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至上の愛   作者: 高瀬海之
第二部

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28/52

01、あれから……





 人間と魔族は争うべき種族なのだと誰もが信じている世界で生まれた。

 互いは理解しあえないもので、己の世界を守るためには他を駆逐するしかない。

 そう、誰もが信じていた。


 だけど……それはただの妄想でしかなかったと知った幼い日。


 死ぬために蹲っていた人間を助けたのは魔族だった。

 魔族は、罪を償うために死にたいと零す人間に、死ぬなと生きる道を示し、生きるための力と意味を与えて、ずっと一緒にいた。


 魔族と人間が一緒に暮らした、奇跡のような時間。

 他のものが知れば異端だと目を剥く景色も、本人達はそれがどう異常なことなのかの方が疑問だった。


 共に暮らす彼らの間に、種族の違い以外どれ程の差があっただろう?


 ……確かに、種族の違いは根本的な存在の違い。肉体的、精神的、細かな差異は探せば幾らでもある。けれど、それは互いを遠ざけるには余りにも薄い根拠だった。

 同じ種族の中でも同じような差異、それを発端とする諍いは数多く存在する。


 なのに何故、『人間』と『魔族』だけにより濃い線を引いて、互いを区別する必要がある?


 きっと互いが互いを強く意識し過ぎているだけで、本当の意味で判りあえない訳ではないのだ。

 二つの種族の間にある溝は努力によって埋められる。



 それを証明する存在が自分自身だとエルウィンは信じていた。



 だって自分とアシュリーは『人間』と『魔族』という壁を越えて互いを想いあった、愛し合ったのだから。



 互いを思いやる感情に種族の違いなど関係ない。


 あなたを愛した。

 あなただから愛した。

 今でも胸を張って言える。


 人間だから…魔族だから……そんな言葉が壁を高くして、理解を遠ざける。でも、時間を掛けて二つの種族の間にある軋轢を解消していけばいつかきっと、同じ場所でみんなが笑いあえる景色に出会えるはずだ。


 そうなりたいと心から願う。


 彼女が己の腕の中で消えた理由が他人の無理解であることは充分過ぎる程判っているから……あんな悲惨な出来事がもう起こらないよう、後の誰かのために努力する義務が自分にはある。


 もう誰も、あの時の自分のように泣かないですむように……。


 エルウィンはこの世界を誰もが皆、誰かを想う気持ちに胸を張れる世界に変えていきたいと願っていた。



◆◆◆◆◆



 瞬く間に過ぎ去った日々のすべてを鮮明に覚えている訳ではない。けれど、漠然と過ごすことだけはすまいと決めて生きてきた。

 あの日、穏やかに彼女が消えたことを無意味としないため、彼女がいたからある現在の意味を探し……気が付いたらもう、あれから十年以上の年月が過ぎていた。


 エルウィンは三十歳になった。


 もうすぐ彼女と暮らした年月よりも、離れてからの時間の方が長くなる。

 淋しいな……と自室で煙草を吹かしていたエルウィンは何かを求めてテラスへ出た。

 満月の深夜、街はいつも以上にシンと静まり返る。日の光を厭う魔族達は、夜の闇を照らす月の光を好み、特に満月は闇の住人に強い力を与えるのだと言われているから、こんな夜人間は早々に眠りにつくのだ。


 確かにアシュリーも月の光を浴びるのが好きだった。

 真夜中、窓辺でうっとりと月を見上げていた姿……忘れない。


 今はいない、でも忘れることなどない、エルウィンの一番大事な人。


『エルウィン』


 色褪せることのない彼女の声と姿。幻の声に耳を傾けるようにテラスのロッキングチェアに腰を下ろして、夢で会うため瞼を閉じる。

 閉じた瞼の裏、オレンジ色の髪がサラサラと揺れて、満面の笑みを浮かべたアシュリーが両手を広げていた。

 エルウィンに生きていく方法を、生きている意味を教えてくれた、最愛の人。


「アシュリー…」


 声に出して呼び、相変わらず大切にしている形見を握り締めた。

 手のひらに硬い石の感触。そっと革袋から取り出して月の光に翳してみた。

 透き通るオレンジ色越しに見る月が酷く綺麗で、一人で笑う。

 魔族の力が強くなるといわれる満月の夜は、いつもより強く彼女を思い出した。それはきっとアシュリーが魔族だったからだろう。


 日の下で生きる人間達と対立する闇の魔族。


 宿敵ともいうべき間柄の種族のアシュリーをエルウィンは今でも深く愛している。

 そして彼女も、エルウィンを愛してくれていた。


 彼女が想いに応えてくれた日のことは一生忘れない。


 犯す罪の重さよりも愛情を選んで、罪に罪を重ねて抱き締め合った夜。

 自分達は、世界中で一番罪深く、世界中で一番幸せになった。


 その時の気持ちを思い出し一人微かに笑う。

 そうするとほんのりと胸が暖かくなる感触があった。

 アシュリーをただ思い出すだけでエルウィンは満たされる。

 満ち足りた心でそっと彼女の面影に語りかけた。


 いつかオレが人間としての生を終えたら、何処かにあるという死の国であなたに会えるだろう。いつか出会う日、胸を張ってあなたを抱き締められるように、オレは今までもこれからもあなただけを愛し続ける。


 アシュリーの唯一の形見を月光に翳し、強くアシュリーを想う。

 青白い月光は、エルウィンの穏やかな……それでいて淋しげな表情を朧に照らしていた。

 どれくらいそうしていただろう。

 青白い光の下、アシュリーとの思い出に浸っていたエルウィンの耳に、不意に誰かの声が聞こえた。


『…ル…ウィ…』


 微かな、声。

 ぼんやりしていたエルウィンは自然にそれを聞き流す。


『エルウィン…』


 しかし、もう一度確かに声が聞こえ、ハッとして背筋を伸ばした。慌てて周囲を見渡したがもちろん誰もいなかった。

 それでも声は聞こえ続ける。

 やがて気付く。それは声というより思念で、誰かがエルウィンの意識に直接語り掛けていた。実際この場にエルウィン以外の誰かがいても、この声はエルウィンにしか聞こえなかっただろう。

 声の主は、エルウィンの意識に同調し声を届けてきているのだ。

 一瞬警戒した。そんな真似が出来る相手に心当たりがない。

 そういう術も確かにあるが、それを使用するには酷く高度な技術を必要とする。その上、身を守るため強力な結界を張り巡らした屋敷の内にいるエルウィンの意識に直接触れられるなど並の術者ではない。

 ピンポイントで自分を狙ってきた相手を警戒し攻撃に備えながら、神経を研ぎ澄まして相手を探った。

 不明瞭な声はどうやら同じ言葉をただ繰り返しているようだった。数回聞いてみてハッとした。


『エ…ウィ…ン、来て…、あの…待っ…る』


 まるで電波の悪いラジオのように途切れ途切れの声に聞き覚えがある。

 まさか……疑いながらぼんやりと声になったのは、何年も口にしたことのなかった友人の名前だった。


「…ロードか?」


 同時に言葉の意味も判って、エルウィンはテラスから遠く、街並みの向こう側にある場所へ視線を巡らせた。



◆◆◆◆◆



 呟きを落として数十分後、エルウィンが愛馬を駆って駆け付けたのは優しく大切な思い出と胸を切り裂くような苦い思い出が同居する場所だった。

 そこは胸を暖かくする想いを育てた地であり、………同時にアシュリーが息絶えた場所でもある。

 しかし既に家を取り壊されてから十数年、雑草が生え放題になった家の跡地にその面影はなかった。ただの広場のようになってしまった場所を一瞥し、更に森の奥深く、木立ちを抜けて、指定された場所を目指す。


 そこもまた思い出深い場所。


 速度を緩めて近付くと、木々の切れ目からぽっかりと浮かんだ満月が見え、それを背負って立つ人影が捕らえられた。黒いマントが夜風にはためいて、月光が長身痩躯のシルエットをはっきりと浮かび上がらせている。

 あの石碑のそばにやはり彼の姿があった。だが、今日はいつも一緒にいた白狼がいない。

 シンとした夜に響く蹄の音に気付いて彼が片手を上げた。目に掛かる紫色の髪がサラサラと風に流れ、大きな紫紺の瞳が細くなり酷く親しげに笑い掛ける。


「こんばんは」


 低い声もその姿も十数年前、最後に会った時と何一つ変わっていない。

 やはり年を取らないのだな…と漠然と思った。

 それもまた魔族と人間の違い。

 魔族は人間より遥かに長く生きる。年を取らないのではなく、取ってはいるけれどそれは非常に緩やかな流れで、人間とは違う流れだから判りにくいのだと昔教えられた。

 全く変わっていない友人、ロード…彼もまた魔族だった。出会った頃は彼の方が遥かに年上であったのに、今はもう、外見上はエルウィンの方が年上になっている。

 重ねる年輪の差が互いの違いを表し、エルウィンは少し陰鬱な気分になったが、ロードはそんなことどうでもいいように久し振りに会ってもニコニコ笑って近付いてくる。

 元気? と馬から降りたエルウィンの隣りに並んだ。


「良かった、ちゃんとエルウィンに声届いて。オレ、こういうの得意じゃないから不安だったんだよね」


 それでやっとエルウィンもここにきた本来の目的を思い出す。憂鬱になるためじゃない、呼び出されてきたのだった。


「そうだ。ロード、お前どうして…」

「エルウィンに用があってね。………それ、返して欲しいんだ」


 それ…と控え目にエルウィンの胸元を指差す。

 指差す先を見下ろし、やがてハッとした。隠すように胸元を、マントの下にある硬い石を握ってロードと距離を取る。


「いやだっ」


 ロードがそれと指差し、返せというものは決まっている。

 最後に会った日にロードがくれたアシュリーの形見、この石のことだ。

 隠して身を引いたエルウィンの態度当然ロードも予想していただろう。納得の溜め息を零して後ろ頭を掻いた。


「…だよね。でも返してもらわないとオレも困るから……」

「お前がくれるって言ったんだろう!」

「うん、オレも最初はそれでいいと思ってたんだけど………ちょっと事情が変わってきちゃって、アシュリーに戻ってきてもらわないと困るんだ」


 …何?


 ロードの言葉の意味が捕らえきれず、不審そうに眉を寄せるエルウィンの前で、珍しく眉間に皺を作ったロードは、視線を上に向けて言葉を選ぶようにポツポツと話した。


「エルウィンにあげたそれ…実はアシュリーの形見じゃなくて、アシュリー自身なんだ」

「……は?」

「…………魔族の中でも特に優れた上級魔族にしか使えない復活の秘術があって……自分の魔力の一部を結晶化して残して、それを使って復活するっていう。で、その儀式のために今エルウィンの持ってるそれが必要なんだ」


 ロードの説明はかなり端折られたものではあったが、その分的確でもあった。捕らえた単語をすべてイコールで繋ぐだけで答えが出る。

 服の下にある硬い石を握り締めたエルウィンは事務的にそれらを繋いだ。


 復活の秘術と魔力の結晶。


 今握り締めるこれがそれであり、これがそのために使われるものならば……。

 最後に、事務的に繋いだものに己が一番強く意識する『アシュリー』という要素を当てはめる。

 途端に導き出しされた答えの驚異にエルウィンの全身が大きく震えた。

 まさか……呟きは声にならなずただ息を吐く音になる。目の焦点も合わぬままぼんやり疑問を声にした。


「ロード……………じゃあ…これはアシュリーの魔力の結晶ってコトか?」

「そういうこと」


「つまり……………アシュリーは生き返るってコトか?」

「………そうなるね」


 ロードの答えまで酷く長い間があった。

 しかし彼の声はエルウィンの疑問を肯定し、その瞬間沸き上がったのは、怒り。


「………だったらなんでそう言わなかった!! アシュリーが死んだあの時に!!」


 とっていた距離を一瞬で縮め、ロードの胸倉を掴み声を荒げる。

 十数年前、それこそこの場所で、ロードはこれをエルウィンにくれた。

 アシュリーの形見の石を支えにこれからを生きろと……でも、その時も彼はこれがアシュリー自身であることも、これを使えばアシュリーを生き返らせられることも知っていたのだろう。

 ならば何故、あの時そうしてくれなかった!?

 そうすればこんなに長く一人で生きなくても良かった!!

 また前と同じ時間をアシュリーと生きられたのに!!

 エルウィンが怒る理由も詰る理由も的確に理解出来た。だからこそ…ロードは掴み掛かってきたエルウィンの両手首を掴んで引きはがし、ゆっくり首を横に振る。


「………言ったら、エルウィンはアシュリーを復活させろって言ったでしょ?」

「当たり前だ!!」

「……だから言わなかった。人間にとって一度死んだ者は蘇らないのが常識だ。その常識範囲外で構成される魔族の世界なんて知らない方がいい。あの時のエルウィンは確かに傷ついてたけど、あなたなら一度アシュリーの死を受け入れれば、失った悔しさと哀しさをバネに生きられるってオレは信じてた。だから……言う必要ないと思った」


 それに……最後に小さく呟いて言葉を切ったロードは、エルウィンの両手を解放して、睨み付けるような瞳で言った。


「あなたは人間なんだ。ずっとって言ったって精々一緒にいられるのは後何十年間だけ………そしたらアシュリーは、また独りぼっちになる。ううん、エルウィンに出会う前よりずっと孤独になるんだっ。そんなの……オレは嫌だ。だから、アシュリーの復活はあなたが人間としての生を終えた後でいいって思ったんだ!」


 切実な願いを乗せた言葉に、エルウィンの憤りがスッと鎮火した。


 アシュリーを想う故、その選択をしたロードの気持ち判るかと問われれば、……当然判ると答えられるからだ。アシュリーを想うことに関して、ロードが自分に優るとも劣らないものを、否、ある部分では決して勝てないものを持っているのは良く判っている。

 アシュリーを想うから……置いていくと判っているエルウィンに、またアシュリーを委ねることがロードは耐えられなかったのだろう。


 判るから……エルウィンは黙ってロードから距離をとり、唇を噛んだ。

 理解してくれたエルウィンを見て、ロードは一層瞳を細める。

 アシュリーを想うからこその選択……今叫んだ言葉は嘘では無かった。

 アシュリーのエルウィンへの想いは生半可なものでは無い。

 あのアシュリーを変えた程の想い。それを寄せる相手を失ったらアシュリーは泣くだろう。……否、泣くことさえ出来ぬ程苦しむか、でなければ狂う。


 愛しい人を哀しませるためだけになど蘇らせたくない!!


 それは確かにロードの意思。

 ……だからロードは十数年前、真実を明かせない代わりにアシュリーのカケラだけをエルウィンに託した。

 愛しい人の一部を抱いて生きろとエルウィンに囁き、また愛するあなたもその方が安らかに眠っていられると思ったからだ。そしてエルウィンが人としての生を終えた後カケラを回収し、エルウィンの生きた時間が遠い過去になった頃、蘇らせようと決めていた。



 ………でもそれはロードの意思を抜いても実行されていたのだと知ったら、エルウィンはどうするだろう?



 ロードの行動について、想いよりも先にあるのはいつでもアシュリーの意思。ロードはいつもアシュリーが描いたものを、アシュリーの意に添うようになぞるだけ……。

 エルウィンに復活の秘術を知らせないように言ったのはアシュリーの方だ。たとえ自分がエルウィンを置いていくことがあっても安易に蘇らせるなときつく戒めて、結晶をロードに託した。

 アシュリーは最初から決めていたのだ。


 一度永の別れが訪れたらもう二度とエルウィンと同じ時代では生きないことを……。


 人の理の中には存在しない復活の秘術、それは魔族だけが有する業。

 そんなものエルウィンに知らせる必要はないとアシュリーは言った。……知らせないでと懇願したという方が正しいかもしれない。

 根本的に生命の在り方が違う人間と魔族。だからこそエルウィンと自分の差異を、これ以上エルウィンに知らせたくなかったのが本音だと思う。

 それでもアシュリーはいずれ復活しなければならない。アシュリーには投げ出せない使命がある。そのために、嫌でも戻らなくてはならない。


 きっと一人蘇ってもアシュリーは少しも嬉しくはないだろう。

 そして、もう会えない最愛の人のために泣くだろう。


 でも決して会いたいとは言わないはずだ。


 会わないことを決めたのは自分自身。同じ淋しさをエルウィンに与えたのだから耐えるのが自分の努めとして、死ねないアシュリーは永遠にエルウィンがいない淋しさを抱えて生きるつもりだったのだろう。

 その気持ちを尊重したかった。

 アシュリーが望むならなんでも叶えてあげたかった。

 けれど事態は誰も予想しなかった展開を迎え、ロードは最もアシュリーが望まなかったことをエルウィンに突き付けねばならなくなったのだ。


「アシュリーを復活させる。だからそれ…返して」


 静かにロードはエルウィンに手を差し出した。












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