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至上の愛   作者: 高瀬海之
第二部

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02、それでも彼らは友人だった






 エルウィンはじっと石を握り締めたままロードの手を凝視していた。

 やがて葛藤の混じった低い声を絞り出す。


「……お前、言ってることが矛盾してないか?」

「どう?」

「アシュリーを悲しませないためにその選択をしたなら、なんで今取り戻しに来るんだ?」


 ああ…と頷いたロードは比較的軽い調子で続けた。


「事情が変わったって言ったじゃない。アシュリーの復活をあなたが死ぬまで待ってられなくなった。オレ達には今すぐアシュリーの力が必要なんだ」


 アシュリーの力という言葉にピクリと反応した。

 それはつまり魔族間で何か予想外の事態が起こったということだろうか?

 例えば派閥争いのような…だから上級魔族であるアシュリーの力が必要?

 そうだとしたら尚更、そんなくだらないことのためにこれを手放すのは嫌だと思った。

 ロードの言葉の真偽は別にして、……アシュリーがもし本当に蘇るのだとしても、魔族として争わせるためになど蘇らせたくはない。アシュリーだってそんなこと、望まないはずだ。

 まだ拒絶を多く含んだ黒い目を見ていたロードはしばらくして溜め息と共に髪を乱し呟いた。


「………ホントならアシュリーは自然の状態でももう復活してるはずだったんだよ」

「え?」

「十年もあれば失った魔力も回復するし、そうすれば欠損した肉体を再生するのも容易い。でもあなたと一緒にいたからアシュリーはまだ半分も力を取り戻せてない」

「オレと…一緒にいたから?」


 自分がアシュリーの復活を阻害していると言われ俄かにエルウィンの拒絶が緩んだ。

 しっかり石を握っていた手をつい放す。今では癖になってしまったこの仕草も悪いことのように感じたからだ。

 不安に疑問を混ぜて問い掛けてくる目を真っ直ぐ見返して、ロードは両手を左右に大きく広げる。周囲を見渡せというジェスチャーのように感じた。

 だが、周囲にあるのはひたすら木立ち、眼下にもブロッコリーの群れのような森林が広がるばかりで、めぼしいものは何も見つけられない。判らないまま小首を傾げた。


「ここにも街にもあなたの家にも、対魔族用の結界が張り巡らしてあるだろう? オレ達魔族を拒絶するために……。拒絶された場所に居続けるのは生命を削られるようなもんなんだ。だからアシュリーも復活する程の魔力の回復がない」


 言って、それも悪いよとエルウィンの右手を指差した。

 右手首に退魔の呪文を彫り込んだブレスレットが輝いている。その手で、エルウィンは毎日アシュリーを握り締めていた。


「エルウィンがしてる邪気払いのアクセサリー…それがそのままアシュリーの魔力の回復を阻害してるんだよ」


 聞いたエルウィンは慌ててブレスのはまった手を背後に隠した。そんなことではどうにもならないと判っていてもそうせずにいられないくらい動揺して、怒鳴る。


「だったら最初からそう言ってくれれば!」

「だからっ、あなたが死ぬまではそれでいいと思ってたんだって。あなたのそばじゃ確かにアシュリーの魔力は回復しない。でも回復量が少ないだけで消滅するわけじゃないし、別に復活を急ぐ理由もなかったからどれだけ時間が掛かっても良かった」


 そこで一旦言葉を切ったロードは、サッとエルウィンの方に手を伸ばして掴み掛かった。

 酷く素早い動作で避け切れずに両肩を掴まえられる。指が食い込む程強くエルウィンの肩を掴んだロードは、紫の髪を揺らして頭を下げた。


「でももう事情が変わったっ。頼むエルウィン、アシュリーを返してっ。勝手は判ってる、けどどうしてもオレ達にはアシュリーの力が必要なんだっ。もう時間がない!」


 追い詰められたように必死に懇願するロードを見つめ、エルウィンは正直戸惑った。

 急速に与えられ過ぎた情報が整理しきれない。

 一度死んだアシュリーがまた生き返るという話自体が突拍子もないこと、簡単に信じろと言う方が無理だ。

 大体ロードはまだ肝心なことを何も言っていない。


 何故今アシュリーの復活を急がねばならないのか…彼の心変わりの理由は何?

 時間がないとはどういうことだ?

 聞いてもまた、魔族の事情として復活の事実と同じように躱されるんだろうか?


 だったら……。


 激しく頭を左右に振ったエルウィンはロードの手を振り解き距離を取る。懇願を振り切って聞いてみた。


「理由を話せ。何故今アシュリーを復活させるのか、返す返さないはそれからだ」

「…………言えない」

「それはオレが人間だからか?」


 ロードからの返答は、……やはりなかった。沈黙は何よりもの肯定の証しだろう。

 『人間』と『魔族』。

 なくしたい種族の壁がエルウィンとロードを遮り、言葉を届かなくさせているのを感じた。否、今のロードは壁があることをいいことに、その裏側に隠れている印象さえ受ける。

 酷くむかついた。


「だったら渡さない」

「エルウィン!」

「お前の話が本当かなんてオレには判らない。なのにはいそうですかって渡せるか。これはオレにとってたった一つの心の支えなのに」

「それは判ってる! でもっ…」

「判ってないっ。ううん、お前には判らない!! これがオレにとってどれだけ大事なものかはっ。オレに残されたアシュリーのものはこれだけなんだ! ………お前こそ、本当はただアシュリーが恋しくなっただけなんじゃないのか? 一度はくれたけどやっぱりアシュリーが恋しくて、だからそんな嘘を……」

「嘘じゃない!! オレはここで嘘は絶対つかない!」


 それだけははっきりと強い口調で否定された。


「だったらちゃんと理由を言え!!」


 しかし、そう詰め寄った途端またロードは貝のように黙る。ただ今度は目は逸らさず、じっとエルウィンを見つめてきた。

 負けじと見つめ返して、ただ睨み合うだけの時間が過ぎる。

 酷く時間の流れを遅く感じた。

 やがて、ロードが囁くような低い声で呟く。


「………エルウィン、オレだって魔族なんだよ」

「だからなんだ?」

「その気になったらこの場であなたを殺せる。……でも、そんなことはしたくないんだ」


 言いながらも、ゆっくりと左右に広げた両手に魔力が集中するのが判った。ロードから立ち昇るのはアシュリーとは違う紅のオーラ。色のイメージの所為か、熱風が頬を撫でた気がした。

 初めて見るロードの戦意が僅かにエルウィンをたじろがせる。エルウィンを殺したくないと言いながらも、いざとなればそれも辞さないという態度が彼の切羽詰まった状況と本気を伝えてきた。

 彼の言葉は真実なのだろうと確信する。

 ……なのに、返そうという意思が全くない自分が不思議だった。


 返したくない、これはオレのもの。今渡しては絶対にいけない!!


 強く思った瞬間、ロードに対抗するため拳を握っていた。


「やれるもんならやってみろ、オレだって伊達に宮廷魔術師の名は頂いてない。魔族討伐は仕事の一環だ。本当に欲しかったらオレを殺して取り戻せ」


 ロードと同じように相手に見せつける力を全身から放つ。森林に立ち込める朝霧に似た白い靄が、闇の中でたなびきながらエルウィンの輪郭を縁取った。

 エルウィンが歯向かうことなど簡単に予想出来ていたのだろう。さして驚いた風もなく、ロードは静かにそれを見ていた。

 互いから溢れた力の象徴が空気を伝わって互いへと向かう。赤と白が交わった瞬間、相容れぬモノを排除しようとするようにピシッと空気が鳴って火花が散った。ほんの数歩の距離で見つめあう二人の間で弾ける火花は次第に数を増し、やがて稲妻のような閃光に変わる。

 光の嵐が二人の真剣な表情を余すことなく照らし続けた。


 ……だが、どちらもそれ以上を仕掛けなかった。


 それでも彼らは友人なのだ。


 永の時、会うこともなく……種族も違っていたけれど、確かに自分達の間に『友情』という感情は存在すると言い切れる。



 あなたと共に過ごした時間に宿る感情を簡単に振り切れはしない。



 激しくスパークする攻撃的なオーラを放ちながらも、瞬く度紫の瞳には幾つかの思いが浮かんでは消え……やがて、ロードは深く瞼を閉じた。

 それは決して『敵』と見なしている相手になど見せることのない態度だろう。

 結局最後の一歩に踏み出せない、否、最初から踏み出す気などなかった自分を薄く笑い、ロードは溜め息と共に放っていたオーラを収束させた。触手のように伸びていた赤い靄がスルスルと音を立てるようにロードに吸い込まれて消える。


 戦意の喪失は明らかだった。


 同時に、エルウィンも集めていた魔力を拡散させる。仕掛けられたから対抗したまでのこと、エルウィンにもロードと本気でやり合うつもりなど元からなかった。彼が最後の一歩を踏み出さなかったことに、大袈裟な安堵の溜め息が漏れる。

 闇と静寂がまた戻って、ロードは軽く首を横に振りながら足を後ろに引いた。


「ごめん…。なんかオレ、熱くなりすぎたみたい、今夜は帰るわ」


 独り言のように呟いて、マントを揺らして踵を返す。エルウィンの反応を見ずに崖の切れ目に向かって歩き始めた。

 一瞬エルウィンは引き止めるべきか否か迷った。しかし、結局何も出来ずにその背を見送る。無意識に胸元の石を握り締めていた。

 大地の切れ目に立ったロードはそこで一旦足を止め、微かにエルウィンを振り返る。その時見えたアメジストの瞳が必要以上に輝いているように見えたのは気の所為ではないだろう……。

 それを裏付けるような、濡れて震えた声が囁く。


「また来るから、それまでにエルウィンが考え直しといてくれることを祈ってる。…………アシュリーが蘇るのにオレがあなたを殺してたら、オレがアシュリーに殺されちゃうしさ」


 最後の一言は、次会う時拒絶すれば今度こそ最後の一歩へ踏み出すという脅迫……否、ロードの決意なのかもしれない。

 そうまでしてアシュリーを頼らなければならない事情とはなんだ?

 何がロードをそんなに追い詰めている?


「ロード」


 最後にもう一度問い質そうとしたエルウィンを振り切ってロードは崖から飛び下りた。

 数瞬後に、上昇気流に乗って月へ向かって飛ぶ影が見える。やがてそれも見えなくなり、一人残されたエルウィンは服の下から取り出した革袋の口を緩め、琥珀色の石を手のひらに乗せた。

 親指ほどの小さな石。


「……これがアシュリー?」


 ぼんやり呟いても、到底信じられなかった。

 綺麗な石。

 確かにこれが人間の世界にあるどの鉱物とも違うのは判っていた。

 魔力を宿しているのは感じたし、何よりロードに貰った後、アシュリーの形見がどういう由来を持つのか気になって調べたが、結局石の名称も産地もエルウィンにはつき止められなかったからだ。

 だからこれは魔界特有のものなのだろうと納得していたのに……アシュリーの魔力の結晶だったなんて。


 確かに、魔族と人は違う。

 生命力も魔力も魔族の方が圧倒的に強い。


 何処までも蒼い闇を渡っていく黒い翼の幻影が見えた。そういえばロードやアシュリーが移動の手段に使うコウモリに似た翼も魔力で作り出すものだった。だから、魔族の業ならばこんな風に魔力を永久的に物質化するような真似も出来るのかもしれない。

 ……ならば、それは納得しよう。


 しかし、それを使って消え去った肉体まで復活させることが出来るなどとは到底信じられない。


 肉体の消滅が生命の終わりではないなんて……。

 それでは魔族は本当に不死ではないか!!

 そんなことは有り得ない!!

 寧ろ、あってはならない!!


 何故なら、魔族も人間も種族は違えど同じ生命を宿しているはずだから!!


 強く否定した途端、何が引っ掛かってロードの言葉に従えなかったか気付いた。

 閃いたものにハッとして瞳を見開く。

 直後、エルウィンはアシュリーのカケラを握り締めて唇を噛んだ。意思に反して溢れそうになる声を殺そうとして歪めた頬を透明な雫が勝手に伝う。隠すように、その場に蹲り肩を震わせた。


 知ってしまった真実が胸を抉るようだ。


 もう一度あなたに会える。

 酷く嬉しい申し出だったはずなのにすぐに飛び付けなかった理由。

 それはただ単にロードの言葉が信用出来なかったからじゃない。


 それが、今日まで信じてきたすべてを覆すものだからだ。


 彼女はあの日いなくなって、いなくなったものとしてエルウィンは生きてきた。


 今更蘇ると言われて……どうしたらいい?

 会えば思い知るしかない。


 自分とアシュリーの違いを……。


 本当にそれ程違うのか?

 あなたと自分はそんなに違う生き物だったのか?


 同じ世界に暮らして、同じように生きていたのに……。

 本当は何一つ同じではなかった?



 人間と魔族には『死』すら平等には訪れないなんて現実は、真実であろうと知りたくなかった!!



 声にならない悲鳴がエルウィンの喉を迸る。

 ボロボロと零れる涙が止まらない。

 死んでしまいそうに胸が痛かった。

 痛い胸から彼女に問う言葉が零れる。


「なぁアシュリー。じゃあオレはいつか死んでもお前と同じとこには行けないのかよ。……オレとお前は死んでも同じ場所にはいられないのか? もう二度と会えない…のか…?」


 たとえ再会する場所があの世でも、いつか会えることだけを楽しみに生きてきたのに……いつかその場所に辿り着いてもあなたはいないという。

 同じ生命ではない自分達は死後も引き裂かれ続ける。

 種族の違いは、当たり前にあるはずの生と死までもわかつと言う。


「復活なんて出来なくて良いのに…。お前がオレの何倍も生きられる種族だろうと、同じように生きて……同じように死ねれば…それだけで、良いのに………。なんでそこまで…オレ達は違うんだよ」


 知ってしまった新たな苦しみに喘ぎ悶えて、ひたすら泣いた。

 死までも平等でない自分達………知ってしまったからこそ、自分が次に何をするか、もう判っていた。


 それでも断ち切れぬ想いは、次のロードの訪問を歓迎するだろう。

 蘇るあなたに会いたいと願うだろう。


 握り締めた石に頬擦りよせ、涙声で呟いた。


「オレはそんなに強くない…今でもお前に、会いたい、アシュリー……。お前が好きでどうしようもない……会いたい、会いたいよぉ……」


 泣いて泣いて泣き濡れて、ボロボロになった姿で冷たいカケラにキスをした。









エルウィンはとてもロマンチストです、笑。

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