みが宿り、ただ驚愕が揺れている。


 ……なんだ?


 イライアスの驚愕の根拠が判らないまま戸惑って、逃げるように僅かに身を引いた。

 その瞬間、イライアスは我に返ったように瞳を瞬かせる。数瞬で暗い瞳から驚愕は消え、代わりに苦々しさが過ぎったような気がした。

 元からあったイライアスへの嫌悪感とあいまった不審が、見逃せない不安としてエルウィンの胸に宿る。無意識に窓枠についた手に力を込めていた。そのまま今度はこちらが身を乗り出し、イライアスが隠したものを探り出そうと眼力を強めた。


 しかし、一瞬早くイライアスが動く。突然ニッと唇を歪めて笑い、からかうように少し大きな声でエルウィンに話しかけた。


「エルウィン、覗きなんていい趣味してるじゃないか」


 そう言う顔に浮かぶのは、少し軽薄そうで、それでいて儚い微笑み。だが、それにも何処か取り繕ったような不自然さが纏い付いている気がした。


「兄様!?」


 イライアスに指摘され兄の存在に気付いたウェンディは、慌てて周囲を見渡しやがてイライアスに習って二階にいる兄を見上げた。途端に顔から火が出そうに真っ赤になってあたふたし、結局、そうです! と彼に同調して怒鳴る。

 しかし、その間もエルウィンの目はイライアスを離れなかった。睨むような目でイライアスの薄笑いの綻びを見つけようと必死になっていた。


 小鳥の囀りの響く不自然な沈黙が三人の間を通り抜けていく。


 怒ったのに黙ったままのエルウィンをウェンディは不審そうに見上げ、兄が見つめ続けるイライアスとを交互に見る動作を繰り返した。そして首を傾げる。

 そんなウェンディを横目で撫でたイライアスは、薄く笑ったまま、ふうん…と小さく零し、突然彼女の肩を引き寄せた。


「きゃっ…」


 突然のことに吃驚したウェンディは暴れることすら忘れて、されるがまま……慌てた両手はイライアスを拒むことも出来ないで行き場をなくし、空中でもたもた揺れた。

 真っ赤になった彼女の耳元に囁くようにエルウィンを見上げ聞く。


「逢引の邪魔をしないでくれ。……それとも兄上は私達の仲に反対なのかな?」


 低い声はからかうような含みを持っていた。実際彼は言葉の後にククッと喉の奥で笑う。

 それだけで真っ赤だったウェンディは蒼白になり、現在の非常に嬉しい状態と相反するイライアスの仄めかした言葉の狭間で揺れて、形容しがたい表情を浮かべ固まった。

 そして、エルウィンもまた別の理由で微動だに出来なくなっていた。

 イライアスの細められた目にはもうエルウィンの探す感情はない。いつも通りの人の良い薄笑いが貼り付いているだけ……なのに、灰色の目からはいつもと違う感触を受けた。


 ……多分それは『敵意』だ。


 そういう感情は好意よりも余程敏感に感じ取る自信がある。そう思って見ると、抱き締められているウェンディは、まるでイライアスに人質にされているようで……妹を盾にエルウィンの追及を躱そうとしている姑息さも感じた。


 ……どういうつもりだ?


 益々不審は募り、猜疑ばかりが浮かぶ。

 硬直したままの兄妹を見やったイライアスは、またからかうように笑って聞いた。


「どうなんだ、エルウィン。私にウェンディを取られるのが嫌なのか?」


 そういう括りの問題ではない!


 ……のに、もうウェンディは今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。

 イライアスの仄めかした言葉の所為で、困り果てた褐色の瞳が小動物のようにせわしなく彷徨っている。

 イライアスの姑息さに先手を打たれてしまった。

 彼に対する不審をここでぶつけるのは簡単だ。しかしもう、言葉を募れば募る程こちらが不利にならざるを得ない状況だった。今イライアスを非難してもそれは、妹を取られることに関してのただのやっかみとしか見えないだろう。

 そう見られることが嫌でムッとしながらも心と裏腹な言葉を吐く。


「反対なんかしてない」

「本当に?」

「……ああ」

「…だってウェンディ、私達は家族公認だよ」


 判っていてそうしむけたくせに、エルウィンの不満混じりの肯定を聞いて心底嬉しそうに笑ったイライアスが、ウェンディに囁く。


「え、あ、いらいあすさま?」

「なに?」


 間近で、それこそ耳朶を食むようにされて、今のウェンディに真面な返事など出来る訳がない。何か喋ろうとして口をパクパクさせたものの、結局何も言えないで俯いた。

 妹の狼狽えぶりが余りに酷く、つい助け船を出す。


「……あんまり純情青年からかわないでくれよ」

「からかっちゃいない、本気だ」


 軽く言うそれがもう信用ならないのも判っていて彼はやっているのだろう。

 ハハッと笑ってイライアスはウェンディを解放したが、ウェンディの方は嬉しさと照れと期待でなんともいえない表情だった。完全に遊ばれている。

 軽薄そうに見える薄笑みは、実はその通りイライアスの本性を表したものかもしれない。

 しかしウェンディがどうしようもなくなったところで、エルウィンはその場を離れた。いつまでもその場にいてまた変な言い掛かりを付けられるのはごめんだ。

 しばらく後ろから二人の戯れ合う声が追いかけて来て、エルウィンは振り切るように歩調を速めた。


 妹の恋路を邪魔はしたくはない。彼女の幸せはエルウィンが自分自身の幸せよりも強く願うものだ。

 だからウェンディがイライアスを想うなら反対などしない。寧ろ、誰が反対しようと自分だけはウェンディの味方でいたいと思っている。

 けれど……可愛い妹を取られて悔しい気持ちも多少はあった。

 今までウェンディの尊敬の念はエルウィンにだけあったのに、イライアスの登場によってそれが薄れ始めている。直にウェンディは、恋心故にエルウィンよりイライアスを優先し始めるだろう。


 それは悔しい!!


 ……でも、それはあって当然のものなのだ。

 ちゃんと判っているのに、あんな風に仕掛けられるのは心外だ。


「やっぱりオレ、あいつ嫌いだよ…アシュリー」


 歩きながら胸元を握って、また彼女に語り掛けていた。

 そうしている自分を意識した途端、不意に蘇るもの……こちらを見たイライアスの瞳を思い出した。

 暗い灰色の瞳が驚愕を写して揺れる。


 そうだ。結局先刻のあれはなんだったんだ?


 ピタリと足を止め考え込む。

 まるであの細やかな声が聞こえたようなタイミングでこちらを振り仰いだイライアス。

 それに起因する不審だけは過去の妄想やウェンディを取られる嫉妬に絡んだ言い掛かりではない。

 現実の彼に対する不審。

 そしてイライアスは明らかにそのことを隠そうとしていた。それが今回はたまたまそばにいたウェンディの恋心を利用するという形になっただけで、本題はイライアスの不審な行動にあったのだ。


 何処かちぐはぐで不安定なイライアス。

 彼には謎が多すぎる。


 ………あいつ一体何者なんだ?


 疑問を抱え振り返った長い廊下。

 もう二人の声も遠く、何も聞こえない。

 世界が自分一人になってしまったような静寂が、エルウィンの胸に言い様のない不安を呼び寄せた。









読んで頂きありがとうございました。

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