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至上の愛   作者: 高瀬海之
第一部

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25/52

25、冷酷な魔族の計算





 アシュリーが死んで、ウェンディが生きていて、エルウィンの周囲は目まぐるしく変化した。

 住み慣れた家から全く知らぬ生家に連れ戻され父母に再会した後は、ほぼ軟禁状態で何処へ行くにも両親の許可が必要だった。


 ……だが許可を得てまで行きたい場所も正直ない。


 部屋に閉じこもったまま一週間が過ぎ、ぼんやりと窓辺で煙草を吹かす。

 アシュリーと暮らした家は、父の判断で既に取り壊されていた。それ自体が周囲に対する強力な結界の楔となっていたらしい家は、完全に焼き払われ基礎すらも残っていないらしい。

 永遠に続くと思っていた日々の終焉が余りに唐突で、何一つ持ち出せなかった。

 形見の一つすらエルウィンには持つことが許されずに、アシュリーに繋がるものはすべて無くなった。


 アシュリーが住むのはもう、エルウィンの思い出の中だけ……。


 瞼を閉じて思い出す、最愛の人との楽しき日々を……けれど終わりの日の悲惨さがすべてを掻き消して、膝を抱えて俯いた。

 アシュリーが魔族だとばれたのは、結局エルウィンの所為だった。

 自分では知らぬことだったけれど、血の絆とは恐ろしいもので……エルウィンは父親そっくりに成長していた。だからここに戻って、街へ降りていくようになったエルウィンを見掛けた人は皆一様に驚いていたのだ。


 国家一の魔術師と名高い人の若い頃に生き写しのエルウィン。


 他人の空似とは思えぬ程似たエルウィンを見た彼らはすぐに、十年以上前に魔族に攫われたという彼の人の長男とエルウィンを結び付け、城へ報告した。

 報告を受けた父は時間を掛けエルウィンの現在を緻密に調べ、そして確信したという。

 この『エルウィン』は、自分の息子の『エルウィン』だと。


 息子と一緒にいる魔族が息子を攫ったのだと思い込んだ父は、勝手に奪われた息子を取り戻すために憎い魔族の討伐を決意し、あの結末。

 あんまりだと父を責める気持ちがない訳ではなかったけれど……ウェンディの生存を知ったと同時に理解したアシュリーの最期の言葉が、それすらも許さなかった。

 今のエルウィンには誰かを恨むことは出来ない。

 もし怒りをぶつける相手がいるとすればそれは、父でも人間でもなく、最愛のアシュリーなのだ。



 だって、ここに至る結末はすべてアシュリーが描いたものなのだろう?

 エルウィンを人間の世界に帰すために……。



 自分が死ぬことまでは考えてなかったかもしれない。でもきっとアシュリーは、エルウィンが父に似ていることを知っていて、それを発端に自分が魔族とばれることも、それをきっかけにエルウィンがつれ戻されることも計算してしていて……だから、ここへ帰ってきたに違いないのだ。


 ……誰がそんなことを望んだ?

 いつまでも一緒にいたいと言ったじゃないか。

 お前はオレの言葉、信じてなかったのか?


 好きだから一緒にいた。

 種族が違っていても確かに愛していた。


 それなのに、…どうしてお前は下らないことに拘り続けてたんだ、アシュリー?


 たとえオレの犯した罪がお前とは違うものだったとしても、それはもう一緒にいる理由には関係ないもの。



 ウェンディが生きていたからって、オレ達が離れる理由にはならないじゃないか!!



 屋敷につれ戻され、ウェンディの生存を知った日から頭を離れないことがある。


 ウェンディが生きていてよかったと思う以上に、彼女が生きていたからアシュリーは自分を置いていってしまったんじゃないかと考えてしまう。


 だって、ウェンディが生きていたから、アシュリーはこんな無茶をしてまでエルウィンを人間の世界に返そうとしたのだろう?

 帰りたいなどとエルウィンは露ほども望んでいなかったのに……。


 彼女の行動の根底にあったのは、ただエルウィンへの想いだけなのかもしれない。想うから、アシュリーはエルウィンを本来あるべき場所へ戻そうとしたのだろうけど……そんな気遣いいらなかった。


 想うなら、ただそばにいてくれるだけでよかった。

 一緒にあることだけがエルウィンを幸せにしてくれたのに……。


 履き違えて勝手に死んでいった愚かな魔族。


「アシュリーのバカ、大バカ…」


 アシュリーが死んで辛くて苦しい。でも、姑息な魔族は、そのことでエルウィンが誰かを恨むことすら許さぬ網を巡らして死んでいったのだ。


 実際にアシュリーを手に掛けたのが父でも、その正当性が判るからエルウィンは父を恨めない、憎めない。魔族に攫われ辛い人生を歩んできただろうと息子を無条件に労る父母に、アシュリーに関することでの憎悪は向けられないのだ。


 みんながエルウィンに優しい。

 戻ってきて良かったと泣いてくれる。

 それがエルウィンの気持ちを殺いで、結果アシュリーのことで責められるのはアシュリー自身だけだった。


 お前がバカなことをしたから……。

 お前がオレを捨てたから……。

 全部お前が悪いんだ!!


「謝りに戻って来いっ、オレを迎えに来いよ、アシュリー……昔みたいに……」


 ついに涙が零れて、また膝を抱えて泣いた。

 子供の頃のように泣いていたら彼女が迎えにきてくれるかもしれない。あの墓場で出会った時のように……ただ彼女に会いたくて、心の底から悲しい涙を零した。



◆◆◆◆◆



 家に帰ってこれたことが良かったなど思えず、心を閉ざしたままのエルウィンを次第に家族が持て余し始めたのを肌で感じた。


 でもそれはエルウィン自身にもどうしようもなく。

 どんな事情があっても、父はアシュリーを殺した相手で、生きる意味に等しかった人をエルウィンから奪ったのだ。恨まない代わりに、許し受け入れることも出来ない。

 頭で判っていても心では受け入れられない日々に疲れ果て、ぼんやりこのままアシュリーの後を追ってしまおうかと思い始めていた。


 ウェンディが生きてて、アシュリーがいないならオレの生きてる意味もないだろ?


 不穏な考えが最高の解決策だとしか思えぬようになって……月夜の晩、エルウィンは家を抜け出した。

 ぽっかりと浮かぶ満月。

 満月は魔族に力を与えるから、こういう夜人間は極力出歩かない。だから屋敷さえ抜け出せば誰かに見咎められる心配はなかった。

 月明りが照らす誰もいない通りを直走り、朧気な記憶を頼りに向かったのは彼女と初めて会った場所。街外れの人気のない墓地はまだあの頃のままそこにあって……、死と隣り合わせの場所に懐かしささえ感じた。


 ここでアシュリーと出会った。


 思い出しながらあの時凭れ掛かった大木を探す。だけど子供のエルウィンには大木に思えた木も、今見ると普通の大きさなのかもしれない。特に巨木と思える樹木は見つからず、一番奥まった場所に生えた木で我慢することにした。

 あの時と同じようにその根元に座り込む。

 直に生きた人間の暖かな肉を求めて獣が集まってくるだろう。

 子供の頃そうなる運命だったのだ。今更怖いとは思わない。アシュリーのそばに行けるのだと思えば噛み殺される激痛さえも恍惚の中、笑って受け入れられる。

 じっとその場に蹲っているとやがて、闇に紛れぬ獣の息遣いが聞こえてきた。薄目を開けて周囲を窺うと、闇の中爛々と輝く何対もの血に飢えた野獣の瞳が見えた。


 さあ来い、来てオレをアシュリーの所に連れて行ってくれ……。


 抵抗する意思はないと示すように全身の力を抜いた。

 すぐに訪れると思った痛み、しかし、予想に反して、訪れたのは閉じた瞼の裏ですら白く染め上げる閃光だった。

 何?

 反射的に目を開けて、でも眩しさに直にまた目を閉じる。手のひらも額に翳した。


 そして同時に思い出す、あの日のこと…。

 大切なあなたと出会った夜もこうだった。


 思い出した途端、ただ歓喜がエルウィンの胸を満たし閃光が過ぎ去るのを待たずに叫んでいた。


「アシュリー!!」


 最愛の人の姿を求めたエルウィンが振り仰いだ先、闇の中から人が表れ、右手をシッシと振って集まった野獣を追い払っている。同時にその後ろに控えていた大きな白い獣も月明りの中へ躍り出て、周囲を威嚇した。

 月明りに輝く真っ白な毛並みの凛々しい巨大な白狼。それは久しく会うことのなかったエルウィンの大切な友人だった。


「ベガ…」


 思い浮かんだ名前を声にした。反応して近寄ってきた巨大な獣は、ベロリと大きな舌でエルウィンの頬を舐め、ふさふさの毛並みの顔を擦り寄せてきた。

 そして……。


「大丈夫?」


 ベガの背後から声が聞こえる。

 ツイと視線を動かした先、闇に紛れる真っ黒な衣装を同色のマントで覆う、……真紫の髪をした魔族がいた。光の加減で黒くも見える紫紺の瞳が労りを帯びてエルウィンを見下ろしている。


 現れたのはアシュリーとの思い出を共有出来る唯一の友……。


 ロードの姿を認めて膨らんだ希望が音を立てて萎む。無意識に視界が滲んだ。

 彼の登場が更に深い絶望をエルウィンに突き付ける。

 もちろんそこにいたのがアシュリーではなかったからではない。


 そんなことは判っていた!!

 アシュリーは死んだ、戻ってくる訳がない。

 そうではなくてっ……。


 どうしてこのタイミングで彼らが現れるのかということが問題なのだ!!


 まさか、これもアシュリーが仕組んだことなのか?

 アシュリーは何処まで先を見通していた?

 お前はここまでしてオレを遠ざけたいのか!?


 勝手に想像を膨らませるエルウィンには、せっかくの友人との再会も口惜しいものでしかなく……。


「まったく何馬鹿なことしてんの…あなたらしくもない」


 ほら立って…と腕を掴んでくるロードの手を振り払って睨み付けた。


「アシュリーに会いたかったからに決まってるだろ!! アシュリーに会いに行くんだ、邪魔すんな!!」

「はあ? 馬鹿じゃないっ、こんなことしたってアシュリーに会える訳ないだろ!」

「じゃあどうしろって言うんだよっ、会いたいんだよ! アシュリーに!! ロードっ、お前も知ってたんだろ、アシュリーがオレを捨てるつもりだったって!」


 誰にもぶつけられなかった苛立ち。やっと心許せる人に出会えた喜びが感情のタガを外す。彼に言っても仕方無いと自覚しながらも、エルウィンはロードの胸倉を掴んで責めたてるのをやめられなかった。


「なんで勝手に捨てるんだよ、オレは帰ってきたくなんかなかったのにっ。なんで勝手に死んだんだよ、あのバカは!! ずっと一緒にいてくれるって、オレのこと好きだって言ったくせに……勝手に、全部勝手に…決めてっ」


 なんでオレを捨てたんだ……呟いたエルウィンは、ロードに縋ったままズルズルとその場に座り込んだ。俯いた肩がか細く震える。

 エルウィンが怒鳴るに任せていたロードは、やっと静かになった彼を見下ろし溜め息を一つ。


 やっぱりそうなっているんじゃないかと思っていた。


 突然アシュリーがいなくなったこと、家に連れ戻されたこと、ウェンディが生きていたこと……確かにエルウィンにはそうとしか捕らえられないだろう、だが……。

 跪いたロードはエルウィンの肩に手を掛けて、ゆっくり首を横に振った。


「違うよ、それ全部エルウィンの勘違い。アシュリーはエルウィンと離れるつもりなんか更々なかった」


 ピタリとエルウィンの震えが止まる。頬を涙に濡らしたまま顔を上げた。


「なん…だと?」


 言葉の真意を測りかねて不安に不信を混ぜて揺れる黒い瞳。

 一旦目を反らせたロードはもう一度エルウィンの腕を引き立つように促して、言った。


「場所変えようか、ここじゃ落ち着いて話も出来ないし」















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